2013年07月20日

第3回成年後見制度を見直す会学習会に参加

成年後見制度を見直す会の学習会。今回は二人の親御さんから見た成年後見制度についての話を伺い、
会場とのやり取りが行われました。

お二人のお母さん。
どちらも普通学級へ子どもを通わせ、どちらも県立高校へ子どもを通わせ、
お一方はその後親元を離れ一人暮らしへ。
もうお一方もこの先の自立生活に向けて思い描かれている。

その子どもたちのこれからを思い描く時に現れる「成年後見制度」について。

すでに子どもが自立生活をしているお母さんは、
「親に代わり、本人の意思を明らかにしてくれる人がいるのは素敵なことだと思ったけど、福祉課の職員は息子が一人暮らしの訓練をしてから自立生活をすればと言うので、だれでも良いというわけにはいかない」
「日々を支援している人たちも、お母さんが望むならばと言う」
「そういう中で誰かに委ねるということはできない」
「それよりも、本人のことはよくわからないと言えて、日々関わる介助者の声を聞いて本人に寄り添ってくれるような制度になって欲しい」
と言っていました。

そして、もう一方は
「成年後見制度がよいものと思っていろいろ調べてみたら、とんでもない制度であった」と言う報告。
言われてみればそうなんだよね
「後見人には、取消権と代理権はあるが同意権はない」と言う事。
意思決定できないわけだから同意するということはないのはそういう話しになる。
又、同居して生計をともにしていても、後見人がつくと被後見人の財産は容易には使えない。
常識的に考えてお互い融通し合うことでも、「財産保全」と言うことでややこしい話になってしまう等。

障害者の場合には、親が後見していると後見人の承継の問題が出てくる。
母親が後見していて先に亡くなれば父親になるかと言えば必ずしもそうではなく、高齢となっている父親ではなく、
裁判所が任命した見知らぬ人が後見人となってあらわれることもある。

申し立ての話も、親族が勝手に申し立てたり、
医師の診断書も申立人の意向通りの診断書になっている等。

その他、選挙権回復以外にも様々な問題があって恐ろしくて使えないと言う。

又、会場からは
本来後見人をつけて当事者の権利が真に守られるその中身の問題と
何でもかんでも後見人をつけて、当事者の権利を奪うことの問題があるという話。

「後見人は禁治産者時代とは違い、本人の身上監護も含め本人が望む暮らしができるように後見するもの」という意見と
でも、実際はそうはなっていない現実。
後見人がつくことで、これまで毎年行っていた旅行が行けなくなったり、
事細かに制限される事があったりすると言う発言。

建前と実際のギャップがなぜ生まれるのか?
その辺りもあれこれ想う。

ほんの少し疑問をいだいただけでもゴロゴロと出てくる矛盾。
しかし、国は成年後見制度を進めようとしているし、
親たちは「何かあった時のために」とか「親亡きあと」にと成年後見制度に乗っかろうとする。
すがろうとする。

想うに、
成年後見制度に疑問を抱く親御さんは、それに代わる様々な関係があるから一旦立ち止まりその中身を見て考えることができるのだろうと想う。
しかし、障がい故に周囲との関係を閉ざされ、ひたすら「障害者路線」に乗るしかないとされてきた人たちにとっては、成年後見制度も利用するものではなく、それを使わなければならない物となっているように想う。

学習会後の次回の打ち合わせ。
「後見人が担っているものが何なのか?」
「本当にそれは後見人でなければならないのか?」
その辺り、具体的に見えない中、様々な権利を奪われ暮らしそのものも奪われている当事者やその家族にとっては、成年後見制度にすがるしかないと言う思いも生まれてくるのかも。
と言うことで、

じかい学習会は10月頃の予定です。


posted by 岩ちゃん at 23:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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