2016年08月02日

重度知的当事者と投票へ

先日の都知事選。
なんとも恐ろしい結果になってしまった。
これからどんな状況が襲ってくるのだろうか?
私の目の前で起こっている事に向き合うだけでは済まない状況が日に日に拡大しているように思う。

その都知事選。
障害者差別解消法が施行された後、初めて介助者として重度知的当事者の投票に同行した。
(これまでも、重度知的当事者の投票をあれこれ支援していたが、施行後どのように変わったかと思い描きつつ出向いた)

まずは、敵情視察ではないが、
私の投票会場に当事者と一緒に行き、
選挙管理委員の人に
「この方は、別の会場で投票するのだが、どのように投票するかをここで見ててもらっても良いか?」と尋ねた。

「投票人以外の入室禁止」とかつて言われているので、投票行為が見えるギリギリの位置に一人で立ってもらい見ててもらおうと考えた。
すると、
「わかりました。どうぞ一緒にお入りください」とあっさり言われて拍子抜け。

当事者を私の横に立たせつつ、本人確認のみならず、記入台のところも一緒に立ち、
「この中から候補者を選んでこの紙に書くんだよ」などと説明ができ、
投票用紙を投票箱に入れる時にも、私の横に立っていた。

何か対応が変わったの?
はたまた知らないだけなの?

狐に摘ままれた想いで、会場をでて続いて彼の投票会場へと向かった。

投票券を破って捨ててしまった彼。
その旨を入り口で伝え、愛の手帳(療育手帳)で本人確認。
いざ投票へ!
彼らはなんと対応するか?と身構える私。
先ほどの事も念頭に入れつつさあ!さあ!さあ!と内面バクバクしながら、
受付の方に「この人の投票をどのようにサポートすれば良いでしょうか?」と尋ねる。

以前なら、
そこから先はすべて選挙管理委員と職務担当者たちによって彼の投票が支援される。
それは、実際彼が誰をどのような形で選ぶのかを全て担当者たちに委ねる事になる。
以前、
期日前投票だと同じ会場で投票できるので、その様子を見た事があった。
明らかに本人が選んだとは言えない人を代筆する担当者たち。
その対応にあれこれ抗議したが認められなかった事もある。

「さあ!どう合理的配慮をするのか?」
と再び身構える私。

「了解しました」の後に続く担当者の言葉は、
「どうぞ付き添ってください」だった。

「えっ!本当に良いの?」と思いつつ、
投票用紙を受け取り、記入台の前に立つ。
私は横から「ここに書いてある人から選ぶんだよ」と。
ただ言い終わる前に、用紙に自分の名前を書く当事者。
「えっ!えっ!えっ!」と思ったけど、
見ず知らずの担当者たちに支援され、
あらぬ人(例えば偶然指さしした人を担当者が代筆するとか)の名前が書かれるよりも、無効票になった方が良いかと思い、その後の対応を彼に伝えて無事投票終了しました。

差別解消法が施行された。
被後見人の選挙権が回復した。

その事ですんなりと投票できたのだろうか?

彼は、被後見人ではないのでこれまでも何度も選挙に行っている。
たぶん自分の名前を書いているだろうと想像していたが、今日はっきりとした。
(てな事をこんな公の場で言って良いものなのだろうか?)

そして思う事は、
「重度知的当事者が投票するなんて無理」
「責任ある投票ができるのか?」
「判断能力のない人に投票させるのは、周囲に利用されるだけ」等々、
様々な理由で、権利はあってもまともに行使する事が許されなかった時代。

私の周囲にいる人たちにとにもかくにも「選挙に行って!」と言ってきたし、
そのための支援を担ってもきた。

もし、この日の出来事があたりまえになっているならば、
「とにかく選挙に行く事」でその存在を訴えるという課題は達成した事になる。
今回出会った投票所の関係者たちが「重度の知的障害があっても投票する権利がある」と普通に思い描いているなら幸いなことに思う。

そして次は、
「本人が誰をどのような形で選ぶのか?」という課題に移るという事になる。

これがなかなか難しい。
「選挙に行こう」
「選挙に行った」というのはいくらでも口にできる。
でも、
「誰に投票する?」
「誰に投票した?」という問いを投げかける事は、実は非常にややこしい。

「〇〇さんに入れたよ」「△△さんに入れました」という回答を耳にした時、
聞く側と異なる人を選んだ場合周囲はどうする?
「えぇ〜!」とか「何でぇ〜!」と言った軽いリアクションの経験から、
次は「誰に入れたか言わない」という当事者もいる。
すると周囲は「何で言わないの?」と責めたてる。

又、お互い誰に入れるかを語り合い選ぶ際の参考にするというのはありだと思う。
でも、それを語る事でその人の人格を評価する事になってしまう場合もあったりする。
「秘密選挙」というのはそういう事なのだが、
当事者たちが自らの想いや利益を願い投票するという事は非常に難しい。
又、
なぜ当事者だけがそこをはっきりしなければならないのかという意見もありややこしい。

この先何度も巡ってくる投票の機会。

投票に際して付き添いが認められたならとてもありがたい。
でも、
集団で当事者たちに特定候補使者の名前を書かせるという事も出来てしまう。

当事者自身が思う人に投票するという事。

あっけなく終わった今回の投票行動とその支援。
面喰いつつも、次は重度知的当事者の投票という自己決定の課題にに向かわねばと思う。

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posted by 岩ちゃん at 16:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

癇に障る言葉に

他人から言われると「癇に障る」と言う言葉があったりする。
その言葉に対し、
時には激高するときもあれば、
黙って飲み込むこともある。
又、こちらの態度によって、
相手はその言葉をその人の前では二度と口にしないとか、
相手の態度を見て、相手のいないところで話を膨らませたりする場合もあったりする。

相手に対してその言葉が悪いとか良いとかはさておき、
大概は発した言葉によって現れる事柄から、言葉を控えたり、そう言う言葉を吐く人を遠ざけたりする。

ところが、
これが支援をになっている自閉症当事者から言われる場面は、
相手が言葉を控えることがなく、やり取りすればするほど激しく繰り返される。
相手との距離を取ろうと思っても、担わなければならない他者に委ねられない状況下では、距離を取るともできない。

結果、
「癇に障る言葉」を繰り返し履き続ける当事者と
「癇に障る言葉」を繰り返し聞かされる支援者との関係が生まれる。

周囲にいる者は、繰り返し吐かれる言葉を嫌い、
なんとか止めさせようとする。
その言葉を使ってはいけないことを懸命に指導したりする。
親しい関係に懸命に飲み込む人もいるが、
やまないその言葉が、自分にではなく他者に向けられた時のことを思い描き、
自分はある程度耐えられても、相手を思えばなんとか止めさせようとする。

なぜ、当事者が繰り返し吐く言葉によって辛さが増すのか?
なぜ、飲み込んだり指導したりと言う一方向の関係になってしまうのだろうか?

たぶん、
私たちの世界観では、言葉と言葉が持つ意味を持って聴いているからだと思う。
「聞く」ではなく「聴く」という事。

「なぜ、そんな言葉を吐くのか?」
「その言葉によってどういう事態を招くのか?」
「相手の感情/私の感情」等々
言葉が持つ力によって様々な想いを抱く。

ところが、
自閉症の人の場合は違った世界観の中で言葉を発しているように思う。

「発する言葉」に意味があるのではなく、
「発した時に現れた状況」の再現であったり、
「耳に残った言葉(音)」を持って相手との関わりを求めていたり、
「相手の許容量を測る術」だったり。

言葉自体に意味がなく、その言葉を発した時の状況の方に重きがあるように思う。

でも、
それは「あるように思う」だけで実際のところはわからない。
又、普段は私たちの世界観の中でやりとりできている分、
どの言葉が「言葉(音)には意味がなく」どの言葉には「意味を理解して語って」いるのかの区別がつかない。

それ故に「癇に障る言葉」を失くすことに周囲は終始することになる。

周囲が描くその感覚や感情自体はとても理解できる。
私は、ある程度意識して入る分(意識しても間違うけど)、「意味を伴わない言葉」に対しては、その言葉を発する背景の方に意識を持っていく。

でも、これが毎日の出来事だとそんな余裕はない。
「また言っている」と思ってみたり
「解ったからもう止めて!」と言ったりもする。

了解不能な「言葉」を前に冷静ではいられない。

でも、
これが日常の付き合いがないとか、初対面の当事者に対してはどうだろうか?
その人に対するイライラの蓄積はない。
その人のこの先の支援を担うという立場にもない。
ただただ、その場その時に出会うその相手とのやり取りで終られる関係であったなら?

いきなり初対面で「癇に障る言葉を吐く当事者」
久しぶりにあったのに「癇に障る言葉を吐く当事者」

そんな当事者に出会う時、大概は傍に日常関わっている支援者がいたりする。
日常関わっている支援者はこれまでの蓄積の中で、相手にも気遣い「癇に障る言葉」を吐く事に制限をかける。
また、弁解する事もあるかもしれない。
謝罪することもあるかもしれない。

でも、
普段付き合いのない私は、多少のことは余裕で受け止められる。
その当事者と別れた後の支援にはコミットすることはなかったりする。

だったら、
「その言葉自体に意味がない」という事も含めて当事者の言葉を聞いてみるというのはどうだろうか?

「癇に障る言葉」を吐く当事者に、
「それってどういう意味で使っているの?」
「いつその言葉を知ったの?」
「その言葉は、あなたが考えたの?それとも誰かが言っていたの?」
「その言葉を言うと心地よい?」
「どんな時に使うの?」等々、

相手の言葉ではなく、その言葉を吐く相手を理解する手立てとしてみる。

その多くは、明確に答えてもらえない。
でも、そもそもその言葉を聞くと「癇に障る」ので、
こちらからそういった質問をしている時間分は、少なくともその言葉を聞かずに済むし、
口に出して相手に聞くことで、こちらはこちらでその意味を考える機会になる。

しばしばみかけるのは、傍にいる支援者が当事者を静止する姿を見て、
「それは良くないことで、懸命に支援を担っている人の苦労を少しでも和らげてあげるために、支援者と同様の振る舞いをする」というもの。

すなわち、傍にいる支援者と同様に、静止したり指導したりする。

当事者から見れば、日々の暮らしの中にいる人に言われるのと、初対面や久しぶりに合う人に言われるのとでは意味が違うと思うが、同じように対応されればそれが当然の事となり、
本来本人が求めていることが見えないままに、事がどんどん進んだり拡大したりするように思う。

「癇に障る言葉」を発する相手その人を理解しようと努めるというのは、
日常の付き合いがないからこそできることだと思う。
その人の背景や関係性がその言葉から見えてくると、
実は「癇に障る言葉」を発する必要がなくなったりする場合がある。
それは、普段つきあいがある分思い込んで付き合っていた者とは違う視点でやり取りすることで、
時に、「それが言いたかった」とか「ようやく理解してもらえた」という機会を、
初対面の人や久しぶりの人から当事者はえるのではないだろうかと思う。

でも、
時にその執拗さを増幅される場合もあり、
増幅したままの当事者とその後を引き受ける支援者たちを思うと、
申し訳なく思う時もある。

その辺り、出会ってやり取りした後の状況をあえて聞かないと見えてこないため、
当事者とのやり取りに躊躇が生まれるのも確か。

実際には、うまくいくこともあればうまくいかないこともある。

でも、
少なくとも
私たちの世界観では「言葉には意味がある」という共通理解がありが、
自閉症の当事者たちの世界観では「言葉を発する背景に意味がある」という場合もあることを意識し、
様々な出会いの中で当事者たちと関わると、違った景色が見えてくるように思う。
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

差別と戦う?差別している自分と戦う?

差別されていると気づいた当事者たちが声を上げる。
差別解消法は、長年声を上げてきた人たちの一つの果実だと思う。

当事者たちの声を聞いて、私は当事者たちを差別していると気がつく。
そして、私はそこに差別があると気づいて、差別されている当事者たちとともに声をあげる。

「私は当事者とともに声を上げます。差別と戦います」というのは、
差別されている当事者たちが上げる声に対する支援にはなるが、差別している我が身には何も起こらない。
否、当事者たちとともに声をあげている事に高揚するかもしれない。
「やってる感」「戦っている感」は深まっていくかもしれない。

でも、
差別している我が身はどこへ?
一緒に声をあげる事が免罪符になってしまうような気がする。
それ故に、「差別している側」に立ち差別しているわが身のこととして捉え、「差別している私」とこの社会を問う必要を思うが、それって非常に苦しい。
いつでも問うことを辞められる誘惑がつきまとう。
当事者のためであって私のためではない。
私自身が差別をやめたからといって、
大多数の私の側が変わらなければ、
差別されている人たちに対する差別はなくならない。
知的当事者たちに対する差別は、実は差別している側の解釈でどうにでもなってしまう。
許容範囲を増やすことはできるが、根本的な事が見え始めると、辛くてやっていけない。

なくならない差別に対し、当事者たちは戦い続ける苦しさを持つ。
生死をかける気構えを持って取り組む人もいる。
そこそこの妥協点で収まる人もいるだろう。
それらは、どれも自らの実感や自らの決断の中で行われる。

しかし、
差別している我が身においては、
差別していると言う実感を抱くこと自体難しい。
実感を抱けば苦しい。
ではどうすれば良いのかと自らの主体をかけ方にさえ悩み続ける。

差別されている側は自らの実感に基づくことができる。
しかし、
差別している側は、自らが実感を抱くだけでは何も解決できない。

とは言うものの、
差別していると言う実感を抱くことからはじめなければと思っている。
そして、そう思い始めてすでに35年程経っている。

何も変わらない現実。
ますます差別しなければ我が身が危うくなってしまう現実。

そこに抗するのも息切れしている我が身を想う。
posted by 岩ちゃん at 18:02| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

退院の日に

十年以上精神科病院に入院していたNさんが今日退院した。
2年程退院に向けた支援を担ってきた私は、病院での最後の面会をした。

彼は、精神病ではなく自閉症と言う状態の人。
思春期の頃、家族との関係がいきづまり入院することになった。
よって、精神科に入院していても何ら治療を必要とする人ではない。
ただただ、退院しても地域で暮らす場がないために長年入院を強いられていた。

そんな彼との病院での最後の面会。

私の方は彼の退院を祝すために出向いたのだが、
彼が私を見つけてすぐさま口にしたのは、
「今日の昼ごはんは・・・」
「体重が◯キロになった」
と言ういつもと変わらない話。

私の側からすれば、
長年の病院生活を終えて、あと1時間でシャバに出られる喜びでいっぱいだろうと想像していたので、
普段とまったく変わらない会話に拍子抜けする。

新しい場での暮らしについてあれこれ尋ねるもその件については話が展開されない。

それよりも、昨日のスポーと番組の話や仕事している看護師の話や今晩の夕食(新しいGHでの初めての食事)の件と、これまた普段とは変わらない話ばかり。

「まぁ〜これも今日が最後か・・・」と思い、「うんうん」と頷きながら彼の話を聞き、
時折「新しい場所では・・・?」と話を振るも、まったく興味を示さない。

自閉症故にこだわりか?
はたまた、まだ見ぬ暮らしを想像する事が苦手だからか?

そんなことも考えつつ、時折彼の話に絡めてこれからのことを聞いてみるが、
ほとんど応えてもらえず約30分ほど彼の話を一方的に聞いていた。

あれこれと彼の話に耳を傾けつつ、凝りもせずこれからの暮らしについての話題を投げかける私。

予定の時刻まであと10分と迫った時、
そわそわし始めた彼。
明らかに早く向かえの人たちが来ないかとキョロキョロし始める。

そこで、
私「あと数分で退院だけど今の心境は?」と再度聞いてみる。
彼「嬉しい」
私「やっぱり嬉しいよね」
彼「でも、不安」とボソリ。

これまでの彼は、「大丈夫」「上手くやらなきゃね」「二度と病院に入らないよう、気をつけなければ」等々と言っていたのだが、
「でも、不安」と言う一言。

これまた「やっぱりそうだよね」と思った私。
でも、彼の一言はとても実感のこもった言葉であり、
ようやく口にできた言葉のように思えた。

とても気さくで、
とても多弁な彼。

他愛もない話を繰り返す彼。
時に相手のことなどお構いなしに話しまくる彼。

それを自閉症人のこだわりと捉える事もできるかもしれない。
まだ見ぬ将来については意識が行かないとも思えてくる。

でもそうではなく、

「でも、不安」と言う一言を発するために、
新たな一言を発するためには、
いつも通りの話をたくさんたくさんして、
その一つ一つを相手と了解し合ったその先に、
この言葉がようやく語れるのだろうと思った。

「今日が最後」と言う前提で、ただただ彼の言葉を懸命に聞いていた私。
その前提がなければ、日々様々な事柄がある中で、いちいち聞いてられないと言う場面のほうが多いと思う。

「いつもの話ね」と勝手に端折ったり
「その話は聞いたよ」と話を中断してしまう私。

可能な限り耳を傾けようと思っても、
じっくり話を聞く時間がないのが正直な状況。

「でも、不安」と言う言葉は、
ずっと思っていたことかもしれない。
もしかしたら、今日に至ってようやく言葉になったのかもしれない。

その実際はわからない。
でも、
「いつも同じ話をする人」であっても、
決して彼の内面は「いつも同じ」ではないと思う。

「退院」と言う一大イベントの日。
私の世界では、
これまでお世話になった人たちに挨拶を交わし、
いろいろ思い出話をして、
これからの希望を語り、
周囲から祝福を受けて、
送り出される/送り出す感動の日。
10年以上必要でないのに入院していたんだから、
その感動も半端無く膨れ上がる。

しかし、
彼の世界では、
いつもと変わらない事の積み重ねの上に、今日ほんの少しの変化を積み上げたのだと思う。

私の方は、様々な状況をこれまで経験し何かと比較し、当然の事の積み重ねの上に成り立つもの。
彼の方は、日々の一つ一つの上に、さらに一つと言う感じかもしれない。

漠然としたものと個々の積み重ねたもの。

「退院の日」どちらが普通とかどちらがあたりまえとかではない。

私と彼との間には捉え方の違いがたくさんあると思う。

捉え方の違いはたくさんあっても、
この2年間積み重ねてきた互いの関係によって、
今日の日があると、
ありきたりの感動ではない感動を覚えた今日の午後でした。
posted by 岩ちゃん at 17:34| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月25日

機会の平等/結果の平等 合理的配慮について

4月から施行された差別解消法。
合理的配慮についてあれこれ語られている。
既に誰かが語っているのかもしれないが、
昨日自立支援協議会内に設置された権利擁護部会の初会合。
合理的配慮にまつわる話が出されたので、自分なりの想いを書き留めておきたい。

10数年ほど前、地元では「障害児の公立高校進学」ブーム(?)が巻き起こり、
数年間毎年公立高校を受検する子ども達の支援を担っていた。

「意欲と希望のある子どもを受け止める事」とそれ以前からの地道な交渉の結果、
都教委は各高校に通達を出すという状態にあった。
しかし、
合否の裁量権が校長にある中で、定員内不合格を出す高校があり、受検に際しては願書を出す段階から合否の結果に至るまで、当該高校や都教委との交渉が繰り返されていた。

都教委としては、「措置の申請」という制度を設け障害のある子どもが受検する際には、
時間の延長や選択肢による問題や音読/代筆と言った、障害の故に他の子どもたちとの不利益が生じないよう個別の状況に応じて配慮がなされていた。
ただ、
その配慮も、高校側からすれば「不正に繋がるのでは?」と言う理由で、すんなりと通るものではなく願書提出の後、様々な形で協議が重ねられていた。(これが、単なる協議であれば、合理的調整として高評価を与えられるのだけど、実際は「交渉」と言う形でこちらが一方的に主張し学校側は応じるか否かと言うせめぎあいだった)

いくつもの高校とやり取りする中で、ある高校の校長が
「どうぞ受検してください」「措置の申請?存じています」
「受検に際して、必要な配慮は何でもおっしゃってください」ととても理解のある人に巡り会えた。

と思っていたら、
「うちの高校は、定員割れしたことがないので受検するのは勝手ですが、合格はできませんよ」と明言するのです。
また、
その翌年も、同様の校長がいました。
この校長は「受検する事は認めますが、受け入れることはできません」と言い続けていました。

先の校長に対しては、
「もし、定員割れしたなら受け止める」という事を約束させました。
その結果、
異例の定員割れ!「天は我々に味方した!!」
定員割れをした校長は、「青ざめた表情でいた(都教委職員の弁)」
青ざめつつも約束を守ってくれた。

しかし、
その翌年の校長は、定員を3人超えただけで例年なら全員合格なのに、
障害当事者1人を不合格にするため他の2人までも不合格にして、定員数を合格者数とした。

その経験が意味するものは、
受検の機会は、合理的配慮によって保障するも、
結果については、障害を理由に不合格とする。

すなわち、
対応要領等で窓口を訪れる障害者に対し様々な合理的配慮を行いつつも、
支給決定においては、公平性の下本人にとって必要となる支給を認めない。

対応要領は、合理的配慮の中のごく一部。
求める所は「障害を理由とする差別の解消」

エレベーターの設置等による段差の解消・大きな文字や簡易な文章の使用・手話通訳者の配置等々、
窓口に障害者が訪れて、様々な相談が容易にできるようになる事はとても大切な事。

しかし、
「にっこり笑って、すっぱり排除」という合理的配慮では意味がない。

差別解消は、障害ゆえに自らが望む暮らしができない状況に対し様々な手立てを行う事であり、
行政に義務が課せられている。

「親もとや施設や病院を出て、自らの暮らしを実現したい」という当事者。
その意味は、
障害の故に、
親と暮らさなければならない。
施設や病院でしか暮らせない状況があるから、それを望んでいる。

しかし、
行政の対応は、
「想いは受け止めるが、GHの空きがないので無理」
「想いは受け止めるが、ヘルパーの支給量は認められない」

そのような結果に対する平等
結果に対する合理的配慮がなければ、
機会の平等のみの合理的配慮は、
差別解消に向かうのではなく、
差別をひた隠すための配慮にしかならないように思う。

posted by 岩ちゃん at 17:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

「自分の事だから何でも聞いて」と支援者は言うけど・・・

GHを見学に行く予定の当事者。
これまでは、いかに受け入れてもらうかという対応だったが、
希望すれば受け入れ可能となった段階では、
逆にGHを選択するための情報集めが必要になる。
なので、
私も含め周囲にいる支援者たちは当事者に対して「いろいろ質問してね」という。

でも・・・

「いろいろ」という意味も「質問する」という意味も実感が伴わない当事者。
いざ質問しようにも何を聞いて良いかわからない。
なので、「聞いてみたい事を考えよう」という機会を持った。

「何でも聞いて」と言われても答えられない原因の一つには、
何度も受け入れを断られ続けてきたため、
「質問したら断られるのでは?」と臆病になっている点が見えてきた。
(不用意な質問は墓穴を掘るという事は私たちにもあって当然のこと)
GHに入居したいと願っても、
「今度、断られたら」と思うと気軽に質問はできない。
相手の言うがままに形だけ承諾し何も聞けず。
いざ入居してみたら、
本人にとっての想定外の事がたくさんあり、
もしかしたら収拾がつかなくなってGHでの暮らしが成り立たなく場合もあるかもしれない。
それを防ぐためにも事前にあれこれ聞いて納得のいく入居が必要だと思うのだが・・・

「断られたら一人暮らしという選択もあるから、安心して聞いてみて」と、
まずは質問できる安心感を持ってもらう。
すると、あれこれ聞いてみたい事が出てくる当事者。
初め、10も聞く事がなかった当事者が、
20〜30あれこれ出してくる。
同じような質問も中には含まれるけど、
まずは、質問しても良いという事を大事にする。

不安を解消しつつ、さらに自らの暮らしの希望を聞く。
すると、彼の想定は今の暮らしのまま。
新たな場に移れば当然違った環境や関係の中で、新たな暮らしが始まっていく。
今の暮らしがそのまま続くという感覚でいれば、
あえて聞くまでもない。
「聞けない」ではなく「聞く必要がない」状態。

でも実際は、まるで違った環境や関係が始まる。
その点については、なかなか想像ができない当事者。
なので、
当事者が描いている暮らしというものを聞き、
私自身の暮らしを伝える中で生まれる差異を明らかにし、
「あなたと私と違うから、GHではどうなっているか聞いてみないとね!」という形でさらに質問事項を増やす。

初め10もなかった質問が、いつの間にか50近くになっていた。
「考えれば出てくるもんだね〜!」と彼を持ち上げる。
「目標を100にするか〜!」と冗談っぽく話す私。
「えぇ〜〜。そんなにないよ〜」という当事者。
でも、
その表情はどこか嬉しそうで、既にやり取りを開始してから1時間は過ぎていたが、
彼のモチベーションはどんどん高まっていた。

モチベーションは高まりつつも、詰めてやり取りしていたので時折集中力が欠ける。
言い訳がましくその場を離れウロウロする当事者を見て、
気持ちをリフレッシュしているのだろうと。何度も席を離れては戻る彼のペースに合わせやり取りを続けた。

結果、2時間ものやり取りの中で70もの「聞きたい事」が出された。
「無理だよ!」と言っていた彼だが、時間の都合でそこまでにしようと提案すると、
「100まで頑張りたい」と言っていた。
でも、時間がないので70という切でやり取りを終えるための説得をした私。

その中身はと言えば、
他愛もない質問も沢山ある。
繰り返しの質問もある。
主語が変わっただけで同じ質問という事もある。

自らの暮らしについて自らが聞くというのはとても大切で私たちにとってはあたりまえの事。
それは、当事者にとってもあたりまえで、支援があればいろんなことを質問できるという話。

70もの「聞きたいこと」を出してきた当事者。
中には、かなり鋭い質問やその質問をあえてしなければならない本人の状況も見える。
私ならどう答えるだろうかと考える。
中には、私自身不問にしたいものもあった。
でも一つを不問にすればすべてが不問になるのだろうと思う。

今回は、私以外の人たちと一緒にGHを見学するという事だったので、
当事者に対して第三者として「聞きたい事」を書き起こすことに徹した。
当事者が挙げる問いをひたすら書き起こしただけの私。
なので、私自身が彼から問われることもなければ、私の答えは出さなくて良い状況なので助かったと思った。

「良い支援?〈生活書院)」の中で末永氏は
「当事者に聞いてはいけない」という。
逆に私は「当事者はもっと聞いて良い」という事を思う。
でも彼とのやり取りをしていて、
私たちは私たち自身に対し「当事者から聞かれたくない」オーラを常に出しているんだと改めて思った。

私自身も不問にしたい当事者からの問い。
一問一答で私自身に問われていたとしたら、
「そんなこと聞かなくても・・・」の一言で、その次の質問はもう出てこないだろう。
「その質問は、既に聞いたよ/答えたよ」と言えば、
何をその前に聞いたか覚えていない当事者は、
その後聞いた質問が、まだ聞いていない質問かどうかと悩み、
結果何も聞けなくなってしまう。

「自分の事だから何でも聞いて」と支援者は言うけど・・・
聞かない事は関心がない事では決してない。
聞きたくても聞けない何かが当事者の側にある。
それを今回少し感じる事ができた。
そして、まだまだ当事者の事を理解していない私は、
私自身が応えられる範囲のみでの質問を求めているのだと思う。
すなわち、
「何でも聞いて」と言いつつ
「そんなことを聞くなよ」という判断を、
私の側が常に持っているという事。

それは、とても無自覚/無意識に起こっていると思う。
無自覚/無意識に起こるものを自覚して意識的に考えて、
当事者と向き合えというのは不可能。
ならば、
私自身は無自覚/無意識であっても、
立場が違う人・考えが違う人・利害のある人ない人等々
私以外の人が当事者とともに私に対して聞きたい事を出す支援を行ったら。

当事者の新たな一面を見ることになるだろう。
私自身の無自覚/無意識な事柄に気づく機会が生まれるだろう。
聞かれたことに支援者それぞれが回答することで、
当事者のみならず、関わる支援者の意識も見えてくるだろうし、
その意識の中で当事者は暮らしているという事も意識できる。

様々な立場や意見で当事者に向き合うと「当事者が混乱する」としばしばいわれる。
しかし、
このような取り組みを行う事で、支援者は私も含め、自分の無自覚さや無意識に担っている事が問われることになり、答えようのない問いに「支援者が混乱する」という事だとも思った当事者とのやり取りでした。

posted by 岩ちゃん at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

「障害のある子のカルテ義務化」の恐ろしさ

今朝一番に目についた記事。
『障害ある子の「カルテ」義務化 小中高共通、学校が作成』
朝日新聞デジタル 5月15日(日)3時6分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160515-00000009-asahi-soci
=====
「障害のある子どもを小学校から高校まで一貫して支援し、進学や就労につなげるため、文部科学省は進学先にも引き継げる「個別カルテ(仮称)」を作るよう、各校に義務づける方針を固めた。通常学級に通う比較的軽い障害や発達障害の子どもも対象で、2020年度以降に導入する。」
=======
この記事を読んで恐ろしさがこみ上げてきた。
これまでだって、同様のことがされてきたし、
一旦事が起これば、遡って情報を収集できるほど、「障害児」についての情報はあちこちに蓄積され管理されている。
それを学校という場で一貫し「個別カルテ」と言う名の統一された書式で収集し続けると言うもの。
それを卒後の役に立てるというのだが・・・

最近、書き上げられないブログ記事が増えていて、「未公開」記事だらけ。
この記事を巡っても十分書ききれないと思う。
記事を読んで心臓バクバクの私。
取り急ぎ気持ちを落ち着かせるためにFBに書きなぐった。
でも、FBよりもブログの方が人の目につくので、
以下、FB上で書きなぐったものをそのまま載せて、いろいろコメントを頂きたい。
〈但し、コメントに対してどれほど反応できるかの自身はないのであしからず)

==以下FBをコピペ==
「自分が嫌と思うことは他人にやってはいけない」と教わってきた。
これが、私の「カルテ」我が子の「カルテ」で、そのカルテが小中高と引き継がれていくとしたらなんとも恐ろしい。
そして、卒業後この「カルテ」はどうなるのか?
様々な個人情報が蓄積された「カルテ」を卒業と同時に破棄するなんて思えない。
「個別カルテ」は、文科省から厚労省へ。すなわち、学校から行政に引き継がれ、「サービス等利用計画」の名の下で活用されることが容易に想像できる。
そしてこの「利用計画」。
本来は、本人が望む暮らしに対するサービスを提供するためのものなのに、
周囲を見渡せば、本人を管理する計画になってしまっている。
すなわち、
「個別カルテ」は、「個別支援教育」と言う名目で集められ、卒業後は「個別支援」と言う名目で、行政等が利用する事になる。
すなわち、
「カルテ」は、「カルテ」を使う側に必要なものであるから、「カルテ」を基にその人が地域で暮らすことが妥当か、入所施設が良いのか等々の判断材料にされてしまう。
「カルテ」を基に、成年後見制度利用を強制されるかもしれない。
現状、新規に障害者手帳や年金や諸制度を利用しようとする時、
「母子手帳」の情報を求められる。
出生時の状態や病気や◯歳児検診の結果等々の情報を求められる。
しかし、そのような状態にあっても母子手帳への記入が終わった後の暮らしに拠って当事者の状態や状況は大きく変化する。
なので、
私は母子手帳の提示を求められても、こちらが必要と思えない情報は、すっとぼけて伝えることはしない。
逆に、
幼い頃から付き合い続けてきた障害を持つ子ども達に対する情報は、私の頭の中にたくさん蓄積されている。
身体当事者以外の障害者が重度訪問介護を利用する際に求められるアセスメントは、長年付き合い続け蓄積された情報を基に私が書いている。
そこには、「当事者の一人暮らしを実現する」と言う明確な動機を基に、作成していく。
すなわち、
私の中にある「個別カルテ」も学校がこれから蓄積していこうとする「個別カルテ」も、それを使う側の意図によって真逆の状況を生み出すということになる。
本人が預かりしならないところで蓄積される情報を、あずかり知らない人たちが使っていくことはとても恐ろしい。
そして、
「個別カルテ」が障害を持つ子ども達に必要ともっともらしく言っているが、
障害児に限らず他の子どもたちに対しても、この先同様のことを行っていくように思う。
それは、
「高校生の政治活動を届出制に」などとサクって言えてしまう昨今の状況から見て取れる。
「障害児の支援教育」と言えば、障害児でない子どもたちには関係ないように思うだろうが、
現状の「支援教育」は、発達障害児の登場により、子ども達の状態を「スペクトラム」なるものとして、学校側に不都合のある子ども達は皆いつでも「障害児」として
位置づけられる。
個人と個人の関係の中に生まれる「障害」を、個人の症状としてのみ見て、周囲にとって「迷惑」か否かで判断していく。
その「迷惑」が、互いの関係の中に生まれるものではなく「学校」と言う統一された価値観にハマるかハマらないかで判断されていく〈判断されている)
「個別カルテ」は決して「障害児」のための「支援」教育ではない。
「個別」と称し子どもたちの関係を分断し、
「カルテ」として蓄積された個人情報を、卒業後までも使って、人を管理していく。
今朝、一発目に目にしたニュースの恐ろしさを感じ、胸がドキドキしている。
まとまりのなく書きなぐっているのは、描いた恐ろしさを少しでも和らげたいと思う私の状態の故。
もし、社会にとって不都合な人を「障害者」として置き換え、彼らを社会から排除する事が良いとするなら、その理由付けとしての「カルテ」が重要だと思う。
しかし、
もし、「障害者」ではなく一人の人格として、ともに歩むことともにこれからの社会を作るというならば、
個人に焦点を当てた「個別カルテ」なるものを作らせてはいけない。
そして、「個別カルテ」を作成する趣旨のみを見ていくならば、
作らなければならないのは「個別」の「カルテ」ではなく、
毎年新しく子ども達が入学し、毎年卒業と言う形で送り出して行く、学校が様々な子ども達とどのように接し、教師や学校はすべての子ども達を受け入れるために何をどのように取り組んでいるかと言う「学校カルテ」だと思う。
そして、
その「学校カルテ」は決して個人を診るものではなく、学校の取り組み方のカルテであり、子どもたちと関わる全ての人に開示できるものであり、開示する事でともに今の学校教育を考える機会にすべきと思う。
差別解消法が施行されてから、
世の中は解消の方向に進んでいこうとしている。
しかし、
成年後見制度利用促進法やこの「個別カルテ」と言う話は、
さも当事者たちの権利を護るように装いつつ、
実は、特定の誰かによって個々の当事者の暮らしを管理されていく〈管理できる状態に置く)ようで、とても解消の方向へ進もうとしているようには思えない。
==以上==
posted by 岩ちゃん at 11:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 個別カルテ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする