2011年02月16日

ん?ん?ん?

まだまだ解放感に浸っているOさん。
土日曜日は、ひたすら自分のペースで過ごせたし、彼をよく知る人が介助に入っていたから本人も絶好調なのはうなずける。
しかし、平日は曜日曜日で行くところがあるし、介助者も常に彼の事をよく知る人たちばかりでもなくなってきた。

スタッフのYさんは、懸命に彼の事を理解しようとするも新たな環境でOさんがなのをどう描いているかわからず、新たな面に喜び不可解な対応に悩みつつ必死に本人と介助者とをつなげている。

水曜日は、たこの木のすいいち企画の日。
たこの木にやってきたOさんは相変わらず絶好調で楽しんでいた。

ところが、
いざ終了時間になって突然フリーズ。
「そろそろ終わりにしよう!」と言う声に、
彼も帰る気になったとは思う。
もしかしたら、別の当事者の迎えに来たヘルパーを自分のヘルパーと勘違いして戸惑ったかもしれない。
何が理由かわからないが、とにかくフリーズ。

「かぼちゃに帰るよ〜」「掘れ!一緒に行こうよ!」と私が声かけするも、フリーズから顔つきも厳しくなる。
今日のヘルパーさんは今日が初めての機会なのであれこれ任せられず私が対応。
不穏な雰囲気が漂う。

何となく感じて他の人を遠ざけ彼の横にいた私。
みんながひろばから出て駅の方向へ歩きだし、本人も道路に出たとこでみんなと違う方向へと導こうとする私。
再びフリーズ。

そして次の瞬間!
思いっきり私の足を蹴るOさん。
近年、人を殴ったり蹴ったりする行動があるとは聞いていましたが、
私を蹴るというのは、その行為は何らかの意図を持っての行動ではなくその瞬間を自らが止められない衝動的な行動であると妙に納得。
だったら、蹴られたことを私自身が根に持たないためにすぐさま蹴り返し事はチャラ。

その上で、
「何かに混乱したんだよね?」
「何に混乱したんだろう?」
「もしかしたら、すいいち企画の後はバスに乗って親元に帰るつもりだった?」
「いつもはそうだけど、今はかぼちゃ畑が生活の場だからそこに帰るんだけど?」等と彼に問いかけているようで、彼に答えを求めず私自身の自問自答。
「こうかもしんない」「ああかもしんない」と口に出しながら、かぼちゃ畑に向かってOさんと介助者と私で歩き出す。

そして、この道を行けばかぼちゃ畑と言うところまで来ると表情が和らぐOさん。
硬い表情が和らぎ始め、ギュッとつぐんだ口がほころぶ。
そして、かぼちゃ畑の前に立った瞬間に笑顔になった。

やはり彼は混乱していただけだとそこで確信する。

では、その混乱は何だったのか?
現時点で想像するに、
「親もとを出る」と言う事と「かぼちゃ畑で暮らす」と言う事は理解できているみたいなOさん。
しかし、
「かぼちゃ畑に帰る」と言う事は理解できていないかもしれない。
今までは
「親もと⇒たこの木⇒親もと」だった。
それが、
「かぼちゃ畑⇒たこの木⇒かぼちゃ畑」となった。
「かぼちゃ畑」も「たこの木」も彼はわかっている。
しかし
「⇒」がわかっていなかったかもしれない。
わからない中で、「行こうよ」と言われても混乱するだけで、彼のフリーズを溶くことにはならない。

だからと言って今の今溶くことはできないが、
しかし、彼を支援するうえで「⇒」の部分も含め彼とやり取りしなければ、彼とのコミュニケーションはすれ違ったままになってしまうような気がする。
posted by 岩ちゃん at 20:40| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日々の体を張ってのお仕事・・・ですよね。
どんな理由があるにしても、暴力と破壊行動は、他の行動に替えていけたらいいですよね。
息子がやはりそのタイプなので、他人ごととは思えません。
Posted by rika at 2011年02月17日 18:02
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