2017年09月06日

相手との関係で変わる日本語に

日本語には、相手との関係が含まれている。
目上の者に対しては、尊敬語や謙譲語や丁寧語を使う。
目下の者に対しては、横柄な言葉使いをしたりする。
立場が同じ者に対する言葉もある。
そして、
敬語なるものが警語として、相手と自分の立場を推し量ったりする。

この「相手との関係」を認識する事に困難さを抱える自閉症や発達障害の当事者が言葉を発する時、相手との関係性が含まれる日本語は、様々な摩擦を生む原因になっているように思う。

重度の知的障害を伴い、発語がない場合はまだしも、
軽度の知的障害を伴う人にとっての言葉は、自らに語りかけられた言葉をもって学習し、
自らが得た言葉を発すると、時に目上の人に対し失礼な・横柄な人に映ってしまう。

又、中度の知的障害を伴う人は、常に周囲から蔑まれたり横柄な言葉づかいで対応をされ続ける中で得た言葉をそのまま他者に語る事で、当事者の存在を理解しようとする者であっても、感情を逆なでする事になる。

ところが、当の本人は自分の発する言葉を相手がどう受け止めているかを知る由もない。
ごくごくあたりまえに使う。
決して相手を蔑んだり横柄な態度をとっているわけではないが、自分が学んだ言葉を相手との関係を考えずに発するため、当事者の真意が見えなくなっていく。

私が当事者たちと話をする時、
「私は〜」とは言わす、
「自分の名前」に「さん」をつけて「〇〇さん(私)は〜」と語りかける。

その理由の一つは、
「私」という人称代名詞は、いったい誰の事を話しているか理解し難いのであえて代名詞を使わない。
もう一つの理由は、
「〇〇(私)は〜」とした時、相手から「〇〇は」と返ってきて、呼び捨てにされる事で起こる感情を回避するため。

初めっから自分の名前に「さん」を付けて相手とやり取りしていれば、いらぬ感情が生まれないから。

これは、名前に限らず様々な会話の中に含まれているので、慣れていないととてもややこしいし、感情を逆なでされると冷静に本人の意図や意思が聞き取れなくなる。

そして、聞き取れないままに「言葉」に感情がこもっていると解釈して聞くことにより、ますます両者がズレた想いになっていくように思う。

そんな事をあれこれ考えて当事者たちと付き合うも、
私自身相手の言葉づかいに「イラ」っとする事はある。
「何であんたにそこまで言われなければならないの!!」という感情を抱く。
その感情を相手にぶつけても、相手は自らが得た言葉をもって語っているだけだから、
何のことを言われているのか解らない。

「自閉所や発達障害の言語学」なるものがあれば良いなぁ〜と思う。
私たちと異なる言葉の獲得や使い方をもっとうまく整理できれば良いと思う。

そんな学問があるかどうか知らないけど、
相手から受けた言葉によって私自身に起こる感情。
起こってしまうのだからある面仕方ないのだが、

そういう感情が起こった時、
彼らが発する言葉は、私たちが彼らに発している言葉から学び取り使っているのだと思えば、
彼らが発する言葉は、私たちが彼らをどう見ているのか?彼らはどう見られてきたのかを知る手立てになる。

彼等の発する言葉の中に、立場性ではなく、私は彼をどう見てきたのか?彼はこの社会の中でどう見られてきたのか?という経験に対する疑問が含まれているとすれば、
私の中に湧き上がる感情もほんの少し、違う方向へ目を向ける事ができるのではないだろうかと思う昨今。
posted by 岩ちゃん at 12:40| 東京 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

地域移行を実現するために移動支援を使わせて!!

昨今、精神科病院から「地域移行支援事業に協力して欲しい」という依頼が増えている。
過去、強制的に入院させられた当事者に面会に行くと、出入り禁止にされた事がしばしばあったので、
病院からの依頼は隔世の感がある。

とは言え私は、精神病や精神障害と言うものに詳しくない。
又、精神障害の当事者に対する支援の専門性も持ち合わせていない。
でも、
目の前に存在する人たちと付き合い続け、
当事者たちの自らの暮らしや想いや願いに耳を傾け、
お互いがこの社会の中でごくごくあたりまえに暮らせない現実を課題とし、
課題解決のために様々な取り組みを、
ひたすら積み重ねてきただけ。

そんな経験によって、
少なくとも精神科病院や精神障害の当事者達への偏見は少ないと思う。
それ故に専門的見地よりも、目の前に現れる「その人」といかにやり取りするかという点では長けているとは思う。

昨今社会的入院を強いられている人たちを地域に戻す動きがある面進んでいる。
地域移行支援事業というものが生まれ、
福祉計画においても地域移行者数を計画に盛り込んでいる。

しかし、
その動きを見ていると、私のような素人が入り込むような隙はない。
PSナンチャラにOTとかPTとか何の事だか聞いてもすぐに忘れるような肩書の人たちが、
寄ってたかって「地域移行を実現するために」と喧々諤々とやっている。
その果ては、病院内にGHを立てたり、病棟をGHにして地域移行を果たしたという数値だけをたたき出す動きもある。

「精神病」という何らかの「病」はあるのかもしれない。
「病」に対する「治療」は、医師や病院の範囲かもしれない。
でも、
そういう「病」をもって暮らしているのは「その人自身」であり、
「その人自身」は、「その人だけ」で暮らすわけではない。
「専門性に囲まれて暮らす」というわけでもない。

「地域移行」という「地域」には様々な人がいて様々な場があって、様々な人の関わりの中で暮らすという事になる。

でも、
様々な人や場は、「精神障害者」とであった事がない人がほとんど。
出会ったとしても、身内だけで、その身内で抱え込まなければならない社会の状況下で、辛く大変な想いしか抱けない人が多いように思う。

だから今、
「地域移行」を実現するには、地域移行支援事業者が懸命に病院以外の場を探す事に努めている。
そしてその場というのは、通過型GHであったり、訪問看護事業所であったり、精神障害に詳しい居宅介護事業所や精神障碍者を対象とした日中活動の場になってしまう。
しかも、とことん当事者本人と付き合い本人の意向を聞きだし、本人の意向に沿った暮らしをともに構築していくなんて余裕はない。
一方当事者の方も、「退院できる」となれば懸命に病院内にいる人たちの願いに応えようとする。
閉ざされた空間の中であっても、「できるようになる」「やってはいけない事はやらなくなる」事にエネルギーを注ぐ。
紹介された場や紹介された人を拒否すれば、次はないから懸命に相手に合わせることになる。

そして、
相手に合わせられるようになれば「退院」=「地域移行達成」となるのだが、
相手に合わせた暮らしばかりを強いられていては、当事者自らの暮らしは成り立たない。
辛くなって再び入院すれば、「時期尚早」とみられ次の挑戦まで再び長い入院生活を強いられる。
本人も自身を失くす。

そんな事あれこれ思っていたら、
「入院中の重度訪問介護並びに行動援護の利用を認める」という厚労省の通達が届いた。

「これは画期的な事だ!」と一瞬喜んだのだが・・・

長年重度身体当事者たちによって築かれてきた重度訪問介護は、「常時介護を必要とする重度身体障害者」となっている。
これが2014年から重度の「知的障害」や「精神障害」のもので常時介護を必要とする者にも認められた。
なので、これを活用すればと思うところだが・・・

重度の知的や精神当事者に対象が広がったのではなく、「行動障害を有し」「常時介護を必要とする者」に対象が広がっただけ。
我が市では、これまで家事援助や身体介護や移動支援といったものを組み合わせ一人暮らしをしてきた人たちにとっては、ありがたい対象拡大なのだが、
これが精神科病院に入院中の人の場合はどうだろうか?

「行動障害を有する者」に対し医師は退院に向けたやり取りを始めるだろうか?
決して退院させないだろう。
今「地域移行」と称し退院を目指す人たちは、症状が安定していて、服薬管理もある程度できて、コミュニケーションもそこそことれて、意思がはっきりしている人たち。
そういう言う人たちには、重度訪問介護や行動援護は支給決定されない。

結局は、
話は戻って、相談支援員が移行先を見つけてきた所に何はともあれ当事者が了承していくしか地域移行は実現できない。
意識ある相談支援員も、一人にかかりっきりにはなれないのでそうせざるを得ない。

で、
ここでぜひとも実現して欲しいのが、
「入院中から移動支援を使えるようにする」という事。

入院中から移動支援が使えるようになれば、
移動支援を使えば、
・外の世界に触れる事ができる。⇒モチベーションが高まる
・自らが求める場を探しに行ける。⇒自分で実際みてから決められる
・移動支援を使い様々な体験ができる⇒長期入院による浦島太郎からの脱出
病院内にいる間にあれこれシュミレーションしても実際の暮らしと違う場合が多い。
シュミレーションと実際とが違っても、退院してしまうとあれもこれも一度に解決しなければ暮らしが廻っていかない。
入院中にヘルパーと街を歩き、様々なプレイバックをする事で、いきなりの大混乱を避けられるのは単純に考えても解る話。
日中活動の場も実際に何度か体験してみて気に入れば決めれば良いし、気に入らなければ他の場所を探せばよい。
生活に必要なものをヘルパーと一緒に準備する事もできるだろうから、退院後いきなりあれもこれもしなければならないという事が避けられる。

そんな事を当事者の側に立って考えると有効に思えてくる。

でも、それ以上に有効に思うのは、
受け入れる側が本人と緩やかに出あえるという事。
数回面会しただけで、受け入れの可否を考えなければならない状況。
本人の混乱状態に懸命につきあえれば良いけど、ある面完璧な当事者であるなら受け入れても良いと考える場は多い。
そして、いざ退院した後大混乱の下失敗すれば、次の受け入れに躊躇するのは必至。

「何度でもやり取りして、お互いを知った上で決めてもらって構わない」となれば、かなり受け入れのハードルが下がる。
又、何度もやり取りすれば初対面や言葉の上だけでは見えないものも見える。
又、退院前から信頼関係を築いておけば、退院後はいろいろ課題はあっても一緒に解決を図れる。
今の状況は、信頼関係よりも専門性ばかりが目につき、当事者の行動や思考を分析して対処するような状況。
移動支援を使い「習うより慣れろ」的な関係が築けたなら、実はなんてことないやり取りが始まる。

という点から見れば、
実は当事者本人よりも受け入れる側が移動支援を利用する事で受け入れが容易になるように思う。

そして、
移動支援の事業所は・・・
精神科病院で暮らす様々な当事者に出会う機会が生まれる。
いざとなれば、病院にお任せもできる安心感の中で当事者たちと出会える。
出会ってみればなんてことない人の方が多いけど、
閉鎖病棟の中まで入り込む機会はそうそうない故に、様々な偏見や憶測の方が膨らんでいる。
それを払しょくするには「習うより慣れろ」なんだと思う。
そして、
一人暮らしを始めたりすれば、そこに居宅介護のヘルパーも派遣できる。
いきなり「派遣してもらえますか?」と相談支援員に依頼されるよりも、
入院中からやり取りしていれば「その人ならば大丈夫」という事もあると思う。

普段地域で暮らす障害当事者たちとやり取りしていると、
移動支援は、当事者と社会をつなぐ役割だと思う。
単に当事者の余暇につきあうだけでなく、
そこで出会う人たちとのつながりを求めていく事で互いの世界を拡げていく仕事だと思えてくる。

それを、精神科病院で暮らす人たちにあてはめて見れば、
正に、病院と社会をつなぐ役割を果たすのが移動支援なんだろうと思えてくる。

という事で、
移動支援が入院中から認められたなら、
いろんな可能性が拡がる。

それは、行政においてもしかり。
いきなり見知らぬ人(紙ベースでしか知らない人)を支援するのはとても大変な事で時間とお金がかかる。
でも安心感をもってやり取りできるなら、さほど多くの時間とお金は必要なくなる。
万が一失敗したら、それをカバーするための費用は極端に膨らむ。
出も徐々に社会に出てくる状況があれば、失敗のリスクは下がり、
その事によって支援を必要としない部分も増えるだろう。

という事で、
地域移行を実現するために移動支援を使わせて!
と、声を大きくしたい!!
posted by 岩ちゃん at 17:55| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

無くて七癖有って四十八癖

【意味】人は誰しも多かれ少なかれ癖があるということ。

癖というものは、自分ではなかなか気づかない。
人に言われて気づくことが多い。
それが人に評価される癖ならうれしいけど、
恥ずかしい癖だったり、周囲に嫌われる癖を指摘されると、
懸命に修正を図ったりする。でも、身についた癖はなかなか取れずに悩んだりする。

そんな「癖」というか自分では気づかない振る舞いについて。

自閉症の人は、事細かな点に気づくと言われている。
ならば、支援者や介助者の事細かな「癖」にも気づいていると想像する。
そして、支援者や介助者自身は気づかないままに当事者と向き合っている。
そのため、
何となく上手くいく人となんとも上手くいかない人の違いが、
実は支援者や介助者の側には気づかない振る舞いに当事者の側のみが気づき、それをみて当事者が判断しているのかもしれないと描いてみた。

でも、
自分の癖ってなかなか解らないので、
他の支援者や介助者が当事者とやり取りしている姿を見て、
自分が当事者とのやり取りしている時と比べてみる。
すると、ちょっとした違いが当事者にとって判り易かったり、判り難かったりする事に気づく機会もあるかもしれない。
posted by 岩ちゃん at 11:38| 東京 ☀| Comment(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

「忘れないではなく、思い起こせる関係を」

あれから1年。

月日が経つのが早すぎる。
何も整理できないまま、何も語れないまま1年が過ぎた。

「あの悲惨な事件を忘れない」と声をあげる人たち。
私の中では、そういう声をあげる人たちの多くが過去にあった出来事を忘れていく状況を何度も見てきた。
人は、なにがしかを忘れないと生きていけない。
何も解決されないままに。
何も整理されないままに。
忘れ去られた事件というのは数多くある。

マスコミが取り上げる事件以外にも、同様の事件は数多く存在する。
「一人一人の尊厳」というならば、19人も1人も変わりはない。
私自身が置かれている状況下では、同様の事件が数多く入ってくる。

当該の人々には申し訳ないが、
その一つ一つを「忘れずにいられる」かと言えば「絶対に無理」と思う。

ただ、「思い出す」事はできる。
そして、ふと思い出した時に「あのことで・・・」と問い合わせる事ができる人とつながりは続けている。

そして、この「思い出す」という状態が生まれるのは、同様の事が我が身の日常にあるから。
我が身の日常で起こった事を解決するために、様々な人からヒントをもらう。
ヒントをもらうために懸命になる。
そんな時「そう言えば、あの人がこれと同様の事に関わっていたなぁ」と思いだし、
我が身の日常で起こった事の解決に向け、何をどのような形で問い合わせれば良いかと考えれば、
自ずと過去の出来事が思い起こされる。

「決して忘れない」などと私には言えない。
過去、たくさんの事を忘れてきたから。

でも・・・。
思い起こす事はできる。
思い起こす必然はたくさんある。

必然がたくさんあるというのは良いことではなく、
それだけ数々の同様の場面があり、
わが身の周辺にも同様の場面が現れると状況。

そんな状況は改善したいと願い日々を暮しているわけだから、
思い起こす必然がたくさんあるという事は、決して良いことではないだろう。

「忘れない」ではなく「思い起こせる」という事

今の今1年前の件で多くの方々が関わっている。
様々な立場からの言説が流れてくる。
言葉にならない事や言葉と言葉の間にある様々な想いがそこにあると思う。
私自身は、その一つ一つを丁寧に読み取り/聞き取り、この件で自らの想いや願いを展開するだけの力量はない。

だからと言って、取り組んでいる人たちと私とが遠く離れた人とは思わない。

私は私で、
ただただ、同様に起こっているわが身の周辺の事柄と向き合うしかないと思っている。
願わくば身近にある入所施設から当事者を地域に取り戻したいと思う。
それさえ叶わない我が身の力量。
せめて、入所施設や社会的入院に至らないと願う。
長年思い描き取り組みを積み重ねているが、それさえも確実なものにできずにいる。

地域に取り戻すというよりも地域から奪われないという取り組み。
そんなささやかな取り組みしかできない私にしてみれば、
全国ネットで流れる大きな出来事に対し向き合うことは、遠い彼方の事のように思う。

でも、
つながりのつながりのそのまたつながりの中で、懸命に取り組んでいる人たちがいてくれる事の幸い。
そういう人たちがいるからこそ、わが身の日常の中にある課題に取り組む事ができる。

ただ、辛いと思うのは「今!結集を」的な呼びかけに応えなければなにも取り組んでいない事にされてしまう呼びかけ。

まったくもって無関心な人がいるので、そのような形で呼びかけなければならない心情は解る。
でも、私と同様に小さな世界の小さな事柄を大事にしている人たちの取り組みがいる。
「結集」ではなく「つながり」を求め、互いの課題を認め合わなければ、いずれ大きな出来事は忘れ去られ、思い起こし次に活かす事さえなくなるように思う。

私にとって大切なのは、この大きな出来事を「忘れない」ではなく、
思い出される日常の必然と、
自らの課題解決のためにやり取りできる関係。

そんな事を加速する日常の流れの早さの中で思う。
posted by 岩ちゃん at 11:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

行動障害の原因は?

ガラスを割る。
壁を壊す。
人を殴る。
人に向かって突進する。
人の物を奪う。
大声で叫ぶ。
大暴れする。
等々。

いわゆる「行動障害」と評される障害当事者たちの行動や表現。

その原因をあれこれ探る。
目の前で起こる事柄に原因がある場合もあるが、
その後の事が気になって起こす事もある。
前に会った出来事を思い出しての事もある。

原因(理由)に対する行動であれば、
なかなか見えない原因(理由)であっても、やり取りを重ねる事で見えてくるものもある。

しかし・・・
積もり積もった事柄の中で起こっている事であれば、その原因(理由)はなかなか解らない。

コップに入った水に喩えてみる。
コップを本人の安心感。
水を本人にとってのストレス。

コップに水が半分も入っていなければ余裕で運べる。
コップに八分目ほど水が入っていたなら、ちょっと慎重に運ばないとこぼれる。
コップに摺り切り一杯の水が入っていたら、「お口でお迎え」しなければコップを動かす事ができない。

さらに、
水の表面張力によってさらにもう一サジ水を入れて大盛りの水が入ったコップ状態。
そこに、スポイトでほんの1滴水を足した途端に、たくさんの水がこぼれだす。

このこぼれる状態が「行動障害」と評されるものであったとしたら・・・

最後のスポイト1滴の水さえなければ「行動障害」と評される行動や表現にはならなかったあろう。
そもそも、ストレスとなる事柄が八分目や半分以下になっていたら、スポイトの1滴なんて全く気にも留めない。

私たちは、こぼれそうでもこぼれないコップの水に対し、慎重に扱い対処する。
でも、一旦こぼれてしまうと大騒ぎ。
もしかしたら、又こぼすのではないかとやり取りさせてもらえないかも。

原因(理由)が最後の1滴にあると思っていると、
「この1滴がなければ」となる。
でも、それも一つの原因(理由)かもしれないが、それ以上にたまりにたまった水(ストレス)の方を、ごっそり取り除けばだいじょうぶという事もあると思う。

コップを当事者の許容量。
水をストレスの量として見た時、
最後の1滴のストレスにのみ目を奪われる事なく、
当事者自身がため込んでいるストレスに対し、
本人自身で収められるようなやり取りに心掛けたいと思う。

posted by 岩ちゃん at 15:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

連続性の中での自己決定

以前、彼女と2泊3日の旅行に出かけた時のこと。
海辺の民宿で格安の宿。
格安故にあまり料理には期待を持っていなかったけど、宿屋の主人は漁師さんで自分の船も所有しているので、
その日に取れた地魚で料理を作ってくれるとのこと。
1日目の夕食。
それはそれは豪勢なメニュー。
刺し身に焼き魚に天ぷらに煮付け等々。
地の魚をふんだんに使った料理の数々。
「この値段で、この料理」「追加料金を取られるのでは?」と心配するほどの魚料理に大満足した。
2日目の朝食。
大きな干物と魚の内蔵で作った見知らぬ料理等々。
これまた、朝から何杯もご飯をおかわりするほど豪勢な料理に大満足。
2日目の昼食。
朝からたくさん食べたのでちょっと控えめに、
でも漁師町故に、変わった名前の料理名が目に入り昼も魚系料理を食べる。
2日目の夕食。
昨夜とはちょっとメニューは変わったけど、基本魚料理。
魚料理は大好きなのでこれまた大満足。
3日目の朝食もしかり。
そして、3日目の昼食はこの場を去ることを惜しみ、
普段食することのない魚料理を求めウロウロ。
魚で作ったファーストフードを食す。

大満足の3日間。
そして、帰路についた時、家に帰ってから夕食を作るのも億劫だからと、
旅の最後の外食先を探しつつ車を走らせた。

彼女と「何食べようか?」と相談しながら車を走らせる。
そして、入ったお店は・・・
「焼肉屋」

3日で6食魚料理。
魚料理は好きだし、変わった魚料理も食べることができて大満足。
そもそも、それがお目当てで海辺の宿を選んだし、
格安でこれほどまで魚を堪能できたので言うことは何もない。

でも、
6食も十分なほどに魚料理が続けばさすがに飽きる。
決して魚料理が嫌いになったわけではない。
(逆に新たなメニューが加わり、自宅でどう再現するかと言う話も盛り上がる)
なので、単に魚料理が続いたから飽きただけ。
魚料理よりも肉料理の方が好きということでもなく、
どちらも好きなんだけど、
魚料理が続けば、次は肉料理と言う感じ。

「自己選択」「自己実現」を十分に果たせた旅行で、
自らが選択したことに間違いはない。

でも、
たとえ大好きなことでも、それが続けば飽きる。
そればかりだと嫌になるかもしれない。

重度知的当事者たちの自己選択・自己決定・自己実現の支援を担う時、
そもそも本人たちの想いがどこにあるかが解らないので、その解明から懸命に担う。
本当のところは判らないけど、日々やり取りしていると本人の好みがなんとなく解ってくるし、
本人の要望と思って取り組んできたことが、
実はそもそも違っていたという事を実現した後に気づくということもある。

なので、ひとたび確信めいた本人の思いを知るとその実現に向けて懸命に支援を担うということもある。

でも、
そればっかりだと「本人は飽きる」ということだってあるだろう。
「単に続いたから飽きただけ」なのに、「飽きた」状態を見て飽きたことを「本人はそもそも望んでいない」と周囲が認識すると、再び欲しても誰も支援しないということが起こってしまう。

「自己選択・自己決定・自己実現の支援」と言うも、
その中身については、まだまだ何も解っていない支援の側にいる私。
という事を、ふと思い描いた。
posted by 岩ちゃん at 12:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月27日

「障害者である前に一人の人間」と言えても・・・

やまゆり園の事件は、私たちに様々なことを問いかけている。
その問の答えを未だ見いだせずにいる私。

長年地域に存在する障害児や障害者たちと、
暮らしと言う面から様々な事柄を取り組んできた私としては、
「起こるべくして起こった」と思うし
「そうならないように取り組んできたつもりだが、間に合わなかった」とも思う。
又、
一度に多くの方が亡くなり、傷ついた事件ではあるが、
障害当事者たちから見れば、これまでも同様のこと数々あったとも思う。
それはただ、私達には見えないだけの話で、
事柄の大きさゆえに、否応なしに目にし耳にしただけとも思う。

最近、このことを目の当たりにした職員たちのPTSDが認められ、
労災申請が承認されたと言うニュースが流れてきた。
それは、まったくもって当然の事だと思う。
そして、それと同様にその場にいた入所者たちも多くのPTSDに罹って当然だと思う。
(障害当事者たちは、その日の出来事だけでなく、その後の職員の様子や態度が理解できず、様々な混乱を健常者以上に抱いているようにも思う)

「一人の人間として、あの悲惨な出来事が起こった場で生活する事は無理」と、
建て替えではなく、これを機に地域で暮らすことを求める人たちがいる。
「我が子を思えば、入所施設で暮らすしかない」「早急な建て替えを」と訴える人々。

前者は、後者を「障害者の人権を無視している」と否定し、
後者は、前者を「実際の暮らしを知らず理想に過ぎない」と否定する。

「一人の人間として」地域の中で、「あたりまえに暮らす」と言う事を、
どのような形であれ障害当事者たちと関わった人ならば思い描くだろうと思う。
その一方で、
「あたりまえでない暮らし」
すなわち、介護が必要。静止が必要。自分を傷つける人/他人を傷つける人を前に対応を迫れる。

「自立」とは、何でもかんでも自力でするのではなく、
「介護を使って暮らす」という事も「自立」であるということをしばしば耳にするようになった。
東京パラリンピックを前に、「がんばる障害者」の中に「介助を使い暮らす」事も含まれるようになってきた。それに伴い、必要とする支援があれば「後は、他の人達と変わりない一人の人間だ」という声が、
年々通りやすくなっているように感じる。

ただ、
それは、費用対効果という天秤が常にあり、
多くの費用がかかるならば、効率よく施設に入れた方が良いとすぐになってしまう。

やまゆり園の話は、
本人が語れない(語らない)分、理想と理想の空中戦のように思えてならない。
かくいう私は、今直ぐ現場に飛んで当事者たちとやり取りするだけの力量がないため、
今、この課題に直接取り組んでいる人たちを思えば、戦いもせず空中を漂っているだけかもしれない。

でも、
私は、私の足がついている場でこの事件を思いつつ、自らの場の中でやり取りし続けるしかないと思っている。

そんな私が思うことは、
今でこそ、私自身が担ってきた重度知的当事者の自立生活支援について、一定の評価を受けるようになったが、過去このような空中戦を何度も経験してきた。

すなわち、
将来という目には見えないものに対し、
「地域でともに生きる」事を信じ、
「地域で共に生きるなんて理想」とする人たちに、「我が子ではなく、一人の人として」私たちを信用し委ねてもらえるように努めてきた。

決して、全てが上手く言ったとはいえない。
信じてもらえず、我が子を施設に入れた親御さん達がいる。
中には、泣きながら「入れてしまった」と報告する親御さんもいた。

そのたびに、自分の力量の無さを悔い、どうすれば良いのか?と悩み続けながらやり取りしてきた。

ここ2週間ばかり脇腹に痛みがあり、腫れているようにも思うが気をつけていれば、我が身の暮らしはなんとかなっていた。
でも、痛みが取れそうにないから整形外科を受診すると、先週、肋骨にヒビが入っている事がわかった。
「ひねる力が加わると良くならない」とコルセットが巻かれた。
言われるまでもなく、ひねりを加えれば痛い。
その原因が判って一安心したのだが・・・

コルセットを巻いて、今朝行動障害を伴う自閉症の当事者たち宅に向かう。
私自身生活に支障ない程度の痛みであり、
彼が落ち着いていればなんてことない介助。

ところが、今朝は落ち着きがなく大暴れ。
「ほっといて!」という当事者だけど、
室内にある物がどんどん壊される状態。
彼の言動がそのまま彼の要望を表しているとは思わないし、
何かに混乱してのことだとも思う。
ただ、
その手前で、どんどん事が大きくなっていくことを止めなければ、
本来一緒に考えなければならないであろう事柄と向き合えない。
普段なら、とりあえず行動を止めるための力技も使うが、
今日はそうは行かない。

まだ、室内で自分の物を壊すだけなら良いが、どんどんエスカレートして私を引っ張り出す。
それは、さすがにつかもうとする手を避ける。
すると、ますます落ち着かなくなる当事者。
自室であれば、それはそれで本人と私との間のことでやり取りできるが、
この状態で外に出れば、第三者を巻き込むのは必至。
巻き込む姿をただただ横にいて見守るというわけにも行かない。

「私の都合」と何度も謝りつつ、
私の前に入っていた介助者に戻ってきてもらい、彼の介助を交代してもらった。

本来は、私と前の介助者と本人とでやり取りを重ねたいところだが、
介助者二人に本人一人。
それはそれで、又違った受け止められ方もするので、後のことを介助者に委ね帰ってきた。

何が何でも担い続ける事を追い求めてきた私としては、
怪我をしているとは言え、担い続けられなかった事にショックを抱いている。

しかし一方で、
私の状態と当事者の状態を知り、介助を交代してくれた人の存在はとても大きくありがたい。

大暴れしているその場面。
これが家族が全てになっていたなら、
そして、これが日々続いていく状態であれば、
家族として入所施設を選択すると言うのも解らなくはない。

でも一方で、
何ら解決されてはいないが、介助を交代してくれる人の存在は、
入所施設を選ばなくても、とりあえず暮らしが続いていく。
暮らしが続いていけば、今の状況を次の段階で変える機会に繋がる。

入所施設の是非。
建て替えか地域か。
制度のあるなし。

いろんな想いと現実が錯綜する中で、
未だ、私はやまゆり園の事を何を軸に語れるのだろうか?取り組めるのだろうか?と悶々としている。

ただ、言えることは、
「目の前に存在しなければ、私は考えないだろう」という点。

やまゆり園の事が気になるのは、同じく入所施設に入れられ日常空間の中で出会えなくなった人達がいるからであって、関わった当事者たちが皆地域で暮らし続けていたら、この件はまったく他人事になっていたと思う。

これを機に、施設から地域へと言うのは、ありなのかもしれない。
「一人の人間として」と言うのは間違いではない。
存在を否定するものに対して声を挙げなければならないと思う。
否定された者のためではなく、否定してしまっている(見えない場に送り込んできた)私自身を否定する必要があるとも思う。
それは、他者を否定することが我が身も否定されるという実感があるから。

そんな事を思いつつも、
まだ何も見えていない私。

たぶん、
今回の事件をスタートにした語りが、どこかそれ以前を見えなくしているように感じているからかもしれない。

施設に入れざるを得なかった現実。
それを許してきた現実。

家族が「しかたがない」と思う気持ち。
周囲が「しかたがない」と思う気持ち。
どちらも「しかたがない」と思うも、その中身はまるで違うと思うのだが、
そこに何もコミットしないまま過ごせる現実。

今朝の出来事から、悶々と考えている。

悶々と考えながら、介助を代わってもらった時間にこのブログを書いている。

そして、午後から別の自閉症を伴う重度知的当事者の介助に入る。
現時点でその人の代わりを担える人はいない。(暮らしの介助事態は誰かに代わってもらえるだろうが、私と当事者とでやっていることを担える人がいないという意)

今朝と同じ状況になればなったで、なんとかするしかないのだが、
決して私一人で一人の当事者を支えているわけではなく、
当事者自身も自らの暮らしを築き、様々な人が当事者と関わり合っている。

理想を追い求めているが、
その一方で、現実と向き合い続けている。
そして、
その現実は、一人ではないという実感の中にあり、
互いの関係性の中で続いているもの。

「障害」が本人を規定するものではなく、
「互いの関係の中で起こっているもの」であれば、
「障害があっても一人の人間」と言う表現は違うように思う。
「障害があっても」と言った瞬間に、起こる事柄は全て「障害者」の側に追わせることになり、
全てを相手に追わせた上で、私たちは何をするかになってしまう。

そうではなく、
関係の中で起こっている事柄であれば、
ともに解決する道を追い求めなければと思う。

私は、ともに解決を図る事を追い求める中に、何らかの解答が生まれるように感じている。
posted by 岩ちゃん at 10:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする