2016年05月25日

機会の平等/結果の平等 合理的配慮について

4月から施行された差別解消法。
合理的配慮についてあれこれ語られている。
既に誰かが語っているのかもしれないが、
昨日自立支援協議会内に設置された権利擁護部会の初会合。
合理的配慮にまつわる話が出されたので、自分なりの想いを書き留めておきたい。

10数年ほど前、地元では「障害児の公立高校進学」ブーム(?)が巻き起こり、
数年間毎年公立高校を受検する子ども達の支援を担っていた。

「意欲と希望のある子どもを受け止める事」とそれ以前からの地道な交渉の結果、
都教委は各高校に通達を出すという状態にあった。
しかし、
合否の裁量権が校長にある中で、定員内不合格を出す高校があり、受検に際しては願書を出す段階から合否の結果に至るまで、当該高校や都教委との交渉が繰り返されていた。

都教委としては、「措置の申請」という制度を設け障害のある子どもが受検する際には、
時間の延長や選択肢による問題や音読/代筆と言った、障害の故に他の子どもたちとの不利益が生じないよう個別の状況に応じて配慮がなされていた。
ただ、
その配慮も、高校側からすれば「不正に繋がるのでは?」と言う理由で、すんなりと通るものではなく願書提出の後、様々な形で協議が重ねられていた。(これが、単なる協議であれば、合理的調整として高評価を与えられるのだけど、実際は「交渉」と言う形でこちらが一方的に主張し学校側は応じるか否かと言うせめぎあいだった)

いくつもの高校とやり取りする中で、ある高校の校長が
「どうぞ受検してください」「措置の申請?存じています」
「受検に際して、必要な配慮は何でもおっしゃってください」ととても理解のある人に巡り会えた。

と思っていたら、
「うちの高校は、定員割れしたことがないので受検するのは勝手ですが、合格はできませんよ」と明言するのです。
また、
その翌年も、同様の校長がいました。
この校長は「受検する事は認めますが、受け入れることはできません」と言い続けていました。

先の校長に対しては、
「もし、定員割れしたなら受け止める」という事を約束させました。
その結果、
異例の定員割れ!「天は我々に味方した!!」
定員割れをした校長は、「青ざめた表情でいた(都教委職員の弁)」
青ざめつつも約束を守ってくれた。

しかし、
その翌年の校長は、定員を3人超えただけで例年なら全員合格なのに、
障害当事者1人を不合格にするため他の2人までも不合格にして、定員数を合格者数とした。

その経験が意味するものは、
受検の機会は、合理的配慮によって保障するも、
結果については、障害を理由に不合格とする。

すなわち、
対応要領等で窓口を訪れる障害者に対し様々な合理的配慮を行いつつも、
支給決定においては、公平性の下本人にとって必要となる支給を認めない。

対応要領は、合理的配慮の中のごく一部。
求める所は「障害を理由とする差別の解消」

エレベーターの設置等による段差の解消・大きな文字や簡易な文章の使用・手話通訳者の配置等々、
窓口に障害者が訪れて、様々な相談が容易にできるようになる事はとても大切な事。

しかし、
「にっこり笑って、すっぱり排除」という合理的配慮では意味がない。

差別解消は、障害ゆえに自らが望む暮らしができない状況に対し様々な手立てを行う事であり、
行政に義務が課せられている。

「親もとや施設や病院を出て、自らの暮らしを実現したい」という当事者。
その意味は、
障害の故に、
親と暮らさなければならない。
施設や病院でしか暮らせない状況があるから、それを望んでいる。

しかし、
行政の対応は、
「想いは受け止めるが、GHの空きがないので無理」
「想いは受け止めるが、ヘルパーの支給量は認められない」

そのような結果に対する平等
結果に対する合理的配慮がなければ、
機会の平等のみの合理的配慮は、
差別解消に向かうのではなく、
差別をひた隠すための配慮にしかならないように思う。

posted by 岩ちゃん at 17:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

「自分の事だから何でも聞いて」と支援者は言うけど・・・

GHを見学に行く予定の当事者。
これまでは、いかに受け入れてもらうかという対応だったが、
希望すれば受け入れ可能となった段階では、
逆にGHを選択するための情報集めが必要になる。
なので、
私も含め周囲にいる支援者たちは当事者に対して「いろいろ質問してね」という。

でも・・・

「いろいろ」という意味も「質問する」という意味も実感が伴わない当事者。
いざ質問しようにも何を聞いて良いかわからない。
なので、「聞いてみたい事を考えよう」という機会を持った。

「何でも聞いて」と言われても答えられない原因の一つには、
何度も受け入れを断られ続けてきたため、
「質問したら断られるのでは?」と臆病になっている点が見えてきた。
(不用意な質問は墓穴を掘るという事は私たちにもあって当然のこと)
GHに入居したいと願っても、
「今度、断られたら」と思うと気軽に質問はできない。
相手の言うがままに形だけ承諾し何も聞けず。
いざ入居してみたら、
本人にとっての想定外の事がたくさんあり、
もしかしたら収拾がつかなくなってGHでの暮らしが成り立たなく場合もあるかもしれない。
それを防ぐためにも事前にあれこれ聞いて納得のいく入居が必要だと思うのだが・・・

「断られたら一人暮らしという選択もあるから、安心して聞いてみて」と、
まずは質問できる安心感を持ってもらう。
すると、あれこれ聞いてみたい事が出てくる当事者。
初め、10も聞く事がなかった当事者が、
20〜30あれこれ出してくる。
同じような質問も中には含まれるけど、
まずは、質問しても良いという事を大事にする。

不安を解消しつつ、さらに自らの暮らしの希望を聞く。
すると、彼の想定は今の暮らしのまま。
新たな場に移れば当然違った環境や関係の中で、新たな暮らしが始まっていく。
今の暮らしがそのまま続くという感覚でいれば、
あえて聞くまでもない。
「聞けない」ではなく「聞く必要がない」状態。

でも実際は、まるで違った環境や関係が始まる。
その点については、なかなか想像ができない当事者。
なので、
当事者が描いている暮らしというものを聞き、
私自身の暮らしを伝える中で生まれる差異を明らかにし、
「あなたと私と違うから、GHではどうなっているか聞いてみないとね!」という形でさらに質問事項を増やす。

初め10もなかった質問が、いつの間にか50近くになっていた。
「考えれば出てくるもんだね〜!」と彼を持ち上げる。
「目標を100にするか〜!」と冗談っぽく話す私。
「えぇ〜〜。そんなにないよ〜」という当事者。
でも、
その表情はどこか嬉しそうで、既にやり取りを開始してから1時間は過ぎていたが、
彼のモチベーションはどんどん高まっていた。

モチベーションは高まりつつも、詰めてやり取りしていたので時折集中力が欠ける。
言い訳がましくその場を離れウロウロする当事者を見て、
気持ちをリフレッシュしているのだろうと。何度も席を離れては戻る彼のペースに合わせやり取りを続けた。

結果、2時間ものやり取りの中で70もの「聞きたい事」が出された。
「無理だよ!」と言っていた彼だが、時間の都合でそこまでにしようと提案すると、
「100まで頑張りたい」と言っていた。
でも、時間がないので70という切でやり取りを終えるための説得をした私。

その中身はと言えば、
他愛もない質問も沢山ある。
繰り返しの質問もある。
主語が変わっただけで同じ質問という事もある。

自らの暮らしについて自らが聞くというのはとても大切で私たちにとってはあたりまえの事。
それは、当事者にとってもあたりまえで、支援があればいろんなことを質問できるという話。

70もの「聞きたいこと」を出してきた当事者。
中には、かなり鋭い質問やその質問をあえてしなければならない本人の状況も見える。
私ならどう答えるだろうかと考える。
中には、私自身不問にしたいものもあった。
でも一つを不問にすればすべてが不問になるのだろうと思う。

今回は、私以外の人たちと一緒にGHを見学するという事だったので、
当事者に対して第三者として「聞きたい事」を書き起こすことに徹した。
当事者が挙げる問いをひたすら書き起こしただけの私。
なので、私自身が彼から問われることもなければ、私の答えは出さなくて良い状況なので助かったと思った。

「良い支援?〈生活書院)」の中で末永氏は
「当事者に聞いてはいけない」という。
逆に私は「当事者はもっと聞いて良い」という事を思う。
でも彼とのやり取りをしていて、
私たちは私たち自身に対し「当事者から聞かれたくない」オーラを常に出しているんだと改めて思った。

私自身も不問にしたい当事者からの問い。
一問一答で私自身に問われていたとしたら、
「そんなこと聞かなくても・・・」の一言で、その次の質問はもう出てこないだろう。
「その質問は、既に聞いたよ/答えたよ」と言えば、
何をその前に聞いたか覚えていない当事者は、
その後聞いた質問が、まだ聞いていない質問かどうかと悩み、
結果何も聞けなくなってしまう。

「自分の事だから何でも聞いて」と支援者は言うけど・・・
聞かない事は関心がない事では決してない。
聞きたくても聞けない何かが当事者の側にある。
それを今回少し感じる事ができた。
そして、まだまだ当事者の事を理解していない私は、
私自身が応えられる範囲のみでの質問を求めているのだと思う。
すなわち、
「何でも聞いて」と言いつつ
「そんなことを聞くなよ」という判断を、
私の側が常に持っているという事。

それは、とても無自覚/無意識に起こっていると思う。
無自覚/無意識に起こるものを自覚して意識的に考えて、
当事者と向き合えというのは不可能。
ならば、
私自身は無自覚/無意識であっても、
立場が違う人・考えが違う人・利害のある人ない人等々
私以外の人が当事者とともに私に対して聞きたい事を出す支援を行ったら。

当事者の新たな一面を見ることになるだろう。
私自身の無自覚/無意識な事柄に気づく機会が生まれるだろう。
聞かれたことに支援者それぞれが回答することで、
当事者のみならず、関わる支援者の意識も見えてくるだろうし、
その意識の中で当事者は暮らしているという事も意識できる。

様々な立場や意見で当事者に向き合うと「当事者が混乱する」としばしばいわれる。
しかし、
このような取り組みを行う事で、支援者は私も含め、自分の無自覚さや無意識に担っている事が問われることになり、答えようのない問いに「支援者が混乱する」という事だとも思った当事者とのやり取りでした。

posted by 岩ちゃん at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

「障害のある子のカルテ義務化」の恐ろしさ

今朝一番に目についた記事。
『障害ある子の「カルテ」義務化 小中高共通、学校が作成』
朝日新聞デジタル 5月15日(日)3時6分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160515-00000009-asahi-soci
=====
「障害のある子どもを小学校から高校まで一貫して支援し、進学や就労につなげるため、文部科学省は進学先にも引き継げる「個別カルテ(仮称)」を作るよう、各校に義務づける方針を固めた。通常学級に通う比較的軽い障害や発達障害の子どもも対象で、2020年度以降に導入する。」
=======
この記事を読んで恐ろしさがこみ上げてきた。
これまでだって、同様のことがされてきたし、
一旦事が起これば、遡って情報を収集できるほど、「障害児」についての情報はあちこちに蓄積され管理されている。
それを学校という場で一貫し「個別カルテ」と言う名の統一された書式で収集し続けると言うもの。
それを卒後の役に立てるというのだが・・・

最近、書き上げられないブログ記事が増えていて、「未公開」記事だらけ。
この記事を巡っても十分書ききれないと思う。
記事を読んで心臓バクバクの私。
取り急ぎ気持ちを落ち着かせるためにFBに書きなぐった。
でも、FBよりもブログの方が人の目につくので、
以下、FB上で書きなぐったものをそのまま載せて、いろいろコメントを頂きたい。
〈但し、コメントに対してどれほど反応できるかの自身はないのであしからず)

==以下FBをコピペ==
「自分が嫌と思うことは他人にやってはいけない」と教わってきた。
これが、私の「カルテ」我が子の「カルテ」で、そのカルテが小中高と引き継がれていくとしたらなんとも恐ろしい。
そして、卒業後この「カルテ」はどうなるのか?
様々な個人情報が蓄積された「カルテ」を卒業と同時に破棄するなんて思えない。
「個別カルテ」は、文科省から厚労省へ。すなわち、学校から行政に引き継がれ、「サービス等利用計画」の名の下で活用されることが容易に想像できる。
そしてこの「利用計画」。
本来は、本人が望む暮らしに対するサービスを提供するためのものなのに、
周囲を見渡せば、本人を管理する計画になってしまっている。
すなわち、
「個別カルテ」は、「個別支援教育」と言う名目で集められ、卒業後は「個別支援」と言う名目で、行政等が利用する事になる。
すなわち、
「カルテ」は、「カルテ」を使う側に必要なものであるから、「カルテ」を基にその人が地域で暮らすことが妥当か、入所施設が良いのか等々の判断材料にされてしまう。
「カルテ」を基に、成年後見制度利用を強制されるかもしれない。
現状、新規に障害者手帳や年金や諸制度を利用しようとする時、
「母子手帳」の情報を求められる。
出生時の状態や病気や◯歳児検診の結果等々の情報を求められる。
しかし、そのような状態にあっても母子手帳への記入が終わった後の暮らしに拠って当事者の状態や状況は大きく変化する。
なので、
私は母子手帳の提示を求められても、こちらが必要と思えない情報は、すっとぼけて伝えることはしない。
逆に、
幼い頃から付き合い続けてきた障害を持つ子ども達に対する情報は、私の頭の中にたくさん蓄積されている。
身体当事者以外の障害者が重度訪問介護を利用する際に求められるアセスメントは、長年付き合い続け蓄積された情報を基に私が書いている。
そこには、「当事者の一人暮らしを実現する」と言う明確な動機を基に、作成していく。
すなわち、
私の中にある「個別カルテ」も学校がこれから蓄積していこうとする「個別カルテ」も、それを使う側の意図によって真逆の状況を生み出すということになる。
本人が預かりしならないところで蓄積される情報を、あずかり知らない人たちが使っていくことはとても恐ろしい。
そして、
「個別カルテ」が障害を持つ子ども達に必要ともっともらしく言っているが、
障害児に限らず他の子どもたちに対しても、この先同様のことを行っていくように思う。
それは、
「高校生の政治活動を届出制に」などとサクって言えてしまう昨今の状況から見て取れる。
「障害児の支援教育」と言えば、障害児でない子どもたちには関係ないように思うだろうが、
現状の「支援教育」は、発達障害児の登場により、子ども達の状態を「スペクトラム」なるものとして、学校側に不都合のある子ども達は皆いつでも「障害児」として
位置づけられる。
個人と個人の関係の中に生まれる「障害」を、個人の症状としてのみ見て、周囲にとって「迷惑」か否かで判断していく。
その「迷惑」が、互いの関係の中に生まれるものではなく「学校」と言う統一された価値観にハマるかハマらないかで判断されていく〈判断されている)
「個別カルテ」は決して「障害児」のための「支援」教育ではない。
「個別」と称し子どもたちの関係を分断し、
「カルテ」として蓄積された個人情報を、卒業後までも使って、人を管理していく。
今朝、一発目に目にしたニュースの恐ろしさを感じ、胸がドキドキしている。
まとまりのなく書きなぐっているのは、描いた恐ろしさを少しでも和らげたいと思う私の状態の故。
もし、社会にとって不都合な人を「障害者」として置き換え、彼らを社会から排除する事が良いとするなら、その理由付けとしての「カルテ」が重要だと思う。
しかし、
もし、「障害者」ではなく一人の人格として、ともに歩むことともにこれからの社会を作るというならば、
個人に焦点を当てた「個別カルテ」なるものを作らせてはいけない。
そして、「個別カルテ」を作成する趣旨のみを見ていくならば、
作らなければならないのは「個別」の「カルテ」ではなく、
毎年新しく子ども達が入学し、毎年卒業と言う形で送り出して行く、学校が様々な子ども達とどのように接し、教師や学校はすべての子ども達を受け入れるために何をどのように取り組んでいるかと言う「学校カルテ」だと思う。
そして、
その「学校カルテ」は決して個人を診るものではなく、学校の取り組み方のカルテであり、子どもたちと関わる全ての人に開示できるものであり、開示する事でともに今の学校教育を考える機会にすべきと思う。
差別解消法が施行されてから、
世の中は解消の方向に進んでいこうとしている。
しかし、
成年後見制度利用促進法やこの「個別カルテ」と言う話は、
さも当事者たちの権利を護るように装いつつ、
実は、特定の誰かによって個々の当事者の暮らしを管理されていく〈管理できる状態に置く)ようで、とても解消の方向へ進もうとしているようには思えない。
==以上==
posted by 岩ちゃん at 11:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 個別カルテ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

障害児の放課後デイサービスにあれこれ思う

昨今の放課後デイサービスの乱立に危惧する私。
否、乱立と言うよりそもそも放課後デイサービスが必要とされ、整備され、学校側から勧められる状況自体が問題だと思う。
すなわち、
学校では、支援学級や支援学校という形で子ども達が分けられ、
放課後では、放課後デイサービスに送迎付きで直行し、その道すがらも含め子ども達の時間を分けられる。
「障害児」を持つ家族が楽をして何が悪い?
いわゆる一般の家庭以上に様々な支援を必要とする状況下で、たかだか放課後の数時間を楽したからといって、デイサービスから帰ってきた後の暮らしは家族に全部押し付けている状況。
煮詰まる状況に、ちょっとだけ周囲の目に止まる形で楽をしたからといって、見えない部分での大変さに周囲はほとんど気づいていない。
そんな事を思うと、
親以外の関係を作ることの大切さを思う。
ただ、
その作り方が、障害児のみを集めて取り組むという事がおかしい。
「素人職員」の話が出てくるが、
障害児ばかりが集まる場の中で、「専門性」を身に着けて関わる事にどれほどのメリットが有るというのだろうか?
放課後デイサービスを学習塾として捉えれば、個人が身に付けることに対する専門性はあっても良いと思う。その専門性を見極め選べば良いと思う。
しかし、
「圧倒的に不足している」「乱立している」という状況は、学習塾という「個人が何かを身につける場」としてだけあるわけではないだろう。
社会に住む人達は皆「障害児」に対して「素人」だと思う。
「親」であっても、「素人」だと思う。
社会一般の人と親は、どちらも「素人」だと思うが、
その違いは、関わらなくても済む状況にないかあるかの違いでしかないと思う。
すなわち、とにかく目の前の状況をなんとかしなければならない親たちは、様々なところに相談したり、人に頼ったり、情報を収集し活用し、実際面でも自らの内面においても懸命に担って日々を廻していると思う。
殆どの親は、ある日突然現れた我が子に対して真摯に向き合うだけで、生まれる前から「専門性」をもって子育てしているわけではない。
日々の積み重ねの中で「専門性」を身に着けていると思うし、
一般化された「専門性」を身につけられず、その「専門性」が実は悩みの種でもある事も含め、日々悩みつつ格闘し続け自分を卑下し続ける親たちもたくさんいる。
それでも、生活を回す状況。
だから、
放課後デイサービスを担う人たちに専門性を求めるのではなく、
親と同じようにはいかないまでも、とことん目の前にいる子ども達と付き合い続ける事が重要だと思う。
そして、
「練習台」というが、
それは子ども達にとっても、自らのことを理解してもらいえないこの社会にあって、周囲の人達との付き合いを練習する場でもあったりする。
子どもも大人もとことん人と付き合うことにおいて互いが「練習台」となり、様々な経験を積み重ねていくことは大切だと思う。
確かに、
送迎付きで、ひたすら親に対しておべんちゃらを言い、実際の中身は放ったらかしという放課後デイサービスもある。
本来そのような場は淘汰されていくと思うが、不足する状況の中では、それでも良いから利用したいと思う親たちがいたりするので話はややこしい。

もし、
専門性を欲するのであれば、いかに地域という様々な人が行き交う場に子ども達を戻していくかということに力を注ぐ事が必要だと思う。
放課後デイサービスに行くことで、本人が抱える困難さや本人が想い描くことを明らかにし、関わり方やその実現に向けた支援を明らかにするための関わりが必要だと思う。
そして、それを「障害児放課後デイサービス」として児童である間ずっと利用するのではなく、一日も早く一般の学童クラブや児童館の利用等につなげ、デイサービスの利用を終了したり、後方支援に徹する状況を生み出すという専門性が必要と思う。
または、障害児のみを対象とせず、地域の子ども達も常に参加できる場にすることで学校生活において奪われている出会いや関わりを取り戻すための専門性というのはありかもしれない。

しかし、
今の放課後デイサービスの対象は、あくまでも「障害児」であり、地域の子ども達との交流を求めることは許されない。(様々な制約がある)
厚労省が指向している事(厚労省に求められている事)は、「支援」という心地よい言葉に隠れ、子ども達を選別するための場でしかないと思う。
否、子ども達の日常である学校がそもそも「障害の有無」によって文科省が子ども達を選別している事で、それを補完するサービスを厚労省は目指している。
すなわち、
分けることを当然とし、分けた結果起こる不具合を補完する構図は、
子ども達が大人になった後においてもやはり、分けれれて当然で、分けた結果起こる不具合をサービスの対象者として補完する。その事で「障害者は一生この社会にとって特別な人」として「扱われる」事になる。

「個別の対応が必要」と子どもたちに向き合いつつ、
成人した子ども達の行く末は、生活介護やグループホームといった集団での対応があたりまえにされている。

放課後デイサービスが乱立する中で、
この記事のような批判はしばしば聞こえてくるようになった。

しかし、
この記事の視点で展開すれば、
子ども達はますます分けて関わる方向へと進むように思う。

世の中少子化で子どもの数が減っている。
という事は、
これまでに作られた児童館や学童クラブという場を利用する子どもの数も減っている。
児童館や学童クラブには、子どもの数が減った分の余力があるはず。
そんな中、あえて放課後デイサービスを充実させていくという話ではなく、利用する子どもの数が減った児童館や学童クラブをどのように活用していくか?
誰にとっても利用可能な状況をいかに作っていくかが重要に思う。

posted by 岩ちゃん at 09:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月07日

知的当事者の親からの支援依頼と「意思決定支援」

「うちの子の支援を担って欲しい」と言う依頼が舞い込む。
その内容は、
「親も高齢になり、我が子のこの先の支援を準備していかなければ、本人の暮らしが行き詰まってしまう」というものでした。

これまで、両親をベースとして一人で何でもやれてきた軽度知的の当事者。
ベースがあるからこそ廻る暮らし。
「この先」親をベースとできなくなった時、支援を得ずしては当事者自身の能力だけでは暮らしが成り立たないと思う。

しかし、
本人はどのような支援を欲するのか?
どのような支援が必要なのか?
実際その支援を使う時に現れる本人はどうなのか?
ベースを失くすという事は、必要となる支援や不要な支援を自らが判断して使いこなせるのか?
等々。

これまで、「支援は必要ない」としてきた当事者や家族が「支援を使う」ということに目を向けた時、
そもそも重度の知的や行動障害を伴う当事者で、幼い頃から人の手を使い過ごしてきた当事者とは違う新たな面があるように思いました。

あれこれ自らが語れる当事者。
しかし、私に語る事柄と両親に語る事柄が必ずしも一致していない。
親または私が、必要とする情報を本人を介してやり取りしていくと、情報がこんがらがって、
親と私の間で様々な誤解が生じてしまう。(実際は、生じていることに互いが気づかない)

ベースに親がいることで、親から本人に対する無意識の声かけによってできていることも、その無意識の声かけがなければ、たちまち事が行き詰まってしまう事がある。
しかし、無意識故に声かけを失った時の本人がどう現れるかが見えない。

「当事者本人の意思」に基づく支援を担いたいと思う。
しかし、家族と暮らす本人は家族の意思に大きく影響されて暮らしている。
これまで家族関係が上手く行っている点を見れば、家族の影響は本人にとって友好な影響なんだと思う。
しかし、
その家族がないとなった時、「当事者本人の意思」はどう現れるのだろうか?
例えば、
家族が示す選択肢から選ぶと言う話。
家族が示す選択肢は、長年暮らしを伴にしてきた分、ある程度本人の指向に則したものであったり、
本人が選択可能となる選択肢の提案であったりする。
そして、
本人が決めた選択によって、支援者たちは支援を担う。

しかし、家族が示す選択肢が無くなれば、
選択肢を提供するところから事は始まる。
本人の指向が見えなければ、ありとあらゆる選択肢を提示しなければならないし、
選択肢が多すぎれば本人は選択できなかったりする。

家族のもとにいて、本人が決めているようで実は家族の意向が良くも悪くも反映されていて生活が成り立っている。
そのベースがないと言う前提でこの先の暮らしとその支援を組み立てていく時、
何をどのように考えれば良いか?
実は非常に難しい問題だと思う。

軽度の知的障害故に、現状特に困っていることはない。
「この先」を描く時に起こる漠然とした親の不安。
漠然とした不安は、正に無意識に家族として担っていることが何かに気づかず、極自然たやり取りの中で成り立っているが故に見ることができないものだと思う。

そうであるならば、
まずは、いかに親を介さず当事者本人とやり取りしてみる。
たちまち、
伝言が実際に伝わらないことに気づく。
親の要望ではなく、本人と相談し状況をまったく知らないヘルパーを使ってみる。
すると、実は必要なことが頼めず、ヘルパーを使うことの意味を見失う。
それでも、ヘルパーを使い続けていくと、親の想いとは違う本人の要望が見えてくる。
しかし、親の価値観と異なる要望に対し、親は「正しい使い方」と言う形で介入してくる。

あれこれ自分でできる軽度のち的当事者。
支援なんて必要ないように見える。
しかし、
自らの暮らしを自らの力のみで廻しているわけではなく、
親という自らの力をサポートしてくれる人を失う時に起こる不具合はある。
そこに意識があればまだしも、
当事者自身も親自身も、まして日常生活につきあっていない私も、
必要な支援が意識できていない。

そんな状況の中で見える結果から、
伝言が伝わらなければ、支援者と親とで連絡を取り合う。
必要とする支援について、親がヘルパーに指示を出し、結果を親に報告する。
親と本人との要望の違いが現れた時、親の意向に則して本人と接する。

そうすることで事柄は回っていく。
しかし、
支援の中心は親には変わりなく、
その親がいなくなった「この先」の支援を作る課題については、何も取り組めていない事になる。
(そうであったとしても関係は拡がるでしょうが・・・)

よって、
兎にも角にも親ではなく本人とやり取りすることを徹底してみる。
そこには様々な不具合が生じてくるし、支援する事で本人も家族もかえって大変な状況に陥ることもある。
それも含めて、本人とやり取りすることを徹底してみる。
不具合ばかりでは続いていかない。
不具合を解決するために、家族と情報を共有したり意見を交換しあったりする事は必要。
でも、それはあくまでも本人とのやり取りをしていくためのものであることを意識する。

必要なことが伝わらなかったり、
不要な出費がかさんだり、
時に、混乱が角になって行き詰まることもあるかもしれない。

それでもなお、当事者本人とやり取りしていく事を徹底してみる。

支援を使う責任を常に本人に帰し、
支援の側は親に責任を負わせるのではなく、自らの支援の責任を追求していく。

あれこれできる軽度の知的当事者の支援は、一見何ら問題ないように見える。
しかし、
そこには、見えない何かによって廻る本人の暮らしがあると思う。

それは正に「意思」という見えないものに対し「自らが決定していく」ことに対する支援の必要性が隠されているように思う。

親が関わることで明確になる「本人の意思」であるなら、
親が関わらないとした時、「本人の意思」が全く見えないと言う話になる。
逆に「本人の意思」が明らかであれば、さほどの支援は必要な人ということにもなる。

でも、
目に見えない「意思」というものに向き合う時、
実は様々な課題がそこにあるということに私たちは気づいていない。

昨今、
「意思決定支援」なるものの必要性が説かれる。
又、「意思決定支援ではなく支援された意思」が大事と言われる。

でも、
その実際は、
「意思決定支援」によって明らかにされた「意思」が、支援する側の範疇を超えるものであれば認められない。
「支援された意思決定」というが、そのあり方は実のところ何も見えていない。
どうすれば、「支援された意思決定」と呼べるのか解らない。

ただ、
親からの依頼を受け、
その依頼が、親の意向ではなく本人の意向として受け止め、
その依頼を本人と支援者とで解決していこうとする時、
様々な不具合の経験も含めて、
「支援された意思決定」なるものが明らかになっていくように思う。

それを「意思決定支援」なるものでくくってしまっては、
何ら悩むことなく、責任の所在は明らかになるかもしれないが、
本人は責任を取る側の範疇でしか暮らしていけなくなるように思う。

本人も、家族も、支援者も、
それぞれがそれぞれの立場で、自らの責任を負いつつ、
日々の関わりを積み重ねていきたいと思う。
逆に、本人との積み重ねなしに、「意思決定支援」なるものの枠付や「支援された意思決定」の手法は何ら意味が無いように思う。
posted by 岩ちゃん at 11:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする