2015年11月29日

「新しいヘルパーを見つけないとね」という当事者と

昨日、ガイヘルでお出かけしていた時の事。
唐突に「新しいヘルパーさんを見つけないとね」と言葉を発した当事者。
間髪入れず「そうだよね〜」と応える私。

彼は、現在「短期入所」という枠で月の殆どを入所施設で暮らしている。
月に数日親もとに帰ってくるのだが、戻っている日中の殆どは移動支援を使っている。
さらに移動支援をの利用に際しては、2人派遣が認められる。

行政も認める程の「強度行動障害」と評さられる彼。
親もとに戻れば、夜中中両親や家族を起こして話しまくり、対応を誤ればたちまち大パニックになる。
「短期入所」+「(二人派遣の)移動支援」というのは、
家族にとっては、「入所施設に入れたくない」しかし「現実は耐えられない」という状況でのギリギリの選択。
行政も、(財政面での判断は大きいが)親御さんたちの希望に応えている。

「短期入所」は、二つの施設が受け入れているのだが、移動支援の方はどこも担ってもらえない状況。
担っていた時期もあったらしいが、大騒動が続く中でさじを投げた。

そんな彼からの移動支援の依頼が知人の事業所に入ったのが数年前の事。
知人が引き受けた当初、本人は大騒動の経験から電車やバスに乗れず、かと言って徒歩で街を歩けば見知らぬ人とトラブルを招く状態。
二人派遣に加え車での移動も認められていた。

引き受けた知人は、その当初ひたすら彼とドライブに出かけ、リスクが少ない場所を見つけて車を降り、食事をとったり買い物をしたりと日中を過ごしていた。
淡々とした対応の知人に、彼も安心を得て車をおりた時のリスクはどんどん解消されていった。

知人からは常々状況を伺っていたが、市外の人故に私たちはガイヘルを担う事ができず、
知人と彼のやり取りを、側面から支援していた。

その後、当該市の移動支援ができることになり、
私が彼のガイヘルを担うことになった。
さらに、もう一人のうちのスタッフも担うことになり、
二つの移動支援事業書で、3人のヘルパーが彼のガイヘルを担うようになった。

二人派遣が認められる程の彼だが、人手不足故に二人はけんなんてできない状況。
でも、彼は妄想や幻覚があって暴れる人ではない。自閉症故に起こってしまう周囲との関係の混乱が、
大騒動へと発展していることは明らか。
なので、見知らぬ他者との関係をいかに築くかという事が最大のテーマであり、
そのために、3人のヘルパーは彼との関係をそれぞれの視点から懸命に築いてきた。

知人一人だけがガイヘルを担えるようになった状況は、一つ彼の暮らしが拓けたことだと思う。
しかし、その知人ができなくなればたちまち閉ざされてしまう当事者のガイヘル。
そこをなんとかしなければと思い続け、現在3人で担えるようになっている。
でも、それだけでもいづれ閉ざされてしまう可能性は拭えない。
なぜなら、この3人は日常的に支援をめぐりあれこれ語り合っている3人で、
様々な支援の現場を共有し、自閉症を伴う当事者たちとの関係づくりや当事者と周囲との関係づくりの大切さをよくよく知っているから。

現在、全く危なげなく彼とでかけられる。乗れなかった電車やバスにも楽しく乗って出かけられるようになっている。二人派遣が必要な人とは毛頭思えない。
親もとに戻っている期間、本人も家族も安心して過ごせるようになっている。
過去の出来事がまったく想像できない雰囲気は、
私たちが、担っている事が大きく影響していると思う。
しかし、何を担っているのか?私たちと彼の間にはどのような了解がなされているのか?
そこがまったく見えていない中で、
ただ「上手くいっている」「安定している」というだけで他の事業所に委ねると、
たちまち元の大騒動へとなっていくような気がする。

「うまくいっている/うまくいかない」と言うのは、単なる事象でしかないので、
その理由に無自覚でいると、見えない事柄の中で本人は、誤解して受け取ったり、混乱して対応ができなかったりする。

そう思うと、まだまだ私達は何も彼のことを理解できていない。
理解できていないと思えば、他者に委ねることに臆病にもなる。

でも、
私たちの臆病さから上手くいっている3人のみで担い続けても、いづれは担えなくなる。
(特に、一番当事者とのれん例の開きがある私は、いづれ一番に離脱することになる)

なので、私たち以外の人にも担ってもらえるように努めなければならないと思う。

そんなことを当初より思い続けてきた中で、
その想いが本人に通じたのか?
「新しいヘルパーを見つけないとね」という冒頭の彼の言葉になったのかもしれない。

とりあえず、
二人派遣は今も認められているので、
3人の誰かと一緒にガイヘルを担ってくれる事業所を探したいと思う。
言葉や書面では伝えきれない彼とのやり取りを、実際のガイヘルの場面で共有し、担い手を増やす取り組みを初めて行きたいと思う。

彼に対しては、「新しいヘルパーさんは、必ずしも車の運転ができるわけではないから、車を使わずに家から外出できるように次回お試ししよう」と提案して、了承を得ている。
(電車やバスに乗れるようになった彼だが、現状最寄り駅とその路線の電車が使えないため、車で迎えに行き、事務所に車を置いてから電車に乗っている)

一緒に彼のガイヘルを担ってれる事業所。
「強度行動障害」と称される人の移動支援のノウハウをともに考えてくれる事業所。
ぜひぜひ名乗りを上げて欲しい。
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posted by 岩ちゃん at 09:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!? その2

こちらは、どのような状態にあったとしても当事者自身が地域の中で自らが暮らしていく場を確保したい。
「家賃や更新料をもっとたくさん出せ」というのではなく、
兎にも角にも、「本人が安心して暮らせる住居」の確保を求めている。

なので、
「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と切り替えした。

すると・・・
「今言ったのは、原則でして・・・」という行政職員

こちらが訴えなければ「原則を外れる事」は言わないつもりでいる雰囲気がありあり。
そこにかなりカチンときた思いをのみ込みつつ、
「原則でして・・・」に続く言葉を聞く。

「原則はそうですが、今の住居から転宅できないという事を、医師の診断書をもってこちら(行政側)が了解できるならば、今のまま住み続ける事はできますし、上限はあるにせよ更新料を支給する事もできます」との事。

「なぜ、それを初めから言わないのか!」と怒りたくなったが、詳細を伺う。

・書式を定めているわけではないが、医師に診断書を書いてもらう。
・診断書を行政の嘱託医に見てもらい、参考意見を聴く。
・嘱託医の意見や診断書の内容や過去の記録を参考に福祉事務所内で協議する。
・所長判断として支給を認める。

という事。

診断書作成についての費用は本人負担という事らしい。
その点も食って掛かりたいところはある。

こちらが言わなければ、原則通りで進めようとする行政の態度は許せない。

が、
とりあえず、
今のところに住み続ける事ができるという事が解り、
良かったことにする。

(怒りは収まらないけど・・・)

※皆さんの地域の状況を教えていただけるとありがたいです。
posted by 岩ちゃん at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!?

本日生活保護課から、
「現在住んでいるアパートは、家賃の上限を超えています」
「超えた家賃については生活扶助費の方から負担していただいている事を承知しているので、今後も済み続ける事は可能です」
「但し、制度が変ったため上限を超える家賃の所にお住まいの方については、更新の際に発生する更新料は今後支給できなくなるのでご承知おきください」
「更新料が必要という事であれば、転宅してください」という連絡が入った。

「現状の住まいでは更新料が出せない!?」
「それって、実質転宅しろって事でしょ!?」
「それが無理だという事は、行政も知っているでしょう!?」
「はい、そうですかとは言えないし、どうすんですか〜!」と返した。

彼は、
自閉症を伴う知的当事者で、
過去一人暮らしをしていた。
支援の不十分さ故だが、彼自身が起こしたことによってアパートを追い出される事になり、
保護入院を強いられた。
1ヶ月で何とか退院を果たし地域に戻るものの、
住居が見つからず、自立体験室で仮住まいする事数ヶ月。
起こした事柄が地域の不動産業者に回状のごとくに流れ、
彼の名を出すとたちまちどこも取り合ってもらえない状況。
それでも何とか見つけたのが今の住まい。

24時間何らかの形で傍に人がいる生活。
自宅では、ヘルパーが毎日寝泊りするので、どうしても二部屋の確保が必要。
生活音等のために、古いアパートでは暮らす事が難しく、
必然的に生活保護の家賃基準を大幅に超えていく。

本来は、衣食等に使うお金を削り上限を超えた家賃分を支払い、カツカツの暮らしをしている。
カツカツの生活費ゆえに、ストレスを溜めこみ暴れて物を壊せばさらにその始末にお金がかかる。
普段許されているお金の使い方ができなくなり、ますますカツカツの暮らしになっている。

それでも、
介助者たちは何とか頑張り彼を支える。
少ないお金をいかに使うか?
それが、本人が実感をもって有意義な使い方であると思わなければ、たちまち物が壊れてしまう。
でも、介助者が臆病に当事者と関われば、それまたお金が少ない事に意識が廻り、有意義に使うというやり取りができなくなってしまう。

そんな現場の苦労なんて、まったく意識せず、
「制度改正によって、更新料は払えません」
「更新料が必要というなら、上限額の所に引っ越してください」
なんて、気軽に言わないでもらいたい。

とは言うものの、
決まってしまった事は、どうしようもない。
今のところに住み続けるしかないが、更新料が入らないとなれば済み続けられないのは確実。
こちらは、家賃や更新料が欲しいわけではなく、住まいが欲しい。
だから、
「更新料が出せないって、実質転宅しろって事でしょ!
転宅しろというなら、転宅できるアパートをそちらの責任で見つけて下さい」

「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と訴えた。

すると・・・

(つづく)
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

悩ましいのは・・・

言葉を発する事ができない重度知的当事者の一人暮らしの場面。
「イエス/ノー」で応えてもらったり、
選択肢を並べて選んでもらったり、
とりあえずやってみてからの反応を見て本人の意思を図ったりと、
現場の介助者たちは懸命に、本人の意思を読み取り介助しようとしている。

ところが、
「イエス/ノー」にしても、選択肢を並べるにしても、とりあえずやってみるにしても、
介助者の側にないものは提示できない。

人の暮らしは様々。
例えば、
親もとにいた時には、魚系中心の食卓だったのが、
一人暮らしを始めた途端に肉系中心の食卓になる。
最近の若いヘルパーさんたちは、魚料理が苦手らしく、手っ取り早い肉系料理を作る。
本人は肉が嫌いでければ出された料理をおいしく食べる。
時に、嫌いなものが出てくれば拒否をする場面もあったりすると、
「この人は自分の食べたいものを選んでいる」と映るが、
肉系料理をおいしく食べるという事と魚料理が食べたいということとはつながらない。

結局は、
介助者が提示するものの中でしか選択が許されないという面がある。

でも、
実は親もとにいた時、「魚ばっかり出てきて嫌だった。一人暮らしを初めて肉料理がいっぱい出てくるので嬉しい」と思っているかもしれない。

個々の介助者にない選択肢は、
様々な介助者が関わり、様々な場面の本人の様子を見聞きすることである程度拡がる。
しかし、
それを本人が選択しているのか否かの判断はどこまでいっても闇の中。

ある人の時には、
朝から盛々ご飯を食べる。
しかし、
別の人の時には非常に少食。

どちらも当事者本人には変わりない。
しかし、
その違いを探っていけば、
作る介助者の料理の腕前や味付けの好みによって違うということもある。
前の夜の食事の量によって変わるということもある。(毎週決まった曜日の決まった時間に決まった人が介助として入っている場合)
介助者がたくさん出すからたくさん食べる。
介助者がちょっとしか出さないからちょっとしか食べない。
その他いろんな理由があって、
本人の様子も変わる。

さらに、
人の様子なんて日々変わるので、常に一律に介助者と関わっているわけでもない。
その日の気分というのもあるので、あれこれ明確なことは言えない。

非常に悩ましい本人の意思決定という朝。
posted by 岩ちゃん at 07:55| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月05日

「だいじょうぶね」と「いっけんらくちゃく」の間にあるもの

10月31日と11月1日の両日に、ピープルファースト大会が神戸で開かれた。
知的当事者の全国大会として毎年開かれている。

毎年各地持ち回りで開かれているため、地域地域でそれぞれに特徴がある。
去年は沖縄。今年は神戸。来年は横浜。

私自身この大会には、一介助者として例年参加している。(介助を必要とする当事者がいない年は不参加)
ここ最近は、毎年参加している。

あれこれ伝えたい事はあるが、
2日目に開かれた「言葉とコミュニケーション」という分科会に当事者とともに参加し、
全国から集まった当事者たちの話を聞いていていた。

その中で、
北海道から参加したIさんの話を聞き、
不覚にも涙が溢れ、
司会者から意見を求められたが、線が切れた私はその意味を十分に語れなかった。

Iさんは、大柄の人だがとても穏やか口調で話をする人。
何度も手を上げ発言するも、話の内容は同じ話の繰り返しでしかない。
何度も手をあげるので、司会者は当然ながら他の人の発言を優先する。
また、彼の語りは単語の羅列でその意味を理解することは容易ではない。

あれこれ話しをしている彼だが、
初めに聞き取れた言葉は、「だいじょうぶね〜」だった。
あれこれ語っていたが何を語っているかわからなかった私。
発言する人が他にいなかったので、
2度めの発言が許された。
「だいじょうぶね〜」という言葉しかその意味が理解できない。
あれこれ話す言葉に何を言いたいのかそれなりに聞き取ろうとしたが解らない。

しかし、彼が
「これで一件落着」と彼がいった瞬間。

「だいじょうぶね〜」の意味が私の中で弾け、
「これで一件落着」という言葉の意味が、実は凄いことであり、なんと私自身が無力であるかを思い知らされ、彼の凄さと自分の無力の中で、なんとも言えない想いでいっぱいになった。

「だいじょうぶね〜」と「これで一件落着」という言葉。
たぶん、その意味を理解した人は私以外にはいないと思う。
理解できなくても当然とも言える彼のその二言が、さらになんともいたたまれない想いにさせられた。

「だいじょうぶね〜」という言葉。
何に対して「大丈夫」と言っているのか?
彼の日常の中で起こっていることなのか?
それとも、この分科会で発言したいことなのか?
解らない。

でも、「これで一件落着」と語る彼の、
「これで」を知る私には、彼の言葉の意味を理解させてくれた。

実は、
去年の沖縄大会の分科会で、
Iさんは車いすに乗る当事者を殴ってしまったらしい。
私は分科会に遅れて行ったためその現場を見たわけではないが、
殴られた当事者のことを知っていたため状況を聞くことができた。
ただ、その人も知的当事者でもあり殴られたショックで事の詳細は理解できなかった。
(殴られたと言っても怪我をする程ではなかった)
一方、
私が分科会会場に入ろうとした時、
凄く興奮していた。
何かあったかもと想像できる。
普段おっとりしているのでなおのこと、何か了解不能な思いでいることは理解できた。

そして、彼はその時、
「だいじょうぶ」「だいじょうぶ」と何度も繰り返し口にしていた。
たぶんこの「だいじょうぶ」が「だいじょうぶね〜」につながっていたのだと思う。

そして、
「これで一件落着」という言葉。

彼の日常における「大丈夫」を語っているのではなく、
去年あった出来事に対しての「大丈夫」であることが理解できた。

「だいじょうぶ」と興奮していた去年の出来事。
それが、
穏やかに「だいじょうぶね〜」と語れるようになった彼。
そして、
「これで一件落着」と語る彼。

人を殴ってしまったことへの反省
興奮して分科会の邪魔をしたことへの反省
殴ってしまった人への謝罪
自分は事の次第をようやく理解できたという報告
こんな自分でも皆に認めて欲しい訴え

その他、
彼が何を思って「これで一件落着」となったかは解らない。
殴られた当事者は今回参加していなかった。

彼の言いたいことが何なのかは解らない。

でも、
1年経ったところで語る彼。
私の頭の中は、彼の1年がどんな1年だったかと一瞬で振り返る。
遠く離れた地から参加しているので、私の日常に彼はいない。
毎年大会で会うだけ。

彼は彼なりに様々なことを考えたのだろう。
そして、
今年の大会で語った。

しかし、
その言葉は、誰にも届かない。
去年起こったことを知る人がどれほどいただろうか?
いたとしても去年の出来事と今年の彼の発言が繋がっていると誰が想像できただろう。
日常彼と付き合う人たちは彼の想いをどのように受け止めただろうか?
彼の語に対する説明はなかった。
日常的にも「だいじょうぶ」と言い聞かせる場面はたぶんたくさんあるだろう。
なので、日常付き合い続けている人たちにとって、その日常に「だいじょうぶね〜」を埋没させてしまっているかもしれない。

そんなことを一瞬の内に思い起こすと、
結果、
彼のみが様々な想いを抱いて発言し、
様々な想いをその二言に込めて語っても、
周囲は誰も理解できない。
誰も受け止めてくれない中で、
彼はこの1年懸命に考えてきた。

そんなことをあれこれ思うと、
普段私自身が付き合っている知的当事者たちに対しても、同様のことを私自身がやっているのではないか?
彼らはすでに語り始めている。
しかし、
その語りを受け止めるどころか、
日常生活に埋没させてしまっているのではないか。

分科会では、
「ヘルパーに理解されない私達の思い」と
「ヘルパーが抱く常識とのズレ」について語られていた。

当事者から
理解されない現実が語られ、
理解してもらうための努力が語られる。
時間が余ったので、
ヘルパーをやっている側にも発言が求められると、
そのように描いている当事者に耳を傾ける。
想いに則した介助を担う。
といったことが語られる。

主体は当事者であり、
介助者は、当事者の支援に当たるものとしてそのスキルを磨く。

そのような図式で、
Iさんの語りを理解できるだろうか?
と思う。

「言葉」に関する分科会であれば、
いかに当事者が語る言葉を聞くかだと思う。

でも、
「言葉とコミュニケーション」の分科会であるならば、
「理解してもらえない/理解してもらうために頑張る」当事者から
「理解に努める」支援者という方向だけではなく、

なぜ理解できないのか?なぜ理解しようとしないのか?
どのようにすれば、互いの意識を一致させ一緒に考えていけるのかを考える必要があるように思う。

コミュニケーションという双方向の課題。
当事者の存在が否定されている状況に対して、
当事者たちはひたすら自らの存在を訴えるしかなかった。
しかし、
その存在を認める状況下でピープルファースト大会が開かれているのであれば、
次に、
当事者と支援者/介助者が一緒になって訴えていく事を求める必要がある。
そして、
何をどのように訴えるのか?
そこに、参加者がともに考え担う道を探る必要があるのではないか?

「だいじょうぶね〜」と「いっけんらくちゃく」の間にある、
Iさんの想いを受け、
私たちは間にあるものをそれぞれの現場の中で明らかにして、ともに担っていきたいと願う。

(数日経った今も、Iさんの言葉を私自身咀嚼できていない。でも、なにか書き留めておかないとと想い書いています。なので、余り突っ込まないでくださいね。)
posted by 岩ちゃん at 17:10| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ピープルファースト大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

真夜中の依頼

24時間介助者をつけて自立生活を営む障害当事者たち。
当事者たちも大概は寝ているので、私も寝ることはできる。
しかし、
時折、当事者が目を覚まし、起こされて介助を担うということはある。

私が身体当事者の泊り介助に入っていた時、
本人の声に目を覚まし、言われたことをサクサクとこなして、私も本人も再び夢の中ということはあった。
大概は、「ちょっと、トイレ」とか「喉が渇いたので水を飲ませて」とか「体の向きを変えて」というもの。
私たちにとってはちょっとした事でも、身体障害の故にそのちょっとに介助が必要。
「それぐらい朝まで我慢してよ〜」という気はない。
また、夜中何ども体位交換する当事者の泊まりは、
そんなもんだと夜中起こされる事を覚悟して介助に入る。

これが、重度知的当事者の場合はどうだろうか?
どれほど強度行動障害があっても人は寝る。
ただ、寝るタイミングが当事者と私とでは違うので、
私が寝たい時には寝ていて欲しいと思う。
夜中ドタバタしている当事者のそばで寝ることはできないので、
寝ることは諦めて付き合うのは、それなりにできる。
寝ない覚悟で本人の様子を伺っていれば、
日中と同様に何を依頼したいのか?
何に困っているのかを想像することはある程度できる。

問題なのは、
夜中は、サクッと寝てしまう重度知的当事者の場合。

普段、一旦寝入ってしまえば朝まで寝ている当事者。
寝たのを確認して、こちらも寝ることはできる。
時折、夜遅くまで起きていることはある。
それは、いつもと変わらずやり取りして、
本人のタイミングで寝入ってしまえば、
私も寝ることはできる。

しかし、
そんな人でも一旦寝入ったからと言って、朝まで起きないとは限らない。
夜中に喉が渇くということもあるだろう。
夜中にトイレに行きたくなることもあるだろう。
そんな感じで、夜中に目を覚ますと介助者はすでに寝ている。
自分でやれることであれば介助者を起こさなくても良い。
でも、そればかりではないだろうし、
ある日夜中に目を覚ますと、普段とは異なる部屋の雰囲気に戸惑い、
どうして良いかわからないという事もあるかもしれない。

親もとにいた時は、夜中になにか食べようとすれば、
親御さんは健康を気遣い止めだろう。
でも、
一人暮らしを始めれば、夜中の不摂生は本人のもの。
介助者がダメとはいえない。
しかし、親御さんが健康を気遣っていていることであっても、
「夜中はダメ」と認識していたら、介助者に頼もうにも頼めない。

夜中に気分が悪くなっても、
介助者が寝ていて気づかなければ、
起こすこともできず、朝まで苦しむことになる。
(咳が激しいと介助者は目を覚ますだろうが、腹痛だと気づかないまま朝を迎える)

日中の介助の場面においても、
知的当事者たちは介助者に頼むという事が難しい。
ただ、本人と向き合う介助者はそれなりに本人の要望を察知して、
本人が頼めるように関わることができる。
しかし、
介助者が寝ている夜中だとそれは無理。

毎晩起きてくるならやりようもあるが、
たまに起きてくるという当事者の場合、
介助者は夜中の依頼があるとは想像もしない。

起きて何やらゴソゴソやっているのを察知するも、
単に「夜中に目が覚めただけ」と描き、黙って様子を伺うのみ。
逆に、「単に目が覚めただけ」なのに、あれこれやり取りすると睡眠の妨げになったりするのでややこしい。

大概は、何事も無く朝を迎える。
しかし、
時折、夜中に起きて何かをやった痕跡があったりする。
それが、思いもよらない状態だと、
つい、「夜中に何をやってたの!」と本人を責めたりする。
でも、
その痕跡は、自分なりの対処であり、
それを責めるならば、きちんと対処できるよう介助者に頼めば良い。
頼むことができないから、自分でやるしかなかったとも言える。

昨夜、ゴソゴソ夜中に起きて電灯をつけたり消したりしていた当事者。
朝私が起きた時には、普段通りに寝ていたので、単に夜中に目が覚めただけだと思った。
でも、その後次の介助者との交代時間になり、起きてきた当事者を見て、
夜中に目が覚めた理由が解った。
そして、
それをどうすれば良いか解らずに戸惑う彼を想像した。

真夜中の依頼。
日中ならさくっと頼めたり、
答えを求めたりできることも、
夜中、介助者が寝ている時にはできなかった当事者。

その痕跡から本人を責めるというのではなく、
頼むことができなかった=頼んでもらえなかった、
私と彼の関係を改めて考えなければならないと思った。
posted by 岩ちゃん at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

身体的虐待とネグレクト

重度知的当事者と言っても、個々の当事者は当然ながら様々。
「行動障害」を伴い片時も目を離せられない人もいれば、
声かけしなければ行動しないという人もいる。
又、慎重に事を運ぶ人もいれば、とりあえずやってみた後に考えるという人もいる。

そんな人達の一人暮らしの場面。

ヘルパーと二人っきりでやり取りしている場面は、当事者自身が語らなければ密室状態となり、
そこで何が起こっているかは、ヘルパーと当事者を信頼するしかないという状況であったりする。

それは、
ともすれば入所施設と同じ状態。
ヘルパーからの報告を信じるしかない。
逆に疑い出せば限がなかったりする。

そんな中で起こる虐待。

「行動障害」を伴う人の場合、その手前に様々な支援の不十分さがあったとしても、
目の前で起こる事柄をヘルパーは懸命に止めなければならない事があったりする。
本人の命にかかわることもあれば、第三者に危害が加わるということもある。
なので、そんな状態になった時、懸命に本人を静止する。
しかし、「行動障害」が本人の一つの表現であったとしたら・・・
何を表現しているのかを意識が及ばないと、
静止するヘルパーの行為は、後に身体的虐待へとつながっていく。
「本人がそんな状態に・・・」という目に見える事柄を理由に、
目には映らない(見えない)本人の意思が「それでもある」とはなかなか意識できず、
力を持って当事者を押さえつける。

「本人に意思がある」という事を絶対条件において支援を担うということは、
頭で理解できても、その現場においては、様々な形で力による制御がまかり通り、
それが常態化することで「身体的虐待」が極当然のようになってしまう。

人は、何かが足りなくて虐待するのではなく、
そもそも、人は弱者を虐待する。

そんな考えて当事者と付き合っていると、
虐待してしまう私自身をいかに他の力を借りて、制御するかを考える。

身体的に相手を制御してしまった私自身をさらけ出し、
その手前にある「本人の意思」と「私自身の見立て」とのズレを、
他者との関係の中で検証し、次の聞かい次の機会へと活かすことを考える。
又、
自分自身の支援の不十分さを当事者に詫びつつ、
関わり続けられる方法を見出そうとする事で許しを請う。

身体的虐待は、たとえ密室状態であったとしてもやってしまった私自身が存在し、
地域の中で様々な関係が当事者の周囲にあれば、いづれ白昼のものとなり、
一緒に考えていくしかないという流れがあったりする。

ところが、
非常に厄介なのは、
虐待の一つに位置づけられている
「ネグレクト」という話。

介助者が声をかけなければ行動しない重度知的当事者の場合。
彼らも又、何も考えずに介助者の指示を待っているわけではない。
様々な意味があって、事象としては「声をかければ行動する」ということ。
例えば、
自らが動くと「叱られた」という経験が数多くある。
いろいろやりたいことはあるがどこから初めて良いか解らない。
介助者に気を使いすぎ、介助者のことが理解できないから動けない。
等々。

只々、じっと動かない重度知的当事者。

介助者ノートを見ると、
「今日は休日。仕事の疲れからか、出かけようとせず眠そうだったので、昼寝を勧めたら、一眠りしました」とあったりする。
たしかにそんな日もあると思う。
しかし、
休日の度に
「今日は眠そうでした」
「元気がなく家で過ごしました」
「本人の要望を待っていたら結局一日自宅で過ごしました」
等々。
「のんびりと過ごす休日」が現れたりする。

しかし、
「最近の介助者は、目新しいことを提案してくれないからつまらない」
「提案を待っているのに提案してくれないから、結局家で過ごすしかなかった」
などと本人が描いていたら?

親もとで過ごしていれば、休日ガイドヘルパーを使う時、
なんやかんやと親からの指示があったり、「外出」という前提があるのでヘルパーは当事者に対してあれこれ提案を考えてくる。

これが、一人暮らしをしている人の場合、
誰も、何も、指示してくれない。
当事者とヘルパーとで考えなければならないのだが、

先ほどの「行動障害」を伴う当事者のように、常に目が離せられないという状態ではない分、
目を話すことが、実は「ネグレクト」という「介助放棄」状態に陥っている場合があったりする。

それでも暮らしは廻っているので、
そのような状態になった時、
介助者は自らがそのような状態を招いていることに気づかない。
又、「元気がない」というように本人の状態を理由にできてしまうし、
「暴行の跡」というように目にわ見えない状態に、
周囲もその理由が間違っているかもという疑問は抱かないし、
疑問を抱くには、
毎度現れる休日を比較して報告を聞き、検証しなければ見えてこなかったりする。

そんなことを思うと、
実は心的虐待よりもネグレクトという介助放棄による虐待の方がより深刻で、
表面化しにくい状況のように思う。

そして、
重度の知的当事者たちも、
「とりあえず廻っている」と思われていることに耐えられなくなる時があたったりする。
満を持し行動に移った時、
周囲は、「行動障害」と称しその「行動」を制御すれば、
ネグレクトという虐待を受けている上に、その抵抗としての抵抗としての表現も否定される。

そんなことを考えつつ、
いづれも虐待は虐待。

何を虐待とするかは、一人で考えても見えてこない。

だからこそ、
自らの介助のあり方を意識し、
自らの介助をオープンにし、
他者の目と他者の想いを互いに共有し合いながら、
その先の介助を考えなければならないと思う。


posted by 岩ちゃん at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする