2008年06月21日

自ら居場所探し

 たこの木ひろばで一人仕事をしていると、知的当事者のNさんがやってきた。Nさんはここ最近、ちょくちょく顔を見せる。

 彼はGHで自立生活していて、すいいち企画にも毎週欠かさずやってくる。
 普段のたこの木ひろばは留守がちで、誰もいない日が多い。水曜日の午後だけは当事者の皆さんが開くすいいち企画として、ひろばを開放している。

 先週の土曜日の午後。ひろばで会議を開いている所へNさんがやってきた。
私「Nさん。今日はどうしたの?」
Nさん「たまたま来たの」
私「たまたまなんだ〜」
と会話を交わした。

 それ以降、Nさんはひろばにちょくちょくやってくるようになった。

「たまたま来た」というNさん。その前はどこにいたのかと尋ねると、「ベルブにいた」という。
 彼は、休日ベルブ永山と言う公民館のロビーで座って過ごす。地域で育った彼としては、そこに座っていれば、誰彼なしと知り合いと出会えることを知っていて休日そこで過ごしているみたいだ。

 その彼が、「たまたま」ひろばにやってきたと言うが、もしかして留守であってもちょくちょくひろばに来て誰かいないかを探っていたかもしれないと思う。
 そして、彼が「たまたま」なのではなく、私たちが「たまたま」ひろばにいて、彼は水曜日以外の日にもひろばに人がいることを知ったのだと思う。

 そして、それ以降「たまたま」私がひろばにいる機会が続いたので、私から見れば「ちょくちょくひろばに来るようになった」と勝手に思っているだけだと思う。

 Nさんは、人と接する事が好きで、人とおしゃべるするのも大好き。いろんな所に出かけていくことも大好き。
 しかし、人と接する方法は彼特有で、しゃべる内容もいつも決まっていて、自らがガイヘルを使って何かすると言う事を考える事も苦手。
 それ故に、周囲から歓迎されなかったり、いつも決まった所にしか出かけられなかったりしている様に私は感じている。

 それでも、彼は彼なりにベルブへ出かけたり、たこの木ひろばに誰かいないかとのぞきに来たりして、自分の休日を過ごしているように思う。

明日も彼は休日。
もしかして、ひろばにやってくるかもしれない。
しかし、明日は別の所で会議があって、ひろばには誰もいない。
 ひろばに向かう道すがら彼は何を思い、誰もいないひろばの前に立って何を思うのだろうか?

 それを彼にその想いを聞いても彼は明確に答えてくれない。
 しかし、ほんのふとした場面から「Nさんは、人と接する事が好きで、人とおしゃべるするのも大好き。いろんな所に出かけていくことも大好き」と言う事だけは私には理解できる。又、その事をうまく展開できない彼がいることを感じる。

 そしてNさんは、Nさんなりに自らの休日に、自らが自らの居場所探しをしているのだと言う事も知る事ができる。


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2008年06月16日

突然の出来事を当事者にどのように伝えようか?

 自立生活をするKさんのお母さんから昨夜電話があった。「私の母が亡くなって、その事を息子に伝えて欲しい」との事。

 Kさんは、重度の知的で自閉症の人。お母さんから直接伝える事もありなのだが、本人のその時の状況・状態そして、行くための段取り等により、本人が事情を飲み込めないまま話が伝割らないと本人も辛くなると思い、こちらで伝え対応する事を引き受けた。
 そして今日の午後。Kさんの職場に出向き話をした。

私「(お通夜・告別式の案内を見せつつ)○○に住むバアバ(祖母の事をそう読んでいたので)が死んだんだって。お別れの会に私も付き合うから一緒に行こうよ!」
Kさん「(突然の話に少々混乱しつつ)行かない!!」
私「○○のバアバだよ?お別れしに行かないの?」
Kさん「行かないの!!」
私「あっそ!」「なら行かなくても良いけど…」「私と一緒に行こうよ」
Kさん「行かない!!」

と言うことで、行かない事に決定。
でも、
いろいろ考える。
 聞くところによると、Kさんと祖母の関係はあまりよくなかったらしい。なので、行きたくないと言う風に思うのもありうる話。
 でも、それでも最後のお別れに出かけていくと言う人もいるだろう。
 又、彼の場合行きたい。行かなきゃならない。と思っても、どのように行くのか?行って何をするのか?と言う段取りが理解できないと「行かない」と言う風にも言う。

 彼の「行かない」の真意が見えない中で、どう対応すれば良いかと悩む。
 まして、時間が迫る。段取りも必要。普段めったに無いやり取り。本人は理解していなくても、実際にその場に行けば理解できる事もあるだろうとも想像する。でも、やっぱり来なきゃ良かったなどと思うこともあるだろうと想像する。

 とにかく限られた時間の中で、なんとも心残りの対応となった。

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専門家に感謝!!

 昨日、自立生活をするYさんのお母さんから電話があり、週末実家にいるときてんかんの発作が起きたとの事。ここ最近実家に帰ると発作を起こすYさん。その様子を見ているお父さんは、不安でいっぱいになるのは当然の事と思う。

父「昨日発作を起こしたんだよ!1週間実家で様子を見るのがどうしていけないのか?」

 そのお父さんの発言に対し「食中毒とか怪我をしたとかならそれもありかもしれないけど、1週間様子を見たからと言って何になるのですか?もし、その期間に再度発作が起きたら、お父さんはどうするつもりですか?自立生活を諦めて、実家に戻すと言う事ですか?」「そうであっても、お父さんが亡くなった後はどうするんですか?てんかんの発作とどう付き合うかも含めて、自立生活の中で考えるしかないんじゃないですか!」等と反論。

 お母さんもお父さんと同様の想いをもちつつ、しかし、「それが息子の自立生活」だと親としての自分の気持ちを必死に押し殺し、お父さんと電話口で言い争う。
 そのお母さんに「お母さんの気持ちは痛いほど分かる。けど、ここで踏ん張らないと、1週間様子を見ている間に再び発作が起きたら、そこで踏ん張るのはもっと大変だよ」と伝え、
 「不安は不安でわかるので、明日病院に行って医師の意見を聞きましょう」と言うことでお父さんを説得した。

 そして今日の午前中。本人と両親と私の4人でいつも通っている脳神経外科に行った。

 私は普段、専門家と言う立場の人が、机上の論理で言う事柄に不信感を持っている。
 なので、もし医師がお父さんに対し「発作があるのによく一人暮らしをさせてますね。」とか「誰かがついていないとダメだ」とか言おうものならどうしようかと不安があった。
 専門家の発言は、親をさらに不安にさせ、支援の側との信頼関係を失わせ、自立生活そのものが危うくなると思い、私自身はかなりの緊張を持ちつつ待合室で診察間での時間を過ごした。

ところが医師は、
「実家に来た時に発作を起こしている」と聞いた途端、笑顔で「それは、実家の方がリラックスしているんですよ〜。」「一人でいるときとリズムも変わるしね〜」と言い、
お母さんが「父親が1週間親元で様子を見ようって言っているんですけど…」と言えば、
「そんなことしてどうなるんですか?」
「夏場はみんな発作をよく起こすんですよ」
「症状を抑えるなら、別の薬も出す事もできますが、眠たくなって仕事どころじゃなくなりますよ」
「自立と言う事を考えたら果たしてそれが良いんですかね〜?」等ときっぱりと言ってくれた。

 実は私自身その医師のコメントに涙が出るほどうれしかった。
 私が想い描いていた事。そして私がお父さんに語った言葉どおりにの発言。ペイペイの私よりも「専門家」の意見の方がその効力は絶大!

 でも、これまで専門家と呼ばれる人たちはその絶大なる影響力を持って、知的当事者の自立生活を阻害してきた。
 なので、その医師がものの見事に父親を説得してくれたことに深く感謝した。

 専門家に対する偏見を反省しつつ、ひたすらその医師に感謝!

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2008年06月12日

親は子の生活を見ない方が良いかも

 現在かぼちゃ畑で自立生活に向けた取り組みをしている当事者が久しぶりに親元に帰った。
 お母さんからの「月に一度ぐらいは娘と食事がしたい」との要望で、本来なら当事者自身の生活が確立していくまでは遠慮願う話なのだが、今のかぼちゃ畑での生活に動じず楽しく過ごす彼女がいたので、断る理由もないので受けた。

 久しぶりに帰った親元。いきなり冷蔵庫チェックに洗面所のチェック。家のあちこちをチェックして回る。お母さんは、本人がいたづらしないようにふだんは物を本人の目の届かない所に隠しているのだが、久しぶりの事で少々油断?
 母と娘のやり取りがいきなり全開になった。

 私は、彼女を送り届けて退席し、時間になって再び迎えに行った。
母「とっても調子悪かったの〜」「薬の副作用のせいかしら〜」とあれこれ
私「かぼちゃ畑ではそんなことほとんどないけどね〜」「親元では鬼門の品もかぼちゃではどうってことなくやってるよ〜」

確かに本人はとても落ち着かない。
その理由が何なのか?
久しぶりの再開に甘えているのかもしれない。
又、自分が今必死になってかぼちゃでやっているのに、何故又親元か?と思っているかもしれない。
たまたまいつもと違う段取りに混乱していただけかもしれない。
その理由は定かでないが、とにかく私が見ても調子は悪そう。

 車でかぼちゃ畑に送っていく間は非常に落ち着かない彼女。
 「薬の副作用?」と心配するお母さんに「そんなことはないよ」と言いつつ専門家でない私が断言する術もない。

 ところが、
かぼちゃ畑に戻りどんな2時間だったかはわからないが「親ってああいうもんだよ〜」「あなたこのことを心配するからああなるんだよ〜」「あなたも今ここでがんばっているんだよね」「まあ、これからもよろしくお願いしますね」等と声をかけていくうちに落ち着きを取り戻して言った。
 言葉の意味がどこまで分かっているかはわからない。こちらもどこまで彼女の事を理解しているかと言えば確かな事はいえない。
 しかし、自立生活を獲得していくと言う前提だけは揺るがさない。そして、自立生活を獲得すると言う事は決して楽しいことばかりでもないし、どちらかと言えば彼女にとっても様々なヘルパーがやって来て、様々な人と様々なやり取りをする事自体とても大変なことだと思う。
 だからこそ、動じずやっているようでも結構辛い思いを持ちつつ彼女自身が取り組んでいるんだという実感を私は持っている。

 その後の様子を泊りのヘルパーさんに聞くと、「あの後、お風呂に入ってゆっくりされていましたよ〜」との事。

 お母さんよりも娘の方がしっかりしている。なんていうとお母さんに失礼なのだが…、

 実は、障害のない人の自立を見るとき、それは決して親がさせるものではなく、子どもの方が親から距離をとっていくことで実現させていくものだと思っている。
 しかし、障がいのある子どもの場合は、自らが距離をとる事ができない。特に知的当事者の場合、親が担っていた支援の部分を自らが生み出す事ができず、生み出す事にさえ支援が必要になる。だからこそ親は子どもを心配、あれこれ言いたくなるのだと思っている。

 しかし、「自立」=「親から離れていく」と言う風に考えた時、その過程を親が担っていてはいつまでも親から離れられない。
 なので、「親はこの生活を見ない方が良い」=「支援に委ねる方が良い」と言う事になる。

 最近就学運動の延長線上で子どもを自立させた親たちからの相談が増えている。それだけ自立生活をする知的当事者が増えてきたと歓迎する一方で、地方ゆえに委ねられる支援者・団体がなくて、親が関わらざるを得ない状況がある。
 「私も支援者の一人」と言う親の声を良く耳にするが、子どもにとって親は親。決して支援者の一人になれないと思う。(逆に「親だからこそ」と言う面は支援者はどうにもならない)
 だからこそ、親以外の人たちに委ねる事が必要だし、当事者を取り巻く支援者たちは、何が何でも私たちが支援すると言う覚悟を持って取り組まないと、かえって話はややこしくなると思う。

話は少しずれたが、
実は、先の彼女にしてもこれまで自立生活をしている当事者にしても、子どもの方がしっかりしている。
 親のさみしさと子どもの自立を分ければ、きっとその先では、お互い自然な形で親子の関係が築けると思っている。
posted by 岩ちゃん at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

二人の自立生活者の聞き取り調査

 午前中と午後に自立生活をしている知的当事者の区分認定並びに支給量決定のための聞き取り調査にのためそれぞれの当事者に立ち会った。

 午前中の人は、「支給量の変更もないので、市役所で、30分程度で終えましょう」と言われ「ではそのように」と出かけました。
 午後の人は「市役所か自宅かについては本人の状態に任せます」と言われ、初めての担当者と言う事もあり自宅で聞き取り調査をお願いしました。

 両者とも自立支援法が始まる前から自立生活をしている方々なので、ルーチンで聞き取り調査が終わると思っていたのですが、甘かった〜。

 それぞれに約2時間近くの計4時間近くの時間を費やした。
 
 その理由はといえば、どちらも新しい担当者のために、重度知的当事者が自立生活をしていることに対する本人の状況や支援の前提がまったくこちらとは違ってい、前提の話からしなければならなかったため、一つ一つの事柄に時間がかかってしまったのです。

職員「普通学級に行っていたと言う事は幼い頃は発語があったのでしょうか?」「高校進学を希望しているとどうして分かるのですか?」

私「発語がなくても普通学級には行っていました。私たちの周りの当事者の多くは、ハンディーのあるなしに関わらず普通学級を卒業していますよ」
「点数が取れなくても、高校に何人も進学しています」「彼は当時学校が嫌だったけど、今は行かなかったからこそいきたいと願うのは何ら不思議な事ではありませんよ」

私「月の総量の変更は必要ないけど、1回あたりの時間数を3時間から6時間に伸ばして欲しい。自立生活をしていると3時間もかからない時があったり、逆にイレギュラーに時間が延びる事もあるので…。これまでは許されてきた事も今は電子請求のためエラーが出てしまうのでお願いします」
職員「イレギュラーってどんな場合ですか?」
私「人の生活は日々イレギュラーですが…?」
職員「例えば?」
私「あなたは、毎日定時に市役所に来て定時に仕事を終えていますか?忙しい福祉部にあっては、その時々で残業があるでしょう〜。初めから残業を前提に仕事していますか?それと同じでは?」
等と、人が暮らすことをイメージしているのではなく、あくまでも計画に基づく派遣決定。その作成にあたっての聞き取り。
その事をめぐって30分の予定が2時間。
「これもイレギュラーではないですか?」と言ってみたかった。

 午後は午後で106項目の聞き取り。
人の暮らしをできる・できないで振り分ける聞き取り自体がおかしい。
 さらに、支援があっての今の状態と言う事をどうにも受け止めてもらえない。
ともすれば1年前より障がいが軽くなっているかのような受け止め方をされる。
 現場のヘルパーさんたちが必死に本人を理解する事に努め、支援の不十分さは本人が必死に背負って今の状態があるのに、「物を壊す行為」について前回は「毎日」今回は「時々」それって何なのか?
又、話しの中で
職員が「自閉症の人にすべてを委ねるとかえって不安定になる場合がある」「あなたはそれを否定するけど、ある程度の枠を設ける方が良いと思う」とそばにいたヘルパーさんにも語る。
私「何を否定しているかと言うのの前提が違う。あたなたその時言ったのは、その枠を施設入所も含めて語っていたから否定したわけで、常日ごろよりヘルパーには同様の事を言っている」
等と議論になる。

 この数年、多摩における重度知的当事者が自立生活をすると言う事は特別なケースであり、係長職以上とのやり取りが続いていた。
 私としては、交渉の結果ではなく窓口職員も含めた部内のコンセンサスがあってこその支給決定だと言ってきたので、ここで、新たな職員とのやり取りは歓迎している。

 只、あまりの前提の違いに係長職以上の人たちは、これまで現場に対し何を伝えてきたのかと思う。
が、まあ
これまでのように、私が窓口に行くと係長以上の人が出てくるよりもこれを機会に窓口職員といろいろ話し込んでいければそれはそれで良い機会だと思った。

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2008年06月09日

二人の軽度知的障がい者の自立生活

 時同じくして、二人の軽度知的当事者の自立生活に関する話を伺った。
 一人はS県で一年以上前から自立生活をしている方。もう一人は別のS県で昨年から自立生活を始めた方。

 どちらも言葉少ない方たちですが、じっくりゆっくり話を伺えばいろんな想いを語ってくれます。又、日中働いている様子です。
 
 そして、お二人の話に共通している点は「自立生活は辛い」「おもしろくない」と言うことです。
 そして、やる気がないように見える二人に、周囲はひたすら発破をかけていると言う事。
 
 軽度故にヘルパーの時間数が限られており、自分で何とかしないといけない点はたくさんあります。又、身体的な障がいがない分、「覚えればできる」「やる気になればできる」と見られるタイプの方たちです。

 お二人が違う点としては、先の方は「共に生きる」と言う想いを持って取り組んできた仲間たちが自立生活を支援している状況。もう一方は、日常の支援を身体当事者が担っている事業所の派遣を受けて生活を成り立たせていると言う事です。

 彼らを取り巻く人たちは、それなりに時代を潜り抜け問題の本質を問い、誰もが地域の中で生きることを願ってきた人たちです。

 なので、何の状況も分からない私がえらそうにいえる筋のものではないのですが…

 でも二人の当事者それぞれに話を伺っていると、彼らにしてみれば、常に周りからできることを求められている点で一致しているように思います。
 今の社会の現状から、周りは本人に発破をかけていかないと暮らしが維持できないと言うのは重々理解質得るつもりです。
 又、それに応える事の可能性を持っているお二人だとも思います。

 でもしかし、
二人の話を聞いているとなんだか、本人の能力ばかりに自立生活の可否を求めているように感じてなりません。

 「車椅子に乗っている」「目が見えない」「耳が聞こえない」と言うことに対し、今日「歩けるようになる」「目が見えるようになる」「耳が聞こえるようになる」事をひたすら求めることは少なくなってきました。
 又、先天的に「目が見えない」「耳が聞こえない」人たち独特の文化や価値観があることも伝え聞こえるようになりました。

 しかし、「知的」と言うものに障がいがある人とは?
 奪われた経験を取り戻す事でできるようになる人はいます。又、繰り返し取り組む事でできなかった事ができるようになる人もいます。
 
 でも、経験を奪ってきたのは私たち社会の側であり、奪ってきた物を提供して本人ができるようになったからと言って、マイナスがようやくゼロになっただけの話だと思います。
 又本人の努力がしばしば求められますが、私たちだって必要性を感じるから努力をするわけで、必要性を感じなければやらない努力と言うものはたくさんあります。
 例えば私の場合、英会話はできた方が良いとは思いますが英会話を覚えようとはしません。
 2級ヘルパーはなくても介助はできると思っています。でも国の勝手な定めによって採らないといけなくなってしまいましたから採りました。
 それはあくまでも必要性の実感がまずあって取り組む事です。未成年の内はその必要性もあまり理解できないという面があるので親の立場や大人の立場からあれこれ言う事もあるでしょう。
 しかし、成人した当事者に対し未成年の人たちと同様に必要性を周囲が勝手に持つ事はおかしいと思います。
 私が英会話を覚えなくてもだれもダメとは言われません。
 でも知的当事者は自立生活をする上で常に本人の実感のない所で周囲から常に求められ、それができないと「無理」と言われ続けられてきたように思います。

 それは、重度の知的当事者も同じ。自立生活を始めた頃は、24時間ひたすらトラブル続き。その一つ一つをクリアしていき数年後落ち着きを取り戻して生活を営んでいる当事者が何人もいます。彼らはそこに至るまで様々な経験と格闘と不理尽なことをくぐってようやく到達した今です。
 ところが、新たに加わったヘルパー(の生活観・価値観)から見れば、まだまだ次なる課題が示される。
 本人たちにしてみればようやく山の頂上にたどり着いたと思ったら、次の山を目指せと言われているように感じます。
 初めから関わっていると、今落ち着いて生活している事さえ奇跡のように思うけれども、初めを知らないヘルパーは、今の現状から「普通の生活」に近づけようとする。
 本人がどれほど背伸びをして暮らしているかをまったく想像しない中で、本人にさらに要求している。

 二人の自立生活がどのようなもので、どのような状況下はまだまだ知らないのですが、支援の立場としては私も含め無意識に自立生活するための条件をつけ、支援にあたる事がよくあります。

 「共に生きる」ことを追い求めてきた支援者にしても、障がい当事者が担う事業所にしても、当事者の想いや置かれている状況を充分知って支援すると言うことは出来ないと思います。
 十分知る事ができないからこそ、当事者が暮らし続けられる方法を求め、その中でひたすら向き合うしかないように思います。

 一人の当事者は多分、支援会議のお誘いのメールを転送してきたのだと思います。その内容は「自立生活がけいぞくできるかどうかの話しだよ。仕事辞めても一人で暮らしたいなら、そう話しにおいでよ。家に帰る話しになってもいいの?」
 多分、自立生活を続けて欲しいから一緒に考えようと言うメールだと思います。
 でも、「一人暮らしがしたいなら」とか「家に帰る話になっても」と言う言葉は、単に発破かけには受け取れない本人がいるかもしれません。

 私にとって見れば、本人が望んでも望まなくても、自立生活はするものが基本だし、本人次第で家に戻る事もありうると言う事は、支援の力量の不十分さを自らが認めることになるので決して言いません。

 「既に一人暮らしを始めているんだから、続いていくように支援を考えたい」「あなたが、家にもどりたいと思わない支援を考えたい」と私ならなるのだが…

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posted by 岩ちゃん at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

知的障がい当事者の自立生活をめぐって

 記事のカテゴリーに「Sさんの自立生活企画」を立てて、金本さんの自立生活の獲得に向けた様々な事柄を取り上げてきました。
 ようやく金本さんの支援体制がそれなりに整いました。
 そして、毎日かぼちゃ畑を居として暮らす金本さん。
 この間、「とにかく支援を確保せねば」と彼女の事を知る人やこの間彼女にであった人たちが支援を担ってもらえるよう実名入りで書いてきました。

 しかし、この先の日々の事柄についてはやはり彼女のプライバシーもあり、又彼女に限った事ではなく知的当事者が自立生活を獲得していく事において共通の課題や出来事が多々あります。

 なので、サイドバーにある記事の分類を「自立生活企画」とし、彼女に限らず様々な知的当事者の自立に向けた事柄や実際の自立生活に関する記事として書いていきたいと思います。
 
 実際、この間の彼女に関わる記事を乗せてきた事で、たこの木クラブには各方面から自立生活に向けた問合せが殺到(?)
 彼女が実際に自立生活を始めたら、すぐに次の人が現れるような雰囲気を感じています。
 が、弱小たこの木にあって次から次へと当事者の自立生活を支援し切れるものではありません。
 しかし、当事者の想いをぜひ実現するために、ぜひこのブログを見てくれている方々の目の前にいる当事者の支援について取り組んで欲しいし、そのための一助になればと願っています。

 「東京だから」「たこの木だから」ではなく、どこでも誰でもどんなハンディがあっても地域の中でその人らしい生活が営めるよう、みなさんと共に考えていきたいと願っています。

 どうぞよろしくお願いします。

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posted by 岩ちゃん at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

休日をどう過ごすか?

 先週土曜日から始った金本さんのかぼちゃ畑での生活。先の週末は引越しやヘルパーミーティングやらでドタバタしていたが、さて今週週末はどのように過ごすのだろうか?

とりあえず、
 こちらとしては介助者と相談して生活に必要な備品の買い物をして欲しいと思っている。
 かさばる物もあるから私もお付き合いして、車でホームセンターに行こうと考える。
 又、この間朝の様子を見ていると、「そろそろ疲れが出る時期かな?」と思わせるような雰囲気も感じていたので、「午前中は家でのんびりして、昼食を取ってから、午後一緒に買い物に行こう」等と自分なりに考え、朝の介助者の交代時にその旨を本人に伝えた。

 ところが、なぜか今朝の本人は元気!打ち合わせが終わって帰ろうとすると自分のバックを手に持ち、「じゃぁ!!」と語気を強めてお見送り。
 「あれ?もしかして、今日は休日である事を知っている?」「休日だからこそ元気?」「私が勝手に段取りし、その内容に了解をもらったつもりでいたけど、もしかして今すぐに出かけたい?」そんなことを彼女と別れてから想い描いた。

 今日の予定にしても、支援マニュアルにしても結局はどこまで行ってもこちらの勝手な都合や思い込み。
 生活上しなければならない事はいくつかあっても、それをいつやるかと言う事をこちらで勝手に思い巡らし決める事はできない。
 とりあえず、何をして良いか分からない介助者にあれこれ私の方から指示するものはあくまでそれは指示ではなく一つの提案。
 時間単位で付き合っている介助者とは違い、私の立場では、毎日彼女の様子を伺い、この先の取り組みもそれなりにあるのでそれなりに的を得たものと思う。
 でもしかし、最終的に決定するのは金本さん。そして金本さんの決定を支援するのは、今目の前にいる介助者。なので、私の提案はその一つにしか過ぎない。

 打ち合わせの後、たこの木に戻りかぼちゃ畑へ電話。
「午後から買い物と言ったけど、本人が午前中から出かけたいならそれでも良いよ。例えば、午前中でかけて外食して、ホームセンターで待ち合わせと言うのもありだから、その辺は本人と相談の上又連絡下さい」と伝えた。

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posted by 岩ちゃん at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 自立生活企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月20日

送迎をめぐる事業者間の連携 2

いよいよ、かぼちゃ畑での生活が始まった金本さん。日中の活動場所である町田生活実習所にも毎日かぼちゃ畑から通うことになった。

 その初日、いきなり「今日は休みの人がいて、早くに帰ってきます」と言われ頭を抱えた。
 「何とかします」と返事しつつもさて、ヘルパーさんが早めに来てもらえるかどうか?
 その後、実習所から連絡があり「時間が早くなるときに無理にヘルパーさんの手配の変更は不要ですよ。少しの時間なら待てますから」と言っていただいた。
 又、ヘルパーさんも前日冷蔵庫の中身を見て早めに来る気でいてくれた。

 前回の記事で、
「制度が整えばその分当事者の暮らしが返って制度の枠に縛られてしまうような気がした。結局は、人と人・事業所と事業所が融通し会うことでしか解消されないとは思う。」と書いたが、
 それぞれの立場で融通していただいている事にとても感謝です。

 それから今のところ私は実習所との引継ぎの場に立ち会うようにしている。
 それは、一つに上記のような実際場面を知ってその対応を考えると言うことなのだが、また別の意味を持って私は立ち会っている。

 それは、送迎に関わる職員さんや同じ車に同席する利用者のみなさんと顔をあわせると言う事。

 ほんの数分の事なのだが、顔と顔を合わせることはとても大切な事だと思っている。
(ちなみに実習所の配慮で送迎の際には、玄関先で引き継ぐ事になっている)
 それは、単に実習所の人たちのと顔合わせと言うだけでなく、その人たちと同じ場に金本さんがいる事を実感すると言う事。そして、その中で様々な想いや出来事を経て再び帰って来ると言う事を実感する機会として考えている。

 今は職員さんとは主に事務的なことを話している。
他の利用者さんたちは、「じぃ〜」とこちらを見つめる人もいれば、「大きな声を出している人」「手を振ってくれる人」等々様々。
大きな声もその日によって様子が違う。手を振るのもこちらに応えて振るときもあれば、あちらから手を振ってくれる事もある。
「じぃ〜」と見ている人については、「その内あいさつを交わしてもらえるかな?」「金本さんの事をどう思っているのかな?」とあれこれ考えをめぐらす。

 朝と夕方。この先毎日私が立ち会えるわけではないが、各ヘルパーさんたちがもし私と同様の想いを持って朝夕の送迎に立ち会ってくれれば、ほんの数分のやり取りも、様々な広がりが生まれるように思う。
 そして、金本さんを介して居宅支援の場と日中活動の場を担う人たちが、送迎と言う場で連携を深めてもらえるととてもありがたいと思う。


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2008年05月18日

第1回ヘルパーミーティング開かれる

昨日から始った金本さんのかぼちゃ畑での生活。
 二日目となる本日は、これから(これまで)関わるヘルパーさんたちがかぼちゃ畑に集まり、金本さんと一緒に今後に向けた取り組みを話し合いました。

 今回は3つの事業所から9名のヘルパーが集まりました。次から次へとやってくるヘルパーさんにまったく動じない金本さん。
 これまで見てきた当事者のみなさんは、普段個別ヘルパーに気を使っている分、ヘルパーが一同に会すると誰に気を使ってよいか分からなくなり混乱するか、一番信頼する人にすがる感じで会議に参加する傾向がありました。
 が、金本さんはまったく動じない。2時から5時までの長時間。聞いている風な聞いていない風な?感じでみんなと共に会議に参加していました。

 知的当事者の自立生活に付き合いが薄いヘルパーさんたちは単に「落ち着いているね」と言う感想をもたれるのでしょうが、私にとって見ればそれはすごい事!
 そして、その本人を見ていると「練習なんて言わずに、さっさとアパート探しをして自立生活を始めるか〜!!」と言いたくなるほど事の次第を受け止めている彼女がいるように思いました。

 なので、やはりここは、金本さんの「自立生活の練習」ではなく、彼女を支援するヘルパーさんや私の側が彼女の支援をどのように行えばよいかと言う「支援の練習」だと言う事を改めて感じました。

 さてミーティングの内容としては、各ヘルパーさんたちの自己紹介に始まり、
かぼちゃ畑での生活の目的
現時点で見えている具体的なかぼちゃ畑での生活支援
自立生活を始める事に対するこれからの取り組み
各事業所間の連携
等が話し合われました。

 参加したヘルパーさん達は、この間彼女の生活に関わってきた人・まだ1〜2回の人、日常的に知的当事者の支援に関わってきた人・知的当事者との関わりは金本さんが始めてと言う人など様々。
 専門家の人たちは、本人が混乱しないよう支援の内容を一定にするために連携する必要を説くのでしょう。しかし、様々な人が彼女を支援するからこそ彼女の様々な面が見えてくる。

 この間関わっている方々からの報告や質問を聞いていると、
「家事は何でもこなせる」と言う人から「危なくて見てられない」と言う人。
「歯磨きは自分でやれる」と言う人から「難しそう」といろいろ手を貸す人。
「服は自分で選び、気候の関係上アドバイスをすると納得してくれる」と言う人もいれば、「ヘルパーが用意する」と言う人もいる。

 その違いがどこから出てくるのかは、今後回を重ねるごとに見えてくることもあると思う。
 ただ、みなさんが一同に会して情報を共有してみれば、様々な面を持つ彼女がいると言う事が見えてくる。

 支援が「うまくやれている」と思っていても「実はそうではなかった」と言う事も驚きの実感としてある。
 
 ひたすらできることを求めるのではなく、人間誰しもやりたい事・やりたくない事・後に回したい事等々その時々の気持ちにも左右される。
 そんなあたりまえの人としてしっかり向き合う事から様々な彼女が見えてくるし、その中から彼女が必要とする支援や彼女にとって必要な支援が見えてくるように思う。

 そんな訳で、「人手がなくて始められない」と悩んでいた事がまるで遠い過去の出来事のように思う。

 さてさて、この先様々な事柄を通じて皆さんと支援の中身を金本さんを中心において考えていきたいと思います。
 ヘルパーのみなさん・派遣事業所のみなさんどうぞよろしくお願いします。


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