2017年02月01日

自閉症をともなう重度知的の当事者の行動の意味

朝、日中活動の場に出かけようとしない自閉症を伴う重度知的の当事者Mさん。
重度訪問介護で前日から入っているヘルパーさんは先週も出るのが遅かったので、
今週もまた遅くなるかもしれないと思っている。
幸い、日中活動を休んだ際には重度訪問介護で対応できることになっているし、
その日は、次の予定がないので本人に則した対応ができるので状況を見護ってた。

そこへ、Mさん。
「ピザ!!」と言ってきた。
彼は毎月最後の日の夜はピザを注文し食べるのを楽しみにしている。
普段は夜に注文するピザだが、本人の要望として受け取るヘルパーさん。
そして、なかなか出かけようとしない彼に、「今日は休み(にするの)?」と聞く。
「今日は休み!」と返事するMさん。
先週もお昼近くまで家を出る事ができず、日中活動の場に相談すると「もしかしたら有休を使いたいのかも」という話になり、先週は結局使えなかったけど日を改めて「今日は休みにすると言えた」と受け止めた。

ほどなく、ピザが届き
しばらくすると、
出かける用意を始めるMさん。
「あれ!?〇〇に行くの?」とヘルパーが聞けば、「行く!」と言って家を出たので後を追う事に。
そして、お昼前に到着。

いったいなんだったのだろう?
その後はなんの戸惑いもなく一日を過ごし、
夜のピザは朝に注文したため、改めて注文する事もなく、
翌日に至って、淡々と過ごす彼がいた。

私たちの流れから考えれば、
「今日は、仕事に行きたくないし、有休も残っているから、ピザでもとって休みにしよう」と思い描き、
でも、ピザを食べて満足すれば、
「やっぱり、休むと給料が減るから今からでも行って仕事をするか」と気が変わったとなる。

遅刻する事の是非は置いたとしても、
自分の要望を出せるMさんとそれに応えて臨機応変に対応するヘルパーさんの凄さを思う。
又、
自閉症ゆえに段取りにこだわるMが、淡々と予定を変更できる凄さを感じるし、
そのような関係を築いてきたヘルパーさんの凄さも感じる。

二人の関係の凄さを思うと感心するばかりなんだけど・・・

話を「ピザ!」と言った時点に巻き戻してみる。

「(今晩は)ピザ(の日だね)!」とか
「(今晩の介助者に介助者に)ピザ(を注文するように伝言して)!」という意味だったらどうだろうか?

Mさんは、今晩の予定の話をしているのに、
ヘルパーさんは今の要望として受け止め対応する。
対応されてしまったMさんは、目の前に現れたピザを食べるしかない。
そして、
予定を変更したというのではなく、そもそも予定を語っただけなのに、ピザが届いてしまい、
それを食した後、予定通りに日中活動の場に向かったとしたら・・・

そこには、Mさんとヘルパーさんのズレが生じている事になる。

そして、
予定を告げただけなのに誤解され、
ヘルパーの対応に、段取りがくるってしまったことにパニックにならず、
その後、自分の予定を誤解のままに淡々とこなすMさんの凄さが際立って思えてくる。

そして、
ヘルパーさんは、誤解に気づかなくても決して本人の不可解な行動を否定しない対応の凄さを思う。

そんな話を別のヘルパーさんに話すと、
「Mさんって、先の予定を要望するという事があるんですか?」と聞かれた。
「たぶん今まではそんなことはなかったと思う。いろいろ想定して段取りして自分が了解できる事を伝えるのに必死で、先々の事を思い描いて語るという余裕はなかったように思う。でも、最近予定を聞いて行動を決めるという事があるので、もしかしたら予定を告げるという事もあるかもしれない」と応えた。

そう自分で応えた刹那、
「できるようになったのではなく、そもそもやっていた事を私の方が気づけるようになったのかも」と頭をよぎる。

もしそうであるならば、
気づけるようになったのは、最近ヘルパーとして関わり始めた人たちとの関係によって、本人の表現が判り易くなったのかも。
そうであるならば、
長年Mさんと付き合い続けてきた私は、長年気づかないままに彼と過ごしていた事になり、何とも恥ずかしい想いがしてきた。

本当のところは解らない。
でも、
解らないままではやり取りは進まないし、
解らないと言いつつもどこか勝手な解釈で本人たちの行動を判断している私たち。

ならば、
思いついた事柄をお互いが「もしかしたら・・・」と言葉にだし、
それぞれが描く「もし」を寄せ集めれば、どこかに正解があるかもしれない。

又、常に周囲の勝手な解釈で受け止められている当事者たちは、それを前提として周囲にいかに合わせるかが大きな課題となる。
でも、周囲が言葉に出してあれこれ語っていく、
「それそれ!」という事も出てくるかもしれないし、
解ってもらえた経験が増えていけば、
私たちも勝手に解釈して当事者に接し、当事者も自らを表現する事で一人でパニックになるよりも、やり取りの先に想いが伝わるという経験につながり、
双方向の関係が生まれてくるのではないかと思う。

とは言っても、実際のところ何を考えているのか解らない方が圧倒的に多い。
解らない故に、当事者たちにはとてもつらい思いをさせているかもしれない。(かもではなくさせている)

当事者たちは決して一人で生きているわけではない。
場面としては、ヘルパーと一対一の関係が多いが、それだけではない。
様々な人や様々な経験を経て今に至る当事者。
ヘルパーという職はどうしても、目の前の人とのやり取りに終始しがちだけど、
お互いが想いを出し合い当事者とともに事柄と向き合っていきたいと願う。
posted by 岩ちゃん at 11:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする