2011年03月24日

人の暮らしには様々な場面が

今朝、スタッフYさんが「あれじゃぁ〜ダメだとわかったよ〜」と突然語りだした。
彼は、この間Oさんの自立生活獲得プログラムの担当者として、懸命にOさんと向き合っている。
そして、この間36時間連続で介助に入りOさんの様々な面が見える中でいろんな想いを持ったらしい。

障がい当事者が一人アパートで暮らすもGHを利用して暮らすにしても、その人の暮らしが廻るためには様々な関わりや支援が必要になる。
それは、一方で支援の細切れ・輪切り状態になってしまう面がある。

例えば、24時間何らかの支援を受けて一人暮らしをしている知的当事者を例にとると、
朝はAヘルパーと朝の介助⇒その後Aヘルパーと職場へ⇒職場の人と仕事⇒BヘルパーとC会の夕食会に参加⇒Dヘルパーと一緒に帰宅⇒Dヘルパーと夜の介助⇒Eヘルパーが止まり介助+朝の介助
と言う具合に、その人の暮らしの支援が多くの支援者によって担われている。

身体当事者ならば、自分を中心に支援者を使い自らの暮らしを担えば良いし、その場その時の支援者も当事者に聞けばよい。
しかし、自らの事を自らの言葉で伝えられない知的当事者の場合、どうしても伝言ゲームになってしまったり、各支援者目線で当事者を見る事にもなり、当事者自身の事を理解するのは難しい。
(でも、一方で様々な人の関わりは当事者が支援者によって管理されにくいという面があるので必ずしも特定の人に担われる支援と言うのが良いとは言えない)

本人から見れば様々な人が自らの暮らしに関わっているのだが、支援する側から見ればOさんは一人。
スポットで支援を担う人にとってはその場その時に出会うOさんでしかなく、どこかそれがOさんのすべてのように見えたりする。

今回36時間もの連続で彼と関わることで感じ取ったYさんは、そういう輪切りにされる当事者支援を連続で介助することで串刺しにして本人の想いに近づけたのだと思う。

しかし、そういった支援をだれもが担えるわけではない。
又、様々な人が支援に関わることを思い描けは、スポットで関わる人たちの存在は大きい。

要するに、
連続で支援することで見えた事とスポットで支援する事。
その両方をどのように結び付けていくか?

「ダメだ」と感じるのは必要。
その上で、感じたOさんの事。
それをどのように他の人たちと共有するか?
「ダメ」と感じたものをどのように周囲と共有し、新たなものを生み出していくか?
そのために周囲に何をどのように伝えていくかも含め、多くの課題がそこにある。

自立生活獲得プログラム。
「自立生活をする」と立てたら、そうはならない様々な課題を明らかにし、支援を生み出していく。
どこまで行っても課題は当事者本人ではなく、支援の側にあると改めて思った。
posted by 岩ちゃん at 15:05| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

計画停電で起こっている事

たこの木周辺で自立生活を営んでいる人たちは、複数事業所による居宅介護を利用し自らの生活を組み立てている。
24時間何らかの形で支援を受けている人もいれば、一人の時間を持っている人もいる。
又、昨今お伝えしている自立生活獲得プログラムの真っ最中の人は自らの暮らしと支援者が何を支援するか?どう支援するかを日々模索中と言う人もいる。

そんな中でふってわいた「計画停電」
「計画的に停電になる」との事だが、停電と言う初めての事態に、当事者も支援者も大混乱している。

まずは、停電が予定されていると言う事で、公共施設が閉館している。
すると、公共施設でお店を開いている団体は、閉館に伴い活動休止となってしまう。
すると、普段そこに通っている時間の介助者を見つけなければならない。
日々必死に介助時間を埋めている上に新たな時間帯の介助者を見つけなければならなくなった事業所。
本人たちから「どうなっているの?」と問い合わせがあれば、まだ穴をあけずに懸命に担うだろうけど、本人たちが事業所に問い合わせると言う事はない。
なので、うっかり穴をあけると介助者が誰も来なくて飯にありつけないと言う事になる。
飯ぐらいならまだしも、一人悶々とアパートで待つというのは精神衛生上よろしくない。

さらに、いつもの時間に介助者がやってきた時に停電になっていると、「さあ〜大変!」短い時間内でやり取りしなければならないのに、買い物に行こうにも停電のためお店が閉まっていたり、ある物で食事を作ろうにも暗くて時間がかかったり、洗濯をしようにもできず、次の介助者にお願いしたり、さらには停電のために風呂が沸かせなかったりする。
そうならないように停電時間をさけて介助に入ると停電がなかったりする。
当事者は介助者がなぜいつもと違う時間に来たのかわからず、いつもの介助を早々と済ませ、食事は作り置いて帰ると食べずに捨ててしまったりもする。

24時間介助者がついている当事者は、
24時間いつでも介助ができるのだから停電時間のたかだか2時間を外してやり取りすれば良いと思う。
しかし、お店が早々と閉まってしまったりするし、そのため買いだめに走る行列のために、本人と一緒に並べなかったり、だからと言って24時間目が離せない当事者は、一人本人を置いて長時間買い物のために並ぶこともできない。

だったら、どこかで買いだめすればと思うが、冷蔵庫に買いだめた食材をしまうと、なぜか食べてしまう当事者もいる。
なので、買いだめもできずにいたりする。

昨今の計画停電。
これまで各事業所の皆さんが懸命に介助シフトを組み、懸命に現場を担ってくれている上に、計画停電の表と照らし合わせつつ、支援を組み立てていかなければならない状況。

その内慣れていくのだろうとは思うが、今の今「計画停電」という「計画性」が一向に理解できず、それに伴う買占め騒ぎや店の開店時間の不規則性など、融通の利かない当事者たちや日々いっぱいいっぱいで支援している介助者たちは、とにかく大変な状況におかれている。



では、

posted by 岩ちゃん at 15:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

「疲れたら休めば」と思うのだが・・・

かぼちゃ畑での生活が始まり早2週間。
そろそろ疲れがでてきたOさん。
「疲れたら休めば」と想うが、それがなかなかできないOさんであるようだ。

本日すいいち企画に参加したOさん。
朝10時に介助者が交代し3時ごろからすいいち企画が始まるのでそれまでの間のんびりと過ごせば良いと私なら考える。

ところが、10時前に介助者から「今日は体調がすぐれず早めに交代してもらえないか?」と言う連絡が入った。
私もスタッフYさんも別の当事者に対応していて交代することができない。
「とりあえず、13時(昼飯)までは何とか対応できそうか?」と聞けば、それならばと言う事になった。

ちょっとそこまで買い物に出かけたOさん。
なぜかそのままたこの木クラブにやってきた。
でも、たこの木には女性スタッフしかいなくてしばし待っていた様子。
お昼の事もあるのでとたこの木を出たOさんと介助者は、再びかぼちゃに戻り昼食にしたとの事。
そして、3時ごろ再びたこの木にやってきたOさん。
今度は座る場所もないほどの人がたくさんいて、思わず身近な人に蹴りを入れ、その後は「こうやって殴ったらいけないんだよ」とつぶやきながら自らの顔を殴る彼。

その顔は明らかに疲れている。
「疲れたら休めば良いよ」「いつでもかぼちゃに帰って良いよ」と声掛けするも、その言葉は彼には届かない。
かえってみんなが集まっているのに自分に対して「来るな!」「帰れ!」と言われたと受け取るよう。

すいいち企画は、別に始まりの時間が決まっているわけではないし(一応たこの木を開けておく時間はそれなりにありますが)、帰る時間も自分で決めて良い。
疲れているなら来なくても良いし、疲れていても来ても良い場所。

しかし、「疲れているなら」の判断ができないOさん。又、付き合いの浅いヘルパーさん達にとってもその兼ね合いがわからない。
同じ顔つきでも「疲れている」と「つまんない」では対応が違ってくるが、それを確認できない周囲の人々。

疲れがたまれば、余計に混乱しやすいOさん。
混乱した時に人を蹴ったり殴ったり、自らを殴る彼に付き合う人たちは、そのトラウマから疲れていなくても「人ごみには連れていけない」伴ってしまう。

「疲れ」ってたまるものだし解消もするもの。
しかし、「疲れた時」に起こす行動が周囲を混乱させる。

「疲れたら休めば良い」と思うのだが、結構そのことを本人が理解し又周囲が理解しやり取りするのって非常に難しいと思った。
posted by 岩ちゃん at 22:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

たこの木通信280号より

今月のたこの木通信で寺本さんが書いている文章がとても大切なことだと思ったので、お願いして転載させてもらう。

たいへんなこと、たいへんでないことかんたんなこと、難しいことわかること、わからないことおもしろいこと、おもしろくないこと

                       36:介助の交代 寺本晃久 

 親元を出て暮らすときに、生活の多くに支援をつかって生活しはじめると、介助者が交代するということがおこる。
 つい先日、実家を出て暮らす練習を始めたOさんの介助に入ったときに、まずぼくが部屋に入っていくと怪訝な表情をする。
「おまえはなんだ、どうしてここにいる?」といっているような感覚。
 そしてまた、ぼくの後に交代する介助者が来たときも、一瞬それまでと違った空気が流れた。
11でいるときは、まだわかりやすいんだと思う。でも交代となると、知ってる人が同時に目の前にいることになる。そしてそれまでいた人は帰っていく。
 介助者とすれば他の人のところで交代する場面も多いからそれが当たり前になっているけれども、Oさんにとっては初めての体験。「介助の交代」って、案外ふつうのことではない。
 親元にいるときには、介助は必要と目的に応じて現れる。すごく単純化すると、家にいて親と過ごすか、外で介助をともなって過ごすかということになる。出かけるから、介助者が来るという具合に。そこでは途中で介助者が交代する場面はあまりない。
 また、介助のシフトを組む側としては、とにかく介助の穴を空けてはならじと必死に予定を組む。介助者の都合もあって時間がまちまちになったりする。そのあたりの時間的なつながりを把握するのも、わかりにくいことだと思う。もうずいぶん長く「交代」を経験している人でも、そういえば毎回、簡単ではないみたいだ。
 「今から私があなたの介助者です、風呂のことをやって、一緒に泊まります」などとOさんに直接説明し、ていねいに何度か繰り返す。だんだんと飲み込めてきてもらえたかもしれない。
 それでも、初めて間もなくてぼくもわからないことがたくさんあるから、わずかな時間で少しでも前の時間にどうだったかを知ろうとして、ついつい介助者同士で話をしてしまう。でもOさんはそれをやられるとわからないし、他でもないOさんの生活のことを話しているわけで、持ち直してOさんに対して話すように、でも同時に前後の介助者にも聞いたり伝えたりするようにした。
 とある身体障害のある人は20年ほど前、あえて介助者同士で重ならないようにしていたこともあった、と聞いたことがある。本人を飛び越えて介助者同士で話がすませられてしまうことを拒んだのだった。障害者は自分のすべてを介助者に見られてしまうが、介助者は自分の生活を障害者に見せなくても済む。介助者同士が障害者のいないところでつるんで勝手に話が進んでしまうことを警戒したからだった。
 そんなことを、改めて思い起こした。
posted by 岩ちゃん at 20:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

「⇒」を想う

今日の彼の予定は・・・

「かぼちゃ畑」⇒「午前中は職場の会議」⇒「午後はたこの木通信発行作業」⇒「終了後フラカッソでティータイム」⇒「かぼちゃ畑」

昨日の夜から明日の朝までは、Oさんの居宅介護に初めて入る他事業所のヘルパーさんで且つ以前ガイヘル中にトラブルがあったヘルパーさん。
コーディネートしているYさんは、かなり緊張しているが通信の準備とかもあり落ち着かない。

そんな状況の中、Yさんはこまめにヘルパーさんと連絡を取る。
「こういう事が予想される」「こういうケースがトラブルを招く」かもしれないと伝えつつ、状況をヘルパーから伺う。

ところが、Oさんは何の心配もなくヘルパーさんたちとやり取りしているらしい。

そして、発送作業の場にやってきたOさんは、テンション高めで絶好調。
片手に麻痺があるためそれほど発行作業の手伝いらしい手伝いはできず、ひたすらフラカッソでのお茶を楽しみに手持無沙汰で待っている。

が、今日の好調ぶりを見てちょっかいを出す私。
私「Oさんも手伝ってくれる?」と声掛けし、そばに立って彼ができる方法を考える。
そして、試してみたのは帳合作業。
彼が紙をめくり、私が紙を挟む。そして、彼が紙を閉じて次へと送る。
片手に麻痺があるがもう一方の手だけでやれる作業を発見。
一つやるごとに喜ぶOさん。
何度か繰り返した後で、彼の介助者と交代。
Oさんと介助者とのタイミングが合ってくるまで少々お互い戸惑っていたが、タイミングが合いだすと結構作業にはまったOさん。
普段はただ待っている彼が200枚近い作業をこなしたというのは驚くし、彼がご機嫌で作業しつつ発する言葉がとてもおかしくて、他の人たちの作業を楽にさせてくれた。

そんな絶好調の彼に、あれこれと聞く。
私「今日のこの後の予定は?」と
Oさん「う〜〜ん」と声を出すOさん。
私「作業が終わったらフラカッソだよね」
Oさん「そうだよそうだよ」
私「フラカッソの後は?」
Oさん「う〜〜ん」
私「電車に乗って帰るのかな?」
Oさん「そ〜だね・・・」
私「えっ!そうなの?かぼちゃじゃないの?」
Oさん「あっ!そっかそっか、かぼちゃかぁ〜!!」

こんな会話で彼が「⇒」を理解するとは思いません。が、こんな会話では理解できないとも思わない私。
とりあえず、語り進行したところで再び振り返って語る。
「さっき言った通りだね」と。
でも、それで理解できるとは思いません。が、それで理解できないとも思わない私。

私は用があってフラカッソを先に出ましたが、
スタッフYさんがヘルパーさんに連絡して聞いたところによると、「一瞬いつものコースに向かおうとしたけどかぼちゃ畑に無事帰ってきた」との事。

先のやり取りが効したとは思いませんが、効していないとも思わない私。

そんな積み重ねから、「⇒」を理解する支援を模索していければと思う私でした。
posted by 岩ちゃん at 18:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

ん?ん?ん?

まだまだ解放感に浸っているOさん。
土日曜日は、ひたすら自分のペースで過ごせたし、彼をよく知る人が介助に入っていたから本人も絶好調なのはうなずける。
しかし、平日は曜日曜日で行くところがあるし、介助者も常に彼の事をよく知る人たちばかりでもなくなってきた。

スタッフのYさんは、懸命に彼の事を理解しようとするも新たな環境でOさんがなのをどう描いているかわからず、新たな面に喜び不可解な対応に悩みつつ必死に本人と介助者とをつなげている。

水曜日は、たこの木のすいいち企画の日。
たこの木にやってきたOさんは相変わらず絶好調で楽しんでいた。

ところが、
いざ終了時間になって突然フリーズ。
「そろそろ終わりにしよう!」と言う声に、
彼も帰る気になったとは思う。
もしかしたら、別の当事者の迎えに来たヘルパーを自分のヘルパーと勘違いして戸惑ったかもしれない。
何が理由かわからないが、とにかくフリーズ。

「かぼちゃに帰るよ〜」「掘れ!一緒に行こうよ!」と私が声かけするも、フリーズから顔つきも厳しくなる。
今日のヘルパーさんは今日が初めての機会なのであれこれ任せられず私が対応。
不穏な雰囲気が漂う。

何となく感じて他の人を遠ざけ彼の横にいた私。
みんながひろばから出て駅の方向へ歩きだし、本人も道路に出たとこでみんなと違う方向へと導こうとする私。
再びフリーズ。

そして次の瞬間!
思いっきり私の足を蹴るOさん。
近年、人を殴ったり蹴ったりする行動があるとは聞いていましたが、
私を蹴るというのは、その行為は何らかの意図を持っての行動ではなくその瞬間を自らが止められない衝動的な行動であると妙に納得。
だったら、蹴られたことを私自身が根に持たないためにすぐさま蹴り返し事はチャラ。

その上で、
「何かに混乱したんだよね?」
「何に混乱したんだろう?」
「もしかしたら、すいいち企画の後はバスに乗って親元に帰るつもりだった?」
「いつもはそうだけど、今はかぼちゃ畑が生活の場だからそこに帰るんだけど?」等と彼に問いかけているようで、彼に答えを求めず私自身の自問自答。
「こうかもしんない」「ああかもしんない」と口に出しながら、かぼちゃ畑に向かってOさんと介助者と私で歩き出す。

そして、この道を行けばかぼちゃ畑と言うところまで来ると表情が和らぐOさん。
硬い表情が和らぎ始め、ギュッとつぐんだ口がほころぶ。
そして、かぼちゃ畑の前に立った瞬間に笑顔になった。

やはり彼は混乱していただけだとそこで確信する。

では、その混乱は何だったのか?
現時点で想像するに、
「親もとを出る」と言う事と「かぼちゃ畑で暮らす」と言う事は理解できているみたいなOさん。
しかし、
「かぼちゃ畑に帰る」と言う事は理解できていないかもしれない。
今までは
「親もと⇒たこの木⇒親もと」だった。
それが、
「かぼちゃ畑⇒たこの木⇒かぼちゃ畑」となった。
「かぼちゃ畑」も「たこの木」も彼はわかっている。
しかし
「⇒」がわかっていなかったかもしれない。
わからない中で、「行こうよ」と言われても混乱するだけで、彼のフリーズを溶くことにはならない。

だからと言って今の今溶くことはできないが、
しかし、彼を支援するうえで「⇒」の部分も含め彼とやり取りしなければ、彼とのコミュニケーションはすれ違ったままになってしまうような気がする。
posted by 岩ちゃん at 20:40| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

介助を引き継ぐ&介助を描く

初日と2日目はたこの木のスタッフでOさんのかぼちゃ畑での暮らしの支援を担ってきたが、昨日から他のヘルパー事業所のヘルパーさんたちも入り始めた。
4日目の朝、私は前日から泊まったヘルパーと今日日中に入るヘルパーとの間の時間に介助入り。
前と後ろのヘルパーさんと支援の様子やこれからの対応についてやり取りした。

前のヘルパーさんからは昨夜の様子を伺い、後のヘルパーさんへの引き継ぎはスタッフYさんが担い、私は横で聞いていた。

いろいろ介助を引き継ぐ上では、新しい利用者さんに対する初回同行と同様に、
利用者さんの事や介助の内容やその方法等々ヘルパーに伝える。
(さらにはかぼちゃ畑の使い方も)

自分の事は自分で語れれば良いのだが、自分で語れないOさんの事を語るのはスタッフYさんや私。
語るための情報は、親からの情報であったり長年の付き合いであったりする中で得た情報。

なので、その情報が正しい情報なのか?と言う事は常に意識している。
例えば、
「家では、風呂に入った後すぐに寝床につきます」と親から聞いている。
この間は風呂に入ってもその後起きていたり、遅くまで起きているから朝起きるのも親もととは違ってくる。

例えば、
「お茶を飲むタイミグは?」と言う介助ノートの記録があった。
又親情報も、支援の側が提供しないと「自分からは言い出さない」とある。
しかし、私が日曜日に入った時は自らが「お茶を飲みたい」アピールをしていた。
その姿を見れば、新たな生活の場面で新たな本人が伺える。
そして、これまで得たり感じたその情報が実は「お茶を支援者が提供する必要がある」ではなく「本人がお茶が飲みたいという意思表示をどうくみ取るか?」と言う引き継ぎになったりする。

たぶん、私自身もまだまだ気づかない事柄がたくさんあるのだと思う。
気づかないことがたくさんあるのに介助者にその支援を引き継ぐというのは・・・。

これが、すでに自立生活を始めている人だったら、ある程度生活の回し方が決まっているし、それをいちいち考えていたら本人の生活はきつくなる。
しかし、今は自立生活に向かっている最中。

本人が必要とする支援・本人に必要な支援が何かを明らかにする時間。
ならば、単に説明をされて事を介助するというよりも、介助者それぞれの価値観や視点を出し合い、本人が望むところがどこにあるのかを探り、この先の支援を作っていければと願う。

posted by 岩ちゃん at 13:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

ご近所付き合いも支援の内

3日目の本人は、未だ解放感に満ち溢れている様子。
今日私自身は、Oさんとのやり取りがなかったので、昨日大家さんから言われたことについて考える。

「昨日から入居しました」と連絡をした際に、大家さんからの苦言。
「ヘルパーさんの教育をちゃんとやってね!」
「他人に迷惑をかけて本人の支援をしてもみんながお宅の賛同者じゃないからね」と。

Oさんの前に利用した人が、かなり行動が激しくてご近所に多大な迷惑をかけたという点が苦言の一番にある。
その点、今回はそんなことはないのだが、しかし、当事者と周囲とに起こる出来事について止めようもない当事者の状態であっても、それを何とかカバーしていく付き合い方と言うのもあるように思う。

例えば、
「ゴミが散らかっていてもヘルパーさんは片づけないんだから」と言う大家さん。
「それはうちのゴミじゃありません」とヘルパーが答えたら・・・
確かに当事者が出したゴミではないにしても、「すみませんね〜」の一言も添えて片づけたり、そういわれる前に片づける、気に留めると言う事をヘルパーがしていれば、止めようもない状態についてもそれなりに見てくれるかもしれない。
それが「うちのゴミじゃありません」的対応だと、「それを言うなら」式にどんどん当事者の暮らしを大変な状態に追いやってしまう。

一人暮らしを営む障がい当事者の暮らしを周囲がどれだけ理解しているかと言えば、ほとんど知らない世界だと思う。
重度身体の人たちの自立生活が増えたからと言って世間はほとんど知らないし、まして重度知的当事者の一人暮らしなんて想像もしていないと思う。
それでも重度身体の人たちは、たぶん長年住み続けることで近隣の理解を得るだろう。
しかし、行動の激しい当事者なら年月が経てば経つほど、周囲はストレスをため込むと言う事もある。

昨今物騒な世の中になり、毎日違う人が出入りしている様子を見るだけで近隣は不審がるだろうし、まして本人が奇異に映る行動をしていたらますます近寄らなくなる。

重度身体の人は、それなりに自らが近所づきあいをするだろうが、
重度知的の人は、人との関係を遠ざけるという人もいる中で、自らが不審がられていると言う事も気づかない。

ならば、ヘルパーさんが当事者と近隣との橋渡しをするというのも重要な役割のように思う。
本人が周囲に受け入れられなくても、ヘルパーさんの存在を受け入れてくれる関係が生まれれば、その後当事者の存在も受け止めてもらえるように思う。

とは言っても、私自身もちゃんとできているわけではない。近隣の事も大事と思いつつどうしても当事者とのやり取りに必死になってしまう。
たくさん周囲に甘えているともいえるだろう。
でも、私自身の不十分さを感じる事で「ご近所付き合いも支援の内」として課題にしなければならないという発想が生まれる。

とっても難しいことだと思うしそんな余裕もないという状況ではあるが、
大家さんからの苦言は、どこにでも通じる話として「いかにも」と受け止め、対応に努めなければと思う。
posted by 岩ちゃん at 23:01| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月13日

かぼちゃ畑 2日目

今日は、午後からスタッフYさんと交代して本人とやり取り。
2日目の彼も絶好調!
昨日は入居のドタバタでちょっと疲れたかな?と思っていましたが、
今日は、マイペースで好調ぶりをキープしていました。

こちらは、本人の暮らしや今後支援にあたる人たちがやりやすいようかぼちゃ畑のレイアウトをあれこれ思案。
本人に「どっちが良い?」と聞いても「良いんじゃない!」としか答えず、本当のところは不明だが、あれこれ試す意味でもセッティング。

PF東京のSさんが午後からやってきて3人で過ごす。
PFの事務所では時たましか見せないハイテンションぶりを終始見せていたようで驚いていました。

ちょっと疲れた表情で横になるので
「おっ!疲れた?横になって休めば良いよ!」と声掛けすると、
「そうだね〜!休めば良いよね〜!」と言いつつ再びむっくと起きて元気にしゃべりだす。

いろいろ自立生活に向けて、やり取りしなければと思いつつ、本人に聞いても「良いね〜!」「良いね〜!」を繰り返すのみ。

本当に良いのか?何が良いのか?は不明。
でもひとつ、思い描いたことは、家族から離れた解放感に満たされていると言う事。
私も、初めて親元を離れた時の解放感を思い出した。

夕食の買い物に出かけ夕食作り。(彼はひたすら出来上がりを待つ)
おなか一杯になると眠そうな顔をするので、「お風呂に入る?」と聞き「昨日は疲れて入ってないから今日は入らないとね!」と声掛けする。
すると「そうだね!」と言いつつ目はトロ〜ン。
交代でやってきたYさんが来たころは本当に眠そう。
引き継ぎの打ち合わせをするか?風呂を先に済ませるか?ととりあえずお湯を張っていると、
再び回復。
「もしかしたらこの時間帯が眠いのかな?」「昨日と同じ時間帯だからね」等と彼の様子から想像する。

さてさて、
昨日の夜は、休む準備をした後元気になって遅くまで起きていたみたい。
今日はこの後どうなることやら。
風呂に入ったかな?
等と、風呂にあまり入らない私が心配している。
posted by 岩ちゃん at 20:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

かぼちゃ畑第1日目

本日2本目のブログ。

いよいよかぼちゃ畑にやってきた当事者Oさん。
これから自立生活に向けたやり取りが始まる。
と、思っているのはもしかしたら周囲の支援者や親だけかもしれない。

親もとにスタッフYさんと一緒に迎えに行くと、超ご機嫌でリュックを背負い人を押しのけ車に乗る勢いのOさん。
「おっ!やる気満々!」
と思いきや・・・

かぼちゃ畑に入りオリエンテーションを始めるとちょっと気分は下降線。
その内ヘルパーのMさんもやってきてあれやこれやと打ち合わせ。
ますます気分は下降線?

でも、あれこれ生活に必要な物をリストアップし、「よし!二手に分かれ生活用品を買いに行く組と今晩の食材等を買いに出かける組とに分かれて出かけよう!」と言えば、再び上昇気流。

しかし、いざ買い物が始まり「どれにする?」「何色が良い?」などと聞いていると再び下降線。
ショッピングカートを押してもらい、私がカートの方向を定めるためにカートの前を引っ張る形で歩いていると、
カートがやけに重い。Oさんカートを押しているのではなく、カートに引かれて歩いていた。

帰宅後買ってきたものの整理をするが、本人手もち無沙汰。
「CDでも聞くか?」と言えば少し気分は盛り上がるが、いろいろ自立生活に向けた話をすると気分が下がる。

調子が下がると人に手を出す人なので、スタッフYさんも緊張する。
もしかしたら必要以上に気分を盛り上げようとしていたかもしれない。

それでも、
夕食ができると気分は上々。
「せっかくの初夜だから4人で食べよう」と声掛けしてようやく食卓がそろうのを待っている様子。
食事が終われば服薬や歯磨きを声掛けすれば難なくこなす。(介助つきですが)

一段落したところで、私は退散。
この後の事はOさんはもちろん、スタッフYさんも今日半ば研修でやってきたヘルパーのMさんも初めての体験。
そして、この私はと言えば・・・

これまで自立生活を始める人がいた時の初夜は、必ず私が丸々1日。ともすれば丸2日。一緒に過ごし本人の様子や私とのやり取りからその先を想像しつつ人に委ねるという順序で支援をしてきた。
なぜなら、私自身が当事者の事を知らなけれ他の人に委ねられないからと考えているから。
でも今回は1/4日付き合い、それも引っ越しにまつわるやり取りが中心で、本人を理解したり理解したうえで他の支援者にどう伝えていくかについてのやり取りはほとんどスタッフYさんに委ねた。

今晩この先どうなるのだろうか?
皆さんにとっても初めての夜だが、私にとっても初めての夜を初めて人に委ねると言う事になる。

ドキドキもの・わくわくもの。

CIL系の自立生活プログラムは、まず本人の「自立生活」についての意思が問われやる気や方法が先にある。
しかし、重度知的当事者の場合は、「自立生活」が何かを明らかにするところから始めても何も始まらない。
それより、一つ一つの経験を積み重ねる中で、振り返れば「これが自立生活」「これが私の生活」担っていくものだと思っている。

そして、支援の立場にいる私たちは、彼が一つ一つ実感していく中で彼自身が振り返り「これが私の生活」と言えるものを支援していくのだろうと思う。

さて、どんなことが待っているか?
わくわくよりもやっぱりドキドキの方が大きいかも。
posted by 岩ちゃん at 21:15| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする