2011年03月24日

人の暮らしには様々な場面が

今朝、スタッフYさんが「あれじゃぁ〜ダメだとわかったよ〜」と突然語りだした。
彼は、この間Oさんの自立生活獲得プログラムの担当者として、懸命にOさんと向き合っている。
そして、この間36時間連続で介助に入りOさんの様々な面が見える中でいろんな想いを持ったらしい。

障がい当事者が一人アパートで暮らすもGHを利用して暮らすにしても、その人の暮らしが廻るためには様々な関わりや支援が必要になる。
それは、一方で支援の細切れ・輪切り状態になってしまう面がある。

例えば、24時間何らかの支援を受けて一人暮らしをしている知的当事者を例にとると、
朝はAヘルパーと朝の介助⇒その後Aヘルパーと職場へ⇒職場の人と仕事⇒BヘルパーとC会の夕食会に参加⇒Dヘルパーと一緒に帰宅⇒Dヘルパーと夜の介助⇒Eヘルパーが止まり介助+朝の介助
と言う具合に、その人の暮らしの支援が多くの支援者によって担われている。

身体当事者ならば、自分を中心に支援者を使い自らの暮らしを担えば良いし、その場その時の支援者も当事者に聞けばよい。
しかし、自らの事を自らの言葉で伝えられない知的当事者の場合、どうしても伝言ゲームになってしまったり、各支援者目線で当事者を見る事にもなり、当事者自身の事を理解するのは難しい。
(でも、一方で様々な人の関わりは当事者が支援者によって管理されにくいという面があるので必ずしも特定の人に担われる支援と言うのが良いとは言えない)

本人から見れば様々な人が自らの暮らしに関わっているのだが、支援する側から見ればOさんは一人。
スポットで支援を担う人にとってはその場その時に出会うOさんでしかなく、どこかそれがOさんのすべてのように見えたりする。

今回36時間もの連続で彼と関わることで感じ取ったYさんは、そういう輪切りにされる当事者支援を連続で介助することで串刺しにして本人の想いに近づけたのだと思う。

しかし、そういった支援をだれもが担えるわけではない。
又、様々な人が支援に関わることを思い描けは、スポットで関わる人たちの存在は大きい。

要するに、
連続で支援することで見えた事とスポットで支援する事。
その両方をどのように結び付けていくか?

「ダメだ」と感じるのは必要。
その上で、感じたOさんの事。
それをどのように他の人たちと共有するか?
「ダメ」と感じたものをどのように周囲と共有し、新たなものを生み出していくか?
そのために周囲に何をどのように伝えていくかも含め、多くの課題がそこにある。

自立生活獲得プログラム。
「自立生活をする」と立てたら、そうはならない様々な課題を明らかにし、支援を生み出していく。
どこまで行っても課題は当事者本人ではなく、支援の側にあると改めて思った。
posted by 岩ちゃん at 15:05| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も知的当事者の24時間支援に関わっています。介助者不足、介助者が育たない(育てる事が出来ない)その為、24時間勤務、交代となります。支援当初15名ほどの介助者が関わり当事者は1日だれがくる?次はだれだと介助者の事ばかり考え生活されていたように思います。今は5人の介助者で支援しています。彼女(知的当事者)は一人暮らし6年になります。6年前には考えられない程、介助者を使い分ける力もつきました。何故かAヘルパーの時だけ夕食の買い物に行きたがらない。その為、毎回、冷凍食品。彼女はこの1年で10キロ体重が増えました。
医師からも運動をする事、野菜中心の食事にするようにと注意をされています。その旨を5名の介助者に伝えましたが、Aヘルパーは彼女が買い物に行きたがらない。無理矢理、連れて行けないとの事。Aヘルパーは家の事情で15時〜翌朝10時までの介助です。他介助者は10時〜翌朝10時までの介助です。日中、彼女と共に活動を行う為、日中、疲れたのか?精神的安定して過ごせたのか?分かる為、夕方の買い物の声かけもスムーズに行きますが、A介助者のみ日中の様子が分からず毎回、「1日疲れたでしょう。買い物どうしますか?」と言う声かけになってしまうようです。介助者の対応は様々ですが、プラスの声かけを行なってほしいと思います。場面、場面の彼女しか分からないと、彼女に上手く使われるような気がします。
支援者の悩みはつきません。
Posted by 山ちゃん at 2011年08月08日 20:48
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