2016年03月31日

いよいよ障害者差別解消法が施行されるんだけど・・・

明日から障害者差別解消法が施行される。
長年取り組んでこられた方々の喜びはとても理解できる。
私もこの法律を道具として、これまで突破できなかった課題の解決に使っていきたいと思う。

でも・・・

その直前にあって、緊張と激しい落ち込みを抱く私。

緊張の方は、
「差別」というものが当事者の側から見てどのようなものなのかが解らない私。
長年、障害当事者たちと付き合い、当事者たちとともに「差別」というものを打開するために取り組んでもきた。
しかし、「課題解決」を目的に個々の当事者が抱く「差別」をとりあえず横に置き、「今、取り組まなければならない重要な課題」として展開してきた私でもある。
差別に優劣はないので、当事者からの求めに対し取り組んでいきたいと思う。
しかし、様々な課題が舞い込む私の状況下では、そのすべてに対応できず、鬱々とした思いになる。
それが、
明日から「取り組まないことも差別」と言われたら、どうしたものかと思って緊張する。

落ち込みの方は、
世の中が「差別解消」に向かうこと自体は素晴らしい事だと思う。
しかし、「差別である」事をまずは証明しなければ、「解消」の対象とならないような気がする。
周囲が差別として認めれば、改善しなければ法律違反になる。(とはいっても罰則がなかったりするのだけど)
しかし、差別と認められなければ、その当事者はますます孤立化していくように思う。

たとえば、今まさにやり取り中のケース。
精神科病院に保護入院しているAさんは、保護室での拘束を受けている。
その彼の退院に向けた取り組みをしている私。
Aさんは、決して「精神病」の領域にあるわけではなく(あったとしても間違っていると思うけど)、自閉症という症状を持ち、他者との相互関係を気づくことが困難な人。
60名もの入院患者と過ごすAさんは、他者のつらさを理解できないし、自分がどのようにみられているかを理解することも難しい。
想いのままにとった行動が集団生活という面からすると、維持できない状態になる。
維持できなければ制御されるのが精神科病棟の実際。
本人は、なぜ制御・抑制されうのかが理解できず、
結果、他者と同じ空間にいられず、暴れれば拘束という状態になる。
又、訳のわからぬ状況下でストレスをため込めば、水中毒に陥り、水を飲みすぎないように拘束される。

病院側は、彼の状態や状況を理解しても、病院という環境の中では拘束せざるを得ない。
看護師たちも非常に心苦しく思い、一日も早い退院を願っている。

しかし、
長年社会的入院を強いられてきた自閉症の彼が、退院して一人で暮らすことは非常に難しい。
よって、行政の支援を受けて退院を実現すればよいと考える私たちに対し、
行政は、「拘束状態にある人が、地域に出て暮らすという事は無理」と評する。
「退院する無理な人に制度を支給する必要はない」
「まずは、病院の側の拘束状態を解く取り組みが先」という。

障害の故に起こっている事柄という認識がない行政。
認識がなければ、解消するための合理的配慮(調整)の場にも臨まない。

確かに、
本人は暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう・GHの体験入所でボヤも出した。
その事象だけを取り上げれば、「拘束はやむなし」「そんな人は地域に置いておけない」と発想するのはありうる。
しかし、
それらが、自閉症という状態の中にある彼の認識の上に起こっているというのであれば、
本人の障害に対して配慮が必要である。
何をもって配慮していくのかという点では、
一日も早く退院を実現し、
地域で過ごす中で、支援をしつつやり取りを重ねる必要がある。

そんなケースを今目の当たりにして、
この差別解消法は有効に機能するのだろうか?と落ち込む。

「暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう」といった事象が、障害の故に起こっている事として誰かが証明し、そこに支援が関与することで収まっていくことを証明しなければ、何も解消されず、Aさんは病院という閉ざされた空間にこの先一生閉じ込められてしまう。

知的や自閉の当事者たちの場合、
「過度な合理的配慮」が必要になる状況は、その手前で何ら配慮がなされていなかった結果という事が多い。
気づかずやり取りしている時には何も配慮がなされず、目に見える形で表れてきた時に「過度な」と言われてしまっては、どうしろというのか?

そんなことを思いつつ、
障害者差別解消施行前日に開かれる会議に臨む。
posted by 岩ちゃん at 12:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

取り戻せない時間に

ここ最近、今日の日付が判らない日々が続いているのだが、
とうとう1週間日付がずれていた私。
隔週で入る予定の介助をすっぽかし、大きな穴を開けてしまった。
次に入る介助者から電話が入り気づくという始末。
その介助者に本人の様子を聞けば、「特に変わったことはありません」という。
24時間誰かが常に一緒の自閉症を伴う重度知的当事者。
介助者が来ない時間一人っきりの時間をマッタリ過ごしていたのかもと思いつつ、
空けてしまった介助の穴をあれこれ思いつつ、その次の介助に日がやってきた。

「特に変わったことはありません」と言っていた通り、
介助ノートには私が穴を空けてしまったことが書かれていない。
なので、一日置いて交代する私の前の介助者はそのことに気づいていなかった。

しかし。
私が訪問し、本人と挨拶を交わした瞬間から落ち着かなくなる当事者。
その理由に気づかない前の介助者に、先日介助の穴を空けてしまったことを説明する。
それほどに、穴を空けても普段通りに過ごしていた当事者。
その一方で、私が現れた途端にドタバタ暴れだす当事者。

これは明らかに、
穴を空けたことに対する私への反応だと感じた。

穴があったら入りたい。
でも、空けた穴は既に過ぎ去ってしまっている。

前の介助者が帰った後もしばらくドタバタ暴れる当事者。
私は、タイミングを見計らい本人に対して謝罪。
そして、空けた穴は取り戻せないが、挽回の段取りを本人に伝える。

すると、
途端に落ち着く当事者。
超ごきげんになる当事者。

そこから、
彼は、その日の介助者は私であったことを理解していて、
私がくるはずなのに、来なかった事実を認識していている彼を知る事となった。

誰が来ても変わりないように見える彼。
でも、しっかりと誰がその日にやってくるかを認識している彼を知る機会になった。

そして、
聞いているのか?理解しているのか?まったくわからない面はあったけど、
穴を空けてしまったことで、
彼は、彼自身の予定をきっちりと把握し、それに備えているということを知る私。
又、
自閉症の当事者は不測の事態に対応が難しいと言われる事への偏見。
重度の知的故に事が理解できず、自分では対処できないという偏見。
私が来ないという現実に対し、やり過ごし次の介助者とやり取りできる彼。
取り戻せない時間にこだわり続けるのではなく、
本人に伝わる形で伝えれば理解してもらえるという事。
取り戻せない時間にこだわり先に進めないのではなく、
取り戻せない時間に対してどうするのかが見えないだけで、
そこが明らかになれば先へと進めるという事。

たぶん、私がくるのを待っていてくれたから、空白の時間とくに変わったことが起こらなかったのだと思う。
(なので、待てるから介助は要らないにはならない)
結果、来なかったと言う事で次の介助者にシフトした彼。

万が一何かが予想もできないことが起こらなかったことに胸をなでおろす。
そのように対応してくれた彼に感謝する。

しかし、なんとも取り戻せない空けた介助の穴。
謝罪したからといって許されるものではないと思うし、
許してもらえたか否かはこちらにはわからない。
(たとえ許してもらえていたとしても、こちらが許してもらえたとするは大きな間違いだと思う)

その穴は取り戻せない。
だからこそ、
その穴を次にどう活かすかを考え、
今後の生活支援に活かさねばと思う。

訪問時の緊張感と謝罪後の安堵感。

事が伝わった後の彼は超ご機嫌で過ごしている。

謝罪とその後の対応について受け止めてもらえたことに深く感謝する。

だからこそ、
次に活かすためのあれこれを考え展開することが、
彼に応えていくことになると思うし、
それを持って我が身の反省としていきたい。
posted by 岩ちゃん at 10:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

重度知的当事者に選択を迫る場面はどれほどあるか?その時私たちはどうしているだろうか?

地域で暮らす重度知的当事者たち。
本人の想いがなかなか周囲には理解されない当事者たちの自己選択と自己決定はいかに?

先日会った当事者Hさん。
同じ日程で別々のイベントの誘いがあり、
どちらを選ぶか?と訊ね、本人に決めてもらうことになった。

本人が明確に選び意思を発する事ができるなら本人の意向に依れば良い。
しかし、本人が明確に決定を示さない場合はどうだろうか?
明確に答えてくれない。
どちらに対しても「YES(又はNO)」と言う。
「どっちにする?」と何度聞いても本人の意思が見えてこない。
又は、誰が質問するかによって答えが変わったり、間に挟まれ答えようがなく、半ば問い詰めら得ている雰囲気になり固まったしまう等々。

地域で過ごす重度知的当事者は、家族と同居している場合が多いので、
イベントが重なってしまった時、大概はその家族が決めているように思う。

その理由としては、
@同居する家族が本人の事を一番解っていて、家族の判断が一番本人の想いに近いとされている
A明確でないに当事者の決定に対し誘う側が責任が持てない。
の二つだと思う。

Hさんの場合は、
一人暮らしをしているので、家族が判断するという事はできない。
なので、まずはそれぞれがそれぞれに誘う。
どちらにも「YES」という彼が現れたので、
どちらを選ぶかを明らかにしてもらわないと困る事になってしまう。

私たちは、「当日のノリで」という事も許されているのだが、
一人暮らしをしている彼の場合は、事前にヘルパーの手配が必要になるため許されない。

例えば、両方に「顔を出す」という手法も私たちならば取れるが、
それさえも、ヘルパーの手配が発生する。
一方に参加してつまらなければ他方に行くという事も私たちならできるが、そこでもさらに本人の意志の確認が生まれ、確認したことに対する支援の手配が生まれる。

本人にとっては、言葉で迫られてもそのイベントが何なのかを理解する術は乏しく、
実際のところ判断しかねるのだろうとも思う。

しかし、
決めてもらわなければヘルパー等の手配ができないという現実から、
まだ先の予定の選択を迫る周囲の人々。

「Aが良い?」⇒「うん!」
「Bが良い?」⇒「うん!」
「どっちなの?」⇒「・・・・・」

本人に選択を求める側は、どちらでも良いと思っている。
何が何でもこちらに来て欲しいという思いがどちらか一方にあれば、
周囲の協議に結果として決めるということもできる。
その場合は、とりあえず「本人の選択」としつつ選ばれた方は選ばれなかった方にその時の様子を伝え、
次回同様の場面が現れた時の参考にもできる。

しかし今回は、
「どちらでも良い」という事柄に対し、どちらか選んでもらわないと事が進まないと言う状況。
本人は、どちらにも参加したいと言う思いはある程度それぞれに了解されていると言う状況。

やり取りが長引けば長引くほど、
本人は「問いつめられている」と言う雰囲気で、口を開かなくなっていく。
でも、決めてもらわないと・・・

彼自身が判断する材料がどこにあるかも考える。
これまでの類似した事柄を出し合ってみたり、
その日の朝から夜までの流れを、選択いかんでどのように変わるかを説明したりする。
「どちらを選択してもよい」けど「こちらのイベントに参加して欲しい」と言う思いで「プレゼン」しつつも、「相手のイベントを選択する本人の道理」を誘う側それぞれに描きつつやり取りを繰り返す。

本人が口を開かななければ、誘ったものどうしで彼ならばどちらを選ぶだろうかを語り合い、
それに聞き耳を立てる本人を横目で見たりする。

そして、
Aを選べは、ヘルパーさんが必要ないのでキャンセルすることになる。
そのヘルパーさんに気を使っているという、イベントとは関係のない所に行き詰まっている事がわかると、
事はイベントの選択だけでなく、ヘルパーというものの存在がいかなるものかについても本人と考える必要が生まれてくる。
「あなたの暮らしにヘルパーは合わせる」という風に口にしてみれば、
実は、「ヘルパー」という職柄ではなくヘルパーの「◯◯さん」に会えないというのが嫌かもという思いも見えてくる。

ますます話は複雑になり、
本人が口を閉ざすように、誘いをかけていた私たちの方もどうやり取りすればこの事態を収集できるのか黙りこくってしまった。

そして・・・
私「そういえば、Oくんはそちらのイベントに参加するの?」と相手に聞いてみたら、
相手「ええ。参加すると思います」という。
それを聞いていたHさんは突然、
「Oくん?!イエェ〜イ!!」と笑顔になった。
私「そちらのイベントにOくんが参加するならそっちにしとく?」
Hさん「うん!」
と言う事で、今回の自己選択・自己決定は一件落着。
それならばと、ヘルパーの手配等々の段取りをして(その点については本人無関心のよう)、
この話は終わった。

その上で、
「いやぁ〜。Oくんの名前が出たら、絶対にこちらのイベントに参加すると思ったので口にしなかったんですよ」という相手方。
私も確かにと思った。

そこを口に出さずに本人の選択を迫るというのは、果たして意地悪なのか?そうでないのか?

そこに「本人の意思が明確にあるのに触れないのは」という視点で見れば、支援者の勝手に思える。
一方、
常に、そう言うパターンで過ごしてきた故に「それ以外の事を知らないまま選んでいたとしたら?」
別のイベントに参加することで「Oさん以外の人に出会える機会を奪っている」という事を考えたら?
この1時間余のやり取りの意味は大きく変わってくるように思う。

そもそも、
重度知的当事者たちに選択を迫る機会がどれほどあるだろうか?
選択する事に対しどれほどのやり取りがあるだろうか?
自らが決める/決めたという機会がどれほどあるだろうか?

本人のみが選択を迫るでもなく、
周囲が決めるでもなく、
それでも、どこかで決まっていくという経験。

それは、当事者本人のみならず、支援を担う側や本人の周囲にいる一人ひとりに様々な経験を与えていると思う。
それを「本人の事を一番知る家族が決める」としてしまっては、非常にもったいない。

今回のやり取りが決してベストなやり取りだとは思っていないけど、
本人を思い、本人と私の関係を思い、本人と相手やその環境や関係性を思い描きつつ、やり取りを重ねる。

そんなところに、
自己決定というものがあるように思う。

このようなやりとりをどこまで「成年後見制度促進法」を推進する人たちは考えているのだろうか?
今回のように、「どちらを選択しても良い」自己選択自己決定についてのやり取りなしに、
遺産相続やその管理・サービス利用における契約・医療同意等々という大きな選択を本人に求めれば、答えられないのは当然で、答えられないから短絡的に「被後見人」とすると言うのは全くもっておかしなことだと思う。
posted by 岩ちゃん at 11:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

何でもかんでも被後見人になってしまう仕組み

一人暮らしをしている軽度の知的当事者Gさんからの相談。
「銀行から説明に来るというので、手伝って欲しい」との事。
詳しく聞けば数年前に親御さんが亡くなり、相続問題が発生しているらしい。
まだ、時間に余裕がらしいのだが、
銀行からは「手続きをしないと遺産を受け取れなくなる」と言われたとのこと。

私自身のことで言えば、「遺産相続」なる経験もなければこれからする経験予定もない。
なので、その件に関する相談をされてもなんとも応えようがない。
ただ、
私は場合は、銀行からの説明を聞いて理解できると思う。
又、不明な点があれば行員に質問すれば良い。
銀行も企業という点では、こちらに不利になる手続きがあれば詳しい人に相談することもできる。

どれほどのものを相続するかによって状況は変わるかもしれないが、
解らない/判らない事は、人に聞くとか本で調べるとかできる私。

よって、
相談の主に対して思うことは、本人自身が理解できるように/判断できるように支援する事だと思う。

ただ、たぶん様々な手続きがあるだろうし、もし他の親族と揉めるような事になれば(電話の主にその辺りを聞けば可能性があると言う)、ここは第三者の登場を願ったほうが良いと思った。
そして、私は事が進み始めるまでの「橋渡しを支援とするようかな」と考えた。

その辺りのことを本人に伝えると、
既に権利擁護事業を使っているとのこと。
日々の金銭の管理は本人ができるので、大元の通帳管理は相談員が行っている。
本人は月にかかるお金を相談員から受け取り日々の生活費をやりくりしている。
又、余分にお金がかかるときにも相談はできるし、
その他サービス契約についても相談員に気軽に相談できている。
なので、この件について私が「第三者に入ってもらうようだね」と言えば、
すぐさま権利擁護事業所担当者の名前が出された。

でも、
今回の件について権利擁護事業ではどこまで担ってくれるのだろうか疑問が湧いた私。
なのでちょっと時間をもらい調べることにした。
すると案の定、
「遺産分割協議等、重要な財産管理や法律行為は対象外」とあり、
「権利擁護事業ではなく成年後見制度の利用が適切です」とネットに書かれてあった。

現状権利擁護事業を使っているGさん。「この件は相談員の業務外」とは言っても、ではどうすれば良いか困ってしまう。
なので、このような相談が「専門員」や「生活支援員」に会った場合、どのように対応するのか?
連続する本人の暮らしの中で降って湧いた事柄に対し、業務内と業務外の境目をどこに置いているのか?
又、他に委ねるとすればどういう対応をするのかを、最寄りの権利擁護事業窓口に問い合わせてみた。

「普段権利擁護事業の対象者となる程度の支援で十分暮らしが廻っている知的当事者」
「でも、非日常である財産を巡るやり取りは難しく人から相談が入った時に、専門員はどのように対応するのか?」と聞いてみた。

すると、
「法テラスやリーガルサポートセンターにつなげ、後見人が対応するようですね」という。
私も第三者が入って方が良いと考えていたので、それについては異論がなかった。

ただ、つなげるというその中身がわからなかったので、
私「こちらも第三者に入ってもらった方が良いと考えるが、つなぐと言っても本人はその存在がどういうものかを知らないし、どのような手続きをすれば良いのかも解らないと思うし、解ったとしても一人でその場を訪ねても対応できない場合もあると思うが、つなぐとはどういう形になるのか?」と聞いてみた。
すると、
「本人が求めるのであれば手続きに入るまでの対応はします」と言う。

さらに
「では、法テラスでもリーガルサポートでも、実際の利用手続きが済み、具体的な事柄に入っていった時、相手は本人に様々な情報を聞き、判断を求めていくこともあるかと思うが、先方は本人の事をよく知らないし、本人も何をどのように判断してよいか困ってしまう場合もある。そこは、専門員や生活支援員が常に同行(同席)し、本人が語りきれない理解しきれない事をサポートする必要があるとも思うがどこまで関わるのか?」と聞く私。
すると、
「私たちは、本人の了解を取った上で、こちらが持っている情報を提供するだけで、そこまで私たちが関わることはありません」という。

業務外であることは理解できるし、つないでくれるとも言うが、それだけで事がスムーズに進むと思わない私は、ちょっと不安になって
「先程、後見人の利用という言い方をしていたが、後見人制度の利用であれば、補助・補佐・後見という類型があるし、後見人(すなわち被後見人になる)申請の手続きということではないですよね」
すると、
「本人がどの類型になるかは私たちの判断ではなく、裁判所が決めることなので、その必要があるなら司法書士を使うとかになります」という。

いやいや、
「私がお訊ねしているのは、現状権利擁護事業を利用している知的の当事者が、非日常である財産相続の話で、第三者にどう関わってもらえるかと言う話」
「成年後見人制度を利用するのも一つの手だと思うが、その申請をすると、多くが被後見人にされてしまう」
「法テラスの人もリーガルセンターの人も司法書士も、本人と初めてやり取りする中で、自らの業務に徹してやり取りしたら、本人はその事を理解できず、相手は理解できない人として後見人の申請をするということなる可能性もあり、業務外の制度を利用する際に、日常付き合っている人たちが支援するというのが必要と思うがどうだろうか?」
と聞いてみた。

すると、
「どの類型になるかは、私たちが判断することではなく、裁判所が判断することになるので、私たちは司法書士等につなげるということになります」という。

重ねて私は「判断するのは裁判所ですが、どのような形で申し立てるのか?現状権利擁護事業を使っているという点では、被後見人相当ではない人だから、そのような情報についてや後見制度を利用するにあたっての本人理解やその判断に専門員が関わらなければ、あれよあれよと被後見人になってしまうかもしれませんよ。」
「そうなれば、これまで権利擁護事業として関わっていた当事者は被後見人になることで、利用対処から外れるということになるように思いますがいかがでしょうか?」

すると、
「私たちの取り組みとしてはそこまで想定していないので、そのような場合どう対応するかは、又改めて連絡します」と言う事で話が持ち越された。

う〜〜〜ん

決して権利擁護事業を担う人たちを職務怠慢とは思っていません。
自らの業務をきっちりと誠実に担っていると思います。
又、自分たちの業務外だから関係ありませんではなく、
法テラスやリーガルサポートや司法書士につなげるといいます。
決して無責任とも思っていません。
又、成年後見制度を利用すれば必ず被後見人にされてしまうというわけではありません。
きちんと判断してくれると思います。

でも、
どれほど自分たちの業務を誠実に担い、業務外のことに対してもつなげる事を担ったとしても、
引き受ける側はどうでしょうか?
軽度の知的当事者の故に、ある程度のやり取りはできます。
わかりやすく、丁寧に、本人が判断できるように努めてくれると思います。
お座なりの対応をするのではないか?という不信感を抱いているつもりは毛頭ありません。

しかし、
それぞれがそれぞれの業務内のことを真摯にこなしたとしても、
それを引き受けるのは本人です。
一つ一つの事柄については理解できても、すべてが出揃ったところでの判断が難しいかもしれません。
事が具体的になったところで、初めて本人の意ではないと気づくこともあり、修正をかけるという事も必要な場面もあったりします。

権利擁護事業所が本人の了解をとって情報提供する事柄は、
これまで関わってきた中での情報でしかなく、
新たな事柄に直面した当事者がどのような判断をするのかわかりません。
情報を受け取る側も初対面の人との関わりになるわけで、
一般的なやりとりしかできません。
その人固有の捉え方や考え方や判断の仕方が理解できていれば、
そこ理解する人が相手との橋渡しを支援とすれば、様々な事はスムーズに進みます。

でも、一般的な(それがたとえ簡易な言葉であったとしても)で相手とやり取りしても、
そこを外れてしまえば、「理解が困難な人」になってしまいます。
軽度の知的障害の故になまじっか言葉でのやり取りができるため、誤解を生んだまま事を勧めてしまうことがしばしばあります。

そして、「理解できない人」「判断できない人」であっても、一旦始めた手続きは止めることができず、
じっくり付き合う時間もない中で、手っ取り早く本人を被後見人にして、後は後見人と周囲とが手続きを進めていく。

100万円ぐらいの相続ならば、補助とか補佐と言う形で進行するかもしれませんが、
何千万円と言う相続ならば、その管理はより複雑になり、本人が担えないとなれば被後見人相当担ってしまうようにも思います。

「いやいや、後見人の申請には医師の診断書が必要だから、そこは本人を見て判断するだろう」と言う声もあります。
しかし、医師も又当事者の日常生活から切り離されたところで本人を診て意見書を書くわけで、
周囲がその手続を行えば、初対面の医師に対しフラットに意見を求めることは難しいと思います。
本人を診ずに書面だけで意見書を書く人もいるらしいですが、
軽度の当事者が実際に診察を受ければ大丈夫と思われます。
でも、その段階での当事者は「とにかく病院に行って医師の意見書をもらってください」と言われるままに行くわけで、カクカクシカジカなので、「補助とか補佐で大丈夫だと思います」などと言えず、
「解らない/判らない」「難しい」「めんどう」などと連発すれば、たちまち飛行犬相当になるのではないかと思ってしまいます。
それ故に、何らかの歯止めを普段当事者と関わる専門員は持つことも、つなげる内に入っていくように思います。

すなわち。
本人は連続した暮らしと自らの環境(普段付き合っている人たちも含めて)の中で事柄に対する判断基準も築いています。
しかし、今回のように非日常の課題については別の支援が必要だと思います。
ところが、
非日常に支援を得ようとする時、その手順に関わる人たちは、個別それぞれの業務を担っていて、
業務外のことは申し送ると言う形。又、送られてきた情報を元に判断する形。
そこには、本人の連続性は消え、自らの業務から本人を観る事になってしまう。
担い手達がどれほど真摯に自らの役を担ったとしても、人を分断して判断してしまっては、おかしな判断になると思ういます。

私の周囲にいる重度知的当事者たちは、被後見人ではありません。(私が関わる前に被後見人になっていた人がいます)
あの手この手を駆使して、本人の暮らしと権利を懸命に守っています。
今回のケースでも、単に第三者を入れた方が良いという判断があるだけです。
そして、私がそのつなぎを支援するならば、私自身が懇意にしている弁護士や司法書士と言った人々につなげると思います。
それは、懇意にしている人を紹介するというのは、単につなぐという事だけでなく、
手続きの進行過程で不明な点が出てくればいつでも両者から相談が受けられる。
必要ならば、一緒に考え判断する事もやりやすいと考えるからです。
又、両者が判断に悩めば、さらに本人をよく知る人を巻き込んで一緒に考える事もできます。

これが、初対面の当事者で本人を取り巻く人たちと繋がっていなければ、私だってそんな対応はできません。

でも、
そういう繋がりがない人たちやつながりがあったとしても「専門分野の人」に委ねてしまっては、
それぞれがそれぞれの業務内の役割を担う結果、思わぬ事態を生み出してしまうように思います。

想像するに、
被後見人になる人の周囲にいる人たちは、決して悪意があって判断しているわけではないと思います。
今目の前で起こっている事柄に対し、なんとか解決するために相談していく結果、
次々に現れる人のそれなりの意見を聞いて従っていく内に、気づけば被後見人になっている/被後見人しかないと思い込んでしまう状況があるように思います。

それはそれで、
その折々の判断としてありだと思います。

でも、
現状の被後見人は、一度被後見人になってしまうとそれを解除することは非常に困難です。
なぜなら、「判断能力がない」と言う事で被後見人になっているわけですから、
「私は被後見人を解除したい」と言ってもその判断を認めてもらえないからです。

一つの権利を守るために、その他の権利をすべて閉ざされていく状況を考えると、
現状の後見制度は恐ろしくて利用できません。

しかし、本人の権利が脅かされる事はあります。
今回のケースでいけば、第三者が入らないまま本人が親族とやり取りしたら、本人は訳がわからない内に不利益を被る可能性もあります。

よって、
まもなく国会を通そうとしている「成年後見制度推進法案」は、何も整備されていない中で被後見人にされてしまう状況を推進する法案であると認識し、通過を阻止する必要があると思います。

又、本当に成年後見制度が本人の権利を保障する制度であるならば、推進法案などと言うものがなくても、
どんどん利用されるように思います。
ただし、その場合には事柄の解決のために利用するとか期限を厳格に設けて利用するというものでなければ、
◯◯勧誘詐欺まがいの事になってしまうように思います。
posted by 岩ちゃん at 13:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 成年後見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

Sさんの訃報

重度身体当事者のSさんの訃報が届く。

府中療育闘争後もう一つの形。入所施設内で暮らす当事者の自治権を獲得した入所施設で暮らしていたSさん。
昔私はSさんに、「入所施設は入所施設でしかない!」「でも、あなたが選んだなら」と入所施設はSさんの住まいとして、それ以外の場でいろいろと付き合ったり、その住まいを訪ねたりしていた。

Sさんが若いころは、施設職員を手足のごとくに使い、彼のみならず職員を引き連れ外出を頻繁に重ねていた。
その後10年ほどたったある日、施設を訪ねてみると自治権は未だ保障されていて、職員を手足のようには使っていたが、自治権獲得に動いた人たちは皆年老いて、遊びのために外出するよりも病院通いの方が多くなっていた。
限られた職員の数を前に、通院が優先され、他の人たちの外出は極端に減っていた。

「当事者の自治権!」と言っても「施設は施設」という事私の想いの方が正しかったと思った。
本人もそう言っていた。

だから私は、「そろそろ施設を出て暮らすのもいいのでは?」と聞けば、
「そんなエネルギーはないよ」という話になっていった。

そして、今回の訃報。
年末に体調を崩し、1月に亡くなられたとの事。

その訃報は彼の要望としてあったわけでも、職員が必要と思ったわけでもない。
たまたま私の会の会報をSさんに送っていたため、
職員からの第一声は「○○園の△△です。Sさんは退所されたので、今後の送付は不要です」だった。

私はてっきり、「いよいよ施設を出て町で暮らす」のかと思い。
明るく「それはそれは、どちらに移られたのでしょうか?」と聞いた。

すると、
「実は、1月に亡くなられて・・・」という形での訃報。
亡くなられて2か月が既に経つ今日。

「入所施設で亡くなられた場合はどちらに連絡するのですか?ご本人が関係していた方たちに連絡はしないのですが?」と聞けば、
「守秘義務もあり、親族がいれば親族に連絡を入れ、親族の方から関係者に連絡する」という。

私は、Sさんの親族を知らない。
たぶん、親族も私たちの関係を知らない。
その意味では、彼は親族の影響下を離れ、
地域にいる私たちと自らの意思でつながっていた。

しかし、
そんな彼と私たちの間にある関係も、
「守秘義務」の一言で連絡がされない。
Sさんに、たまたま会報を送っていたから連絡が入ったわけだが、
もし会報を送っていなければ、彼に関わった地域の人たちは誰も知らない中で、その存在を抹殺されていく。

私以上につながりの深い人達に連絡を入れる。
誰一人として、連絡を受けていない。

ある人は「入所施設だから、線香の一つも上げに行けないんだろうね」といった。

地域の人たちはSさんとのつながりはあっても、
Sさんの親族とのつながりはない。
なので、親族の住所を伺い訪ねていくというのもなかなか難しい。

せめて、亡くなる前に入院し治療にあたっていたときに連絡があれば、生前のSさんに会えただろうに。

いろんな思いを語ってもらえただろうに。

今は時すでに遅し。

私自身は亡くなった方の事よりも亡くなる前に作ってきた本人の関係の方が重要だと思っている。
だから、そのような関係があったのかを伺う事で、Sさんの意思を理解し、Sさんの想いを受け止め、次につながっていくことが残された者の役割だと思っている。

でも、
人知れず亡くなられたSさん。
何も引き継げないままにいなくなってしまった。

なんとも・・・・

入所施設は、やっぱりおかしいと思う。
posted by 岩ちゃん at 13:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

常連になれば

昨日のガイヘル。
当事者Sさんが向かう後をついて行くと、噂に聞いていた大判焼きのお店があった。
彼は、ガイヘルを使いでかける際には、しばしばそこで3個〜5個の大判焼きを買っている。
評判のお店で、私も何度か大判焼きを買ったことはある。
でも、彼と一緒に行くときは何故かいつも閉まっていて、
彼と一緒に買ったのは初めてでした。

Sさん「クリーム(入大判焼き)3つください」
店主「クリーム3つね!」
当事者「・・・・」
店主「◯◯に行ってきたか?」
当事者「行って来たよ」
などと、普通に会話。
たぶん、前日の介助者と一緒に来た時に話した会話の続きだと思う。
そのやり取りがとても自然で、Sさんと店主のやり取りに私が入る隙がまったくなかった。

確かに、その日「◯◯」に彼と行って来た。
でも「◯◯」は、彼にとってはいわくつきの場であり、多くのトラウマを抱える場。
子どもの頃、両親と一緒にでかけ楽しい思い出がある場所。
又、一人で出かけていった場所でもある様子。
ところが、
何度もトラブルを起こすために、親御さんの同伴が条件とされ、
それでも、トラブルが起こると言う事で、
出入り禁止とされてしまった。
それでも、
数年経った後ガイヘルを使い出かけていったが、
やっぱり大パニックになってしまい、
彼にとっては、行きたくても行けない場になってしまった。

そんな彼が、
私とは行けるようになった。
彼とその場に行けるようになったことで、
行けなくなった原因もあれこれ見えてきた。
それは、単に彼の障害や状態や認識だけでなく、
そこを運営する職員の無理解がたぶんに影響していると思った。

確かに、当事者が大きなトラブルを起こせば、それを担う人たちも又トラウマとなって、
彼がやってくる事に恐怖するのは解る。
彼は彼なりに、
職員がいなくなれば、トラウマを持つ人もいなくなり、改めて「◯◯に行ける」と考えていた様子。
「40歳になったら行く」と当初言っていた彼が、
「35歳になったら」
「30歳になったら」と年齢をどんどん引き下げるようになり、
同様に行きたくても行けない場に少しずつ行けるようになる中で、
「ヘルパーがいればどこにでも行けると思うよ」と伝え続けて、
ようやく30歳を待たずして行けるようになっている。

当然、月日が経っているため彼を知る人は少ない。
昨日職員に聞いた話では、「支援学校の子ども達もよく利用してます」との事。
なので、Sさんのような存在はよく目にしている。
彼の過去を知らない職員は、落ち着いて楽しんでいるSさんに何の懸念も抱かず対応してくれる。
しかし、
古くからいる職員は、露骨に彼を嫌い、
時に、彼を知らない職員に対し「要注意人物」として情報を提供し、
それを聞いた職員が、一瞬に顔を曇らせる様子を何度も見てきた。

それでも、毎回なんてことなく楽しんで帰るSさんの様子から、
実際にトラブルを目にしていない職員たちは、一利用者として受け止めている。

そこに至るまでに、Sさんとは様々な関わりを担ってきた。
彼が持つ世界観がどこにあり、
彼の世界観と私たちの世界観のズレがトラブルになって現れるなら、
私の役割は、いかに互いの世界観の折り合いを見出すかという事。
などと、様々な場面で様々な事を考え、考えてみたことを試し、その結果から再び考えてみることを懸命に担ってきた。

そんなこんなで、
Sさんが「◯◯行って来た」と言うのは、
それ相当の積み重ねが、Sさんにも私にも又、親御さんやその他彼を取り巻く人たちの中にある。
「行けるようになるまでの時間」も相当かかっている。

でも、
そんな事には、まったくお構いなく、
自然な会話ができる大判焼きの店主とSさん。

2人の会話に私が入る隙が全く無い中で、会話する2人を見ていると、
実は、私が見てきた事柄や聞いてきた事柄の外に、店主とSさんが自然に存在し、
その自然な関わりがあったからこそ、数年経ってSさんはその場に行けるようになったと思った。

当事者たちの支援を日々担っていると、
どうしても「本人の意思」や「自己実現」等を基に支援者としての関わりを意識する。
本人の意思や本人が求めていることがどこまで正確にはわからない知的当事者たちとの関わりにおいては、
思い込みを排除し、自らの価値観を意識化し、様々な場面や人との関わりの中から当事者の想いを想定して、具体的な関わりを担っている。

しかし、それらは時に煮詰まりを生み出す。
袋小路に陥る。
自戒する余り、何も手がつけられなくなり、
相手を責めるか、自分の役を放棄するかと言う事態に陥る。

いろいろ考え担っていると見えてくるものも確かにある。
決して、そんな私の関わり方を手離そうとは思わない。

でも、
店主とSさんの「どうでも良い」他愛もない会話。
大判焼きを手にするまでの僅かな会話。

そんな、二人の関係が存在する事が、実はあれこれ考え当事者と関わる事以上に大切な存在、大切な関係に思えてきた。
それは、Sさんに対してとか店主に対してとかではなく、
真剣に関われば関わるほど煮詰まっていく私自身を救ってくれるありがたい関係に思えてきた。

品物やお釣りの受け渡しに時間がかかるSさん。
後ろに並ぶお客さんの事が気になり、私はSさんに「ちょっと横にずれて」と後ろに並ぶお客さんに気遣う。
すると、店主は
「いいんだよ。待たせておけば」と私を一喝。

自然な二人の会話にも感動していたが、
私を一喝するその店主のあり様は、どこか私が追い求めているものを完璧にこなしている瞬間に思えてさらなる感動を覚えた。

障害当事者が「地域で生きる」と言うのは、
「地域で生きている人たちと生きる」ということだと思う。
当事者個人が暮らすためにその個人を介助するという事はある。
それ以上に、
周囲との関係を介助するということでもある。
地域で暮らしていても、本人の意に関わらずドアツードアで様々な場に当事者を囲い込、
地域の人達から離して、本人のみの暮らしを保障事を追求するものではないと思う。

ホームヘルプは、どうしても家の中でのやり取りになってしまうため、当事者個人の支援になりがち。
でも、
ホームヘルプと対になるガイドヘルプは、外での支援という点で本人だけの楽しみや本人の安全のみを保障知るものではないと思う。
他人への危害や損害を与えないためだけにガイドヘルパーが存在していたら、とってもつまらない仕事だと思う。

しかし、
当事者を介し様々な人との出会いを生み出すなら、
既に、様々な出会いを持っている人として付き合うなら、
こんな楽しい仕事はないと思う。

いきなり様々な人との関係を作るなんて、誰にでもできるものではないと思う。
関係の橋渡しをするには、当事者を知り相手を知らなければならない。
道行く人たちの中で、それを作るのはとても難しい。

でも、
行きつけのお店。
常連さんとして受け止めてくれる場が、
福祉関係の場ではなく、
ごくごくあたりまえに私たちが利用している場であったなら。
介助者以上(介助者が知っているとうじしゃとはべつの)に当事者のことを知る人がいて、
その人たちとの繋がりを大切にし、そこから介助者が得られるものはとても大きいと思う。
又、当事者と先方とのやり取りもそこから介助者が学ぶものもたくさんある。

なので、
ガイドヘルパーを担う時、
単に本人の興味や要望に即し出かけて帰ってくるだけではなく、
そこに存在する人との関係を意識しつなげていくこと、
すなわち
行く先々に「常連さん」として受け止めてくれる場を作っていくことを意識すれば、
本人にとっても、その場の人たちにとっても、介助を担う人たちにとっても、この先新たに介助を担う人にとっても、有意義な事になるように思う。

少なくとも、
「待たせておけばいいんだよ」と一喝してくれた店主の存在は、
よくよく考えてみれば、私の支援の不十分さを深く反省しなければならない事だと思うが、
介助者であることの前に、私も一人の人間として、2人の自然な関係へと引き釣り込んでくれる、ありがたい言葉でもあると感じた。

そして、
常連として店主と会話する関係を築いてきたのは、私よりも前に彼の介助を担っていた介助者の存在があってこそ。

そこに私も混ぜてもらえた事を喜びとして深く刻んでおきたい。
posted by 岩ちゃん at 12:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

Eテレを見ての感想メモ

徴兵検査
障害者更生法
片輪者(横田弘)
学校が気づかせる障害者である自分
「脳性まひ者協会」青い芝
座敷牢
歴史を語る身体障害者
高度経済成長・所得倍増
重症心身障害児の親たち
親たちによる「重症心身障害児(者)を守る会」
「この子を残して死ねない」親
「役に立たない者には金は出せない」(厚労省)
「施設拡大」(水上勉)
心身障害児総合福祉=コロニー建設
「政治家としての愛情」「皆さんの声」⇒「重症児対策を重点施策とする=コロニー
コロニー=支援者とともに共同生活
国立コロニーのぞみの園へ500人入居
コロニーで安心して暮らす
「ホッとした」親の第一印象
コロニー=故郷との永遠の別れ
ねむの木:「この子らに力を持たせる」
靴磨きの子⇒施設建設/親身な宮城まり子
生徒たちの生き方に疑問⇒小田急線・車いす・観客(否乗客)⇒さよならCP=さらしもの
入所不足の故に親の子殺しが頻繁
「同じ人間なのに、かわいそう」
「我らは愛と正義を否定する」
「障害者って悪いの」
街に出ると露骨な差別
乗車拒否⇒(ハンディキャブの増加は、人々の目から障害者がいなくなる)
30台のバスの足止め⇒苦情を言う乗客
都立府中療育センター=基本病院(医療的ケア)
「普通の子どもとして良い悪いをちゃんと教えてくれた母」⇒「入所初日から不信感を募らせていく」(三井絹子)
病人でない人の対応
多摩強制移転断固阻止
1972年テント闘争
1974年6月テント闘争 合意
「1日でも自分の意思で生きたい」
「ギリギリの迷惑」
国際障害者年
ノーマライゼーション・許されるべきギリギリの迷惑・
脳性マヒ者等全身性障害者問題に関する報告(1982年)
所得保障=自立生活の絶対条件
「現実的に運動していかなきゃならないと思って」=「内実を作る運動」=障害基礎年金
自立生活センター
介助者の確保・地域で暮らせるためのプログラム
「外に出て存在を示す」
「街に出てきて人々の意識が変わった」
障害者支援費制度
「支援費制度の中身は上手くいっていたが、カネがない」⇒「義務的経費」⇒「障害者自立支援法」=法律の裏付け
1割負担=財務省の要求
1割負担=地域で暮らせない
最低限の支援にお金がかかることのおかしさ
自立支援法違憲訴訟 憲法25条違反
2010年和解成立?
低所得者の無料化
障害者の参画
障がい者制度改革推進会議
策定の実感
障害者権利条約批准
「他の者との平等」
法律や制度の整備
権利条約の理念
障害問題は、社会全体のあり方を見直す事
自分の意思に基づいて生きていきたい。=認め合っていきたい。
排除しあう社会はロボットしかいなくなる
みんな違ってていい
他者に無関心であってはいけない
コミュニケーションを取る
違う世界を持っている人に対する未知の世界を持つ人としてリスペクトすると面白くなる
「1秒先がどうなっているかはわからない事を皆が想像できれば世の中は変わる

※後半部分は、結構リアルタイムの部分もあり、その前の歴史を知る上で、なかなか良い番組だと思った。
そして、
重度知的当事者たちが街で暮らすという点においては、「さらしもの」という状況に留まり、
未だに「親亡き後」を求める状況が大多数。
そして、
時代は進んでいるのかと振り返れば、
「発達障害」というものが年々拡大し、
人を「障害者」という枠に入れた上で「支援する(してあげる)」状況が、
障害当事者たちの運動の歴史を踏まえずに拡大しているように思う。
先般、
国は「グループホームに住む軽度の知的障害者は一人暮らしへ」「重度の知的障害者はグループホームで」という方針を出したが、
グループホームにしても一人暮らしにしても、その人の暮らしの形態。
一概に「軽度/重度」などと言えない。
しかし、
本人が語らない分、支援者間においても、
「その人にとっての暮らしの形態は?」を議論するのではなく、
「知的障害者の地域生活の形態は?」と当事者をひとまとめにして、
「どちらの方が良いか?」という議論が横行しているようにも感じる。

重度身体当事者たちの並々ならぬ闘いの歴史。
その根底にあるものは、決して他の障害当事者たちとは違わないと思う。
だから、
私自身は身体当事者たちに多くのものを問われ、
身近にいた重度知的当事者たちの自立生活支援に関わっている。

しかし、
その現れ方や進んでいる方向は、
「どこかの時点で分かれて、別のあゆみになってしまったのかもしれない」と感じてしまう。

番組は良かったけど、
その実際はなんだかなぁ〜という感じ。
posted by 岩ちゃん at 09:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする