2015年10月17日

身体的虐待とネグレクト

重度知的当事者と言っても、個々の当事者は当然ながら様々。
「行動障害」を伴い片時も目を離せられない人もいれば、
声かけしなければ行動しないという人もいる。
又、慎重に事を運ぶ人もいれば、とりあえずやってみた後に考えるという人もいる。

そんな人達の一人暮らしの場面。

ヘルパーと二人っきりでやり取りしている場面は、当事者自身が語らなければ密室状態となり、
そこで何が起こっているかは、ヘルパーと当事者を信頼するしかないという状況であったりする。

それは、
ともすれば入所施設と同じ状態。
ヘルパーからの報告を信じるしかない。
逆に疑い出せば限がなかったりする。

そんな中で起こる虐待。

「行動障害」を伴う人の場合、その手前に様々な支援の不十分さがあったとしても、
目の前で起こる事柄をヘルパーは懸命に止めなければならない事があったりする。
本人の命にかかわることもあれば、第三者に危害が加わるということもある。
なので、そんな状態になった時、懸命に本人を静止する。
しかし、「行動障害」が本人の一つの表現であったとしたら・・・
何を表現しているのかを意識が及ばないと、
静止するヘルパーの行為は、後に身体的虐待へとつながっていく。
「本人がそんな状態に・・・」という目に見える事柄を理由に、
目には映らない(見えない)本人の意思が「それでもある」とはなかなか意識できず、
力を持って当事者を押さえつける。

「本人に意思がある」という事を絶対条件において支援を担うということは、
頭で理解できても、その現場においては、様々な形で力による制御がまかり通り、
それが常態化することで「身体的虐待」が極当然のようになってしまう。

人は、何かが足りなくて虐待するのではなく、
そもそも、人は弱者を虐待する。

そんな考えて当事者と付き合っていると、
虐待してしまう私自身をいかに他の力を借りて、制御するかを考える。

身体的に相手を制御してしまった私自身をさらけ出し、
その手前にある「本人の意思」と「私自身の見立て」とのズレを、
他者との関係の中で検証し、次の聞かい次の機会へと活かすことを考える。
又、
自分自身の支援の不十分さを当事者に詫びつつ、
関わり続けられる方法を見出そうとする事で許しを請う。

身体的虐待は、たとえ密室状態であったとしてもやってしまった私自身が存在し、
地域の中で様々な関係が当事者の周囲にあれば、いづれ白昼のものとなり、
一緒に考えていくしかないという流れがあったりする。

ところが、
非常に厄介なのは、
虐待の一つに位置づけられている
「ネグレクト」という話。

介助者が声をかけなければ行動しない重度知的当事者の場合。
彼らも又、何も考えずに介助者の指示を待っているわけではない。
様々な意味があって、事象としては「声をかければ行動する」ということ。
例えば、
自らが動くと「叱られた」という経験が数多くある。
いろいろやりたいことはあるがどこから初めて良いか解らない。
介助者に気を使いすぎ、介助者のことが理解できないから動けない。
等々。

只々、じっと動かない重度知的当事者。

介助者ノートを見ると、
「今日は休日。仕事の疲れからか、出かけようとせず眠そうだったので、昼寝を勧めたら、一眠りしました」とあったりする。
たしかにそんな日もあると思う。
しかし、
休日の度に
「今日は眠そうでした」
「元気がなく家で過ごしました」
「本人の要望を待っていたら結局一日自宅で過ごしました」
等々。
「のんびりと過ごす休日」が現れたりする。

しかし、
「最近の介助者は、目新しいことを提案してくれないからつまらない」
「提案を待っているのに提案してくれないから、結局家で過ごすしかなかった」
などと本人が描いていたら?

親もとで過ごしていれば、休日ガイドヘルパーを使う時、
なんやかんやと親からの指示があったり、「外出」という前提があるのでヘルパーは当事者に対してあれこれ提案を考えてくる。

これが、一人暮らしをしている人の場合、
誰も、何も、指示してくれない。
当事者とヘルパーとで考えなければならないのだが、

先ほどの「行動障害」を伴う当事者のように、常に目が離せられないという状態ではない分、
目を話すことが、実は「ネグレクト」という「介助放棄」状態に陥っている場合があったりする。

それでも暮らしは廻っているので、
そのような状態になった時、
介助者は自らがそのような状態を招いていることに気づかない。
又、「元気がない」というように本人の状態を理由にできてしまうし、
「暴行の跡」というように目にわ見えない状態に、
周囲もその理由が間違っているかもという疑問は抱かないし、
疑問を抱くには、
毎度現れる休日を比較して報告を聞き、検証しなければ見えてこなかったりする。

そんなことを思うと、
実は心的虐待よりもネグレクトという介助放棄による虐待の方がより深刻で、
表面化しにくい状況のように思う。

そして、
重度の知的当事者たちも、
「とりあえず廻っている」と思われていることに耐えられなくなる時があたったりする。
満を持し行動に移った時、
周囲は、「行動障害」と称しその「行動」を制御すれば、
ネグレクトという虐待を受けている上に、その抵抗としての抵抗としての表現も否定される。

そんなことを考えつつ、
いづれも虐待は虐待。

何を虐待とするかは、一人で考えても見えてこない。

だからこそ、
自らの介助のあり方を意識し、
自らの介助をオープンにし、
他者の目と他者の想いを互いに共有し合いながら、
その先の介助を考えなければならないと思う。


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2015年10月12日

伝える/伝わる

私達と異なる世界観を持ちつつ私達の世界観の中で生きている知的や発達の当事者たち。
彼らと日々やり取りしていると、
「伝える」ことと「伝わる」ことの間に大きな開きがあることを思い知らされている。

こちらは相手に解りやすく伝える。
相手はそれに応えて「はい」と了解する。
しかし、
その「はい」が「了解」の「はい」ではなく、
「聞きました」ぐらいの意でしかなく、
「聞きました。(でも、よく解りません)」の(  )部分が言えず、
言葉になった部分だけを私たちは受け取りその先を対応している場面がたくさんあるように思う。

こちらが伝えた事と相手に伝わったこととの違いはなかなか理解できない。
なので、伝わっていなかったという後々の結果も糧に、
個々の当事者とやり取りを重ね、
その差異を意識し、
懸命に「わかりやすさ」を追究する。

言葉だけでなく文字にして伝える。
漢字にふりがなを振る。
絵や写真を使い説明する。
事前に予行演習をして混乱をなくす。
当事者をよく知る介助者を手配する。
相手に通じる言葉を考える。
等々。
本人に伝えるための努力を懸命に担う。

それでも「伝える」ことと「伝わった」ことは違う場合がある。

「伝える」ことと「伝わる」ことは違うという前提を持って日々やり取りしているのだが、
「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」という現実に遭遇すると、
「あれだけ懸命に伝えたのに、あなたもその時わかりましたといったのに」と
「伝える」側の責任ではなく相手の責任にしてしまう。

「解りやすく伝える」というのは支援の側の責任。
しかし、
本人が「はい」といった瞬間に支援者の責任は消え、
後は全て本人の責任となってしまう。

それは、
支援者が「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」時の当事者の責任が大きくなる。

「伝える」と「伝わる」というのは本来相互作用であるから、
その結果においては、相互に責任が生じるものだと思う。
しかし、その責任は前半は支援者で後半は当事者が負うというような区分担っているように思う。

支援の側の責任は「伝える」という行為から「伝わったか」という確認、そしてその実際の全域に渡り存在するものだと思う。
当事者の側も同様に「伝えられた」事柄に対し、解るまでしつこく聞くとか安易に「はい」と言わないと言った事から、相手の意図と違っていたらそこから一緒に考えようとする責任とかがあるように思う。
(ただ、当事者の側の責任と言っても、それを奪ってきた私達の側の責任があると思うが)

「伝える」「伝わる」そして、その実際。

全てに渡り全てに責任を負うということであれば、
実は
「解りやすく伝える」ことだけに懸命になりすぎると、
最後までたどり着けず、結果当事者の側を責める事になるように思う。

決して「解りやすく伝える」という事を放棄するという話ではない。
ただ、懸命に「解りやすく伝える」ことのみに頭を回し続けていると、
本当に「伝わっているか?」という疑問に意識はいかず、
又結果「伝わっていなかった」時に起こる不具合にどう対処するかという次なる展開へは進めず、
当事者の側のみを責めてしまったり、当事者の能力のせいにしてしまい、
支援者のエネルギーを、次なる相互の関係につなげるに至らないように思う。
そうなると、次の「伝える」という場面での「解りやすく伝える」という行為も、
「どうせわからないなら」となってしまうように思う。

支援者と一言で表しても様々なので、どこにエネルギーをかけるかも人それぞれ。
何が良いか悪いかではないと思う。

「解りやすく伝えること」に懸命になる人がいても良い。
「伝わったか」を検証する事に力を注ぐ人がいても良い。
「結果」から次の場面での伝え方を考えるということを強く意識する人がいても良い。

逆に一人の支援者がオールマイティーにこなせるとは思わない。
こなしているように見える場面もあるが、
それは、固有の関係の中で成立しているだけで、
全ての人に当てはまるものではないと思っている。

あくまでも私の場合だが、
長年当事者たちと付き合っていると、
私が意図したことが相手に伝わっていないという場面を何度も遭遇してきた。
懸命に伝えようとすればするほど、伝わらなかった時のショックは大きく、
自分自身を責め、相手を責めてしまうことがしばしばあった。
又、自分自身を責めるということはとてもつらいので、その割合は相手を責める方へと傾いてしまうということにも気づいた。

なので、
あくまでも私の場合だが、
「解りやすく伝える」事に努力するよりも、
相手に「どう伝わっているか」を意識する。
「どう伝わっているか」に関心を持てば、
現れる結果に対し、その場の対処も柔軟さが増す。
「それでは伝わっていなかったか」と私自身を振り返る機会になり、
次の「伝える」ことにおいて「今回の不具合を次に活かす」ということに関心にもつながる。

「解りやすく伝える」ことの努力よりも
「伝わったか否か」を理解/意識することに努力する。

限られた空間の限られた時とは違い、
生活という日常における「伝える」「伝わる」を考える時、
そこにある大きな開きを常に意識し続けるための、
私としては結果からやり取りしている。

そんな私だけど、
「解りやすく伝える」というアイデアは非常に乏しい。
だから、「解りやすく伝える」事に懸命になる人の存在はとてもありがたい。

自分の取り組みが「必ず伝わる」という努力を重ねることは大切だと思う。

だから、「伝える」「伝わる」ということの大きな開きを互いに意識して、
その間を埋める努力は、様々な人との連続性の中で積み重ねていきたいと願う。
posted by 岩ちゃん at 00:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

Kさんの段取りと支援者の段取り

今朝、自閉症を伴う重度知的のKさん宅へ介助者として伺う。
泊り介助を担っていたNさんが調理中。
「交代時間直前に依頼されました」との事。

依頼の内容は、焼ウィンナー・コーンスープ・アップルパイの3品。
焼ウインナーとコーンスープは仕上げ段階で、アップルパイは手つかず状態。
Nさんがそのまま作業をしながら引継ぎ。
アップルパイのみ私が作る事になった。

その他あれこれ引き継ぎをしている所に、
家主のKさんが現れる。
私は「Kさん。私がアップルパイを引き継いで作りますね」と言いかけた瞬間に、
ドタバタと暴れ出す。キーキーと声をあげ、「ハイ!ハイ!」と応える。
(この場合の「ハイ」は「了解」の意というよりも話しかけないでの意)

それを見た私は「ごめん!ごめん!」と謝る。
それは、たぶん彼なりの用事があって出てきた所に、私が声をかけたと思ったから謝りました。

でも、
もしかしたらアップルパイの件かもしれないとも思いました。
すなわち、
Nさんにアップルパイ作ってもらおうと頼んだのにNさんは帰ってしまう。
私にアップルパイを作ってもらいたくないのに、作ろうとされている。

そんな風に想い描くと、
Nさんに対して、「アップルパイができるまで介助を延長して」とお願いする。
Nさんがいなくなってしまうのだから、Kさんにアップルパイをあきらめてもらう。
という対応が頭に浮かぶ。

アップルパイが好きなKさんだと知っている私は、
いづれ私にも作らせてもらえるよう努力する。
無理くり作ってみて反応をみるという事を考える。

私は「アップルパイを作る」事自体誰が作っても同じだと思う。
でも、同じでない自閉症の彼。
そこも理解し、さらに「依頼する」という困難さもあれこれ思い、
私はいかに応えていくか等と考える。

「私がアップルパイを作る」と伝えるとドタバタ落ち着かない彼。

あれこれ考えるもふと頭を過った事。
泊り介助のNさんが交代時間のためにできなかった事を、
「アップルパイは、後のヘルパーさんにお願いしておきました」と言って帰る。
私は「Nさんから引き継いだよ」とその後を付け加える。
すると、Kさんは私にやらせてくれる。
そんな事を思い出した。

そして、
Nさんに改めて「アップルパイを作るの。お願いしましたから」とKさんに伝える。
Kさん「はい!」と自室から応える。
(先の「ハイ!」ではない雰囲気)

改めて、「アップルパイを作りますね」と私が言うと。
「はい」と応えるKさん。

結局アップルパイは、無事つくる事ができた。

そんな朝の介助を振り返ると、
Kさんは「Nさんにアップルパイを作って」と依頼する。
その依頼に応えるという事は、「アップルパイを作る」に応えるのではなく、
「Nさんがアップルパイを作る」という事。
それが叶わないのであれば、
「Nさんにアッププルパイづくりを依頼」したが、「Nさんに」の部分の変更を求め、
その了解の下「私がアップルパイを作る」という事にしなければならないのだろう。

そこを「同じアップルパイ」と想い描き、それをなぜ作らせてもらえないのか?
なぜ、Nさんでなければならないのか?とだけ描いていては、答えは見えない。

今朝のKさんにとっては
Nさんであっても私であっても良かったのだと思う。
ただ、依頼した相手はNさんだから、Nさんから私への変更を了解できれば良かったのだと思う。

でも、
その事を端折り、「アップルパイを作る」事のみ目を奪われていると、
Kさんにしても私にしても、互いに了解が取れない中で先々しんどくなっていくのだろうと思った。

当事者が描く「段取り」は、ともすれば「こだわり」と捉えられる。
支援者が描く「段取り」は、「常識」として暗黙の中に置かれ、互いの常識が一致していなければ、当事者の側の能力や責任にされてしまう。

「段取りを組む」というのは、
お互いが想い描いている事を交換し合い、互いに結果を出すために組むんだと思う。
「組む」という中にある、互いの「段取り」
私たちの「段取り(無意識下のものも含む」を押し付けなければ、上手くいく事があるんだというだと思いました。
posted by 岩ちゃん at 14:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

本人中心から課題中心へ

重度身体当事者たちの自立生活運動。
「本人中心の介助/介護」を勝ち取ってきた。
親や教師等を中心に担われてきた就学運動。
「障害の有無によって子ども達を分けない」事に取り組んできた。

私は、
自立生活運動と就学運動とは同一線上にあるものと思ってきた。
しかし、
意外にそうではなく反目しあう場面があり、
どこか別物として、共闘を組むということはなかなかあり得ない。

何故か?
単純に見れば、
自立生活運動は「障害当事者本人による運動」であり、
就学運動は「障害児の親たち」の運動として置くならば、
後者は本人の運動ではないため同一線上とは言えなくなる。

それで、
私はなぜ同一線上にあるといえるのか?
それは、
私自身が「障害当事者」ではないし、「障害児の親」でもない中で今日まで様々な取り組みを担ってきたからだと思う。
障害の有無にかかわらず、子ども達の関係づくりが活動の中心であった時。
その先にある自立生活(親もとを離れ当たり前に暮らす)ことは一つの目標であった。
逆に、子どもたちが大人になり、実際親もとを離れ自らの暮らしを営むようになったら、
日常生活の支援に関わる私は、いま大人となった人たちの人生の連続性と継続性を意識し、
就学運動を担ってきたからこそ見える様々なことがあると感じている。
又、30年前「子どもたちの将来を思うと」と教育委員会や学校側から言われることに対し、
同じく「子ども達の将来を思い」と切り返してきた。
しかし、そこにはまだ見ぬ将来があり、ひたすら信じて取り組むしかなかった。
でも今は、かなりの確信を持って信じてよかったと思っている。
さらには、当時学校や教育委員会と戦うしかなかった事が、
新たな視点で将来にとって必要となる取り組みもあれこれ考えられるようになった。
(とは言っても、学校や教育委員会は耳を貸さないけど)

そこで考えるに、
「当事者中心」という言い方は私もしてきた。
「当事者中心に」といった時の、「私の主体って何?」とも悩んできた。
「結局私は私でしかない」と開き直ったことも。

でも、
この「本人中心」という言い方。
世の中誰一人として単独で暮らしているわけではない。
介助/支援と言った人たちだけが関係者というわけではなく、
地域にいる様々な人とのつながりや関わりがあってこその地域生活である。

しかし、
社会の側は、「障害者」と呼ばれる人たちと関わりたくない。
「自分も同じ立場になることもある」という目に見える身体機能面での同一視は広がっているように思うが、それは、どこまでいっても健常者社会の許容量の拡大でしかなく、
許容量の外・想定外の事柄については、排除が拡大されているように思う。

「本人中心」という時、
どこか「私達健常者に迷惑がかからないならどうぞご勝手に」となっている現実を感じる時がある。
昔と比べれば格段に進んでいるように見えても、
一旦健常者社会が迷惑と判断したらたちまち切られていく。

果たしてそんな「本人中心」で良いのだろうかとも思う。

あれこれ考えてきた私だけど、
「本人中心」という時の自分の立場の拠って立つところの無さ。

それでもここまでやり取りしてきたことを振り返れば、
どうも、
「本人中心」というよりも目の前に起こっている「課題中心」という発想で取り組んできたからのように思う。
輪の中心に重度知的当事者や急性期の精神当事者を置くと、
たちまち私達の価値観が大きく作用し、関わる人たちのコンセンサスを得るところからはじめなければならず、待ってくれない支援。拠って立つところがない故に支援の場を去る人。
長年取り組んできた者や障害児の親や障害の専門家たちに逆らえない、
新人や障害児の親でない人や一般人たち。

そんなこともあれこれ見てきた中で、
そろそろ「本人中心」という表現を止め、
「輪」の中心に「課題」を置く「課題中心」の取り組みという発想が必要かと思う。

課題とは何か?
私の場合は「障害の有無に関わらず、誰もが地域で当間に過ごす」という想いに対し、それを阻害される事柄が課題だと思っている。(なので、障害に関わるありとあらゆる事柄が課題となってしまっている)

例えば、
普通学級に入学するという課題。
普通学級に通い続けるという課題。
子ども達の放課後という課題。
進学や就職といった課題。
人生の選択と言った課題。
親もとを離れて地域で暮らすという課題。
その他あれやこれや。

その時々に現れる「課題」を当事者自身もその親も周囲の人達も同一円の線上に位置して、
ともに課題を解決していく。

障害当事者も特別な人ではなく、
「課題」解決に向けた一メンバーとして位置すれば、
その場から排除するわけにはいかない。
又、
排除せずに検討検証する方法が課題となる場合もあるだろう。
それでも、一メンバーとして存在し続ければ、自ずと課題の解決も見えてくるように思う。




posted by 岩ちゃん at 13:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする