2015年04月12日

支援による当事者の変化というけれど

私が日々付き合う当事者たちは、彼らの幼い頃から付き合い続けてきた人で、良きも悪しきも様々な場面や出来事を共有し続けてきた人たちである。
いわゆる「行動障害」と呼ばれる行動や言動も、過去の出来事や経験の共有から本人なりの表現であり、何が表現されているのかをなんとなく知ることができる。
又、なんとなく知ることができれば私と同様に幼い頃から付き合い続けてきた人たちとその意味を考えたり、又本人を知る軸のようなものがあるので、新たに関わり始めたヘルパー等の支援者とのやり取りにおいても、私だけでは気づかない面を気づかせてもらえる。

ところが近年、
活動が拡がるにつれ、幼い頃を知らない当事者たちと出会う機会が増えている。
目に映る行動や言動が意味するものが解らず、
彼らの想いを知るヒントさえ見いだせないまま、
兎にも角にも目の前の状態の中で、本人を支援する事に努めなければならない。

何ら専門性は持ち合わせていないが、
30年近く当事者たちと築いてきた私の経験は、
新たな人に対しても有効に働くことはたくさんある。
若いヘルパーさんたちよりもそれなりのとらえどころを持っているので、
私が関与すればそこそこ「うまく廻っている」状態も確かにあったりする。

でも、
本当のところ、
廻っているのではなく、支援という立場を利用して廻しているのかもしれない。
自らの想いを発しているのか?それとも私に気を使ってくれているのか?
その違いは長年付き合いのある当事者たちだとある程度感じる事はできるし、間違って捉えていても修正する術もあったりする。
しかし、おとなになった後に初めて出会う当事者には、それを察知する術もなければ修正する術もない。
又、私の知らないところで受けた社会からの責めをもって私を同様に見ているかもしれない。
逆に、「こいつは、これまでの人と違うぞ!」と見てくれているかもしれない。

いづれにしても、私にはそれを知る術がなく、
自らが行う「支援」というものが果たして本人にとって必要な支援になっているのだろうか?
という疑問は常に描いている。

そんな想いを常に抱きつつ、
大人になって以降に付き合い始め数年の月日が過ぎた当事者がいる。

初めて出会った時、彼の言動や行動の意味が解らず、
只々、私は彼の何処までを許容できるかを考えていた。
そして、許容できないならそれはなぜか?
どうすれば許容できるのか?
等と描き、ガイヘル等で一緒に出かける時かなりの緊張感をもって過ごしていた。

たぶん彼を理解するというよりもどこか彼をどのように理解しているかという私自身を理解するための関わりだったように思う。

そんな風に思う私が彼と付き合い続ける中、
この1年においては、ガイヘルで出かける度に変化している彼を感じている。
否、変化しているのではなく、出せなかったものが出せるようになったと感じる。

常に否定し続けられてきた彼。
それでも、懸命に自分自身を認めて欲しいと想い描く彼。
しかし、その想いは表現すればするほど否定されてしまう現実。
それでも諦めない彼がそこにいると感じた私。
そして、
叩かれても叩かれても訴え続けていた彼に気づいた時、
ようやく彼の「訴え」の内容を知る機会を得たように思う。

そんな私の想いが彼に理解された時、
「訴えなければ聞いてもらえない」から「語れば聞いてもらえる」「聞いてもらえたなら理解してもらえる」と変化し、
この変化が彼自身や周囲に余裕を与え、益々いろんな事を伝えてくれるようになったのだろうと想像している。

自らを語り始めた事の内容がある程度理解できるようになってきた時、
彼は、私を他の人と別の存在として認め、
「この人とならば」と思い描いたのだろう。
いろんな所に一緒に出かけられるようになった。

でもその出かけ先は、
以前トラブルに発展した場所と解ったのはその後の話。

曰くつきの場所であると知れば、
トラブルに発展した原因がどこにあったのかを一緒に考えるようになった。
その当初、彼にとってその場所に行くということは、自分が「トラブルの種」であることへ反省である一方で、「種にされてしまう」ことへの抵抗だったように思う。
その時の私の役割は、周囲との盾としてあったかもしれない。

盾の役割を果たす私に安心感を得た彼は、
盾の隙間から顔を出し、自らが前に立とうとする。

彼がトラブルの種だとは決して思わない私は、
盾の隙間から顔を出そうとする彼を全面に押し出し、
さらされる彼と周囲との関係の中で折り合いを見出そうと努めた。

トラブルに発展した場を何度も訪ねる中で、
彼は、相手に私を紹介するようになり、
私は、相手に「また来てください」と言わせる仕掛けを思考していた。

「また来てください」という言葉が彼のトラウマを解消するキーワードとなっていく。
トラウマを解消するために訪ねている彼は、
「また来てください」と相手が本当に思って言っていると感じたら、
その場に行くことはなくなった。
(次の場を訪ねた時、その実感があやふやに感じると再び行くことはあるけど)

先日のガイヘルの時、
この間毎回訪ねている場所にこの日も行くと思ったけど行かなかった。
その場所は彼にとって上位に位置するトラウマの場所。
行きたいけど行けなかった。
行ったらどうなるかが不安だった。
過去に挑戦したけどやっぱりダメだった場所。

その場所に私と行くようになり、
「また来てください」という言葉を受け取り、
今回は行かなかった。

これでまた一つ、彼のトラウマが解消されたのだろうと描いた私は、どこか悦になっていた。

でも、
そんな私の気分をぶち破る彼の話。

「僕は蒸気機関車に乗ったことがある」「運転席で写真を撮ってもらった」という一見自慢話に思える彼の唐突な話。

突然の話しだったけど、これまでの経験上何かあると思った私は、
「いつ」「誰と」「どのように」という具体的に話を質問していた。

そこに現れたのは・・・。

これまで彼は、自分の劣勢やトラブルの種として見られていることに対して、なんとか自分を取り戻そうとしていた。
しかし、「蒸気機関車の話」は彼の負の経験ではなく、
幼いころにお父さんや家族と一緒に出かけた楽しい想い出話であったことを知った。

「今度一緒に行こうよ」という彼の要望は、
これまでのトラウマ解消のためのガイヘルではなく、
自分にもある「良き想い出」を共有するための依頼だと感じた。

そう感じた時、
これまで私自身が担ってきた支援なるものが、
どこか彼の辛さを解消するためのものでしかなく、支援者として年上として「〜してあげる」ものでしなかったのではなったかと言葉に詰まった。

彼の中にあるそもそも持っているものに気づかず、
出てくる現象にのみ目を向け、
彼の中にあるものに行き着かない支援を私は担っていたと思った瞬間、
それを語り始めた彼を嬉しく思う反面、申し訳ない思いの方が膨らんでしまった。

「今度は、釣りにも行きたいね」ともいう彼。

それもまた、幼いころお父さんが何度も連れて行ってくれた場所。

もっともっと彼の中に、素敵な思い出があるのかもしれない。
もしかしたら数少ない想い出かもしれない。

でも、決して表面に現れるものだけの彼の存在。

「支援によって当事者が変化する」という話をよく耳にする。
「支援の結果としての本人」が語られ、
その「支援」について評価され、専門性が高められていくこともしばしばある。

でも、私はどれほど
表面に現れない彼と付き合っていたのだろうか?
相手を理解しないまま「支援」等と言う私自身が恥ずかしくなる。

そんな至らない私に付き合ってくれている彼がいると思うと、
彼の凄さをひしひしと感じる。

せめて、もっともっと学ばせてもらえるよう努めなければならないと思う。

別れ際、
「もっと長くやってね」とボソリとつぶやく彼。
その一言に、
彼の信頼を得ているという実感を抱く。
しかし、
一方で、
私だけでは、結局は再び誰にも理解されない世界へと引き釣り戻される現実がある。

なので、
「長くやれたらいいね。でも、あなたがあなたであるためには、いろんな人が関われるようにしたいね」と伝える私。
まだまだ、彼と一緒に出かけられるヘルパーは限られている。
私も含めこれまで支援を担ってきた人達がこの先も担い続けられるとは限らない。

その人たちによって今の彼の変化と言うか取り戻せた世界はあると思う。
しかし、この先その人達がいなくなった時に、再び以前の世界に戻されてしまってはならない。

まだまだ、見えていない当事者ではあるが、
無理解な支援者に付き合い続けてくれる彼を理解し、
この先を互いに築いていきたいと願う。

そして、
私たちが担う支援によって当事者が変化するという事が、
実は、私たちの手柄ではなく、
それまでの不十分さに気づかせてもらえる機会としていきたいと思った。
posted by 岩ちゃん at 13:58| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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