2015年04月27日

手話通訳や要約筆記は誰のため?

統一地方選:手話の訴え、聴覚障害持つ母当選…明石市議選」という毎日新聞のネット記事を読んだ。

「母当選」というところは余分だと思うが、
「耳が聞こえず、声も出ない議員は国政も含めて全国で初めてという」という状況を生み出せたことはとても喜ばしいこと。
ぜひぜひ任期いっぱい頑張って欲しいと願う。

でも、
全国初という事は、他の議員も彼女のような人とともに議場(それ以外でも)で議論する事が初めてという話しになる。

議員の中には、日頃から付き合いのある人もいるだろう。
又、福祉の充実を掲げて当選した人たちもいるだろう。
しかし、議場という特殊な場で生まれつ初体験は、今後数多く出てくると思う。

記事の中に、
「耳が聞こえず声も出ない議員は過去に例がなく、明石市議会事務局は本会議での手話通訳者や要約筆記者の配置を検討している。」と書かれている。
それは、最低限保障されるべきことだと思う。
最低限と言うのは、
生まれながらにして、「耳が聞こえす声も出せない」人たちの世界観は、私たちが単に耳栓をして音のない空間に身を置かれるのとは違い、音のない世界で暮らし続けることで生まれる私たちとはまったく異なる世界観をもっていて、「手話」という「言語」その物にも現れる私たちと異なる世界の人と同じ空間で議論を積み重ねるという事は、単に「手話通訳者」や「要約筆記者」を配置すれば済むという話ではないように思う。
その辺りのことも含めると、1対多数の中で彼女が活動し続けることの困難さは相当なものだと思う。
しかし、
一方で他の議員たちがその一人の存在を認めともに議会をつくろうとするならば、
単に彼女だけの困難さではなく、多数の議員にとっても困難な状況を皆さんが頑張って乗り越えていって欲しいと願う。

その最低限の「手話通訳者や要約筆記者の配置を検討」と議会事務今日は言う。
ぜひぜひ、事務局の皆さんにも頑張ってもらいたいところだ。
ただ、
その配置の必要性は、
議員となった彼女のためのものではないという認識に立って欲しい。

そもそも、
「通訳」というものは、お互いの言語が異なる者を繋ぐ役割を持っている。
「英語しか話せない人」と「日本語しか話せない人」の間に「英語と日本語が話せる人」いる人が通訳者。

その通訳者は、決して前者のためだけにいるのでもないし、後者のためだけにいるのではない。
双方をつなぐという役割を持って、双方に必要な人。

それと同様に
「手話通訳者」は、「手話で話をする人」と「手話で話ができない人」の間に立ち、
双方を繋ぐ役割の人。
よって双方に必要な人。

要約筆記についても、
もし、その人の存在がなければ、ともに議会を運営する他の議員は、音によって得られる情報について、
音によって得られない情報をその都度伝えていかなければならない。
そうでなければ、対等な議論ができない。
その都度彼女に伝わっているかの確認を取っていては非常に大変なことで、
要約筆記者の存在は、他の議員の手間を少しでも軽減するために不可欠な存在だと思う。

すなわち。
手話通訳者にしても、要約筆記者にしても、
「耳が聞こえない」「言葉が話せない」人のためだけにあるのではなく、
「耳が聞こえて、言葉を話せる」人のためにもある。

もし、議会事務局が彼女のためだけにあると考えたなら、
彼女のためだけに必要な予算と発想するだろう。
次回の選挙で同様の人がいなくなれば、予算削減で配置しなくなるだろう。
でも、全ての議員のために必要と発想すれば、
全ての人に必要な予算となる。
又、常に手話通訳者と要約筆記者がいる議場は、
耳が聞こえない人に取っての傍聴の機会を保障することにもなる。

さらに、
全ての人に必要なこととしてその経験を積み重ねて行く中で、
「通訳」を「支援」と置き換えたなら?
「支援」は障害当事者のためだけにあるのではなく、
様々な人とつながるためにあるものとなるように思う。

障害者世界では、とかく障害種別によって制度やサービスが異なり、
個々の障害に応じた専門性が語られる。
しかし、
「支援」が双方をつなぐものとして位置するならば、
何も障害種別で切り分けることではなく、
様々な人が存在するため事を保障するため、
全ての人にとって必要なものとして位置づけられていくように思う。

今回当選した彼女が、
どのような公約や想いを持って議員となったかは判らない。
もしかしたら、「聴覚障害者の権利」のみで展開するかもしれない。
もしかしたら、「他の障害については取り合わない」かもしれない。
(たぶんそんなことはないと思うけど)

彼女がどのような思いで議員となったかについては、
もっとどうしようもない議員が多数当選しているので現段階で問題にすることではないと思う。

今回のことを通じて押さえておきたいことは、
議会という場が、これまでとても面倒な人の存在が排除してきた歴史を想いつつ
その歴史に風穴を開けたという点で凄いと思う。
そして、開けた穴を維持し続ける彼女の困難さは容易に想像できる。

しかし、その困難さは双方向と言うものとし、
「手話通訳者」や「要約筆記者」等の配置が、
彼女に対する保障ではなく、
全ての議員に対する保障という発想で、
今後を展開して欲しいと願います。


 
posted by 岩ちゃん at 11:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする