短い時間の中では、全く持って語り切れず、集まった方々が各々の場で考えていただくとっかかりみたいなもので終わってしまったように思う。
その後、主催者から講演会のアンケート結果が参加者のコメントも含めて送られてきた。
それを読ませてもらうと、とっかかりみたいなものは提供できたのかなと一安心する。
それと同時に、
参加された皆さんの関心の高さと支援を担っていきたいと願う思いが伝ってきた。
講演会の中でも語ったが、
主催者の会に属する各種サービス事業所は、たしか40事業所を超えるぐらいと言っていた。(記憶が曖昧)
一事業所が一人の重度知的当事者の一人暮らしを支えれば、すぐさまその数の当事者たちの新たな暮らしが始まる。
一事業所につき一人では、重度知的当事者の場合一番最初に取り組んだ人の暮らしや支援があたりまえになってしまうので、最低でも3名の当事者の暮らしに関われば、すぐさま現状一人暮らしをしている重度知的当事者の数を超える。
私の場合は、制度もなければお金もない中で取り組んできた。
只々、想いだけで取り組んできた。
常に想い先行で、「できる/できない」ではなく「やるしかない」という気持ちで取り組んできた。
そこだけを見れば、重度知的当事者の一人暮らしを支援するというのは「相当の覚悟が必要」と映るかもしれない。
でも、
そうして取り組んできたことを振り返ってみれば、
「ないから必至だった」だけで、それから時代は進み「今あるものを活用すれば、そんなに難しい事ではない」と思っている。
ただ、
重度知的当事者の一人暮らしに関わったことがないという人にとって、
「0」に何をかけても「0」でしかなく、前へ進むことはできない。
経験したことがないゆえに、ほんのもう一歩が踏み出せない。
そんな印象をアンケート結果に載せられたコメントから感じた。
例えば、
重度知的当事者と一言で表しても、
本人の状態はもとより、
当事者が置かれている状況や周囲との関係や当該自治体等々はまるで違う。
行動障害と評される人の支援は非常に大変に感じているヘルパーも、
行動障害がないと評される人の支援の現場では「癒される〜」と関わり続けていることの意義を感じ取っている。
重度知的当事者と言えば、24時間の何らかの支援が必要と描くが、
そういう人もいるが、すべての重度知的当事者が24時間支援者とともに暮らしているわけでもない。
「知的当事者の地域生活はグループホームで」と決めつけられるのは全く許せないが、
複数の人と生活をシェアすることで自らの意思を他者に伝えることができる重度知的当事者もいる。
逆に、軽度であったとしても他者との関係づくりが苦手な人は、グループホームを利用することで様々な事柄を招き、自らの暮らしや周囲との関係を危うくする人もいる。
「重度知的当事者の一人暮らしの様子は?」と聞かれても、
「それぞれ」としか言いようがない。
「重度知的当事者の一人暮らしを具体的に支えるには?」と聞かれても、
「それぞれの暮らし」「それぞれの思い」があるので「支え方もそれぞれ」というしかない。
ただ、
「それぞれ」と言って終えていては、「0」は「0」のまま。
決して前には進めない。
なので、何かをかけるのではなく、何かを足す取り組みが必要なんだろうと思う。
私自身の過去を振り返れば、
「どうしようもない」と思った時には、必ず新たな出会いがあった。
たぶん、自分自身では解決できないから自分にはない発想や経験の持ち主を探し、
自らの取り組みに他者の取り組みを足す。
無いものは借りることもした。
借りたことで、自らの取り組みが進み、進んだことによって別の形で返してきた。
とにかく必至だったので、そんなことも考える間もなかったが、
弱小団体を主宰している私が、様々な人とつながっているのは、
折々に生まれる課題の解決に向け、様々な出会いを求め情報を求め、
とにもかくにも、目の前に存在する当事者とこの先もともにいたいと願い続けてきた結果だと思う。
時代が進む中、なかった制度が生まれた。
人の意識も少しずつ変化している。
大勢は変わらないかもしれないが、大勢ではない意識は少しずつ拡大しているように感じる。
そう考えれば、
今、関心を抱き自らの取り組みとして担おうとする人たちに対し、
私自身これまで無自覚に取り組んできた事を伝えていくことが必要なんだろうと思えてくる。
「どのようにすれば一人暮らしができますか?」「そういう支援をすれば一人暮らしができますか?」という質問には答えられないと思う。
「それぞれで取り組むしかない」「取り組み方は様々」と答えるしかできなかった。
それは、
どこか解答/正解を求められる感があったからで、
私自身も何も実現できず常に考えている最中なので、
解答や正解を求められても何も答えを持ち合わせていないから。
又、それぞれの暮らしにそれぞれの支援があると思っているので、
自分の経験を正解とされたり、自らの経験を一般化することに戸惑いつつ語っている。
なのに、「なるほど」とうなずかれたら、その瞬間自分が語ったことに疑問が生まれるから。
でも、時代が変わり、
自分の目の前に存在する当事者の事を何とか支えたいと思う人たちが増えてきている。
「自立生活なんて宇宙旅行と同じ」と思う親御さんが大半だったが、
「もしかしたらうちの子も可能性があるのでは・・・」と思う親御さんが増えてきた。
とは言え、未経験/未体験ゾーンに踏み込むことを互いに躊躇する人々。
ならば、
私が「もう無理かもしれない」と思い描いたときに、他の人たちに助けを求め、様々なヒントをもらい、自らの場で展開してきたように、
解答や正解やマニュアルやhow-toはないけど、
私自身がこれまで取り組んできたことを、一つのレシピとして自らの場で展開しようとする人たちに伝えるものがあるのかもしれないと思う。
自らが取り組むために出される疑問と、
どうすれば取り組めるかという疑問ではまるで違う。
今回、講演を引き受け短い時間内では一方的に語って終わった感があるが、
後にコメントとして出される疑問や不安は、どこか自らが取り組むために出されたものとして読んだ。
「〜すれば、〜となる」ではなく、
「〜してみたら、〜となった」というものを伝えていくことで、
「そうならば自分はこうしてみる」みたいな展開につながるようなものを伝える必要を感じた。
なんてことを思うのは、
この1〜2年、自らの暮らしの空間に終始していて、かなり煮詰まり感があったからだと思う。
余裕のなさが余裕のなさを拡大させていたこの間。
日常を一歩離れ他の人たちとやり取りすることで、再び自分の日常に戻り新たな発想や新たな取り組み方を考えるヒントをもらえたからなんだと思う。
近年、様々な相談やで木々とが舞い込み、
私一人では抱えきれない状況がどんどん拡大している。
逆に、私たちが取り組んできた事を反面教師として、
新たな展開として重度知的当事者の一人暮らしの支援を担う人たちとの出会いが生まれる。
これまで自分が担ってきたことをいかに他に語り伝えるか?
それは、決して正解ではなく、
語ったことがそれぞれの取り組みのヒントになり、
新たな展開として先へと進む。
先へと進んだ人たちから私自身未だ不十分に感じている課題の解決に活かす。
そんな繰り返しが生まれるとうれしいと思う。
そのために何をするか?
それが今年のテーマかもしれない。