2015年11月05日

「だいじょうぶね」と「いっけんらくちゃく」の間にあるもの

10月31日と11月1日の両日に、ピープルファースト大会が神戸で開かれた。
知的当事者の全国大会として毎年開かれている。

毎年各地持ち回りで開かれているため、地域地域でそれぞれに特徴がある。
去年は沖縄。今年は神戸。来年は横浜。

私自身この大会には、一介助者として例年参加している。(介助を必要とする当事者がいない年は不参加)
ここ最近は、毎年参加している。

あれこれ伝えたい事はあるが、
2日目に開かれた「言葉とコミュニケーション」という分科会に当事者とともに参加し、
全国から集まった当事者たちの話を聞いていていた。

その中で、
北海道から参加したIさんの話を聞き、
不覚にも涙が溢れ、
司会者から意見を求められたが、線が切れた私はその意味を十分に語れなかった。

Iさんは、大柄の人だがとても穏やか口調で話をする人。
何度も手を上げ発言するも、話の内容は同じ話の繰り返しでしかない。
何度も手をあげるので、司会者は当然ながら他の人の発言を優先する。
また、彼の語りは単語の羅列でその意味を理解することは容易ではない。

あれこれ話しをしている彼だが、
初めに聞き取れた言葉は、「だいじょうぶね〜」だった。
あれこれ語っていたが何を語っているかわからなかった私。
発言する人が他にいなかったので、
2度めの発言が許された。
「だいじょうぶね〜」という言葉しかその意味が理解できない。
あれこれ話す言葉に何を言いたいのかそれなりに聞き取ろうとしたが解らない。

しかし、彼が
「これで一件落着」と彼がいった瞬間。

「だいじょうぶね〜」の意味が私の中で弾け、
「これで一件落着」という言葉の意味が、実は凄いことであり、なんと私自身が無力であるかを思い知らされ、彼の凄さと自分の無力の中で、なんとも言えない想いでいっぱいになった。

「だいじょうぶね〜」と「これで一件落着」という言葉。
たぶん、その意味を理解した人は私以外にはいないと思う。
理解できなくても当然とも言える彼のその二言が、さらになんともいたたまれない想いにさせられた。

「だいじょうぶね〜」という言葉。
何に対して「大丈夫」と言っているのか?
彼の日常の中で起こっていることなのか?
それとも、この分科会で発言したいことなのか?
解らない。

でも、「これで一件落着」と語る彼の、
「これで」を知る私には、彼の言葉の意味を理解させてくれた。

実は、
去年の沖縄大会の分科会で、
Iさんは車いすに乗る当事者を殴ってしまったらしい。
私は分科会に遅れて行ったためその現場を見たわけではないが、
殴られた当事者のことを知っていたため状況を聞くことができた。
ただ、その人も知的当事者でもあり殴られたショックで事の詳細は理解できなかった。
(殴られたと言っても怪我をする程ではなかった)
一方、
私が分科会会場に入ろうとした時、
凄く興奮していた。
何かあったかもと想像できる。
普段おっとりしているのでなおのこと、何か了解不能な思いでいることは理解できた。

そして、彼はその時、
「だいじょうぶ」「だいじょうぶ」と何度も繰り返し口にしていた。
たぶんこの「だいじょうぶ」が「だいじょうぶね〜」につながっていたのだと思う。

そして、
「これで一件落着」という言葉。

彼の日常における「大丈夫」を語っているのではなく、
去年あった出来事に対しての「大丈夫」であることが理解できた。

「だいじょうぶ」と興奮していた去年の出来事。
それが、
穏やかに「だいじょうぶね〜」と語れるようになった彼。
そして、
「これで一件落着」と語る彼。

人を殴ってしまったことへの反省
興奮して分科会の邪魔をしたことへの反省
殴ってしまった人への謝罪
自分は事の次第をようやく理解できたという報告
こんな自分でも皆に認めて欲しい訴え

その他、
彼が何を思って「これで一件落着」となったかは解らない。
殴られた当事者は今回参加していなかった。

彼の言いたいことが何なのかは解らない。

でも、
1年経ったところで語る彼。
私の頭の中は、彼の1年がどんな1年だったかと一瞬で振り返る。
遠く離れた地から参加しているので、私の日常に彼はいない。
毎年大会で会うだけ。

彼は彼なりに様々なことを考えたのだろう。
そして、
今年の大会で語った。

しかし、
その言葉は、誰にも届かない。
去年起こったことを知る人がどれほどいただろうか?
いたとしても去年の出来事と今年の彼の発言が繋がっていると誰が想像できただろう。
日常彼と付き合う人たちは彼の想いをどのように受け止めただろうか?
彼の語に対する説明はなかった。
日常的にも「だいじょうぶ」と言い聞かせる場面はたぶんたくさんあるだろう。
なので、日常付き合い続けている人たちにとって、その日常に「だいじょうぶね〜」を埋没させてしまっているかもしれない。

そんなことを一瞬の内に思い起こすと、
結果、
彼のみが様々な想いを抱いて発言し、
様々な想いをその二言に込めて語っても、
周囲は誰も理解できない。
誰も受け止めてくれない中で、
彼はこの1年懸命に考えてきた。

そんなことをあれこれ思うと、
普段私自身が付き合っている知的当事者たちに対しても、同様のことを私自身がやっているのではないか?
彼らはすでに語り始めている。
しかし、
その語りを受け止めるどころか、
日常生活に埋没させてしまっているのではないか。

分科会では、
「ヘルパーに理解されない私達の思い」と
「ヘルパーが抱く常識とのズレ」について語られていた。

当事者から
理解されない現実が語られ、
理解してもらうための努力が語られる。
時間が余ったので、
ヘルパーをやっている側にも発言が求められると、
そのように描いている当事者に耳を傾ける。
想いに則した介助を担う。
といったことが語られる。

主体は当事者であり、
介助者は、当事者の支援に当たるものとしてそのスキルを磨く。

そのような図式で、
Iさんの語りを理解できるだろうか?
と思う。

「言葉」に関する分科会であれば、
いかに当事者が語る言葉を聞くかだと思う。

でも、
「言葉とコミュニケーション」の分科会であるならば、
「理解してもらえない/理解してもらうために頑張る」当事者から
「理解に努める」支援者という方向だけではなく、

なぜ理解できないのか?なぜ理解しようとしないのか?
どのようにすれば、互いの意識を一致させ一緒に考えていけるのかを考える必要があるように思う。

コミュニケーションという双方向の課題。
当事者の存在が否定されている状況に対して、
当事者たちはひたすら自らの存在を訴えるしかなかった。
しかし、
その存在を認める状況下でピープルファースト大会が開かれているのであれば、
次に、
当事者と支援者/介助者が一緒になって訴えていく事を求める必要がある。
そして、
何をどのように訴えるのか?
そこに、参加者がともに考え担う道を探る必要があるのではないか?

「だいじょうぶね〜」と「いっけんらくちゃく」の間にある、
Iさんの想いを受け、
私たちは間にあるものをそれぞれの現場の中で明らかにして、ともに担っていきたいと願う。

(数日経った今も、Iさんの言葉を私自身咀嚼できていない。でも、なにか書き留めておかないとと想い書いています。なので、余り突っ込まないでくださいね。)
posted by 岩ちゃん at 17:10| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ピープルファースト大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

これを読んで、30年近く前?、初めて岩ちゃんと会った東大病院の前のバス停の辺りの風景を、なぜか思い出しました。

ことばと、きおくと、おもいは、
ふしぎですよね。

Posted by yo at 2015年11月06日 09:36
YOさん
コメントありがとうございます。

一瞬で様々なことを思い起こされた出来事。

解っているつもりになっている我が身を常に意識しないと、
コミュニケーションという双方向は保障されないんでしょうね。

そして、
その不利益は常に当事者たちが背負っている。

「ともに生きる」事を追い求めてきた30年。
「ともに生きている」と言える状況は、まだまだ遠い彼方です。
Posted by 岩ちゃん at 2015年11月06日 09:55
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