2013年07月19日

参議院選挙を前に・・・

ヤバイ!とてもヤバイ!このままでは本当にヤバイ!とそのヤバさが日に日に増してきている事を実感レベルで抱いている。

今から30年ほど前、
「戦争という悪魔は、二度同じ姿では現れない」という言葉を聞いた。
当時はまだ、「戦争」という言葉に敏感だったし、第2次世界大戦だけでなく、世界で起きている紛争に対し、自衛隊が出て行くことに反対の声の方が大きかった。
なので、日本はどこか先の大戦を反省し二度と同じ過ちを犯さないと思いつつ、戦争に至る芽を常に意識していた。
丁度、土を起こし畝を作り終えた畑のように、雑草の芽は誰の芽にも明らかで、
丁寧にその芽を摘んでこれた。

しかし、
平和の芽なのか?
戦争の芽なのか?
何の芽なのかわからない芽が、あちこちに出てきた。

多くの人は、その芽が何の芽なのか?
次にどうなっていくのなんかまるで意識せず、放っておいた。
中には、その芽を「摘むべきだ」「いや摘む必要はない」と言う人達がいたけど、
別に小さな芽はどうでも良いと言う人達が大勢いて、そのまま放置された。

そのうち、
どんどん育った芽は、
やがて、それが戦争の芽であることに気づく。
でも、そこそこ育った戦争の芽は、それを引っこ抜くことに苦労する。
頑張って必死に抜く人もいるけど、
そこまで頑張らなくてもと言う人達は、その芽を抜くことをを面倒がった。

そのうち、大きく育ったものがいったい何かわからない中で、
土の中では確実に戦争の実が大きくなってきた。

でも、土の中は見えないので「これはきっと良い物だよ」「せっかく育ったんだから」と言う人が現れ、
「そうかもしれない」と思ったかもしれない。
でも、自分で確かめることをやめた人たちが多くなればなるほど、
「どうでも良いけど」「もしかしたら良いものかも」と思う人たちが大きな声に従っていく。

そして、収穫の時。
地面を掘り起こせば、平和の実はどこにもなく、
丸々と太った戦争の実が大収穫。
その時「こんなのいらない!」と言っても、
「大きく育ったこれをどのように処分するのか?」と言う問に誰も答えられない。

「大きくなったんだからこれを活用するしかない」とする人の声に、
聞き従うしかない。

「せっかく育ったんだからもっと別の畑にも植えていこう」と言う声に従うしかない。

そんな事がすでに目の前に迫っている。

「悪魔は二度同じ姿では現れない」

どのような姿で現れるか?
たとえ違った姿で現れても、それに気づく力を身につけなければと思ってこの30年やってきたつもり。

でも、
周囲は自分で考えることをやめ、
聞き従う人を見つけることに走り、
自分の身を守る為に人を排除し続けてきた。
今度は自分の番ということに気づかないまま。

石破が言った「国家の為に戦争にいかないという人は、軍法会議にかけて最高刑(すなわち死刑)になってもおかしくない」と。

そこまで言っている自民党が、今回の参議院選で圧勝しようとしている。

「もう悪魔は別の姿をして私達の目の前に笑顔で手を振っている」

私はそう思わざるをえないと思うが、

選挙にいかない人や自民党に投票しようとする人たちは、
悪魔が天使に見えているのだろうか?


posted by 岩ちゃん at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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