2015年11月26日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!? その2

こちらは、どのような状態にあったとしても当事者自身が地域の中で自らが暮らしていく場を確保したい。
「家賃や更新料をもっとたくさん出せ」というのではなく、
兎にも角にも、「本人が安心して暮らせる住居」の確保を求めている。

なので、
「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と切り替えした。

すると・・・
「今言ったのは、原則でして・・・」という行政職員

こちらが訴えなければ「原則を外れる事」は言わないつもりでいる雰囲気がありあり。
そこにかなりカチンときた思いをのみ込みつつ、
「原則でして・・・」に続く言葉を聞く。

「原則はそうですが、今の住居から転宅できないという事を、医師の診断書をもってこちら(行政側)が了解できるならば、今のまま住み続ける事はできますし、上限はあるにせよ更新料を支給する事もできます」との事。

「なぜ、それを初めから言わないのか!」と怒りたくなったが、詳細を伺う。

・書式を定めているわけではないが、医師に診断書を書いてもらう。
・診断書を行政の嘱託医に見てもらい、参考意見を聴く。
・嘱託医の意見や診断書の内容や過去の記録を参考に福祉事務所内で協議する。
・所長判断として支給を認める。

という事。

診断書作成についての費用は本人負担という事らしい。
その点も食って掛かりたいところはある。

こちらが言わなければ、原則通りで進めようとする行政の態度は許せない。

が、
とりあえず、
今のところに住み続ける事ができるという事が解り、
良かったことにする。

(怒りは収まらないけど・・・)

※皆さんの地域の状況を教えていただけるとありがたいです。
posted by 岩ちゃん at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!?

本日生活保護課から、
「現在住んでいるアパートは、家賃の上限を超えています」
「超えた家賃については生活扶助費の方から負担していただいている事を承知しているので、今後も済み続ける事は可能です」
「但し、制度が変ったため上限を超える家賃の所にお住まいの方については、更新の際に発生する更新料は今後支給できなくなるのでご承知おきください」
「更新料が必要という事であれば、転宅してください」という連絡が入った。

「現状の住まいでは更新料が出せない!?」
「それって、実質転宅しろって事でしょ!?」
「それが無理だという事は、行政も知っているでしょう!?」
「はい、そうですかとは言えないし、どうすんですか〜!」と返した。

彼は、
自閉症を伴う知的当事者で、
過去一人暮らしをしていた。
支援の不十分さ故だが、彼自身が起こしたことによってアパートを追い出される事になり、
保護入院を強いられた。
1ヶ月で何とか退院を果たし地域に戻るものの、
住居が見つからず、自立体験室で仮住まいする事数ヶ月。
起こした事柄が地域の不動産業者に回状のごとくに流れ、
彼の名を出すとたちまちどこも取り合ってもらえない状況。
それでも何とか見つけたのが今の住まい。

24時間何らかの形で傍に人がいる生活。
自宅では、ヘルパーが毎日寝泊りするので、どうしても二部屋の確保が必要。
生活音等のために、古いアパートでは暮らす事が難しく、
必然的に生活保護の家賃基準を大幅に超えていく。

本来は、衣食等に使うお金を削り上限を超えた家賃分を支払い、カツカツの暮らしをしている。
カツカツの生活費ゆえに、ストレスを溜めこみ暴れて物を壊せばさらにその始末にお金がかかる。
普段許されているお金の使い方ができなくなり、ますますカツカツの暮らしになっている。

それでも、
介助者たちは何とか頑張り彼を支える。
少ないお金をいかに使うか?
それが、本人が実感をもって有意義な使い方であると思わなければ、たちまち物が壊れてしまう。
でも、介助者が臆病に当事者と関われば、それまたお金が少ない事に意識が廻り、有意義に使うというやり取りができなくなってしまう。

そんな現場の苦労なんて、まったく意識せず、
「制度改正によって、更新料は払えません」
「更新料が必要というなら、上限額の所に引っ越してください」
なんて、気軽に言わないでもらいたい。

とは言うものの、
決まってしまった事は、どうしようもない。
今のところに住み続けるしかないが、更新料が入らないとなれば済み続けられないのは確実。
こちらは、家賃や更新料が欲しいわけではなく、住まいが欲しい。
だから、
「更新料が出せないって、実質転宅しろって事でしょ!
転宅しろというなら、転宅できるアパートをそちらの責任で見つけて下さい」

「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と訴えた。

すると・・・

(つづく)
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

悩ましいのは・・・

言葉を発する事ができない重度知的当事者の一人暮らしの場面。
「イエス/ノー」で応えてもらったり、
選択肢を並べて選んでもらったり、
とりあえずやってみてからの反応を見て本人の意思を図ったりと、
現場の介助者たちは懸命に、本人の意思を読み取り介助しようとしている。

ところが、
「イエス/ノー」にしても、選択肢を並べるにしても、とりあえずやってみるにしても、
介助者の側にないものは提示できない。

人の暮らしは様々。
例えば、
親もとにいた時には、魚系中心の食卓だったのが、
一人暮らしを始めた途端に肉系中心の食卓になる。
最近の若いヘルパーさんたちは、魚料理が苦手らしく、手っ取り早い肉系料理を作る。
本人は肉が嫌いでければ出された料理をおいしく食べる。
時に、嫌いなものが出てくれば拒否をする場面もあったりすると、
「この人は自分の食べたいものを選んでいる」と映るが、
肉系料理をおいしく食べるという事と魚料理が食べたいということとはつながらない。

結局は、
介助者が提示するものの中でしか選択が許されないという面がある。

でも、
実は親もとにいた時、「魚ばっかり出てきて嫌だった。一人暮らしを初めて肉料理がいっぱい出てくるので嬉しい」と思っているかもしれない。

個々の介助者にない選択肢は、
様々な介助者が関わり、様々な場面の本人の様子を見聞きすることである程度拡がる。
しかし、
それを本人が選択しているのか否かの判断はどこまでいっても闇の中。

ある人の時には、
朝から盛々ご飯を食べる。
しかし、
別の人の時には非常に少食。

どちらも当事者本人には変わりない。
しかし、
その違いを探っていけば、
作る介助者の料理の腕前や味付けの好みによって違うということもある。
前の夜の食事の量によって変わるということもある。(毎週決まった曜日の決まった時間に決まった人が介助として入っている場合)
介助者がたくさん出すからたくさん食べる。
介助者がちょっとしか出さないからちょっとしか食べない。
その他いろんな理由があって、
本人の様子も変わる。

さらに、
人の様子なんて日々変わるので、常に一律に介助者と関わっているわけでもない。
その日の気分というのもあるので、あれこれ明確なことは言えない。

非常に悩ましい本人の意思決定という朝。
posted by 岩ちゃん at 07:55| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

身体的虐待とネグレクト

重度知的当事者と言っても、個々の当事者は当然ながら様々。
「行動障害」を伴い片時も目を離せられない人もいれば、
声かけしなければ行動しないという人もいる。
又、慎重に事を運ぶ人もいれば、とりあえずやってみた後に考えるという人もいる。

そんな人達の一人暮らしの場面。

ヘルパーと二人っきりでやり取りしている場面は、当事者自身が語らなければ密室状態となり、
そこで何が起こっているかは、ヘルパーと当事者を信頼するしかないという状況であったりする。

それは、
ともすれば入所施設と同じ状態。
ヘルパーからの報告を信じるしかない。
逆に疑い出せば限がなかったりする。

そんな中で起こる虐待。

「行動障害」を伴う人の場合、その手前に様々な支援の不十分さがあったとしても、
目の前で起こる事柄をヘルパーは懸命に止めなければならない事があったりする。
本人の命にかかわることもあれば、第三者に危害が加わるということもある。
なので、そんな状態になった時、懸命に本人を静止する。
しかし、「行動障害」が本人の一つの表現であったとしたら・・・
何を表現しているのかを意識が及ばないと、
静止するヘルパーの行為は、後に身体的虐待へとつながっていく。
「本人がそんな状態に・・・」という目に見える事柄を理由に、
目には映らない(見えない)本人の意思が「それでもある」とはなかなか意識できず、
力を持って当事者を押さえつける。

「本人に意思がある」という事を絶対条件において支援を担うということは、
頭で理解できても、その現場においては、様々な形で力による制御がまかり通り、
それが常態化することで「身体的虐待」が極当然のようになってしまう。

人は、何かが足りなくて虐待するのではなく、
そもそも、人は弱者を虐待する。

そんな考えて当事者と付き合っていると、
虐待してしまう私自身をいかに他の力を借りて、制御するかを考える。

身体的に相手を制御してしまった私自身をさらけ出し、
その手前にある「本人の意思」と「私自身の見立て」とのズレを、
他者との関係の中で検証し、次の聞かい次の機会へと活かすことを考える。
又、
自分自身の支援の不十分さを当事者に詫びつつ、
関わり続けられる方法を見出そうとする事で許しを請う。

身体的虐待は、たとえ密室状態であったとしてもやってしまった私自身が存在し、
地域の中で様々な関係が当事者の周囲にあれば、いづれ白昼のものとなり、
一緒に考えていくしかないという流れがあったりする。

ところが、
非常に厄介なのは、
虐待の一つに位置づけられている
「ネグレクト」という話。

介助者が声をかけなければ行動しない重度知的当事者の場合。
彼らも又、何も考えずに介助者の指示を待っているわけではない。
様々な意味があって、事象としては「声をかければ行動する」ということ。
例えば、
自らが動くと「叱られた」という経験が数多くある。
いろいろやりたいことはあるがどこから初めて良いか解らない。
介助者に気を使いすぎ、介助者のことが理解できないから動けない。
等々。

只々、じっと動かない重度知的当事者。

介助者ノートを見ると、
「今日は休日。仕事の疲れからか、出かけようとせず眠そうだったので、昼寝を勧めたら、一眠りしました」とあったりする。
たしかにそんな日もあると思う。
しかし、
休日の度に
「今日は眠そうでした」
「元気がなく家で過ごしました」
「本人の要望を待っていたら結局一日自宅で過ごしました」
等々。
「のんびりと過ごす休日」が現れたりする。

しかし、
「最近の介助者は、目新しいことを提案してくれないからつまらない」
「提案を待っているのに提案してくれないから、結局家で過ごすしかなかった」
などと本人が描いていたら?

親もとで過ごしていれば、休日ガイドヘルパーを使う時、
なんやかんやと親からの指示があったり、「外出」という前提があるのでヘルパーは当事者に対してあれこれ提案を考えてくる。

これが、一人暮らしをしている人の場合、
誰も、何も、指示してくれない。
当事者とヘルパーとで考えなければならないのだが、

先ほどの「行動障害」を伴う当事者のように、常に目が離せられないという状態ではない分、
目を話すことが、実は「ネグレクト」という「介助放棄」状態に陥っている場合があったりする。

それでも暮らしは廻っているので、
そのような状態になった時、
介助者は自らがそのような状態を招いていることに気づかない。
又、「元気がない」というように本人の状態を理由にできてしまうし、
「暴行の跡」というように目にわ見えない状態に、
周囲もその理由が間違っているかもという疑問は抱かないし、
疑問を抱くには、
毎度現れる休日を比較して報告を聞き、検証しなければ見えてこなかったりする。

そんなことを思うと、
実は心的虐待よりもネグレクトという介助放棄による虐待の方がより深刻で、
表面化しにくい状況のように思う。

そして、
重度の知的当事者たちも、
「とりあえず廻っている」と思われていることに耐えられなくなる時があたったりする。
満を持し行動に移った時、
周囲は、「行動障害」と称しその「行動」を制御すれば、
ネグレクトという虐待を受けている上に、その抵抗としての抵抗としての表現も否定される。

そんなことを考えつつ、
いづれも虐待は虐待。

何を虐待とするかは、一人で考えても見えてこない。

だからこそ、
自らの介助のあり方を意識し、
自らの介助をオープンにし、
他者の目と他者の想いを互いに共有し合いながら、
その先の介助を考えなければならないと思う。


posted by 岩ちゃん at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

伝える/伝わる

私達と異なる世界観を持ちつつ私達の世界観の中で生きている知的や発達の当事者たち。
彼らと日々やり取りしていると、
「伝える」ことと「伝わる」ことの間に大きな開きがあることを思い知らされている。

こちらは相手に解りやすく伝える。
相手はそれに応えて「はい」と了解する。
しかし、
その「はい」が「了解」の「はい」ではなく、
「聞きました」ぐらいの意でしかなく、
「聞きました。(でも、よく解りません)」の(  )部分が言えず、
言葉になった部分だけを私たちは受け取りその先を対応している場面がたくさんあるように思う。

こちらが伝えた事と相手に伝わったこととの違いはなかなか理解できない。
なので、伝わっていなかったという後々の結果も糧に、
個々の当事者とやり取りを重ね、
その差異を意識し、
懸命に「わかりやすさ」を追究する。

言葉だけでなく文字にして伝える。
漢字にふりがなを振る。
絵や写真を使い説明する。
事前に予行演習をして混乱をなくす。
当事者をよく知る介助者を手配する。
相手に通じる言葉を考える。
等々。
本人に伝えるための努力を懸命に担う。

それでも「伝える」ことと「伝わった」ことは違う場合がある。

「伝える」ことと「伝わる」ことは違うという前提を持って日々やり取りしているのだが、
「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」という現実に遭遇すると、
「あれだけ懸命に伝えたのに、あなたもその時わかりましたといったのに」と
「伝える」側の責任ではなく相手の責任にしてしまう。

「解りやすく伝える」というのは支援の側の責任。
しかし、
本人が「はい」といった瞬間に支援者の責任は消え、
後は全て本人の責任となってしまう。

それは、
支援者が「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」時の当事者の責任が大きくなる。

「伝える」と「伝わる」というのは本来相互作用であるから、
その結果においては、相互に責任が生じるものだと思う。
しかし、その責任は前半は支援者で後半は当事者が負うというような区分担っているように思う。

支援の側の責任は「伝える」という行為から「伝わったか」という確認、そしてその実際の全域に渡り存在するものだと思う。
当事者の側も同様に「伝えられた」事柄に対し、解るまでしつこく聞くとか安易に「はい」と言わないと言った事から、相手の意図と違っていたらそこから一緒に考えようとする責任とかがあるように思う。
(ただ、当事者の側の責任と言っても、それを奪ってきた私達の側の責任があると思うが)

「伝える」「伝わる」そして、その実際。

全てに渡り全てに責任を負うということであれば、
実は
「解りやすく伝える」ことだけに懸命になりすぎると、
最後までたどり着けず、結果当事者の側を責める事になるように思う。

決して「解りやすく伝える」という事を放棄するという話ではない。
ただ、懸命に「解りやすく伝える」ことのみに頭を回し続けていると、
本当に「伝わっているか?」という疑問に意識はいかず、
又結果「伝わっていなかった」時に起こる不具合にどう対処するかという次なる展開へは進めず、
当事者の側のみを責めてしまったり、当事者の能力のせいにしてしまい、
支援者のエネルギーを、次なる相互の関係につなげるに至らないように思う。
そうなると、次の「伝える」という場面での「解りやすく伝える」という行為も、
「どうせわからないなら」となってしまうように思う。

支援者と一言で表しても様々なので、どこにエネルギーをかけるかも人それぞれ。
何が良いか悪いかではないと思う。

「解りやすく伝えること」に懸命になる人がいても良い。
「伝わったか」を検証する事に力を注ぐ人がいても良い。
「結果」から次の場面での伝え方を考えるということを強く意識する人がいても良い。

逆に一人の支援者がオールマイティーにこなせるとは思わない。
こなしているように見える場面もあるが、
それは、固有の関係の中で成立しているだけで、
全ての人に当てはまるものではないと思っている。

あくまでも私の場合だが、
長年当事者たちと付き合っていると、
私が意図したことが相手に伝わっていないという場面を何度も遭遇してきた。
懸命に伝えようとすればするほど、伝わらなかった時のショックは大きく、
自分自身を責め、相手を責めてしまうことがしばしばあった。
又、自分自身を責めるということはとてもつらいので、その割合は相手を責める方へと傾いてしまうということにも気づいた。

なので、
あくまでも私の場合だが、
「解りやすく伝える」事に努力するよりも、
相手に「どう伝わっているか」を意識する。
「どう伝わっているか」に関心を持てば、
現れる結果に対し、その場の対処も柔軟さが増す。
「それでは伝わっていなかったか」と私自身を振り返る機会になり、
次の「伝える」ことにおいて「今回の不具合を次に活かす」ということに関心にもつながる。

「解りやすく伝える」ことの努力よりも
「伝わったか否か」を理解/意識することに努力する。

限られた空間の限られた時とは違い、
生活という日常における「伝える」「伝わる」を考える時、
そこにある大きな開きを常に意識し続けるための、
私としては結果からやり取りしている。

そんな私だけど、
「解りやすく伝える」というアイデアは非常に乏しい。
だから、「解りやすく伝える」事に懸命になる人の存在はとてもありがたい。

自分の取り組みが「必ず伝わる」という努力を重ねることは大切だと思う。

だから、「伝える」「伝わる」ということの大きな開きを互いに意識して、
その間を埋める努力は、様々な人との連続性の中で積み重ねていきたいと願う。
posted by 岩ちゃん at 00:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

Kさんの段取りと支援者の段取り

今朝、自閉症を伴う重度知的のKさん宅へ介助者として伺う。
泊り介助を担っていたNさんが調理中。
「交代時間直前に依頼されました」との事。

依頼の内容は、焼ウィンナー・コーンスープ・アップルパイの3品。
焼ウインナーとコーンスープは仕上げ段階で、アップルパイは手つかず状態。
Nさんがそのまま作業をしながら引継ぎ。
アップルパイのみ私が作る事になった。

その他あれこれ引き継ぎをしている所に、
家主のKさんが現れる。
私は「Kさん。私がアップルパイを引き継いで作りますね」と言いかけた瞬間に、
ドタバタと暴れ出す。キーキーと声をあげ、「ハイ!ハイ!」と応える。
(この場合の「ハイ」は「了解」の意というよりも話しかけないでの意)

それを見た私は「ごめん!ごめん!」と謝る。
それは、たぶん彼なりの用事があって出てきた所に、私が声をかけたと思ったから謝りました。

でも、
もしかしたらアップルパイの件かもしれないとも思いました。
すなわち、
Nさんにアップルパイ作ってもらおうと頼んだのにNさんは帰ってしまう。
私にアップルパイを作ってもらいたくないのに、作ろうとされている。

そんな風に想い描くと、
Nさんに対して、「アップルパイができるまで介助を延長して」とお願いする。
Nさんがいなくなってしまうのだから、Kさんにアップルパイをあきらめてもらう。
という対応が頭に浮かぶ。

アップルパイが好きなKさんだと知っている私は、
いづれ私にも作らせてもらえるよう努力する。
無理くり作ってみて反応をみるという事を考える。

私は「アップルパイを作る」事自体誰が作っても同じだと思う。
でも、同じでない自閉症の彼。
そこも理解し、さらに「依頼する」という困難さもあれこれ思い、
私はいかに応えていくか等と考える。

「私がアップルパイを作る」と伝えるとドタバタ落ち着かない彼。

あれこれ考えるもふと頭を過った事。
泊り介助のNさんが交代時間のためにできなかった事を、
「アップルパイは、後のヘルパーさんにお願いしておきました」と言って帰る。
私は「Nさんから引き継いだよ」とその後を付け加える。
すると、Kさんは私にやらせてくれる。
そんな事を思い出した。

そして、
Nさんに改めて「アップルパイを作るの。お願いしましたから」とKさんに伝える。
Kさん「はい!」と自室から応える。
(先の「ハイ!」ではない雰囲気)

改めて、「アップルパイを作りますね」と私が言うと。
「はい」と応えるKさん。

結局アップルパイは、無事つくる事ができた。

そんな朝の介助を振り返ると、
Kさんは「Nさんにアップルパイを作って」と依頼する。
その依頼に応えるという事は、「アップルパイを作る」に応えるのではなく、
「Nさんがアップルパイを作る」という事。
それが叶わないのであれば、
「Nさんにアッププルパイづくりを依頼」したが、「Nさんに」の部分の変更を求め、
その了解の下「私がアップルパイを作る」という事にしなければならないのだろう。

そこを「同じアップルパイ」と想い描き、それをなぜ作らせてもらえないのか?
なぜ、Nさんでなければならないのか?とだけ描いていては、答えは見えない。

今朝のKさんにとっては
Nさんであっても私であっても良かったのだと思う。
ただ、依頼した相手はNさんだから、Nさんから私への変更を了解できれば良かったのだと思う。

でも、
その事を端折り、「アップルパイを作る」事のみ目を奪われていると、
Kさんにしても私にしても、互いに了解が取れない中で先々しんどくなっていくのだろうと思った。

当事者が描く「段取り」は、ともすれば「こだわり」と捉えられる。
支援者が描く「段取り」は、「常識」として暗黙の中に置かれ、互いの常識が一致していなければ、当事者の側の能力や責任にされてしまう。

「段取りを組む」というのは、
お互いが想い描いている事を交換し合い、互いに結果を出すために組むんだと思う。
「組む」という中にある、互いの「段取り」
私たちの「段取り(無意識下のものも含む」を押し付けなければ、上手くいく事があるんだというだと思いました。
posted by 岩ちゃん at 14:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

本人中心から課題中心へ

重度身体当事者たちの自立生活運動。
「本人中心の介助/介護」を勝ち取ってきた。
親や教師等を中心に担われてきた就学運動。
「障害の有無によって子ども達を分けない」事に取り組んできた。

私は、
自立生活運動と就学運動とは同一線上にあるものと思ってきた。
しかし、
意外にそうではなく反目しあう場面があり、
どこか別物として、共闘を組むということはなかなかあり得ない。

何故か?
単純に見れば、
自立生活運動は「障害当事者本人による運動」であり、
就学運動は「障害児の親たち」の運動として置くならば、
後者は本人の運動ではないため同一線上とは言えなくなる。

それで、
私はなぜ同一線上にあるといえるのか?
それは、
私自身が「障害当事者」ではないし、「障害児の親」でもない中で今日まで様々な取り組みを担ってきたからだと思う。
障害の有無にかかわらず、子ども達の関係づくりが活動の中心であった時。
その先にある自立生活(親もとを離れ当たり前に暮らす)ことは一つの目標であった。
逆に、子どもたちが大人になり、実際親もとを離れ自らの暮らしを営むようになったら、
日常生活の支援に関わる私は、いま大人となった人たちの人生の連続性と継続性を意識し、
就学運動を担ってきたからこそ見える様々なことがあると感じている。
又、30年前「子どもたちの将来を思うと」と教育委員会や学校側から言われることに対し、
同じく「子ども達の将来を思い」と切り返してきた。
しかし、そこにはまだ見ぬ将来があり、ひたすら信じて取り組むしかなかった。
でも今は、かなりの確信を持って信じてよかったと思っている。
さらには、当時学校や教育委員会と戦うしかなかった事が、
新たな視点で将来にとって必要となる取り組みもあれこれ考えられるようになった。
(とは言っても、学校や教育委員会は耳を貸さないけど)

そこで考えるに、
「当事者中心」という言い方は私もしてきた。
「当事者中心に」といった時の、「私の主体って何?」とも悩んできた。
「結局私は私でしかない」と開き直ったことも。

でも、
この「本人中心」という言い方。
世の中誰一人として単独で暮らしているわけではない。
介助/支援と言った人たちだけが関係者というわけではなく、
地域にいる様々な人とのつながりや関わりがあってこその地域生活である。

しかし、
社会の側は、「障害者」と呼ばれる人たちと関わりたくない。
「自分も同じ立場になることもある」という目に見える身体機能面での同一視は広がっているように思うが、それは、どこまでいっても健常者社会の許容量の拡大でしかなく、
許容量の外・想定外の事柄については、排除が拡大されているように思う。

「本人中心」という時、
どこか「私達健常者に迷惑がかからないならどうぞご勝手に」となっている現実を感じる時がある。
昔と比べれば格段に進んでいるように見えても、
一旦健常者社会が迷惑と判断したらたちまち切られていく。

果たしてそんな「本人中心」で良いのだろうかとも思う。

あれこれ考えてきた私だけど、
「本人中心」という時の自分の立場の拠って立つところの無さ。

それでもここまでやり取りしてきたことを振り返れば、
どうも、
「本人中心」というよりも目の前に起こっている「課題中心」という発想で取り組んできたからのように思う。
輪の中心に重度知的当事者や急性期の精神当事者を置くと、
たちまち私達の価値観が大きく作用し、関わる人たちのコンセンサスを得るところからはじめなければならず、待ってくれない支援。拠って立つところがない故に支援の場を去る人。
長年取り組んできた者や障害児の親や障害の専門家たちに逆らえない、
新人や障害児の親でない人や一般人たち。

そんなこともあれこれ見てきた中で、
そろそろ「本人中心」という表現を止め、
「輪」の中心に「課題」を置く「課題中心」の取り組みという発想が必要かと思う。

課題とは何か?
私の場合は「障害の有無に関わらず、誰もが地域で当間に過ごす」という想いに対し、それを阻害される事柄が課題だと思っている。(なので、障害に関わるありとあらゆる事柄が課題となってしまっている)

例えば、
普通学級に入学するという課題。
普通学級に通い続けるという課題。
子ども達の放課後という課題。
進学や就職といった課題。
人生の選択と言った課題。
親もとを離れて地域で暮らすという課題。
その他あれやこれや。

その時々に現れる「課題」を当事者自身もその親も周囲の人達も同一円の線上に位置して、
ともに課題を解決していく。

障害当事者も特別な人ではなく、
「課題」解決に向けた一メンバーとして位置すれば、
その場から排除するわけにはいかない。
又、
排除せずに検討検証する方法が課題となる場合もあるだろう。
それでも、一メンバーとして存在し続ければ、自ずと課題の解決も見えてくるように思う。




posted by 岩ちゃん at 13:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

パニックルーム

人混みが苦手な自閉症を伴う重度知的当事者。
人がたくさんいる所に寄らなければ良いと思うが、
何か一旦事が起こったところにこだわり、あえて人ごみに立ち寄る。
又、暮らしの上で立ち寄る必然があるため避けようがなかったりする。

そんな彼のガイヘル。
夕方の買い物客でごった返すスーパーに彼は立ち寄る。
人混みが苦手な理由はたぶん2つ。
一つは、人に触れてしまう(触れられてしまう)事。
もう一つは、人の視線。

彼は、大きな奇声をあげて自分の存在を周囲に知らしめ、
人が自分を避けてくれる事で、人に触れることなく目的の場所に辿りつく。
しかし、
それは同時に、人の視線を集めることになる。
彼に対する偏見や悪意がなくても、人は大きな奇声を耳にすれば、その方向を見てしまう。
大部分の人は不思議なものを見るように彼を見る。
でも、中には悪意に満ちた視線を投げかける人もいる。
時折、「うるさい!」と声をかけられたりすると、
自分が奇声を発した事とは言え、周囲の支線にパニックになる。

私は、ひたすらそんな彼に離される事なく後をついていく。
奇声は発するも「大したことではない」という表情を懸命に作り、
彼と私とは繋がっている事を周囲に知らしめつつ一緒に歩く事に努める。

そんな彼がある日突然、
トイレに駆け込んだ。
そして、トイレ内にある扉を思いっきり閉める音とともに、これまで以上の奇声が聞こえてきた。
そして、すっきりした顔で出てくる。
その日、それを何度か繰り返す場面を見て気づいた事は、

避けようもない人混みにおいて、唯一一人になれる空間がトイレの個室。
耐えきれない自分自身をその中で一旦解消して出てくる彼。

何度目かの時、
彼と同時ぐらいに女性が女性トイレに入って行った。
その瞬間に起こった奇声とトイレを閉める音。
その女性は慌ててトイレを出てきた。
その手前で彼を待っていた私は彼女に、
「驚きましたよね〜」と声をかけた。
「びっくりしたわよ〜」という彼女に、
「当然ですよね。」と同意した上で、
「今入って行った彼は、人混みが苦手でトイレに入り気持ちを落ち着けているんですよ」
「それでもびっくりしますよね」と説明した。

すると彼女は、
「そうなの〜。でも、びっくりしたわよ」と安堵と緊張がごちゃまぜの表情を見せた。
そして、
トイレから平然と出てきた彼を見て、
「そういう事なのね」と言い、
「では」と言って私は彼の後をついてその場を離れた。

再び、店内で彼女とすれ違う時。落ち着いた彼を見て何とはなしにすれ違った。

そんな様子を見ると、
トイレが彼にとってのパニックルーム。
私たちにとって人混みは人ごみでしかないけど、
彼にとってはその人混みがパニック要因。
それを回避するためにトイレに駆け込む。

知的当事者にとっての合理的配慮とは何か?
という疑問を持つ私。
人と人との関係の中に起こっている事として考えれば、
スロープやエレベーターを作るという配慮だけではどうしようもないと思っている。
「関わり方マニュアル」を作ってみても、相手があっての話なのでそれもしっくりいかない。

でも、
もし、スーパーや駅や映画館等人がごった返す場所に、一時避難できる場所が設置されたとしたら。
トイレという手もありだけど、すでに先に使っている人と遭遇すれば、彼にとっては安心できる場にはならず、帰ってパニックを増幅させてしまう。
だからこそ、
一時避難できる囲われた場所を設置してもらえると、自閉症と伴う人たちはかなり安心して社会に進出していけるように思った。
posted by 岩ちゃん at 06:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

24時間ダラダラ介助

朝9時少し前。
一人暮らしをしている重度知的当事者宅にヘルパーとして訪ねる。
普段の週末なら家主はまだ寝ている時間。
前に入っている介助者に様子を伺い、今日の段取りを組もうと思っていた。

ところが、
すでに起きていて、朝食も済ませている。
「これは、今日もお出かけモードかも」と普段の様子から思い描く。

前の介助者が帰るとすぐさま
家主「どこ行くの?」と聞いてくる。(おっ!予想通り!と思う私)
私「どこ行こうか?」と応える。(「◯◯へ行く」等と明確な答えは返ってこないのは常。なので、こちらであれこれ提案する事になるが、あくまでも本人の要望に応えるというスタンスで、半ば儀礼的に応えている。そして、次の応えが返ってくるわずかな時間にあれこれ考える私)
家主「・・・・・・・」
私「あれ?」と思う。(普段なら、何らかのリアクションがあるのに全くない)
私「どこ行こうかね〜?」(この時点では、1週間の夏休みも残り2日。いろいろ出かけただろうから、新たな出かけ先を提案するか?それとも、気に入った出かけ先にするかを考え中)
家主「・・・・・・」と黙ったまま、自室のTVを見だす。
私「・・・・・・・」(考えがまとまらないのだろうと様子を見る)

しばらくすると、
家主「どこ行くの?」と再び聞いてくる。
私「外は暑いからどこか涼しいところでも行こうか?」「映画でもどう?」と返す。
家主「うん!」
私「じゃぁ〜。出かける用意をするか!」
家主「・・・・・・」(普段ならあれこれ動き出すのだが、「うん」がどうも空返事っぽい)
私「・・・・・」

そして、
カーテンを締め、ベットに入り、横になる家主。
私「朝、早起きしたから逆に動きが鈍い?」などと思って彼のペースに任せていると、
「ZZZZZ・・・」といびきが聞こえてきた。
私「二度寝????」

そして、そのまま二度寝からの熟睡。
お昼すぎに、もそっと起きてきた。
私「寝ちゃったね〜」「出かけますか?」
家主「うん」と言いつつTV前に座る。
私「昼ごはんにする?」とTV前にいる彼に声掛けすると
家主「うん」と言って出てきたので、昼食を作る。

昼食を摂りながら、
私「ご飯を食べ終わったら出かける?」
家主「うん」「どこ行くの?」
私「どこ行こうか〜?」「映画とかどう?」
家主「おぉ〜!」

昼食を終え片付けていると、
家主は再びベッドに上がりTVを観だした。
ベッドのそばに座り、一緒にTVを見る。
結構、真剣に観だしたので、私も横になって観ていると、
再びいびきが・・・
私「昼寝?」と思いつつ様子を見る。
食欲はあるし、起きている時の雰囲気から疲れは見えない。体調不良という様子もない。

結局、私もそのまま寝てしまい、気づけば16時。
私「どうするのだろう?」と思いつつ、とりあえず夕食の準備をしていると、家主が起きてきた。

私「おはよう〜」
家主「おぉ〜!」
私「どうする?出かける?」
家主「出かける」
私「晩御飯はどうしようか?」
家主「食べる」
私「作って食べる?外に食べに行く?」
家主「食べる」

そんなやり取りをしていると夕立が・・・・

慌てて洗濯物を取り込みつつ
私「雨だよ〜。どうしようか?」「家で食べてから出かけるか?」
家主「うん!」
と言う事で、夕食作り開始。
あれこれおしゃべりしつつ夕食を作って一緒に食べる。
時はすでに19時半。

食べ終わると、
家主「どこ行くの?」
私「この時間から?」
家主「どこ行くの?」
私「どこ行こうか?」
家主「バス!」

彼が「バス」というのは、「出かける」の意。
この時間になって、出かける気になったのか?

私「じゃぁ〜。バスで出かけよう」
家主「おぉ〜!」

と言う事で夜のお出かけ。

バス停に向かう道すがら、
家主「どこ行くの?」
私「バスに乗って出かけて、どこかでお茶でもして帰ってこよう」
家主「おぉ〜〜!」

と言う事でバスに乗り、駅へ出る。
駅前の商店街をウロウロしてお店を探していると、
家主「どこ行くの?」
私「どこかお店にでも入るか〜」
家主「どこ行くの?」
私「お茶でも飲もうよ」
家主「・・・・・」

しばらく歩くと再び
家主「どこ行くの?」
私「どこ行く?」
家主「どこ行くの?」
私「じゃあ帰る?」
家主「うん!!」

と言う事で、駅前をブラビらして再びバスに乗って帰りました。
時間にして2時間ほど。

家に着くなり
家主「風呂。どうすんの」
私「入ろうか」
家主「うん」

すぐさま風呂に入って楽しく過ごす家主。

風呂から上がり、その後もダラダラと過ごす家主。
時折、声をかけてくるので応える私。

普段ならすでに寝ている時間。
でも、昼間あれだけ寝たんだから眠れないのは必至。
彼のダラダラに付き合う。

そして24時過ぎ。
電灯を消して、扉を締めた家主。
しばらくしていびきが聞こえてきた。

そんなわけで結果、
一日中ダラダラと過ごした。

一人暮らしを始めてまもなく3年。
私の場面でこんな日は初めてかも。

よくよく振り返れば、
夏休み5日目(終了2日前)。
いっぱいお出かけして満足していたのだろう。
「どこ行くの?」はもしかしたら、「どこかいかなければならないの?」の意か?
もしかして、
夜のおでかけは、私に付き合ってくれた?

「本人の要望に即して介助をする」と言うのは簡単。
行動が激しい人の場合やいろんな言葉を持っている人の場合は、
行動や言葉が本人の意思をそのまま表現しているとは思わないけど、
本人の想いを知るきっかけにはなる。
でも、
「どこ行くの?」という言葉「うん」「おぉ〜」のみでのやり取りでは、
なかなか相手の思いが読み取れない。

読み取れないからあれこれ提案するも、
そもそも「出かける気がない」という意思なら、
提案そのもの意味をなさない。
だからといって
「今日はのんびり過ごす」と決め付けるわけにもいかない。

そんなことを考えつつ入る24時間の介助。
ダラダラと過ごす介助は、意外に疲れるという事を知った。
posted by 岩ちゃん at 10:56| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月24日

日本版FGCって何?

先日のFGC(ファミリーグループ・カンファレンス)の研修会と自らの現場との間であれこれ考えている。
4日も現場を離れた分、現場に戻った途端に次から次へと課題が舞い込んでいる。
そして、舞い込む課題の一つ一つを解決する上で、FGCの必要性を感じてもいる。

研修会の中で、
FGCは、課題をグループ(輪)の中心に起き、課題を解決するための具体的な方法を見出すと言っていた。
オランダのFGCは、「専門性によって決められるのではなく、状況を解決するために関わりのある人達の中で検討し具体的な策を見出す」と理解した。

でも、
それが日本版FGCを考える時、果たしてそれで良いのだろうかと思う。
「専門性に依拠しない」と言うのは良く解る。
専門性というのは「◯◯士や◯◯師が考える解決方法ではなく、又行政等による強制でもない」というのはその通りだと思う。
「ファミリー」とか「グループ」という言い方は誤解を招くのでどうかと思うが、
「当事者の日常生活空間にいる人々」と理解すればそれなりに納得できる。
又「グループ」=「輪」の中心に「当事者」を置きたがるが、
「当事者」ではなく、日常の中で起こっている「事柄」であるなら、
その関係は何も「当事者」だけの問題ではないはず。
なので、当事者も他の人たちも「輪」の線状にいて、それぞれの立場から事柄に向き合うという考えで理解でる。
さらに、
「カンファレンス(=会議)」というものは、
どこか「課題」を解決するために開かれるという印象を抱く。
でも、
「課題はなくても」又「課題が解決した後でも」開かれるものならばどうだろうか?
すなわち、
日常的な「集い」「よりあい」的なものも含めていけば良いと思う。
なぜなら、地域で人々が暮らすという事は、様々な事柄が横断的に存在していて、「問題となる事」と「その解決」というのは、特定の誰か/特定の何かということではなく、様々な場面で起こっており、地域という中にある出会いや関係も含めて解決されていくと思う。

そう考えていくと、
実は「カンファレンス」ではなく「ネットワーク」なのではないだろうかと思えてくる。

FGCに対する一番の疑問は、
「問題を解決する」「解決のための具体的な方法」というものをどのように捉えるかという点。
日本で言うところの「ファミリー」=「家族」の存在は、
障害当事者にとっては、
「親こそが最大の敵」という状況があったり、
意識ある親御さんは、
「親が最大の支援者」と言う。
そして、最大の課題が
「親亡き後」という言い方がまことしやかに語られる。

それらは、普段重度知的当事者たちと付き合っていると、
どれも間違いではないと思う一方で、どれも間違いと思う。

なぜなら、誰が誰に対して思っているかという点に置いて、
そう想う状況が問題であり、それぞれが思うこと自体は間違いではないと思うから。
すなわち、どれも重度知的当事者本人の弁ではないという事。

それならば、
それぞれの考えをもって「輪」を形成する事が重要になると思う。

ところが、
日本の社会は、「輪」を維持するために「それを壊す者」を排除して成り立たせてきた。
又は、輪の中に存在できるように改める事を求めてきた。

そんな「輪」に抵抗し、都会を出たり核家族化していく状況も理解できる。
でも、輪を離れ自分の能力だけで展開できる人は良いが、
そうでない人たち特に、日常的に何らかの形で支援が必要な人たちにとっては、
自らが「輪」に抵抗したり「輪」を離れたりする事ができず、
結果、「家族(血縁)」によって対応する事になる。

「個人をもって輪」をつくる西欧の考え方と
「輪を維持するための個人」という日本では、
「輪」の一文字はまったく違う意味を持つ。

よって、
日本版FGCは、この「輪」をどのように作るのか?どのような「輪」にするのか?重要になってくるように思う。

つづく・・・
 (たぶん)
posted by 岩ちゃん at 14:13| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする