2015年12月13日

昨日のガイヘル

ここ数年、ガイヘルと言う形で付き合う当事者。
「強度行動障害」と称される彼は、当初自動車でなければ移動ができないほどであった。
それは、
周囲も彼が招く行動に対処できない面もあるが、
彼自身も、自らが起こした行動に対し臆病になり車以外の移動を躊躇していた。

1〜2年ほど、私もドライブガイヘルを担っていた(初めの初めはこれさえ危険が伴っていた)が、
先々のことを考えると、その状況はとてもイレギュラーなことであり、
車という閉ざされた空間を使い、いつの日か車以外の手立てでガイヘルできることをつぶやいていた。

ある日突然。
「今日は、電車に乗ろう!」と言う彼。
車で訪問した私は、突然の申し出に驚きつつ、
それは、こちらも望んでいたことなので、
「良し!乗ろう」とした。

初めて、彼と一緒に電車に乗った時、
過去にあったトラブルが再び起こらないように非常に緊張した。
彼も又、一大決心で臨んだ「電車」横にいる私が緊張すれば、彼はもっと緊張するだろうと、
懸命に私自身の緊張をごまかし彼とともに電車に乗った。

すると、
一つの決心が次を生み出す。
それ以降、彼は私がガイヘルを担当する際には、「電車に乗る」と決めたらしい。
「電車に再び乗れた」と言う喜びを表す彼。
それと同時に、「彼はなぜ過去トラブルになったのか?」と言う理由があれこれ見えてきた。
又、理由が見えれば単に不安から現れる緊張はどんどん溶けて、
「乗り鉄ガイヘル」などといえる程の余裕が双方に生まれた。

彼は、JRや私鉄や地下鉄を駆使して都心を駆けまわる。
どの路線のどの電車に乗りたいのか?
そこには何か規則性があるのか?
単に思いつきなのか?
と考えつつ、私自身は不慣れな都心の鉄道に、只々彼を見失わないように努めていた。

それがいつしか、
電車に乗るだけではなく、改札を出て目的のところへ行くようになった。
それまでも、ロングなガイヘルのために、お店に入って食事はとっていた。
しかし、
明らかに目的を持って改札を出る彼が現れた。
特定のファーストフード点やドリンク販売所や喫茶店。
特定の街の商店街や◯◯鉄道博物館等々。

乗り鉄に紛れて無意識であったらそれらの場に向かう彼の意図は見えなかっただろう。
しかし、
電車に乗っている間にいろいろ考えら得られる余裕が生まれてくると、
そもそも乗り鉄に興味のない私は、乗り鉄に興味のある彼に興味を抱き、電車に乗っている間に色々考えだした。
(電車に乗り出した当初は、ずっとおしゃべりしていたので考える余裕もなかったのだが)

一人で考えても答えは出ないので、毎回ガイヘルが終わった後に家族に報告しながら、その場所についてなにか思い当たることがないかと訊ねた。
さらに、他のヘルパーと情報を共有し彼の行動が意味するものを考えた。
その情報は、過去ガイヘル利用が崩壊した時代にも遡り、あれこれ収集する。

すると、そこに見えてきたのは、
改札を出て向かう先は、彼にとって何らかのいわくつきの場所。
すなわち、どれもこれもトラブルを招いた場所という共通項が見えてきた。
そして、
彼は、私と電車に乗れるようになった事から、
過去の出来事を清算するかのごとくに出かけていった。

この1年は、粗方清算が終わったようで、思い出したようにいわくつきの所に行くも、
(「良し、大丈夫だ。また来れる」というのを確認するにとどまっているように感じた)

この数年、
ロングなガイヘルの殆どを電車で過ごす日々が続いていたが、
最寄り駅の電車にはまだ乗れない彼。
彼にとっては、最大の難関なんだろうと思う。
なので、
車で自宅に迎えに行き、車を事務所の駐車場に停めて、事務所から近い駅から乗り鉄をスタートさせていた。

それが、前回のガイヘルの際、
「新しいヘルパーを見つけないと」と言う彼の意思が現れ、
それを実現するには、まず「車で迎えに行くことを止める」と言う提案をこちらからすることになった。
それについて、実感が伴っていたからかあっさり了承した彼。
でも、当日本当にそのように対応できるのか?と少々疑っていた。
でも、電車で彼の家に迎えば自ずと車はないので、「そうするしかない」と思っていた。

最寄りの駅からは未だ乗れない彼。
でも、「バスには乗れる」というので、最寄り駅から出ているバスに乗り、遠くの駅から電車に乗った。
彼が予定していたバスルートのバスは30分以上待つ。
別の駅ならすぐにバスが来る。という状況にあっさりと後者を選択。

このことから、彼は実感を伴い「今日は車を使わない」という事を了承していたことを確認する。

そして、
今日彼が行きたかった場所は・・・

なんと、一番初めに「清算」を済ませたいわくつきの喫茶店。
すでに、「清算済み」なのでここ最近はまったく立ち寄る気配がなかった場所。
それが、唐突に再び「今日の目的地」として上がり、本人のいうがままのルートでそこへと向かった。

滞在時間約10分。
レジのお姉さんに「また来ていいですか?」と聞き、
お姉さんや隣りにいたおばさんが「どうぞ、ぜひお越し下さい」と返され、
満面の笑み。

この様子から、彼は確認をしたかったのだろうと思った。
さらに、その場所が一番初めに「清算した場所」ということから、
今日の新たな取り組みに際し、原点(すなわち、ヘルパーを使えば再びくることができる)を確認したかったのだろうと思った。

店を出て、
「次はどこ行く?」と何気に聞いてみた。
普段の彼ならば、そこから都心に戻り乗り鉄を開始する。
また、私の予想ではあれこれ「清算した場所」に引き続き向かうのだろうと思った。

ところが、
「どうしようかな〜」という彼。
今日の目的地は「ここだけ」という雰囲気だったので、
「じゃあ〜、ここから先の電車に乗ってみない?」
と声をかける。
すると、すぐさま
「そうだね!そうしよう!」という。

その先とは、彼はまだ言ったことがない場所。
ただ、都心の電車はいろんなルートがあるので、名前だけは知っている場所だったからかもしれない。
あっさり了承され、新たな路線に乗る彼。

やはり、先ほどの喫茶店は一つには過去の私とのやり取りを確認する事が目的だったのだろう。
そして、
その確認は、単に過去を振り返るためではなく、
新たな方向へと向かうための確認であったのだろう。
新しい路線に乗るということはそれを象徴しているかのようで、
すごくワクワクした。

その後も、話には聞くが彼と一緒に乗ったことのない路線を乗りまくる。
途中下車しようとする彼に、「このまま乗っていると◯◯駅に着くよ」と提案すると、
「そうだね」とあっさり了承。
以前の彼は、何らかの目的があったルート選択をしていたのだろうが、今日の目的はすでに達成したから、こちらの提案にあっさり了承できたのだろうと感じた。

最後の最後。
やはり遠くの駅からバスに乗り最寄り駅まで向かう。
お母さんが駅まで迎えに来てくれているかを確認するも、
来ていないことを確認し(来て貰う約束もしていなかったので)
徒歩20分かけて自宅へと戻った。

帰宅途中、
「今日は、JRの◯◯線と△△線と☓☓先に乗ったね。地下鉄は、☆☆線と◇◇線だね」と、
今日は、いつもとは違うルートで過ごしたことを強調する彼。
さらに、
「◎◎線には乗らなかったね!」という彼。
◎◎線とは、最寄りの駅の路線。
今まで、私がその路線に乗ることを提案しても、一切取り合わなかった彼。
しかし、
自らがその路線を口に出したのには驚いた。

想像するに、
彼は、最寄りの駅から乗りたくないのではなく、
最寄りの駅からまだ乗れないのだろう。
「まだ」という気持ちがあるから、その路線名を口にだいたのだろう。

家族以外の人と出かける。
ドライブガイヘルから乗り鉄ガイヘルへ。
そして、
昨日は、車で迎えに行かなくても大丈夫という経験を積んだ。
それは、
新たなヘルパーを見つけ、自らの想いを実現するために必要なこととして思い描いている彼。

まだまだ、やりたくてもやれないことがたくさんあるだろう。
しかし、ヘルパーを使い自らの想いを実現している実感を積み重ね、
その先を見据えている彼を感じた一日でした。
posted by 岩ちゃん at 11:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

支援された意思決定につきあう。〜若いヘルパーや新人職員の誤解から〜

昨今よく耳にする「障害者の意思決定支援」なるもの。
他人の「意思」を「決定」するための「支援」って何?
どこか支援する側の「意図」をもって「決定」を迫っているかのように感じてしまいます。

人は小さなことから大きなことまで、
何らかの「決定」をもって日々をつないでいる。
それが、漠然としたものであっても、他者に委ねる事であっても、
自らの日々を廻す/拡げるために何らかの「決定」をもっている。

その「決定」を奪われてきた「障害者」たちの現実を知れば、
「決定を支援する」等とは言えない。
人を足蹴にしておいて手を差し伸べる事を堂々と表明しているとさえ思う。

なので、
「意思決定支援」とかその手法とか制度と言ったものに躍起になるよりも、
他者である「障害者」が何をどのように想い描き、小さなことから大きなことまでどのように「決定」しているのかを知りたい。
そして、障害当事者自らが決定したことに対し、私たちと異なる世界観の中で暮らす障害当事者を意識し、私たちの反省も含め、その実現に向けた取り組み生み出していきたいと願っている。

しかし、
こと重度知的当事者たちの「意思」という時、非常に悩ましく思う。
言葉を発しない。「イエス/ノー」でしか答えられない。行動によって表現する当事者たちの意思は?
実のところわからないまま、日々付き合い続けている私。

それでも日々を廻さなければならないので、何をどのように想い描いているのかを知る努力を積み重ねる。
「こだわり」とか「問題行動」と言った私たちの側が受け入れがたい事であっても、そこに何らかの当事者の想いがあると考える。
彼らが語る事柄に対し「現実が理解できていない」と一蹴するのではなく、
なぜ、それが現実とかけ離れているのか?その現実は誰が生み出しているのかと、
当事者よりも、我が身の方を振り返り、関わり続ける。
「本人の意思は?」等とばかり考えていては、その人の暮らしが廻らないので、
とりあえず「本人の意思」としておく事も含めて日々当事者たちと付き合っている。

そんな事を30年もやり取りしていると、
いろんな事に気づけるようになる。
今想い描いているであろうことを想定し、それが数々の誤解を生み出していた事に気づき、その誤解を修正し、再びこちらの想定が本当に当事者自身思い描いている事なのかを確認する事を繰り返している。

いろんな障害当事者たちと付き合い続けていると、
相手の想いをなんとなく理解できる機会が増えてくる。
それは、
「もしかしたら、相手はこう思っているのではないか?」という想定が関係をつなげていく毎に拡がり、
数多の想定ができるようになれば、当事者の想いにフィットする確率が高まるからだと思う。

例えば、
長い年月とりくんでいる私は、
障害当事者が置かれている状況やその中で想い描く事柄を歳の分だけたくさん見聞きする。
又、自分自身が想い暮らしの中で実感として得たものと比較できるものも増えてくる。
又、数々の失敗や反省の繰り返し、さらには理解できなかったことが理解できた喜び等々を歳の分だけ数多く持てるようになる。

そんな自分は、「言葉を発しない/行動で想いを伝える」人たちが描いているであろう「意思」を想定すれば、
10や20の想定が立てられる。
そして、その想定から「明らかに違うであろう」と言うものをたくさん除外し、
相手が想い描く事に近づきやすくなる。

「もしかしたら彼の想いは・・・」と10個想定する事ができれば、
当たる確率は高まるのは当然。
そして、本人の「意思」を知る事ができれば、その対処もできるし、想いの実現に向けて一緒に取り組む事もできる。
そうなれば、当事者との信頼関係は深まり、ますますやり取りしやすくなれば、
10個の想定から本人の意思を汲み取る事もますます容易になってくる。

しかし!
いくらたくさんの想定ができたからと言って、
その想定の中に相手の「意思」があるとは限らない。
どれほど長年当事者たちと関わっていても、当事者の「意思」がまったく見えない事がある。
そうなれば、相手にとっては信頼関係が深ければ深いほど「なぜ気づいてもらえないのか?」と、
近親憎悪のごとくかえって「問題行動」と称される展開になっていく。
こちらも信頼関係が深いと思っていた分、「なぜ思うようにやり取りしてくれないのか?」と、
付き合いの浅い人以上に悩ましく思う。

でも、
10個の想定の中に、本人の「意思」がなければ、どれほど明らかにしようとしても「意思」は明らかにならない。
逆に「10個の想定のいづれかが相手の意思」と決めつけてしまうと、10個の想定の中にない本人の「意思」は、まったく理解できないばかりか、「この10個の想定の中からあなたの描く意思を選びなさい」等という本末転倒な関わり方になってしまう。

長年支援を担う側や障害の専門家達は、
「他者の意思」を理解できる「確率」は高まっても、
確実に本人の意思を理解する事は無理です。

それは、
私たちの日々の他者との関係を考えてみれば、他人の意思などと言うものは理解できないと言うのが当然なので、障害者だからと言って別とは言う事はないのです。

ただ、
私たちと知的障害当事者の違いは?

私たちの場合、
理解できない相手の想いは、それぞれが置かれている立場を想像で入れ替えたり、
対話する事で修正したり理解を深めたり、理解を深める中で「それが私の意思」と表明できたします。
又、どうしても理解してもらえなければ、理解してもらえる人を探すという事もできます。

知的障害当事者の場合は?
まったく異なる世界観を持つ相手と立場を想像で入れ替えるという事は容易ではありません。
対話して修正したり理解を深めたり、その上で当事者自身から明確に「それが私の意思」と表明されない。
そして、理解してもらえる相手を探そうにも探せない状況が、これらをより複雑にしていく。

そんな彼らとの違いの中で
本人が想い描く「意思」を明らかにするには、より多くの想定が必要になると思います。
しかし、どれほど多くの想定があったとしても、その中に本人の「意思」がなければ多くの想定は、その人との関係においては全く無意味なのです。(でも、数多想定する事は、他の当事者との関わりの役には立つので決して無駄ではないと思います)

そこで、
登場するのが、若いヘルパーや新人職員たち。
彼らは、人生経験もまだまだ乏しく、ある程度年齢がいってから新人職員となった人たちは障害当事者との付き合いがなかったりすると、相手が何を想い描いているかという想定できる数が非常に少なかったりします。
想定できる数が少ないと、当たる確率も低くなります。
なので、長年取り組んでいる人たちや専門性を持つ人たちが想い描くことに同調したり、それを「本人の意思」として決めつけたりしがちです。
それは、決して無責任に関わっているという事でもなく、実に謙虚な気持ちから生れているという事であったりします。

小さな「意思決定」から大きな「意思決定」は、本人自身によって明確にされない分、様々な意思について想定する必要があり、支援の側にはたとえ間違っていても想定の中からいづれが本人の意思かの「判断」をもって関わっています。常に正解を求めているだけでは当事者の暮らしは廻っていきません。

小さな判断という事では、
「今晩の食事メニューは何にするか?」という事も、
支援者は判断が求められます。
判断しないとなれば、誰かが1週間分のメニューを決めるという対応もありますが、
それは、本人の意思決定につきあうのではなく、周囲の意思に本人を従えているとも言えます。
でも、健康面や金銭面も含めて考えるとその判断は難しい。
でも、そこにつきあい続けていく必要があるように思いやってきました。

そんな状況下で、先輩ヘルパーが「彼は親もとにいた時、魚が好きで毎晩魚料理を食べていた」と一言言えば
、ヘルパーは「魚料理を作る」と大概はなってしまいます。
ところが、
魚料理が好きなのは、実は両親であって、毎晩魚料理が出されるから当事者もそれを食べていただけの事。
一人暮らしを始めると、たちまち肉料理がメインになっていく。

この「たちまち」というのは、
若いヘルパーたちの中には、「魚が苦手」「魚料理が作れない」という人がいて、
頑張って作っては見るものの、上手くできず、当事者も不味い魚料理には手をつけない。
飯を抜くという事はできない。
ヘルパーの料理の腕を棚に上げ、
「本当に魚料理が好きなの?」と疑うこともある。
そこで、
ある日肉料理を作ってみたら、当事者が勢いよくおいしそうに食べてくれた。
「魚料理しか食べない」としていた先輩ヘルパーたちの思い込みを打ち破る瞬間が訪れます。
そして、それを知った他のヘルパーたちも魚料理ではなく肉料理を提供すれば、同様においしそうに食べる。
魚料理よりも肉料理の方がどちらかといえば手軽でボリュームもあるので、魚と肉の割合がどんどん変わり、
たちまち肉料理になる。

そんな経験から思うことは、
たとえ長年の付き合いの中で10の想定が立てられ、その中から本人の意思に近づく術を持っていても、
10の想定の中に本人の意思がなければ全く無意味な想定になってしまう。
「魚料理」のレパートリーをどれほど持っていても、「肉料理が好き」とはわからない。
逆に、
若いヘルパーや新人職員の想定が、たとえ1個であったとしてもその1個が本人の意思であったなら、
彼らの存在はとても大きく貴重なものになっていくのです。

11個目の想定が加われば、当然ながら本人の「意思」を当てる確率は高まります。
なので、
古くから関わっている人や専門家たちが描く「本人の意思」と言うものは、決して絶対ではない。
想定できる事を増やしていくためには、様々な人の関わりが重要。
想定という事においては、古い人も新しい人も関係なく、当事者と向き合う事が重要。

私自身、ついつい数々の当たりをひいてきた分、自分の想定の正しさを押してしまいがちです。
でも、想定にないものはどれだけ探ってもない。
なので、新しく当事者たちと関わる人の存在はとても大きいと思います。
又、それはヘルパー等福祉に関わる人たちだけではなく、社会を構成する様々な立場の人たちの想定も加わっていけば、もっともっと拡がりを生むと思います。

但し、
1個の想定がどんぴしゃ当たったからと言って、その想定が他の当事者の意思とも合うと思ってつきあえば、そこは10個も1個も同じです。
逆に上手くいった1個目の想定のみで当事者と関わるという事は、「偏見」を生み出す事になります。

なので、大切なのはいかに想定できる数を増やしていくかという事であり、長年付き合い続け数多くの想定を持つ人たちと、それ以外の想定も対等に出し合い、互いに新たな想定も描いていく。

「意思決定支援」なるものの胡散臭さを思う一方で、
「支援された意思決定」なるものも、結局は周囲の意思が当事者の意思にされてしまわないかと常々思います。

人の数だけ想いの数もあるわけですが、
こと「障害者」となれば、その人が描く「意思」さえも一括りにされてしまう現実。

「支援された意思決定につきあう」というのは、
一人の障害当事者に対し様々な人が付き合い、
様々な角度から本人の意思を想定していく。
様々なやり取りをもって本人の意思に近づく。
そして、
「たぶん」という「?」つきの周囲の判断をもってつきあい続けていく。
又、つきあい続けら状況を生み出していく。
それは、昨日の判断が間違っていても今日のやり取りで修正し合える関係を容易にしていく。
そんな取り組みの中で「支援された意思決定」なるものが垣間見えてくるように思います。

長年取り組んでいれば、そのようなことも考えるのですが、
日々つきあう当事者の意思は、新しい人も古い人もそれぞれが個別の当事者を介してつながり語り合い、
ともに明らかにする取り組まなければ全く意味がない事だと思います。

更に、
ヘルパー等の福祉の仕事を担う人たちだけに留まらず、
様々な人を巻き込んでいくためには、地域という場の中で、出会える機会を増やし、
出会った人たち値も含めて本人の意思に近づくための想定を増やす事が必要なんだろうと思います。
posted by 岩ちゃん at 11:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

「新しいヘルパーを見つけないとね」という当事者と

昨日、ガイヘルでお出かけしていた時の事。
唐突に「新しいヘルパーさんを見つけないとね」と言葉を発した当事者。
間髪入れず「そうだよね〜」と応える私。

彼は、現在「短期入所」という枠で月の殆どを入所施設で暮らしている。
月に数日親もとに帰ってくるのだが、戻っている日中の殆どは移動支援を使っている。
さらに移動支援をの利用に際しては、2人派遣が認められる。

行政も認める程の「強度行動障害」と評さられる彼。
親もとに戻れば、夜中中両親や家族を起こして話しまくり、対応を誤ればたちまち大パニックになる。
「短期入所」+「(二人派遣の)移動支援」というのは、
家族にとっては、「入所施設に入れたくない」しかし「現実は耐えられない」という状況でのギリギリの選択。
行政も、(財政面での判断は大きいが)親御さんたちの希望に応えている。

「短期入所」は、二つの施設が受け入れているのだが、移動支援の方はどこも担ってもらえない状況。
担っていた時期もあったらしいが、大騒動が続く中でさじを投げた。

そんな彼からの移動支援の依頼が知人の事業所に入ったのが数年前の事。
知人が引き受けた当初、本人は大騒動の経験から電車やバスに乗れず、かと言って徒歩で街を歩けば見知らぬ人とトラブルを招く状態。
二人派遣に加え車での移動も認められていた。

引き受けた知人は、その当初ひたすら彼とドライブに出かけ、リスクが少ない場所を見つけて車を降り、食事をとったり買い物をしたりと日中を過ごしていた。
淡々とした対応の知人に、彼も安心を得て車をおりた時のリスクはどんどん解消されていった。

知人からは常々状況を伺っていたが、市外の人故に私たちはガイヘルを担う事ができず、
知人と彼のやり取りを、側面から支援していた。

その後、当該市の移動支援ができることになり、
私が彼のガイヘルを担うことになった。
さらに、もう一人のうちのスタッフも担うことになり、
二つの移動支援事業書で、3人のヘルパーが彼のガイヘルを担うようになった。

二人派遣が認められる程の彼だが、人手不足故に二人はけんなんてできない状況。
でも、彼は妄想や幻覚があって暴れる人ではない。自閉症故に起こってしまう周囲との関係の混乱が、
大騒動へと発展していることは明らか。
なので、見知らぬ他者との関係をいかに築くかという事が最大のテーマであり、
そのために、3人のヘルパーは彼との関係をそれぞれの視点から懸命に築いてきた。

知人一人だけがガイヘルを担えるようになった状況は、一つ彼の暮らしが拓けたことだと思う。
しかし、その知人ができなくなればたちまち閉ざされてしまう当事者のガイヘル。
そこをなんとかしなければと思い続け、現在3人で担えるようになっている。
でも、それだけでもいづれ閉ざされてしまう可能性は拭えない。
なぜなら、この3人は日常的に支援をめぐりあれこれ語り合っている3人で、
様々な支援の現場を共有し、自閉症を伴う当事者たちとの関係づくりや当事者と周囲との関係づくりの大切さをよくよく知っているから。

現在、全く危なげなく彼とでかけられる。乗れなかった電車やバスにも楽しく乗って出かけられるようになっている。二人派遣が必要な人とは毛頭思えない。
親もとに戻っている期間、本人も家族も安心して過ごせるようになっている。
過去の出来事がまったく想像できない雰囲気は、
私たちが、担っている事が大きく影響していると思う。
しかし、何を担っているのか?私たちと彼の間にはどのような了解がなされているのか?
そこがまったく見えていない中で、
ただ「上手くいっている」「安定している」というだけで他の事業所に委ねると、
たちまち元の大騒動へとなっていくような気がする。

「うまくいっている/うまくいかない」と言うのは、単なる事象でしかないので、
その理由に無自覚でいると、見えない事柄の中で本人は、誤解して受け取ったり、混乱して対応ができなかったりする。

そう思うと、まだまだ私達は何も彼のことを理解できていない。
理解できていないと思えば、他者に委ねることに臆病にもなる。

でも、
私たちの臆病さから上手くいっている3人のみで担い続けても、いづれは担えなくなる。
(特に、一番当事者とのれん例の開きがある私は、いづれ一番に離脱することになる)

なので、私たち以外の人にも担ってもらえるように努めなければならないと思う。

そんなことを当初より思い続けてきた中で、
その想いが本人に通じたのか?
「新しいヘルパーを見つけないとね」という冒頭の彼の言葉になったのかもしれない。

とりあえず、
二人派遣は今も認められているので、
3人の誰かと一緒にガイヘルを担ってくれる事業所を探したいと思う。
言葉や書面では伝えきれない彼とのやり取りを、実際のガイヘルの場面で共有し、担い手を増やす取り組みを初めて行きたいと思う。

彼に対しては、「新しいヘルパーさんは、必ずしも車の運転ができるわけではないから、車を使わずに家から外出できるように次回お試ししよう」と提案して、了承を得ている。
(電車やバスに乗れるようになった彼だが、現状最寄り駅とその路線の電車が使えないため、車で迎えに行き、事務所に車を置いてから電車に乗っている)

一緒に彼のガイヘルを担ってれる事業所。
「強度行動障害」と称される人の移動支援のノウハウをともに考えてくれる事業所。
ぜひぜひ名乗りを上げて欲しい。
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posted by 岩ちゃん at 09:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!? その2

こちらは、どのような状態にあったとしても当事者自身が地域の中で自らが暮らしていく場を確保したい。
「家賃や更新料をもっとたくさん出せ」というのではなく、
兎にも角にも、「本人が安心して暮らせる住居」の確保を求めている。

なので、
「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と切り替えした。

すると・・・
「今言ったのは、原則でして・・・」という行政職員

こちらが訴えなければ「原則を外れる事」は言わないつもりでいる雰囲気がありあり。
そこにかなりカチンときた思いをのみ込みつつ、
「原則でして・・・」に続く言葉を聞く。

「原則はそうですが、今の住居から転宅できないという事を、医師の診断書をもってこちら(行政側)が了解できるならば、今のまま住み続ける事はできますし、上限はあるにせよ更新料を支給する事もできます」との事。

「なぜ、それを初めから言わないのか!」と怒りたくなったが、詳細を伺う。

・書式を定めているわけではないが、医師に診断書を書いてもらう。
・診断書を行政の嘱託医に見てもらい、参考意見を聴く。
・嘱託医の意見や診断書の内容や過去の記録を参考に福祉事務所内で協議する。
・所長判断として支給を認める。

という事。

診断書作成についての費用は本人負担という事らしい。
その点も食って掛かりたいところはある。

こちらが言わなければ、原則通りで進めようとする行政の態度は許せない。

が、
とりあえず、
今のところに住み続ける事ができるという事が解り、
良かったことにする。

(怒りは収まらないけど・・・)

※皆さんの地域の状況を教えていただけるとありがたいです。
posted by 岩ちゃん at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!?

本日生活保護課から、
「現在住んでいるアパートは、家賃の上限を超えています」
「超えた家賃については生活扶助費の方から負担していただいている事を承知しているので、今後も済み続ける事は可能です」
「但し、制度が変ったため上限を超える家賃の所にお住まいの方については、更新の際に発生する更新料は今後支給できなくなるのでご承知おきください」
「更新料が必要という事であれば、転宅してください」という連絡が入った。

「現状の住まいでは更新料が出せない!?」
「それって、実質転宅しろって事でしょ!?」
「それが無理だという事は、行政も知っているでしょう!?」
「はい、そうですかとは言えないし、どうすんですか〜!」と返した。

彼は、
自閉症を伴う知的当事者で、
過去一人暮らしをしていた。
支援の不十分さ故だが、彼自身が起こしたことによってアパートを追い出される事になり、
保護入院を強いられた。
1ヶ月で何とか退院を果たし地域に戻るものの、
住居が見つからず、自立体験室で仮住まいする事数ヶ月。
起こした事柄が地域の不動産業者に回状のごとくに流れ、
彼の名を出すとたちまちどこも取り合ってもらえない状況。
それでも何とか見つけたのが今の住まい。

24時間何らかの形で傍に人がいる生活。
自宅では、ヘルパーが毎日寝泊りするので、どうしても二部屋の確保が必要。
生活音等のために、古いアパートでは暮らす事が難しく、
必然的に生活保護の家賃基準を大幅に超えていく。

本来は、衣食等に使うお金を削り上限を超えた家賃分を支払い、カツカツの暮らしをしている。
カツカツの生活費ゆえに、ストレスを溜めこみ暴れて物を壊せばさらにその始末にお金がかかる。
普段許されているお金の使い方ができなくなり、ますますカツカツの暮らしになっている。

それでも、
介助者たちは何とか頑張り彼を支える。
少ないお金をいかに使うか?
それが、本人が実感をもって有意義な使い方であると思わなければ、たちまち物が壊れてしまう。
でも、介助者が臆病に当事者と関われば、それまたお金が少ない事に意識が廻り、有意義に使うというやり取りができなくなってしまう。

そんな現場の苦労なんて、まったく意識せず、
「制度改正によって、更新料は払えません」
「更新料が必要というなら、上限額の所に引っ越してください」
なんて、気軽に言わないでもらいたい。

とは言うものの、
決まってしまった事は、どうしようもない。
今のところに住み続けるしかないが、更新料が入らないとなれば済み続けられないのは確実。
こちらは、家賃や更新料が欲しいわけではなく、住まいが欲しい。
だから、
「更新料が出せないって、実質転宅しろって事でしょ!
転宅しろというなら、転宅できるアパートをそちらの責任で見つけて下さい」

「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と訴えた。

すると・・・

(つづく)
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

悩ましいのは・・・

言葉を発する事ができない重度知的当事者の一人暮らしの場面。
「イエス/ノー」で応えてもらったり、
選択肢を並べて選んでもらったり、
とりあえずやってみてからの反応を見て本人の意思を図ったりと、
現場の介助者たちは懸命に、本人の意思を読み取り介助しようとしている。

ところが、
「イエス/ノー」にしても、選択肢を並べるにしても、とりあえずやってみるにしても、
介助者の側にないものは提示できない。

人の暮らしは様々。
例えば、
親もとにいた時には、魚系中心の食卓だったのが、
一人暮らしを始めた途端に肉系中心の食卓になる。
最近の若いヘルパーさんたちは、魚料理が苦手らしく、手っ取り早い肉系料理を作る。
本人は肉が嫌いでければ出された料理をおいしく食べる。
時に、嫌いなものが出てくれば拒否をする場面もあったりすると、
「この人は自分の食べたいものを選んでいる」と映るが、
肉系料理をおいしく食べるという事と魚料理が食べたいということとはつながらない。

結局は、
介助者が提示するものの中でしか選択が許されないという面がある。

でも、
実は親もとにいた時、「魚ばっかり出てきて嫌だった。一人暮らしを初めて肉料理がいっぱい出てくるので嬉しい」と思っているかもしれない。

個々の介助者にない選択肢は、
様々な介助者が関わり、様々な場面の本人の様子を見聞きすることである程度拡がる。
しかし、
それを本人が選択しているのか否かの判断はどこまでいっても闇の中。

ある人の時には、
朝から盛々ご飯を食べる。
しかし、
別の人の時には非常に少食。

どちらも当事者本人には変わりない。
しかし、
その違いを探っていけば、
作る介助者の料理の腕前や味付けの好みによって違うということもある。
前の夜の食事の量によって変わるということもある。(毎週決まった曜日の決まった時間に決まった人が介助として入っている場合)
介助者がたくさん出すからたくさん食べる。
介助者がちょっとしか出さないからちょっとしか食べない。
その他いろんな理由があって、
本人の様子も変わる。

さらに、
人の様子なんて日々変わるので、常に一律に介助者と関わっているわけでもない。
その日の気分というのもあるので、あれこれ明確なことは言えない。

非常に悩ましい本人の意思決定という朝。
posted by 岩ちゃん at 07:55| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月05日

「だいじょうぶね」と「いっけんらくちゃく」の間にあるもの

10月31日と11月1日の両日に、ピープルファースト大会が神戸で開かれた。
知的当事者の全国大会として毎年開かれている。

毎年各地持ち回りで開かれているため、地域地域でそれぞれに特徴がある。
去年は沖縄。今年は神戸。来年は横浜。

私自身この大会には、一介助者として例年参加している。(介助を必要とする当事者がいない年は不参加)
ここ最近は、毎年参加している。

あれこれ伝えたい事はあるが、
2日目に開かれた「言葉とコミュニケーション」という分科会に当事者とともに参加し、
全国から集まった当事者たちの話を聞いていていた。

その中で、
北海道から参加したIさんの話を聞き、
不覚にも涙が溢れ、
司会者から意見を求められたが、線が切れた私はその意味を十分に語れなかった。

Iさんは、大柄の人だがとても穏やか口調で話をする人。
何度も手を上げ発言するも、話の内容は同じ話の繰り返しでしかない。
何度も手をあげるので、司会者は当然ながら他の人の発言を優先する。
また、彼の語りは単語の羅列でその意味を理解することは容易ではない。

あれこれ話しをしている彼だが、
初めに聞き取れた言葉は、「だいじょうぶね〜」だった。
あれこれ語っていたが何を語っているかわからなかった私。
発言する人が他にいなかったので、
2度めの発言が許された。
「だいじょうぶね〜」という言葉しかその意味が理解できない。
あれこれ話す言葉に何を言いたいのかそれなりに聞き取ろうとしたが解らない。

しかし、彼が
「これで一件落着」と彼がいった瞬間。

「だいじょうぶね〜」の意味が私の中で弾け、
「これで一件落着」という言葉の意味が、実は凄いことであり、なんと私自身が無力であるかを思い知らされ、彼の凄さと自分の無力の中で、なんとも言えない想いでいっぱいになった。

「だいじょうぶね〜」と「これで一件落着」という言葉。
たぶん、その意味を理解した人は私以外にはいないと思う。
理解できなくても当然とも言える彼のその二言が、さらになんともいたたまれない想いにさせられた。

「だいじょうぶね〜」という言葉。
何に対して「大丈夫」と言っているのか?
彼の日常の中で起こっていることなのか?
それとも、この分科会で発言したいことなのか?
解らない。

でも、「これで一件落着」と語る彼の、
「これで」を知る私には、彼の言葉の意味を理解させてくれた。

実は、
去年の沖縄大会の分科会で、
Iさんは車いすに乗る当事者を殴ってしまったらしい。
私は分科会に遅れて行ったためその現場を見たわけではないが、
殴られた当事者のことを知っていたため状況を聞くことができた。
ただ、その人も知的当事者でもあり殴られたショックで事の詳細は理解できなかった。
(殴られたと言っても怪我をする程ではなかった)
一方、
私が分科会会場に入ろうとした時、
凄く興奮していた。
何かあったかもと想像できる。
普段おっとりしているのでなおのこと、何か了解不能な思いでいることは理解できた。

そして、彼はその時、
「だいじょうぶ」「だいじょうぶ」と何度も繰り返し口にしていた。
たぶんこの「だいじょうぶ」が「だいじょうぶね〜」につながっていたのだと思う。

そして、
「これで一件落着」という言葉。

彼の日常における「大丈夫」を語っているのではなく、
去年あった出来事に対しての「大丈夫」であることが理解できた。

「だいじょうぶ」と興奮していた去年の出来事。
それが、
穏やかに「だいじょうぶね〜」と語れるようになった彼。
そして、
「これで一件落着」と語る彼。

人を殴ってしまったことへの反省
興奮して分科会の邪魔をしたことへの反省
殴ってしまった人への謝罪
自分は事の次第をようやく理解できたという報告
こんな自分でも皆に認めて欲しい訴え

その他、
彼が何を思って「これで一件落着」となったかは解らない。
殴られた当事者は今回参加していなかった。

彼の言いたいことが何なのかは解らない。

でも、
1年経ったところで語る彼。
私の頭の中は、彼の1年がどんな1年だったかと一瞬で振り返る。
遠く離れた地から参加しているので、私の日常に彼はいない。
毎年大会で会うだけ。

彼は彼なりに様々なことを考えたのだろう。
そして、
今年の大会で語った。

しかし、
その言葉は、誰にも届かない。
去年起こったことを知る人がどれほどいただろうか?
いたとしても去年の出来事と今年の彼の発言が繋がっていると誰が想像できただろう。
日常彼と付き合う人たちは彼の想いをどのように受け止めただろうか?
彼の語に対する説明はなかった。
日常的にも「だいじょうぶ」と言い聞かせる場面はたぶんたくさんあるだろう。
なので、日常付き合い続けている人たちにとって、その日常に「だいじょうぶね〜」を埋没させてしまっているかもしれない。

そんなことを一瞬の内に思い起こすと、
結果、
彼のみが様々な想いを抱いて発言し、
様々な想いをその二言に込めて語っても、
周囲は誰も理解できない。
誰も受け止めてくれない中で、
彼はこの1年懸命に考えてきた。

そんなことをあれこれ思うと、
普段私自身が付き合っている知的当事者たちに対しても、同様のことを私自身がやっているのではないか?
彼らはすでに語り始めている。
しかし、
その語りを受け止めるどころか、
日常生活に埋没させてしまっているのではないか。

分科会では、
「ヘルパーに理解されない私達の思い」と
「ヘルパーが抱く常識とのズレ」について語られていた。

当事者から
理解されない現実が語られ、
理解してもらうための努力が語られる。
時間が余ったので、
ヘルパーをやっている側にも発言が求められると、
そのように描いている当事者に耳を傾ける。
想いに則した介助を担う。
といったことが語られる。

主体は当事者であり、
介助者は、当事者の支援に当たるものとしてそのスキルを磨く。

そのような図式で、
Iさんの語りを理解できるだろうか?
と思う。

「言葉」に関する分科会であれば、
いかに当事者が語る言葉を聞くかだと思う。

でも、
「言葉とコミュニケーション」の分科会であるならば、
「理解してもらえない/理解してもらうために頑張る」当事者から
「理解に努める」支援者という方向だけではなく、

なぜ理解できないのか?なぜ理解しようとしないのか?
どのようにすれば、互いの意識を一致させ一緒に考えていけるのかを考える必要があるように思う。

コミュニケーションという双方向の課題。
当事者の存在が否定されている状況に対して、
当事者たちはひたすら自らの存在を訴えるしかなかった。
しかし、
その存在を認める状況下でピープルファースト大会が開かれているのであれば、
次に、
当事者と支援者/介助者が一緒になって訴えていく事を求める必要がある。
そして、
何をどのように訴えるのか?
そこに、参加者がともに考え担う道を探る必要があるのではないか?

「だいじょうぶね〜」と「いっけんらくちゃく」の間にある、
Iさんの想いを受け、
私たちは間にあるものをそれぞれの現場の中で明らかにして、ともに担っていきたいと願う。

(数日経った今も、Iさんの言葉を私自身咀嚼できていない。でも、なにか書き留めておかないとと想い書いています。なので、余り突っ込まないでくださいね。)
posted by 岩ちゃん at 17:10| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ピープルファースト大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする