2016年05月12日

障害児の放課後デイサービスにあれこれ思う

昨今の放課後デイサービスの乱立に危惧する私。
否、乱立と言うよりそもそも放課後デイサービスが必要とされ、整備され、学校側から勧められる状況自体が問題だと思う。
すなわち、
学校では、支援学級や支援学校という形で子ども達が分けられ、
放課後では、放課後デイサービスに送迎付きで直行し、その道すがらも含め子ども達の時間を分けられる。
「障害児」を持つ家族が楽をして何が悪い?
いわゆる一般の家庭以上に様々な支援を必要とする状況下で、たかだか放課後の数時間を楽したからといって、デイサービスから帰ってきた後の暮らしは家族に全部押し付けている状況。
煮詰まる状況に、ちょっとだけ周囲の目に止まる形で楽をしたからといって、見えない部分での大変さに周囲はほとんど気づいていない。
そんな事を思うと、
親以外の関係を作ることの大切さを思う。
ただ、
その作り方が、障害児のみを集めて取り組むという事がおかしい。
「素人職員」の話が出てくるが、
障害児ばかりが集まる場の中で、「専門性」を身に着けて関わる事にどれほどのメリットが有るというのだろうか?
放課後デイサービスを学習塾として捉えれば、個人が身に付けることに対する専門性はあっても良いと思う。その専門性を見極め選べば良いと思う。
しかし、
「圧倒的に不足している」「乱立している」という状況は、学習塾という「個人が何かを身につける場」としてだけあるわけではないだろう。
社会に住む人達は皆「障害児」に対して「素人」だと思う。
「親」であっても、「素人」だと思う。
社会一般の人と親は、どちらも「素人」だと思うが、
その違いは、関わらなくても済む状況にないかあるかの違いでしかないと思う。
すなわち、とにかく目の前の状況をなんとかしなければならない親たちは、様々なところに相談したり、人に頼ったり、情報を収集し活用し、実際面でも自らの内面においても懸命に担って日々を廻していると思う。
殆どの親は、ある日突然現れた我が子に対して真摯に向き合うだけで、生まれる前から「専門性」をもって子育てしているわけではない。
日々の積み重ねの中で「専門性」を身に着けていると思うし、
一般化された「専門性」を身につけられず、その「専門性」が実は悩みの種でもある事も含め、日々悩みつつ格闘し続け自分を卑下し続ける親たちもたくさんいる。
それでも、生活を回す状況。
だから、
放課後デイサービスを担う人たちに専門性を求めるのではなく、
親と同じようにはいかないまでも、とことん目の前にいる子ども達と付き合い続ける事が重要だと思う。
そして、
「練習台」というが、
それは子ども達にとっても、自らのことを理解してもらいえないこの社会にあって、周囲の人達との付き合いを練習する場でもあったりする。
子どもも大人もとことん人と付き合うことにおいて互いが「練習台」となり、様々な経験を積み重ねていくことは大切だと思う。
確かに、
送迎付きで、ひたすら親に対しておべんちゃらを言い、実際の中身は放ったらかしという放課後デイサービスもある。
本来そのような場は淘汰されていくと思うが、不足する状況の中では、それでも良いから利用したいと思う親たちがいたりするので話はややこしい。

もし、
専門性を欲するのであれば、いかに地域という様々な人が行き交う場に子ども達を戻していくかということに力を注ぐ事が必要だと思う。
放課後デイサービスに行くことで、本人が抱える困難さや本人が想い描くことを明らかにし、関わり方やその実現に向けた支援を明らかにするための関わりが必要だと思う。
そして、それを「障害児放課後デイサービス」として児童である間ずっと利用するのではなく、一日も早く一般の学童クラブや児童館の利用等につなげ、デイサービスの利用を終了したり、後方支援に徹する状況を生み出すという専門性が必要と思う。
または、障害児のみを対象とせず、地域の子ども達も常に参加できる場にすることで学校生活において奪われている出会いや関わりを取り戻すための専門性というのはありかもしれない。

しかし、
今の放課後デイサービスの対象は、あくまでも「障害児」であり、地域の子ども達との交流を求めることは許されない。(様々な制約がある)
厚労省が指向している事(厚労省に求められている事)は、「支援」という心地よい言葉に隠れ、子ども達を選別するための場でしかないと思う。
否、子ども達の日常である学校がそもそも「障害の有無」によって文科省が子ども達を選別している事で、それを補完するサービスを厚労省は目指している。
すなわち、
分けることを当然とし、分けた結果起こる不具合を補完する構図は、
子ども達が大人になった後においてもやはり、分けれれて当然で、分けた結果起こる不具合をサービスの対象者として補完する。その事で「障害者は一生この社会にとって特別な人」として「扱われる」事になる。

「個別の対応が必要」と子どもたちに向き合いつつ、
成人した子ども達の行く末は、生活介護やグループホームといった集団での対応があたりまえにされている。

放課後デイサービスが乱立する中で、
この記事のような批判はしばしば聞こえてくるようになった。

しかし、
この記事の視点で展開すれば、
子ども達はますます分けて関わる方向へと進むように思う。

世の中少子化で子どもの数が減っている。
という事は、
これまでに作られた児童館や学童クラブという場を利用する子どもの数も減っている。
児童館や学童クラブには、子どもの数が減った分の余力があるはず。
そんな中、あえて放課後デイサービスを充実させていくという話ではなく、利用する子どもの数が減った児童館や学童クラブをどのように活用していくか?
誰にとっても利用可能な状況をいかに作っていくかが重要に思う。

posted by 岩ちゃん at 09:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月07日

知的当事者の親からの支援依頼と「意思決定支援」

「うちの子の支援を担って欲しい」と言う依頼が舞い込む。
その内容は、
「親も高齢になり、我が子のこの先の支援を準備していかなければ、本人の暮らしが行き詰まってしまう」というものでした。

これまで、両親をベースとして一人で何でもやれてきた軽度知的の当事者。
ベースがあるからこそ廻る暮らし。
「この先」親をベースとできなくなった時、支援を得ずしては当事者自身の能力だけでは暮らしが成り立たないと思う。

しかし、
本人はどのような支援を欲するのか?
どのような支援が必要なのか?
実際その支援を使う時に現れる本人はどうなのか?
ベースを失くすという事は、必要となる支援や不要な支援を自らが判断して使いこなせるのか?
等々。

これまで、「支援は必要ない」としてきた当事者や家族が「支援を使う」ということに目を向けた時、
そもそも重度の知的や行動障害を伴う当事者で、幼い頃から人の手を使い過ごしてきた当事者とは違う新たな面があるように思いました。

あれこれ自らが語れる当事者。
しかし、私に語る事柄と両親に語る事柄が必ずしも一致していない。
親または私が、必要とする情報を本人を介してやり取りしていくと、情報がこんがらがって、
親と私の間で様々な誤解が生じてしまう。(実際は、生じていることに互いが気づかない)

ベースに親がいることで、親から本人に対する無意識の声かけによってできていることも、その無意識の声かけがなければ、たちまち事が行き詰まってしまう事がある。
しかし、無意識故に声かけを失った時の本人がどう現れるかが見えない。

「当事者本人の意思」に基づく支援を担いたいと思う。
しかし、家族と暮らす本人は家族の意思に大きく影響されて暮らしている。
これまで家族関係が上手く行っている点を見れば、家族の影響は本人にとって友好な影響なんだと思う。
しかし、
その家族がないとなった時、「当事者本人の意思」はどう現れるのだろうか?
例えば、
家族が示す選択肢から選ぶと言う話。
家族が示す選択肢は、長年暮らしを伴にしてきた分、ある程度本人の指向に則したものであったり、
本人が選択可能となる選択肢の提案であったりする。
そして、
本人が決めた選択によって、支援者たちは支援を担う。

しかし、家族が示す選択肢が無くなれば、
選択肢を提供するところから事は始まる。
本人の指向が見えなければ、ありとあらゆる選択肢を提示しなければならないし、
選択肢が多すぎれば本人は選択できなかったりする。

家族のもとにいて、本人が決めているようで実は家族の意向が良くも悪くも反映されていて生活が成り立っている。
そのベースがないと言う前提でこの先の暮らしとその支援を組み立てていく時、
何をどのように考えれば良いか?
実は非常に難しい問題だと思う。

軽度の知的障害故に、現状特に困っていることはない。
「この先」を描く時に起こる漠然とした親の不安。
漠然とした不安は、正に無意識に家族として担っていることが何かに気づかず、極自然たやり取りの中で成り立っているが故に見ることができないものだと思う。

そうであるならば、
まずは、いかに親を介さず当事者本人とやり取りしてみる。
たちまち、
伝言が実際に伝わらないことに気づく。
親の要望ではなく、本人と相談し状況をまったく知らないヘルパーを使ってみる。
すると、実は必要なことが頼めず、ヘルパーを使うことの意味を見失う。
それでも、ヘルパーを使い続けていくと、親の想いとは違う本人の要望が見えてくる。
しかし、親の価値観と異なる要望に対し、親は「正しい使い方」と言う形で介入してくる。

あれこれ自分でできる軽度のち的当事者。
支援なんて必要ないように見える。
しかし、
自らの暮らしを自らの力のみで廻しているわけではなく、
親という自らの力をサポートしてくれる人を失う時に起こる不具合はある。
そこに意識があればまだしも、
当事者自身も親自身も、まして日常生活につきあっていない私も、
必要な支援が意識できていない。

そんな状況の中で見える結果から、
伝言が伝わらなければ、支援者と親とで連絡を取り合う。
必要とする支援について、親がヘルパーに指示を出し、結果を親に報告する。
親と本人との要望の違いが現れた時、親の意向に則して本人と接する。

そうすることで事柄は回っていく。
しかし、
支援の中心は親には変わりなく、
その親がいなくなった「この先」の支援を作る課題については、何も取り組めていない事になる。
(そうであったとしても関係は拡がるでしょうが・・・)

よって、
兎にも角にも親ではなく本人とやり取りすることを徹底してみる。
そこには様々な不具合が生じてくるし、支援する事で本人も家族もかえって大変な状況に陥ることもある。
それも含めて、本人とやり取りすることを徹底してみる。
不具合ばかりでは続いていかない。
不具合を解決するために、家族と情報を共有したり意見を交換しあったりする事は必要。
でも、それはあくまでも本人とのやり取りをしていくためのものであることを意識する。

必要なことが伝わらなかったり、
不要な出費がかさんだり、
時に、混乱が角になって行き詰まることもあるかもしれない。

それでもなお、当事者本人とやり取りしていく事を徹底してみる。

支援を使う責任を常に本人に帰し、
支援の側は親に責任を負わせるのではなく、自らの支援の責任を追求していく。

あれこれできる軽度の知的当事者の支援は、一見何ら問題ないように見える。
しかし、
そこには、見えない何かによって廻る本人の暮らしがあると思う。

それは正に「意思」という見えないものに対し「自らが決定していく」ことに対する支援の必要性が隠されているように思う。

親が関わることで明確になる「本人の意思」であるなら、
親が関わらないとした時、「本人の意思」が全く見えないと言う話になる。
逆に「本人の意思」が明らかであれば、さほどの支援は必要な人ということにもなる。

でも、
目に見えない「意思」というものに向き合う時、
実は様々な課題がそこにあるということに私たちは気づいていない。

昨今、
「意思決定支援」なるものの必要性が説かれる。
又、「意思決定支援ではなく支援された意思」が大事と言われる。

でも、
その実際は、
「意思決定支援」によって明らかにされた「意思」が、支援する側の範疇を超えるものであれば認められない。
「支援された意思決定」というが、そのあり方は実のところ何も見えていない。
どうすれば、「支援された意思決定」と呼べるのか解らない。

ただ、
親からの依頼を受け、
その依頼が、親の意向ではなく本人の意向として受け止め、
その依頼を本人と支援者とで解決していこうとする時、
様々な不具合の経験も含めて、
「支援された意思決定」なるものが明らかになっていくように思う。

それを「意思決定支援」なるものでくくってしまっては、
何ら悩むことなく、責任の所在は明らかになるかもしれないが、
本人は責任を取る側の範疇でしか暮らしていけなくなるように思う。

本人も、家族も、支援者も、
それぞれがそれぞれの立場で、自らの責任を負いつつ、
日々の関わりを積み重ねていきたいと思う。
逆に、本人との積み重ねなしに、「意思決定支援」なるものの枠付や「支援された意思決定」の手法は何ら意味が無いように思う。
posted by 岩ちゃん at 11:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

いろいろ解っているんだろうなぁ〜

自閉症を伴う重度知的当事者宅へ重度訪問介護のヘルパーとして入る。
玄関を開けるといきなり、
「岩ちゃん!」と名前を呼ばれる。
私「はい。こんにちは」
彼「こんにちは」
私「こんにちは」
と挨拶を交わす。

「私⇒彼⇒私」という順に挨拶を交わすのは、彼と私のパターンなんだけど、
名前を呼ばれるのはそうそうない。
想像するに、
隔週入っている曜日なのだが、前回が週を間違えすっぽかしてしまった。
「今日は、間違いなく来たね」の意味だったかもしれない。

部屋にはいると台所の床に、何故か調理器具立てが置いてある。
「あれ?」と思いつつ、所定の場所に置く。
すると、
「ガシャガシャガシャ」と彼の部屋から食器がぶつかる音が聞こえてきて、
籠いっぱいに食器や鍋釜を積み上げ流し台の所に持ってきた。
「洗って」ということだと思い洗い始める。
どうやら、調理器具立てが床においてあったのは、
依頼するためのスイッチで、
それをそのままにしておけば依頼できず、
それを元の場所に戻せば、「良し!頼もう」ということだったかもしれない。

大量の洗い物が済んで、介助者ノートを読もうとすると、
お金を持って「買い物!」を依頼される。
「りょうかい!」とお金を預かり、彼と一緒にお店に向かう。
店内を何度もウロウロと回る彼。
買いたい物と金額とをあれこれ計算しているかも。
彼が言うがままに買い物かごに品物を入れる。
その中にあった、二つのお菓子。
最近当事者たちが集まる場に、「差し入れ」と言う事で持ってくる当事者がいる。
それと同じお菓子。
もしかしたら、他の商品も、どこかで見たものと同じものを買っているのかも。

買い物終了後一旦帰宅。
しばしマッタリと過ごす。

その後、用事があって出かけるのだが、出かけるタイミングはいつも私の方から声掛けしている。
声をかけるまでは「好きなように過ごして良い」と思っているらしく、物音一つ立てずに過ごしている。
(彼にとっては非常に珍しい状態)
所が、出かける時間が迫るとドタバタし始めた。
一旦部屋から出てきてホワイトボードを見て再び自室へ。
どうやら、ホワイトボードに書かれているお出かけの時間を見て、「まだ出かける時間でない」と理解した様子。
毎度、家を出る時間と到着時間を書いているのだが、
見ているのか見ていないのかわからなかった。
でも、前回すっぽかしてしまった事と今日のお出かけの時間が遅めだったことから、
彼自身が確認したのだと思う。
やはり、書いておいてよかったと改めて思う。

用事を済ませると再び買い物。
今日はとても絶好調だったからか、
次から次へと品物をかごに入れる。
買い物の終盤にさしかかり、
「これだとお金足りないけど・・・」とつぶやく私。
自分の段取りのままにならないとどれほど絶好調であってもパニックになる彼。
不足分は建て替えて後でもらうか?
でも、払ってもらえないと困るしなぁ〜などと思いつつ、
彼がどうするかと思えば、
じっとかごの中を見つめ、
「いらない!」と品物を間引いていく。
どこの店にあったかわからないから彼に聞けば、
一緒に元あった場所に向かい元に戻す。
そうして、会計を済ませてみれば、お釣り98円。
本当は100円になる予定だったのだが、買い物袋を忘れたために2円のビニール袋を購入したため。
その計算力が凄い!

そんなこんなで過ごした日中。

実は、いろんな事が解っている彼がいるんだと改めて思う。
そして、私は、彼が解っていることが解っていないという事がわかった。

日々地域という様々な人の中で暮らす彼。
いろんな事が常に一度に襲ってくる中で、懸命に過ごしているのだろう。
懸命に了解しようとしても次から次へと襲ってくる事柄に追いつかない。
それでも、長年地域の中で育ち地域の中で暮らす彼。
いろんな事を了解しているのだと思う。
そして、
今日は、たまたまかも知れないが彼の了解の中で過ごせたから終始ごきげんだったのだろう。
そして、そのごきげんさから、実はいろんな事が了解されているのだろうと想い描くことができた。

とは言っても・・・
なかなか彼が何を了解しているのかを了解できない。
暴れる彼を見るのはとてもつらいけど、
暴れている彼の方がもっと辛いのだろうと思う。

だからこそ、
私は、彼が理解しているものが理解できていない。
と言うところに立って、彼を理解することに努めていかなければと思った。
posted by 岩ちゃん at 19:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

ここ最近の当事者の変化に

一人暮らしをしている自閉症を伴う重度知的当事者のお宅に、4月から新しい事業所の新しいヘルパーが介助に入った。
新しい人の登場を何の躊躇もなく受け入れ、
逆に、これまで滞っていたことがスムーズに運ぶようになってきた。
古くから彼と関わる私には超びっくり!!

彼は、かれこれ15年ほど一人暮らしをしている。
一人暮らしを始めたころは、とにもかくにも何をどのように支援して良いのかわからないほど、暴れまわっていた。
現在、一昨年から重度訪問介護を使い暮らしている。いわゆる強度行動障害を有する人。

こだわりが激しく、パターン化された枠を設けることが良いとされる自閉症の人たち。
いわゆる構造化という事なんだろうけど、
長年地域で育ってきた彼は、親元にいる間その構造化を自らが求め自らが解決していた。
どのように彼自身が構造化しているのかわからないが、何かを引き受けようとする時には必ず暴れていたし、
その何かが了解できた途端に落ち着き払うという繰り返し。
周囲は、ただただ彼が安全に暴れられることを見護るしかなかった。

でも、家族というベースがある中で、「落ち着くまで見護る」という事はある程度できたけど、
家族の下を離れ、一人暮らしを始めた途端、ベース作りも彼の課題となり、暮らしという様々な状況や事柄が襲ってくる中で、彼は自らの暮らしを縮小しつつ了解可能な構造化を行っていたように思う。

それでも、暮らしというものは常に応用問題の世界。
自分では何ともできない状況下で、行動は収まらず、
近所が本人の状態を受け入れられず、
何度も引っ越しを繰り返していた。

日々彼に関わるヘルパー達。
長い年月介助に入り続けていると、彼もヘルパーも個別のやり取りの中である程度の了解が取れてくる。
ある程度了解が取れれば、違った側面からやり取りし本人が了解している事が何かを知る余裕も生まれる。
でも、
昨今のヘルパー派遣事業所はどこも人手不足。
行動が激しい状態の彼と付き合い続けることが難しく、
何にものヘルパーが彼の暮らしの場を通り過ぎて行った。

そして、彼は常に新しくやってくる人に対し、一から関係性の構造化に努めていたように思う。

一方、ヘルパーの側はと言えば、
こだわりが激しく、本人に対して決まったパターンで関わる事に努めようとする。
カレールーひとつとっても、本人が決めている物を買ってくる。
彼の発する言葉をそのまま受けて、夜中だろうが早朝だろうが買い物に行く。
そうすれば、本人も要望が通ったと描き落ち着く。
彼のこだわりを見護り、彼が動き出すまで彼の儀式に付き合い続ける。
予定の派遣時間を過ぎても目的の場所に行けなければ、事業所がその責任をとって無償で関わり、
何とか時間通りに事が進む取り組みを模索し続けてきた。

今日の会議で、ここ最近の様子の変化について「なぜ、本人はここ最近関わりがスムーズになったのだろうか?」という話になった。

「行動障害」と称される状態が起こっている時には、必死にそれを改めようと支援者間で検討するが、「行動障害」と称される状態が改善されると、支援者たちは安堵し、一息つく。

そうではなく、「なぜ彼は落ち着いたのだろうか?」「その理由が判れば、落ち着かない時の対応に活かせるのではないか?」という問いがここ数年あり、
今日の会議でも、新しくやってきたヘルパーとの様子からその意味をあれこれ考えた。

すると、
ここ数年関わっているヘルパーが、
「自分たちは、あまりにも彼を自閉症の人という見方で接していたのではないだろうか?」という意見を出した。
「彼には彼のこだわりがあると決めつけて関わっていたが、実はそのこだわりは彼がヘルパーを見て作り上げていったものではないだろうか?」
「彼の依頼をそのままに了解するではなく、彼の依頼が実現不能と拒否するでもなく、やり取りすれば違った展開が生まれるのに、決めつけて関わってしまっていたのではないか?
「付き合いが長くなると、彼自身が相手とのなかで構造化したことを、解除する事は出来ないだけかも」
「介助者の側が思い描いきやり取りしてきた結果、理解はできても解除ができない」
「でも、理解しているから新しく入ったヘルパーとの関係の中で理解したことを実行に移しているのではないか」
等々あれこれ意見が出された。

どれも、納得いく話に思えた私。

当事者本人もこちらを見て暮らしているのに、こちらは当事者の事を決めつけ何とかしようと懸命に試みていたのではないだろうか?
そんなことを思い描くと、

自閉症の人に対する構造化の話というのは、いかに構造化していくかという視点に立てば、より専門性をもって本人と関わらなければならなくなる。
しかし、
そんな専門性を持っていないヘルパー達は、目の前にいる本人と向き合い続け、本人がいかに理解しているかを考え、その理解の上に、暮らしをどう回していくかを懸命に担ってきたように思う。

私自身も長年当事者たちと付き合い続けている中、決して専門性をもって彼らと付き合っているわけではない。
しかし、長年のかかわりの中で思い込んでいる事がたくさんあるように思う、

今日、日々関わるヘルパー達からの話を聞く中で、
当事者のこだわりの前に私自身がこだわっている事に気づかされた思いでいる。
そして、
当事者自身もヘルパーという存在が、自らの暮らしを規制する人ではなく、要望に応えてくれる人であり、思いを実現することに対し関わってくれる人であると了解しているように思う。
そして、実現するためのやり取りをしてよいという事が生まれているように思った。

これまで新しく入るヘルパーに対しては、彼の決まりごとを伝え、決まり事通りに事を進めるよう伝えていたかもしれない。
そうではなく、彼が理解している事を理解する事に努めるために、それぞれが思い描くことを出し合い、新しい人たちも古くから関わる人たちもそれぞれの視点から思い描くことを共有することで、日々の暮らしと支援が廻っていくように思えた。
posted by 岩ちゃん at 14:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

差別解消法と合理的配慮

いよいよ始まった障害者差別解消法。
単なる法律の始まりではない。
ここに至るまでの障害当事者を取り巻く様々な歴史の上にこの法律が出来上がっていると思う。
その歴史を振り返り、ここに至るまでに展開されてきた中身を振り返ることで、まだまだ不十分である事柄の展開が見えてくるように思う。

例えばそれを「合理的配慮」絡みていくと、
入所施設に閉じ込められていた身体当事者の自立生活運動があった。
施設を出て街で暮らすようになると、街には様々な障壁があった。
それらは皆、実際地域で暮らす事で明らかになった、「本人の意思」と「社会」とのギャップが目に見える形で現れ、ギャップ事態が障害であると周囲の意識が変えられていった。

多くの身体当事者が、電車に乗りバスに乗る。
いろんなお店で買い物をする。
彼らの存在を抜きに作ってきた街故に起こる障壁。
それは、多くの当事者たちが街に出ることで、車いすを担がなければならない場面が増え、
拒否できないとなれば、担ぐ側の腰痛対策のためにスロープやエレベーターが求める結果に至る。
「電車に乗ります」といった本人の意思を拒否できない状況に至る歴史。
街の構造を変える方が周囲の者にとって楽と言う話。
正に、
差別解消法は、「拒否できない」ならば「エレベーターを設置したほうが楽」と言う中で、どうすれば双方にとって良いかを考えなされる事だと思う。

その始まりである「施設入所」
「施設入所があたりまえ」であった時代。
そこでは本人の意思に関わず、周囲の価値観と状況分析によって「入所施設の方が本人にとって良い」とされていた。
彼らの存在が邪魔とする人もいただろうが、それよりも本人の意思に関わらず周囲が描く「かわいそう」「なんとかしてあげたい」という(本人の意思に関わらない)肯定的な思いから入所施設が作られていったように思う。
そんな周囲の想いに対する、「自らの意思」を発し、「施設を出て街で暮らす」と言う歴史が、自立生活運動であったと思う。

ようするに、
「本人の意思ではなく周囲の意思」によって施設に入所されられていた人々が、
自らの意思を持ち施設を出て地域で暮らす。
街で暮らす中で作り上げてきたのがこの法律の一面だと思う。

では、重度知的当事者たちはどうだろうか?
知的当事者が家族と暮らす率は高い。
しかし、年齢とともに入所施設が増える。

それは、家族のもとで過ごせるならば家族と
家族のもとで過ごせなければ入所施設。
その狭間で「親亡き後」と言う発想のもと展開される。

それらは、入所施設であれ家族の下であれ、
すべての場面で「本人に意思がない」とされ、家族ないし施設が本人にとっての「良かれ」を思い取り組まれているように思う。

すなわち、「施設を出て地域で暮らす」事を求めた重度身体当事者の、その時代と何ら変わらず、周囲の意思で暮らす重度知的当事者たちが存在している。

「本人に意思がない」ではなく、「本人の意思が見えない(解らない/判らない)」と言うところに立ち、本人の権利保障として「施設」に入れざるを得ないというなら、
差別解消法における合理的配慮は、
まずもって本人の意思をいかに知るか、本人が選択できる状況をいかに作るかが、判断するための支援をいかに作る必要があるように思う。

私も含め「自らの意思」はどのように形成されうのだろうか?
自らの環境やその環境から考えたり、他者の環境やその中での考え等々を知ることで、様々な選択肢を得て、その中で選択し、実現に向けた取り組みの中で、様々な事を思考して築いていく。
それら全てを奪われた重度知的当事者の意思(家族や専門家の意思や解釈のみに委ねてきた意思)は、
今、目の前にある事柄のみをとって語られるものではなく、その人の歴史そのものを周囲と共有し明らかにしていくことが必要だと思う。

「フリガナをふる」「簡単な言葉で説明する」といった、
目の前の対応だけではないものを考える必要があると思う。

もし、今起こっている事柄の判断のための対応のみが「合理的配慮」とされてしまえば、
その取り組みを周囲が懸命にすればするほど、
「それでも明らかにならない本人の判断」は「判断できない人」とされる。
そして、「一番身近な人」と言う事で家族に判断を求める。
家族が判断できなければ後見人に判断を求める。

「判断能力がない」とされた人々。
じっくりと本人の判断を求めていくことができない中、
暮らしを止めるわけにもいかず、
目の前で起こる事柄に対する判断を行うために成年後見制度を必要としていく。

しかし、一旦被後見人になれば、「本人の意思/判断」=「後見人の意思/判断」になってしまう。

本人が自らの意思を持って判断するためには、
様々な経験や周囲の様子を知る必要がある。
入所施設や障害者施設等で、障害当事者ばかり集めてやり取りすれば、経験は奪われ周囲は皆障害者故にそれ以外の事を知らずに過ごす。
そんな中で判断を求められても判断できない。

それなのに、
促進法なるものを作り、成年後見制度を進めようとする人々は、
「本人の歴史(人生)」や「本人と関わる人たち」の存在をまったく無視し、今目の前に起こる事柄の判断に対しての評価で、後見人に丸投げできる体制を整えようとしている。

障害者差別解消法の裏で進められる成年後見制度利用促進法。
表面的には、知的当事者等の権利を保障するかのように語られている。
しかし、その実態は正に「合理的配慮」なるものを、後見人という人たちに丸投げする法律。
「市民後見人」という「専門性ではなくより市民に近い人達に後見を担ってもらう」というその「市民」は、正に障害当事者を社会から排除してきた人々であり、その人たちの発想によってなされるものの恐ろしさははかり知れない。

差別解消法における「合理的配慮」は、
まずもってその「配慮」を求める当事者の意思をいかに明らかにするかという点を考えぬかなければ始まっていかない。

このブログで成年後見制度に纏わる話をあれこれ書いてきた。
私の立場は、現状の成年後見制度はその理念とは真逆で、
一旦利用を始めるとどんどん本人の権利が奪われるため、
恐ろしくて使えないと言う立場。

なので、
成年後見制度を使わす、様々な取り組みを行い、重度知的当事者の暮らしを支援してきた。

差別解消法が始まった今、
成年後見制度を促進するのではなく、
成年後見制度を使わない(被後見人にしない)とすれば、「本人の意思がある」と言う前提が生まれ、
では、その意思を明らかにするための手立てをこうじるしかなく、
そういう人がより多く存在すれば、
「合理的配慮」の中身を様々な人と積み上げていくしかない。

現れる様々な障壁や不具合に対し、取り組むところに「合理的配慮」の意味があるのは、
正に、入所施設を出て街で暮らし始めた重度身体当事者たちの歴史にも重なり、
障害種別を超えたところでの「差別解消」や「合理的配慮」が生まれてくるように思う。
posted by 岩ちゃん at 12:06| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 差別解消法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

いよいよ障害者差別解消法が施行されるんだけど・・・

明日から障害者差別解消法が施行される。
長年取り組んでこられた方々の喜びはとても理解できる。
私もこの法律を道具として、これまで突破できなかった課題の解決に使っていきたいと思う。

でも・・・

その直前にあって、緊張と激しい落ち込みを抱く私。

緊張の方は、
「差別」というものが当事者の側から見てどのようなものなのかが解らない私。
長年、障害当事者たちと付き合い、当事者たちとともに「差別」というものを打開するために取り組んでもきた。
しかし、「課題解決」を目的に個々の当事者が抱く「差別」をとりあえず横に置き、「今、取り組まなければならない重要な課題」として展開してきた私でもある。
差別に優劣はないので、当事者からの求めに対し取り組んでいきたいと思う。
しかし、様々な課題が舞い込む私の状況下では、そのすべてに対応できず、鬱々とした思いになる。
それが、
明日から「取り組まないことも差別」と言われたら、どうしたものかと思って緊張する。

落ち込みの方は、
世の中が「差別解消」に向かうこと自体は素晴らしい事だと思う。
しかし、「差別である」事をまずは証明しなければ、「解消」の対象とならないような気がする。
周囲が差別として認めれば、改善しなければ法律違反になる。(とはいっても罰則がなかったりするのだけど)
しかし、差別と認められなければ、その当事者はますます孤立化していくように思う。

たとえば、今まさにやり取り中のケース。
精神科病院に保護入院しているAさんは、保護室での拘束を受けている。
その彼の退院に向けた取り組みをしている私。
Aさんは、決して「精神病」の領域にあるわけではなく(あったとしても間違っていると思うけど)、自閉症という症状を持ち、他者との相互関係を気づくことが困難な人。
60名もの入院患者と過ごすAさんは、他者のつらさを理解できないし、自分がどのようにみられているかを理解することも難しい。
想いのままにとった行動が集団生活という面からすると、維持できない状態になる。
維持できなければ制御されるのが精神科病棟の実際。
本人は、なぜ制御・抑制されうのかが理解できず、
結果、他者と同じ空間にいられず、暴れれば拘束という状態になる。
又、訳のわからぬ状況下でストレスをため込めば、水中毒に陥り、水を飲みすぎないように拘束される。

病院側は、彼の状態や状況を理解しても、病院という環境の中では拘束せざるを得ない。
看護師たちも非常に心苦しく思い、一日も早い退院を願っている。

しかし、
長年社会的入院を強いられてきた自閉症の彼が、退院して一人で暮らすことは非常に難しい。
よって、行政の支援を受けて退院を実現すればよいと考える私たちに対し、
行政は、「拘束状態にある人が、地域に出て暮らすという事は無理」と評する。
「退院する無理な人に制度を支給する必要はない」
「まずは、病院の側の拘束状態を解く取り組みが先」という。

障害の故に起こっている事柄という認識がない行政。
認識がなければ、解消するための合理的配慮(調整)の場にも臨まない。

確かに、
本人は暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう・GHの体験入所でボヤも出した。
その事象だけを取り上げれば、「拘束はやむなし」「そんな人は地域に置いておけない」と発想するのはありうる。
しかし、
それらが、自閉症という状態の中にある彼の認識の上に起こっているというのであれば、
本人の障害に対して配慮が必要である。
何をもって配慮していくのかという点では、
一日も早く退院を実現し、
地域で過ごす中で、支援をしつつやり取りを重ねる必要がある。

そんなケースを今目の当たりにして、
この差別解消法は有効に機能するのだろうか?と落ち込む。

「暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう」といった事象が、障害の故に起こっている事として誰かが証明し、そこに支援が関与することで収まっていくことを証明しなければ、何も解消されず、Aさんは病院という閉ざされた空間にこの先一生閉じ込められてしまう。

知的や自閉の当事者たちの場合、
「過度な合理的配慮」が必要になる状況は、その手前で何ら配慮がなされていなかった結果という事が多い。
気づかずやり取りしている時には何も配慮がなされず、目に見える形で表れてきた時に「過度な」と言われてしまっては、どうしろというのか?

そんなことを思いつつ、
障害者差別解消施行前日に開かれる会議に臨む。
posted by 岩ちゃん at 12:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

取り戻せない時間に

ここ最近、今日の日付が判らない日々が続いているのだが、
とうとう1週間日付がずれていた私。
隔週で入る予定の介助をすっぽかし、大きな穴を開けてしまった。
次に入る介助者から電話が入り気づくという始末。
その介助者に本人の様子を聞けば、「特に変わったことはありません」という。
24時間誰かが常に一緒の自閉症を伴う重度知的当事者。
介助者が来ない時間一人っきりの時間をマッタリ過ごしていたのかもと思いつつ、
空けてしまった介助の穴をあれこれ思いつつ、その次の介助に日がやってきた。

「特に変わったことはありません」と言っていた通り、
介助ノートには私が穴を空けてしまったことが書かれていない。
なので、一日置いて交代する私の前の介助者はそのことに気づいていなかった。

しかし。
私が訪問し、本人と挨拶を交わした瞬間から落ち着かなくなる当事者。
その理由に気づかない前の介助者に、先日介助の穴を空けてしまったことを説明する。
それほどに、穴を空けても普段通りに過ごしていた当事者。
その一方で、私が現れた途端にドタバタ暴れだす当事者。

これは明らかに、
穴を空けたことに対する私への反応だと感じた。

穴があったら入りたい。
でも、空けた穴は既に過ぎ去ってしまっている。

前の介助者が帰った後もしばらくドタバタ暴れる当事者。
私は、タイミングを見計らい本人に対して謝罪。
そして、空けた穴は取り戻せないが、挽回の段取りを本人に伝える。

すると、
途端に落ち着く当事者。
超ごきげんになる当事者。

そこから、
彼は、その日の介助者は私であったことを理解していて、
私がくるはずなのに、来なかった事実を認識していている彼を知る事となった。

誰が来ても変わりないように見える彼。
でも、しっかりと誰がその日にやってくるかを認識している彼を知る機会になった。

そして、
聞いているのか?理解しているのか?まったくわからない面はあったけど、
穴を空けてしまったことで、
彼は、彼自身の予定をきっちりと把握し、それに備えているということを知る私。
又、
自閉症の当事者は不測の事態に対応が難しいと言われる事への偏見。
重度の知的故に事が理解できず、自分では対処できないという偏見。
私が来ないという現実に対し、やり過ごし次の介助者とやり取りできる彼。
取り戻せない時間にこだわり続けるのではなく、
本人に伝わる形で伝えれば理解してもらえるという事。
取り戻せない時間にこだわり先に進めないのではなく、
取り戻せない時間に対してどうするのかが見えないだけで、
そこが明らかになれば先へと進めるという事。

たぶん、私がくるのを待っていてくれたから、空白の時間とくに変わったことが起こらなかったのだと思う。
(なので、待てるから介助は要らないにはならない)
結果、来なかったと言う事で次の介助者にシフトした彼。

万が一何かが予想もできないことが起こらなかったことに胸をなでおろす。
そのように対応してくれた彼に感謝する。

しかし、なんとも取り戻せない空けた介助の穴。
謝罪したからといって許されるものではないと思うし、
許してもらえたか否かはこちらにはわからない。
(たとえ許してもらえていたとしても、こちらが許してもらえたとするは大きな間違いだと思う)

その穴は取り戻せない。
だからこそ、
その穴を次にどう活かすかを考え、
今後の生活支援に活かさねばと思う。

訪問時の緊張感と謝罪後の安堵感。

事が伝わった後の彼は超ご機嫌で過ごしている。

謝罪とその後の対応について受け止めてもらえたことに深く感謝する。

だからこそ、
次に活かすためのあれこれを考え展開することが、
彼に応えていくことになると思うし、
それを持って我が身の反省としていきたい。
posted by 岩ちゃん at 10:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする