2009年09月20日

全国交流集会IN東京2日目

 昨日は多くの方々と話しすぎて少々声の出ない体調でしたが、午前中の分科会に集まった方々の顔を見て元気を取り戻し話をしました。

第4分科会の「地域で生きる」と言うテーマ
私が与えられていたのは、「たこの木22年のユニークな取り組みを発表して欲しい」と言うことでしたが、30分と言う限られた時間で何を発表すれば良いのか?今日の本番直前までまとまらずに臨みました。
とりあえず事前に出したレジュメは、
知的障がい者の自己選択・自己決定・自己実現の支援を求めて〜その先の何かを求めて〜

 昨日「個別の話」で終わってしまった事をいかにつなげるかを想い描きながら、ふと思いついたのは、
「子ども達どうしの関係づくり」として始まったたこの木クラブの取り組みと子どもが大人となっていく中で、子ども達が選択した事柄について何を大事に様々な事を担ってきたかを中心に話を進めました。

 そして、たこの木としては、CILや要求者組合と言った重度身体障がい者の自立生活運動やピープルファーストと言う知的当事者の運動や共同連の「ともに働く」と言う事と就学運動としての「障害児を普通学校へ・全国連絡会」が何の違和感もつながるのに、周囲は決してそうではない状況が何なのかを考えつつ話をしました。

 それは、たぶん、全国連絡会が単に「学校」と言う器の問題としてそこから排除される障がい児の問題を長年になってきたからではないかと思いました。
 たこの木が発足した当初も、多摩では就学運動や統合保育を担う人たちが「ともに生きる」事を願い運動を展開していました。
 その中で、「大人たちは真剣にともに生きることを考えているが、当の子ども達はどうだろうか?」「大人が描くともにの想いを、子ども達はその出会いの中で自然とつかみとり、私たちが言葉で理解しようとする課題を何の苦もなくクリアにしている姿」を見て「子ども達どうしの関係づくり」をテーマに掲げたこの木が始まったことをまず語りました。
 そして、子ども達の成長とともに「障がいの故に閉ざされている事柄に関わってきた事は、まさに今回の集会で掲げる「これ以上、子ども達を分けるな!」と言うことであり、学校と言う場にこだわってきたその中身やその中で育った子ども達が今何を思い何を願っているかをもう一度考え直すことから始めれば、自立生活の事や就労の事など、様々な取り組みは一人一人の取り組みに対して大きなヒントとなると言う点を語って来ました。

 その事がどこまで伝わったか?
たこの木は「子ども達どうし」と言うテーマから、子ども達にとって一番影響力のある「親」の参加は常に別立てでつくって来ました。
 全国連は、様々な人が集う場であるのですが「障がい児の親と教職員」と言うつながりがどこも強いように思います。
 なので、学校を卒業すると後は「親」だけが残ってしまう。
 その辺りを全国連としてどのように考えるのか?分科会を終えた後、全国連の重鎮の方々を捕まえ伺ってみると、その辺りの議論の必要性を感じつつも結局は議論していないと言う結論が…

 義務化から30年。「普通学級を目指す親が少なくなった」と言う声が集会中あちこちで聞こえてきた。
 様々な子ども達がともに育つ事を願い活動してきた先に待っているものが、親と子の関係のみでは、就職斡旋や施設探しに長けている養護学校に方が魅力的に移るのは当然の事のようにも思う。
 だからこそ、これからの30年。「ともに育った」子ども達自身がこの先の暮らしをどのように作っていくのかの議論を早急に求めていく必要があると思った。


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posted by 岩ちゃん at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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