2017年02月01日

自閉症をともなう重度知的の当事者の行動の意味

朝、日中活動の場に出かけようとしない自閉症を伴う重度知的の当事者Mさん。
重度訪問介護で前日から入っているヘルパーさんは先週も出るのが遅かったので、
今週もまた遅くなるかもしれないと思っている。
幸い、日中活動を休んだ際には重度訪問介護で対応できることになっているし、
その日は、次の予定がないので本人に則した対応ができるので状況を見護ってた。

そこへ、Mさん。
「ピザ!!」と言ってきた。
彼は毎月最後の日の夜はピザを注文し食べるのを楽しみにしている。
普段は夜に注文するピザだが、本人の要望として受け取るヘルパーさん。
そして、なかなか出かけようとしない彼に、「今日は休み(にするの)?」と聞く。
「今日は休み!」と返事するMさん。
先週もお昼近くまで家を出る事ができず、日中活動の場に相談すると「もしかしたら有休を使いたいのかも」という話になり、先週は結局使えなかったけど日を改めて「今日は休みにすると言えた」と受け止めた。

ほどなく、ピザが届き
しばらくすると、
出かける用意を始めるMさん。
「あれ!?〇〇に行くの?」とヘルパーが聞けば、「行く!」と言って家を出たので後を追う事に。
そして、お昼前に到着。

いったいなんだったのだろう?
その後はなんの戸惑いもなく一日を過ごし、
夜のピザは朝に注文したため、改めて注文する事もなく、
翌日に至って、淡々と過ごす彼がいた。

私たちの流れから考えれば、
「今日は、仕事に行きたくないし、有休も残っているから、ピザでもとって休みにしよう」と思い描き、
でも、ピザを食べて満足すれば、
「やっぱり、休むと給料が減るから今からでも行って仕事をするか」と気が変わったとなる。

遅刻する事の是非は置いたとしても、
自分の要望を出せるMさんとそれに応えて臨機応変に対応するヘルパーさんの凄さを思う。
又、
自閉症ゆえに段取りにこだわるMが、淡々と予定を変更できる凄さを感じるし、
そのような関係を築いてきたヘルパーさんの凄さも感じる。

二人の関係の凄さを思うと感心するばかりなんだけど・・・

話を「ピザ!」と言った時点に巻き戻してみる。

「(今晩は)ピザ(の日だね)!」とか
「(今晩の介助者に介助者に)ピザ(を注文するように伝言して)!」という意味だったらどうだろうか?

Mさんは、今晩の予定の話をしているのに、
ヘルパーさんは今の要望として受け止め対応する。
対応されてしまったMさんは、目の前に現れたピザを食べるしかない。
そして、
予定を変更したというのではなく、そもそも予定を語っただけなのに、ピザが届いてしまい、
それを食した後、予定通りに日中活動の場に向かったとしたら・・・

そこには、Mさんとヘルパーさんのズレが生じている事になる。

そして、
予定を告げただけなのに誤解され、
ヘルパーの対応に、段取りがくるってしまったことにパニックにならず、
その後、自分の予定を誤解のままに淡々とこなすMさんの凄さが際立って思えてくる。

そして、
ヘルパーさんは、誤解に気づかなくても決して本人の不可解な行動を否定しない対応の凄さを思う。

そんな話を別のヘルパーさんに話すと、
「Mさんって、先の予定を要望するという事があるんですか?」と聞かれた。
「たぶん今まではそんなことはなかったと思う。いろいろ想定して段取りして自分が了解できる事を伝えるのに必死で、先々の事を思い描いて語るという余裕はなかったように思う。でも、最近予定を聞いて行動を決めるという事があるので、もしかしたら予定を告げるという事もあるかもしれない」と応えた。

そう自分で応えた刹那、
「できるようになったのではなく、そもそもやっていた事を私の方が気づけるようになったのかも」と頭をよぎる。

もしそうであるならば、
気づけるようになったのは、最近ヘルパーとして関わり始めた人たちとの関係によって、本人の表現が判り易くなったのかも。
そうであるならば、
長年Mさんと付き合い続けてきた私は、長年気づかないままに彼と過ごしていた事になり、何とも恥ずかしい想いがしてきた。

本当のところは解らない。
でも、
解らないままではやり取りは進まないし、
解らないと言いつつもどこか勝手な解釈で本人たちの行動を判断している私たち。

ならば、
思いついた事柄をお互いが「もしかしたら・・・」と言葉にだし、
それぞれが描く「もし」を寄せ集めれば、どこかに正解があるかもしれない。

又、常に周囲の勝手な解釈で受け止められている当事者たちは、それを前提として周囲にいかに合わせるかが大きな課題となる。
でも、周囲が言葉に出してあれこれ語っていく、
「それそれ!」という事も出てくるかもしれないし、
解ってもらえた経験が増えていけば、
私たちも勝手に解釈して当事者に接し、当事者も自らを表現する事で一人でパニックになるよりも、やり取りの先に想いが伝わるという経験につながり、
双方向の関係が生まれてくるのではないかと思う。

とは言っても、実際のところ何を考えているのか解らない方が圧倒的に多い。
解らない故に、当事者たちにはとてもつらい思いをさせているかもしれない。(かもではなくさせている)

当事者たちは決して一人で生きているわけではない。
場面としては、ヘルパーと一対一の関係が多いが、それだけではない。
様々な人や様々な経験を経て今に至る当事者。
ヘルパーという職はどうしても、目の前の人とのやり取りに終始しがちだけど、
お互いが想いを出し合い当事者とともに事柄と向き合っていきたいと願う。
posted by 岩ちゃん at 11:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月22日

マイペースな当事者を前に

コンビニに入ろうとする自閉症を伴う知的当事者を見かける。
こちらは用事があって急いでいる。
相手はこちらに気づいていないし、
彼に声掛けすれば、挨拶一つでもやり取りに時間がかかる。

「別に挨拶したからどうってことないだろう。急ぎの用事を優先しろ」と悪魔がつぶやく。
「あなたと彼の仲はそんなもんなの?これが障害当事者でなかったらどうする?声をかけるでしょ?声をかけるべき!」と天使がつぶやく。

悪魔と天使のつぶやきに耳を傾けるのはめんどうなぐらいのせっかちな私は、
そんなつぶやきが聞こえると、とにかく当事者と関わる方を選ぶ。

案の定、
「こんにちは」の挨拶一つでは済まされず、
相手はあれこれ語りだす。
その語りは、今日の気分や自分の状況やこれからの事を私に懸命に伝えようとしていると理解できる。
なので、
それも含めて相手の挨拶と思い耳を傾けるのだが、「時間がない」と話の半分も聞いていない。
私が話の半分も聞いていないと察知されれば、さらに語りかけてくる当事者。
さらに輪をかけ話しかけてくる。

そんな時、
「障害者だからといって全てを受け止めるという事はおかしい」という思いになる。
他の人に対しても「今日は急いでいるので失礼して先を急ぎます」という事はある。
なので、
「ごめんね!急いでいるから、またね」と言って話を終えて先を急ぐ。

ところが、
ちょっとした会話の中で、私と彼は同じ方向に向かうという事を知る。
彼が私に「(コンビニで買い物するから)待ってて」と言われれば、
「先を急ぐから待てない」とも言えない。

「解った。待ってるよ」と答える私。

し・か・し!!
「相手が急いでいる」という事をその言葉だけでは理解できない彼。
外から彼の様子をうかがいながら待つ私。
彼は多分、
昼食のお弁当を買うために入ったのだろうが、
お弁当の棚には真っ直ぐ行かず、店内の端の方から遠回りして行く。
それが自閉症故のこだわりとは理解できる。
さらに、
こちらは急いでいると言っているのに、いつものペースでゆっくりと店内を歩く。
さらに、お弁当の店の前辺りでじっくり品定め。

「確かに、私は待つ」と言いました。
「でも、急いでいる」とも言いました。
「早くして」とも言ったかもしれません。

私たちの世界では、相手にそう言われら、
「時間がかかるけど良い?」とか
「先に行ってもらっていいよ」とか
「(時間節約のため)一緒に探してくれる」とか言って、
相手の状況をお互いに測りつつ、折り合いを考えつつ、対応する。

なので、
こちらの思いに何も答えず、「待ってて」の一言で自分の要望(ペース)だけを貫き通す彼に、
苛ついてくる私。
声かかけなければ良かったとか、
「待って」と言われてもさっさと行けば良かった等と後悔する私。

こちらの思いなんてお構いなしに、自分のペースを貫く彼を前に、
イライラ度はマックスになる。
彼の態度は「障害された面」と知っていると、
彼との距離間をいかに生み出すかなどとも考えるが、答えが見えないのでイライラ度はさらに増す。

「時間がない」という自分の都合と
「相手を気にしない」という彼との折り合いが、
他になかったのか等とも考える。

店に飛び込んでいって「早くして!」とも言いたくなるが、
それを言ったら、ここまで待った事は全てなしになり、
「急かされた」という感覚だけが彼に残るだろうとも思う。

悠然と店を出て来る彼。
イライラ度MAX状態の私。

でも、
ふと思い描いたことは・・・

「世の中みんなが彼のペースだったら、私もこんなにイライラしないだろうなぁ〜」という事。

「効率よく」とか
「相手の気持を解れ」とか
「事を解決する方法」と言った事なんかを相手に求めず、
彼のペースに合わせてのんびりと待てば良い。

遅れていった先の人もそれを許してくれるなら、
集まったところでのんびりと始めれば良い。

「人にはそれぞれ自分のペースというものがある」という事は言える。
しかし、
誰かと一緒に何かをする時、
それぞれのペースに対しどこか折り合いを見出さなければならない。

あくまでも互いのペースの折り合いを、互いに見出す関係であれば良いのだが、
実は、障害当事者たちのペースは世の中のペースにより否定されている。
もしくは、
世の中のペースの許容範囲であれば許されるが、許容範囲を超えるとたちまち否定される。

「早くして欲しい」と言うのは私の願いだけど
「早くして!」と言い切ってしまうと、それは彼と私の折り合いを見出すのではなく、
「私のペースに従いなさい」と言っているに等しいと思う。

どちらかと言えば、せっかちな私。
彼のペーストはどこか対局にある。

だからこそ、
彼のペースに付き合うとき、
私の中に生まれるイライラ感は、私の余裕の無さとして置き換える。
そして、
どれほど置き換えてもせっかちな私は、彼のペースには従えない。
だからと言って、彼を私のペースに従えるというのも違うだろう。

結果、
私は上記に書いた事を頭の中で考えながら彼を待っている。
それが私と彼の折り合ったことかもと描く。
そして、
結論としては、
単なる時間というペースの話ではなく
「彼のようなペースで生きられたら良いなぁ〜と彼の存在を羨ましく思う私の存在」なる、
全く違う話に落ち着く。
posted by 岩ちゃん at 11:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

やまゆり園の事件の前に

2016年7月26日に起こったやまゆり園の事件。
まもなく2ヶ月が経とうとしている。
「何かを書かなければ/何かを語らなければ」と思う。
「でも書けない/語れない」としか表せずにいる。

私の周りにいる人々や団体が声明として、記事として、集会という形で語っている。
事件が起こってから動き出したマスコミや公的機関とは違い、
日々の暮らしから、日々の取り組みから、
「何かを書かなければ/何かを語らなければ」と必死に絞り出すように表現する。
何かを書き、何かを語らなければ、これを機に私たちの意図は違う方向へ事を進める輩がたくさんいるから、
書かなければ、語らなければならず、何も事実が判らない中にあっても発信している。
そこに、敬意を持ちつつも、何かが違うと感じている。

昨日と一昨日。
ピープルファースト大会IN横浜が開かれた。
1日目の全体会が「追悼集会」に変更され、
多くのマスコミが駆けつけた。
翌日の報道を観れば、
「知的障害者たちもこの事件に対する想いやこれからの取組み」という形で報じられた。
でも、毎年開かれているピープルファースト大会の事は何も語られず、
この事件が起こらないために取り組んできたことは、全て抹殺され、
「知的障害者たちもこれから取り組む」課題かのように報じられる。

今、「書くこと/語ること」がその人の整理できない想いをまったく無視して、
あらぬ方向へと進める道具として扱われるように思うと、
今の今、何も書けない/語れない。

一昨日開かれたPF大会のパネルディスカッション。
パネラーとして立った小田島さんが自らの意見を述べる冒頭に感極まり言葉を詰まらせた。
その姿を見た私は、
彼が施設にいた時のことや
施設を出て一人暮らしを始めたことや
一人暮らしが決して順風満帆ではないことや
地域にいても常に「障害者」として扱われることや
常に、様々な不利益の中で暮らし続けることや
だからこそ長年ピープルファースト活動に取り組みつづけてきたことや
彼自身の暮らしさえ必至なのに、未だ施設にいる「仲間たち」が地域で暮らすことを求めてきたことや
懸命に訴え取り組んできたのに、何も変わらない今回の事件。
彼にとっての「仲間」は「匿名報道」という括りではなく、一人一人の存在を実感しての事だと思う。

彼の感極まりは、報道のどこにも現れない。
集まった報道陣には彼の感極まりは理解できないだろう。
(長年付き合ってきた私でさえその真意を理解できないので当然といえば当然だけど・・・)

わずか数分の発言だったけど、
理路整然とした語りではないけど、
小田島さんが言葉を詰まらせ懸命に語ったことは、
私たちに対し様々な事を懸命に伝えていると思う。

続く土本さんの発言の凄さを感じた。
パネルディスカッションの前にあった熊谷さんの話では、
「他者を見つけ出して、その他者の責任して問題を解決したことにすることではなく、我々全員が事件を起こしたと捉え、一緒に考える事が必要」という内容だった。
でも、土本さんはこの事件が起こったこと原因を「国や行政や親たちの責任」という。
そして「親が障害者を否定し、国や行政はその親達の声を聴く」という。
そういう実感の中で「私たちの声を聞け」と言っている。

熊谷さんの「全員がこの事件を起こした」という捉え方は理解できる。
私自身もその一人だと思う。
でも、
ただ漠然と「全員が」としてしまうと、問題が曖昧になるだけで、実は何も解決されない。
土本さんは、自らの立場から懸命に語り、その語りに立場の違う私自身がどう取り組めば良いのか?
実は、私達自身を厳しく追及する言葉だと思うが、
その言葉は、当事者対その他という対決構造をつくる。
以前の土本さんだと「敵を明らかにして取り組む」的な語りだったと思う。
しかし、今回の話は「親は当事者を否定する。その親の声を国や行政は聴く」という言葉が、
「知的当事者の声を聴くことで、それぞれの立場で改めるべきことを改めて欲しい」と訴えているように聞こえた。
土本さん自身も長年の取り組みの中で、変化しているように思う。

「相手の存在を否定するのではなく」ではなく「相手の存在と自らの存在の違いを明らかにすることが、互いを肯定し合うことに繋がる」という想いにいるように思う。

しかし、
「相手の存在を知ることなし」に表面に現れる事柄をもってでしか判断しない私たちに対する鋭い指摘だとも感じる。
「重度の知的障害者も参加しています」「参加できなかった障害者もいます」という土本さん。

二人に共通してることは、
長年ピープルファースト活動に懸命に取り組んできたということ。
「私たちは障害者である前に人間だ」というピープルファーストとその活動。
長年の活動に取り組んできたからこその二人の発言。

私たちは、今語られることの前に今語られていることの前にあることを知る必要があると思う。

今あることの前を知るためには、その人個人と関わらなければと思う。

同じくパネラーとして発言した中山さんと小西さん。
私は、お二人との関わりがない分その想いを知ることはかなわない。
でも、これを機にお二人と近づきたいと思う。

やまゆり園の事件は、衝撃的でその後の動きに対しても緊張感をもって意識的に関わらなければならないと思う。
しかし、既に風化が進んでいる。
「やまゆり園の事件」と言うのは、たぶんあと半年もすれば何処かに消えてしまうと思う。
新たな事件が起これば、人々の話題はそちらに移るだろうと思う。

何故なら、
これまでも、たくさんの虐待事件が報じられてきたし、今なお虐待は各地で起こっている。
どれほど多くの事件があったか?
多くの人は忘れていると思う。
かく言う私も、正直に言って忘れている。

でも、
自らが自らの場で取り組んできたことは忘れない/忘れられない。
「やまゆり園の事件」ではなく、私たちの身近に起こっている事柄に取り組むことでつながっていくように思う。

「やまゆり園の事件」は「何故起こったか」とか
「二度と起こさないように」という事を語るならば、
それ以前をもっと語らなければ、この件は何も語れない。

以前を語ることで今が現れ、
今が現れるからこそ、
将来につながる。

今は「書けない/語れない」私だけど、
自らの足下を改めて見つめ直すことが、
やまゆり園の事件を考え取り組むことにつながるように思う。
posted by 岩ちゃん at 10:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

街が変わる。人が変わる。追いつけない地域での関係。

対人相互作用に困難さを抱える人々。
彼らは、人との関係や置かれている環境によって「障害」と評される部分が大きく変化する。
それは、私たちの側から見ても同様で、関わりのある人に対する思いと関わりのない人に対する思いとはまるで違い、同じ行動や言動であっても、平然と受け止められることもあれば、緊張感を持ってやり取りする事もあれば、そもそも排除の対象としてしまう場合もあったりする。

「障害の有無に関わらず」
「地域で学び/地域で育つ」事を願い、追い求めてきた私。
今日では、「自立生活」という表現をもってその人の暮らしを支援し続けている。

弱小の会が少なくはない重度知的当事者や行動障害を伴う当事者たちの「自立生活」をまかりなりにも維持しているのは、制度が潤沢に保障されているというよりも、制度外の様々な関わりがたくさんあるから事だと思う。

当事者の暮らしを制度のみで支援しようとすれば、
たちまち人手不足に陥るし、
制度では対応できない課題に、誰も対処しなければ、
たちまち当事者の暮らしは脅かされ、
地域で住めなくなってしまう。

時折聞かれて困る質問に、
「重度知的当事者の一人暮らしを支えるために連携している機関はどこですか?」がある。
相手が想定する答えは、
行政や相談支援事業所やサービス提供事業所。
医療や発達障碍者支援センター等の専門機関だと思う。
確かに、そういう立場の人たちとの連携がないわけではない。
時に相談したり相談されたりする場合もある。

しかし、
一番の連携先は「機関」等とは呼べない、
地域のお店であったり、最寄の駅の駅員であったり、
建具屋さんやガラス屋さんや不動産屋さんであったりする。
駅ビルや公共機関の警備員と電話番号を交換したこともある。
行きつけの呑み屋やファミレスやコンビニ等々。
人が暮らす上で関わりのあるところと遠くから近くからつながっている。

又、公民館やボランティアセンター等でつながった人のつながりも大きい。
時折「〇〇さん(時に、多分おたくの関係の人と思うけども含む)が△△で大騒ぎしていたよ」という情報も入ってくる。

そんな人たちの存在があるからこそ、弱小の団体であっても少なくはない人の自立生活の支援を辛うじて担えているように思う。(当然ながら24時間の支援を必要とする人たちの支援のベースは居宅介護事業所等にお願いしている)

そんな、街の中で関係の凸凹がありながらも様々な経験を互いが持つことで暮らしが廻っている。

ところが、
街の様相が変われば、同線も変わる。
個人経営の店が少なくなり、バイトの人たちが店を仕切るようになると、
関わる人もどんどん変わる。

すべてを理解して受け止めているわけではないだろうが、
辛うじて受け止めてもらえている状況も、
人が変わればたちまち対応が変わり、
その変化に追い付かない当事者たちは、いかに対応して良いか戸惑い、
それが行動障害と評される形になって現れると、
たちまち地域から奪われてしまう。
辛うじてそのような事態になってもまだ本人を知る人たちがいるので、
出来事に対し少し立ち止まって一緒に考えてもらうこともできる。
しかし、
この先、さらに人が変わっていった時、果たして・・・
という不安がよぎる。

久しぶりに立ち寄ったコンビニ。
まだまだ知っている人たちはそれなりにいるのだけど、
知らない人が増えてきた。
私を普通のお客として、マニュアル通りに接する人が増えてきた。
「初めまして、今後もよろしく」とやり取りできる場合もあるけど、
どんどん人が代わると、
それは単なる社交辞令と化してしまう。

「行きつけのお店」なるものがどんどん違うお店に変わっていく。
あとに開店したお店が、私にとって必要な店ならば日参してでも関係をつなげたくなるが、
まったく興味のない店だと近寄りもしない。

街が変わる。人が変わる。
そのスピードに追い付けない。

そんなことを思う中、
今日、広い駐車場のあるお店に車を停め、買い物から車に戻ると、
10年近く前にお店をたたんだ酒屋の店主とそのお連れ合いに遭遇。
お互いに驚き近況を報告。
そして、お連れ合い曰く「みなさん元気にやってるの?」と。

皆さんとは、一人暮らしをしている重度知的当事者の事であったり、
毎週開かれていた会のイベントの後のひとときに立ち寄っていた当事者たちであったり、
夜な夜なお酒の買い足しにやってきた運動家のおじさん達のこと。

お店をたたむ頃、私はお酒を買いに行く機会が減っていて、気づけば閉店。その後の消息が不明になっていた。

それでも、ばったり出会ったその一瞬で過去へとタイムスリップ。
しばしの立ち話。

決して古き良き時代にという話ではないけど、
なぜ、そんな関係が作れたのか?
なぜ、今は作れないのか?(作った関係が他所で活かされていたなら幸いだけで)

そんなことを思った。

posted by 岩ちゃん at 18:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

重度知的当事者と投票へ

先日の都知事選。
なんとも恐ろしい結果になってしまった。
これからどんな状況が襲ってくるのだろうか?
私の目の前で起こっている事に向き合うだけでは済まない状況が日に日に拡大しているように思う。

その都知事選。
障害者差別解消法が施行された後、初めて介助者として重度知的当事者の投票に同行した。
(これまでも、重度知的当事者の投票をあれこれ支援していたが、施行後どのように変わったかと思い描きつつ出向いた)

まずは、敵情視察ではないが、
私の投票会場に当事者と一緒に行き、
選挙管理委員の人に
「この方は、別の会場で投票するのだが、どのように投票するかをここで見ててもらっても良いか?」と尋ねた。

「投票人以外の入室禁止」とかつて言われているので、投票行為が見えるギリギリの位置に一人で立ってもらい見ててもらおうと考えた。
すると、
「わかりました。どうぞ一緒にお入りください」とあっさり言われて拍子抜け。

当事者を私の横に立たせつつ、本人確認のみならず、記入台のところも一緒に立ち、
「この中から候補者を選んでこの紙に書くんだよ」などと説明ができ、
投票用紙を投票箱に入れる時にも、私の横に立っていた。

何か対応が変わったの?
はたまた知らないだけなの?

狐に摘ままれた想いで、会場をでて続いて彼の投票会場へと向かった。

投票券を破って捨ててしまった彼。
その旨を入り口で伝え、愛の手帳(療育手帳)で本人確認。
いざ投票へ!
彼らはなんと対応するか?と身構える私。
先ほどの事も念頭に入れつつさあ!さあ!さあ!と内面バクバクしながら、
受付の方に「この人の投票をどのようにサポートすれば良いでしょうか?」と尋ねる。

以前なら、
そこから先はすべて選挙管理委員と職務担当者たちによって彼の投票が支援される。
それは、実際彼が誰をどのような形で選ぶのかを全て担当者たちに委ねる事になる。
以前、
期日前投票だと同じ会場で投票できるので、その様子を見た事があった。
明らかに本人が選んだとは言えない人を代筆する担当者たち。
その対応にあれこれ抗議したが認められなかった事もある。

「さあ!どう合理的配慮をするのか?」
と再び身構える私。

「了解しました」の後に続く担当者の言葉は、
「どうぞ付き添ってください」だった。

「えっ!本当に良いの?」と思いつつ、
投票用紙を受け取り、記入台の前に立つ。
私は横から「ここに書いてある人から選ぶんだよ」と。
ただ言い終わる前に、用紙に自分の名前を書く当事者。
「えっ!えっ!えっ!」と思ったけど、
見ず知らずの担当者たちに支援され、
あらぬ人(例えば偶然指さしした人を担当者が代筆するとか)の名前が書かれるよりも、無効票になった方が良いかと思い、その後の対応を彼に伝えて無事投票終了しました。

差別解消法が施行された。
被後見人の選挙権が回復した。

その事ですんなりと投票できたのだろうか?

彼は、被後見人ではないのでこれまでも何度も選挙に行っている。
たぶん自分の名前を書いているだろうと想像していたが、今日はっきりとした。
(てな事をこんな公の場で言って良いものなのだろうか?)

そして思う事は、
「重度知的当事者が投票するなんて無理」
「責任ある投票ができるのか?」
「判断能力のない人に投票させるのは、周囲に利用されるだけ」等々、
様々な理由で、権利はあってもまともに行使する事が許されなかった時代。

私の周囲にいる人たちにとにもかくにも「選挙に行って!」と言ってきたし、
そのための支援を担ってもきた。

もし、この日の出来事があたりまえになっているならば、
「とにかく選挙に行く事」でその存在を訴えるという課題は達成した事になる。
今回出会った投票所の関係者たちが「重度の知的障害があっても投票する権利がある」と普通に思い描いているなら幸いなことに思う。

そして次は、
「本人が誰をどのような形で選ぶのか?」という課題に移るという事になる。

これがなかなか難しい。
「選挙に行こう」
「選挙に行った」というのはいくらでも口にできる。
でも、
「誰に投票する?」
「誰に投票した?」という問いを投げかける事は、実は非常にややこしい。

「〇〇さんに入れたよ」「△△さんに入れました」という回答を耳にした時、
聞く側と異なる人を選んだ場合周囲はどうする?
「えぇ〜!」とか「何でぇ〜!」と言った軽いリアクションの経験から、
次は「誰に入れたか言わない」という当事者もいる。
すると周囲は「何で言わないの?」と責めたてる。

又、お互い誰に入れるかを語り合い選ぶ際の参考にするというのはありだと思う。
でも、それを語る事でその人の人格を評価する事になってしまう場合もあったりする。
「秘密選挙」というのはそういう事なのだが、
当事者たちが自らの想いや利益を願い投票するという事は非常に難しい。
又、
なぜ当事者だけがそこをはっきりしなければならないのかという意見もありややこしい。

この先何度も巡ってくる投票の機会。

投票に際して付き添いが認められたならとてもありがたい。
でも、
集団で当事者たちに特定候補使者の名前を書かせるという事も出来てしまう。

当事者自身が思う人に投票するという事。

あっけなく終わった今回の投票行動とその支援。
面喰いつつも、次は重度知的当事者の投票という自己決定の課題にに向かわねばと思う。

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posted by 岩ちゃん at 16:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

癇に障る言葉に

他人から言われると「癇に障る」と言う言葉があったりする。
その言葉に対し、
時には激高するときもあれば、
黙って飲み込むこともある。
又、こちらの態度によって、
相手はその言葉をその人の前では二度と口にしないとか、
相手の態度を見て、相手のいないところで話を膨らませたりする場合もあったりする。

相手に対してその言葉が悪いとか良いとかはさておき、
大概は発した言葉によって現れる事柄から、言葉を控えたり、そう言う言葉を吐く人を遠ざけたりする。

ところが、
これが支援をになっている自閉症当事者から言われる場面は、
相手が言葉を控えることがなく、やり取りすればするほど激しく繰り返される。
相手との距離を取ろうと思っても、担わなければならない他者に委ねられない状況下では、距離を取るともできない。

結果、
「癇に障る言葉」を繰り返し履き続ける当事者と
「癇に障る言葉」を繰り返し聞かされる支援者との関係が生まれる。

周囲にいる者は、繰り返し吐かれる言葉を嫌い、
なんとか止めさせようとする。
その言葉を使ってはいけないことを懸命に指導したりする。
親しい関係に懸命に飲み込む人もいるが、
やまないその言葉が、自分にではなく他者に向けられた時のことを思い描き、
自分はある程度耐えられても、相手を思えばなんとか止めさせようとする。

なぜ、当事者が繰り返し吐く言葉によって辛さが増すのか?
なぜ、飲み込んだり指導したりと言う一方向の関係になってしまうのだろうか?

たぶん、
私たちの世界観では、言葉と言葉が持つ意味を持って聴いているからだと思う。
「聞く」ではなく「聴く」という事。

「なぜ、そんな言葉を吐くのか?」
「その言葉によってどういう事態を招くのか?」
「相手の感情/私の感情」等々
言葉が持つ力によって様々な想いを抱く。

ところが、
自閉症の人の場合は違った世界観の中で言葉を発しているように思う。

「発する言葉」に意味があるのではなく、
「発した時に現れた状況」の再現であったり、
「耳に残った言葉(音)」を持って相手との関わりを求めていたり、
「相手の許容量を測る術」だったり。

言葉自体に意味がなく、その言葉を発した時の状況の方に重きがあるように思う。

でも、
それは「あるように思う」だけで実際のところはわからない。
又、普段は私たちの世界観の中でやりとりできている分、
どの言葉が「言葉(音)には意味がなく」どの言葉には「意味を理解して語って」いるのかの区別がつかない。

それ故に「癇に障る言葉」を失くすことに周囲は終始することになる。

周囲が描くその感覚や感情自体はとても理解できる。
私は、ある程度意識して入る分(意識しても間違うけど)、「意味を伴わない言葉」に対しては、その言葉を発する背景の方に意識を持っていく。

でも、これが毎日の出来事だとそんな余裕はない。
「また言っている」と思ってみたり
「解ったからもう止めて!」と言ったりもする。

了解不能な「言葉」を前に冷静ではいられない。

でも、
これが日常の付き合いがないとか、初対面の当事者に対してはどうだろうか?
その人に対するイライラの蓄積はない。
その人のこの先の支援を担うという立場にもない。
ただただ、その場その時に出会うその相手とのやり取りで終られる関係であったなら?

いきなり初対面で「癇に障る言葉を吐く当事者」
久しぶりにあったのに「癇に障る言葉を吐く当事者」

そんな当事者に出会う時、大概は傍に日常関わっている支援者がいたりする。
日常関わっている支援者はこれまでの蓄積の中で、相手にも気遣い「癇に障る言葉」を吐く事に制限をかける。
また、弁解する事もあるかもしれない。
謝罪することもあるかもしれない。

でも、
普段付き合いのない私は、多少のことは余裕で受け止められる。
その当事者と別れた後の支援にはコミットすることはなかったりする。

だったら、
「その言葉自体に意味がない」という事も含めて当事者の言葉を聞いてみるというのはどうだろうか?

「癇に障る言葉」を吐く当事者に、
「それってどういう意味で使っているの?」
「いつその言葉を知ったの?」
「その言葉は、あなたが考えたの?それとも誰かが言っていたの?」
「その言葉を言うと心地よい?」
「どんな時に使うの?」等々、

相手の言葉ではなく、その言葉を吐く相手を理解する手立てとしてみる。

その多くは、明確に答えてもらえない。
でも、そもそもその言葉を聞くと「癇に障る」ので、
こちらからそういった質問をしている時間分は、少なくともその言葉を聞かずに済むし、
口に出して相手に聞くことで、こちらはこちらでその意味を考える機会になる。

しばしばみかけるのは、傍にいる支援者が当事者を静止する姿を見て、
「それは良くないことで、懸命に支援を担っている人の苦労を少しでも和らげてあげるために、支援者と同様の振る舞いをする」というもの。

すなわち、傍にいる支援者と同様に、静止したり指導したりする。

当事者から見れば、日々の暮らしの中にいる人に言われるのと、初対面や久しぶりに合う人に言われるのとでは意味が違うと思うが、同じように対応されればそれが当然の事となり、
本来本人が求めていることが見えないままに、事がどんどん進んだり拡大したりするように思う。

「癇に障る言葉」を発する相手その人を理解しようと努めるというのは、
日常の付き合いがないからこそできることだと思う。
その人の背景や関係性がその言葉から見えてくると、
実は「癇に障る言葉」を発する必要がなくなったりする場合がある。
それは、普段つきあいがある分思い込んで付き合っていた者とは違う視点でやり取りすることで、
時に、「それが言いたかった」とか「ようやく理解してもらえた」という機会を、
初対面の人や久しぶりの人から当事者はえるのではないだろうかと思う。

でも、
時にその執拗さを増幅される場合もあり、
増幅したままの当事者とその後を引き受ける支援者たちを思うと、
申し訳なく思う時もある。

その辺り、出会ってやり取りした後の状況をあえて聞かないと見えてこないため、
当事者とのやり取りに躊躇が生まれるのも確か。

実際には、うまくいくこともあればうまくいかないこともある。

でも、
少なくとも
私たちの世界観では「言葉には意味がある」という共通理解がありが、
自閉症の当事者たちの世界観では「言葉を発する背景に意味がある」という場合もあることを意識し、
様々な出会いの中で当事者たちと関わると、違った景色が見えてくるように思う。
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

差別と戦う?差別している自分と戦う?

差別されていると気づいた当事者たちが声を上げる。
差別解消法は、長年声を上げてきた人たちの一つの果実だと思う。

当事者たちの声を聞いて、私は当事者たちを差別していると気がつく。
そして、私はそこに差別があると気づいて、差別されている当事者たちとともに声をあげる。

「私は当事者とともに声を上げます。差別と戦います」というのは、
差別されている当事者たちが上げる声に対する支援にはなるが、差別している我が身には何も起こらない。
否、当事者たちとともに声をあげている事に高揚するかもしれない。
「やってる感」「戦っている感」は深まっていくかもしれない。

でも、
差別している我が身はどこへ?
一緒に声をあげる事が免罪符になってしまうような気がする。
それ故に、「差別している側」に立ち差別しているわが身のこととして捉え、「差別している私」とこの社会を問う必要を思うが、それって非常に苦しい。
いつでも問うことを辞められる誘惑がつきまとう。
当事者のためであって私のためではない。
私自身が差別をやめたからといって、
大多数の私の側が変わらなければ、
差別されている人たちに対する差別はなくならない。
知的当事者たちに対する差別は、実は差別している側の解釈でどうにでもなってしまう。
許容範囲を増やすことはできるが、根本的な事が見え始めると、辛くてやっていけない。

なくならない差別に対し、当事者たちは戦い続ける苦しさを持つ。
生死をかける気構えを持って取り組む人もいる。
そこそこの妥協点で収まる人もいるだろう。
それらは、どれも自らの実感や自らの決断の中で行われる。

しかし、
差別している我が身においては、
差別していると言う実感を抱くこと自体難しい。
実感を抱けば苦しい。
ではどうすれば良いのかと自らの主体をかけ方にさえ悩み続ける。

差別されている側は自らの実感に基づくことができる。
しかし、
差別している側は、自らが実感を抱くだけでは何も解決できない。

とは言うものの、
差別していると言う実感を抱くことからはじめなければと思っている。
そして、そう思い始めてすでに35年程経っている。

何も変わらない現実。
ますます差別しなければ我が身が危うくなってしまう現実。

そこに抗するのも息切れしている我が身を想う。
posted by 岩ちゃん at 18:02| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする