2016年04月08日

ここ最近の当事者の変化に

一人暮らしをしている自閉症を伴う重度知的当事者のお宅に、4月から新しい事業所の新しいヘルパーが介助に入った。
新しい人の登場を何の躊躇もなく受け入れ、
逆に、これまで滞っていたことがスムーズに運ぶようになってきた。
古くから彼と関わる私には超びっくり!!

彼は、かれこれ15年ほど一人暮らしをしている。
一人暮らしを始めたころは、とにもかくにも何をどのように支援して良いのかわからないほど、暴れまわっていた。
現在、一昨年から重度訪問介護を使い暮らしている。いわゆる強度行動障害を有する人。

こだわりが激しく、パターン化された枠を設けることが良いとされる自閉症の人たち。
いわゆる構造化という事なんだろうけど、
長年地域で育ってきた彼は、親元にいる間その構造化を自らが求め自らが解決していた。
どのように彼自身が構造化しているのかわからないが、何かを引き受けようとする時には必ず暴れていたし、
その何かが了解できた途端に落ち着き払うという繰り返し。
周囲は、ただただ彼が安全に暴れられることを見護るしかなかった。

でも、家族というベースがある中で、「落ち着くまで見護る」という事はある程度できたけど、
家族の下を離れ、一人暮らしを始めた途端、ベース作りも彼の課題となり、暮らしという様々な状況や事柄が襲ってくる中で、彼は自らの暮らしを縮小しつつ了解可能な構造化を行っていたように思う。

それでも、暮らしというものは常に応用問題の世界。
自分では何ともできない状況下で、行動は収まらず、
近所が本人の状態を受け入れられず、
何度も引っ越しを繰り返していた。

日々彼に関わるヘルパー達。
長い年月介助に入り続けていると、彼もヘルパーも個別のやり取りの中である程度の了解が取れてくる。
ある程度了解が取れれば、違った側面からやり取りし本人が了解している事が何かを知る余裕も生まれる。
でも、
昨今のヘルパー派遣事業所はどこも人手不足。
行動が激しい状態の彼と付き合い続けることが難しく、
何にものヘルパーが彼の暮らしの場を通り過ぎて行った。

そして、彼は常に新しくやってくる人に対し、一から関係性の構造化に努めていたように思う。

一方、ヘルパーの側はと言えば、
こだわりが激しく、本人に対して決まったパターンで関わる事に努めようとする。
カレールーひとつとっても、本人が決めている物を買ってくる。
彼の発する言葉をそのまま受けて、夜中だろうが早朝だろうが買い物に行く。
そうすれば、本人も要望が通ったと描き落ち着く。
彼のこだわりを見護り、彼が動き出すまで彼の儀式に付き合い続ける。
予定の派遣時間を過ぎても目的の場所に行けなければ、事業所がその責任をとって無償で関わり、
何とか時間通りに事が進む取り組みを模索し続けてきた。

今日の会議で、ここ最近の様子の変化について「なぜ、本人はここ最近関わりがスムーズになったのだろうか?」という話になった。

「行動障害」と称される状態が起こっている時には、必死にそれを改めようと支援者間で検討するが、「行動障害」と称される状態が改善されると、支援者たちは安堵し、一息つく。

そうではなく、「なぜ彼は落ち着いたのだろうか?」「その理由が判れば、落ち着かない時の対応に活かせるのではないか?」という問いがここ数年あり、
今日の会議でも、新しくやってきたヘルパーとの様子からその意味をあれこれ考えた。

すると、
ここ数年関わっているヘルパーが、
「自分たちは、あまりにも彼を自閉症の人という見方で接していたのではないだろうか?」という意見を出した。
「彼には彼のこだわりがあると決めつけて関わっていたが、実はそのこだわりは彼がヘルパーを見て作り上げていったものではないだろうか?」
「彼の依頼をそのままに了解するではなく、彼の依頼が実現不能と拒否するでもなく、やり取りすれば違った展開が生まれるのに、決めつけて関わってしまっていたのではないか?
「付き合いが長くなると、彼自身が相手とのなかで構造化したことを、解除する事は出来ないだけかも」
「介助者の側が思い描いきやり取りしてきた結果、理解はできても解除ができない」
「でも、理解しているから新しく入ったヘルパーとの関係の中で理解したことを実行に移しているのではないか」
等々あれこれ意見が出された。

どれも、納得いく話に思えた私。

当事者本人もこちらを見て暮らしているのに、こちらは当事者の事を決めつけ何とかしようと懸命に試みていたのではないだろうか?
そんなことを思い描くと、

自閉症の人に対する構造化の話というのは、いかに構造化していくかという視点に立てば、より専門性をもって本人と関わらなければならなくなる。
しかし、
そんな専門性を持っていないヘルパー達は、目の前にいる本人と向き合い続け、本人がいかに理解しているかを考え、その理解の上に、暮らしをどう回していくかを懸命に担ってきたように思う。

私自身も長年当事者たちと付き合い続けている中、決して専門性をもって彼らと付き合っているわけではない。
しかし、長年のかかわりの中で思い込んでいる事がたくさんあるように思う、

今日、日々関わるヘルパー達からの話を聞く中で、
当事者のこだわりの前に私自身がこだわっている事に気づかされた思いでいる。
そして、
当事者自身もヘルパーという存在が、自らの暮らしを規制する人ではなく、要望に応えてくれる人であり、思いを実現することに対し関わってくれる人であると了解しているように思う。
そして、実現するためのやり取りをしてよいという事が生まれているように思った。

これまで新しく入るヘルパーに対しては、彼の決まりごとを伝え、決まり事通りに事を進めるよう伝えていたかもしれない。
そうではなく、彼が理解している事を理解する事に努めるために、それぞれが思い描くことを出し合い、新しい人たちも古くから関わる人たちもそれぞれの視点から思い描くことを共有することで、日々の暮らしと支援が廻っていくように思えた。
posted by 岩ちゃん at 14:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

差別解消法と合理的配慮

いよいよ始まった障害者差別解消法。
単なる法律の始まりではない。
ここに至るまでの障害当事者を取り巻く様々な歴史の上にこの法律が出来上がっていると思う。
その歴史を振り返り、ここに至るまでに展開されてきた中身を振り返ることで、まだまだ不十分である事柄の展開が見えてくるように思う。

例えばそれを「合理的配慮」絡みていくと、
入所施設に閉じ込められていた身体当事者の自立生活運動があった。
施設を出て街で暮らすようになると、街には様々な障壁があった。
それらは皆、実際地域で暮らす事で明らかになった、「本人の意思」と「社会」とのギャップが目に見える形で現れ、ギャップ事態が障害であると周囲の意識が変えられていった。

多くの身体当事者が、電車に乗りバスに乗る。
いろんなお店で買い物をする。
彼らの存在を抜きに作ってきた街故に起こる障壁。
それは、多くの当事者たちが街に出ることで、車いすを担がなければならない場面が増え、
拒否できないとなれば、担ぐ側の腰痛対策のためにスロープやエレベーターが求める結果に至る。
「電車に乗ります」といった本人の意思を拒否できない状況に至る歴史。
街の構造を変える方が周囲の者にとって楽と言う話。
正に、
差別解消法は、「拒否できない」ならば「エレベーターを設置したほうが楽」と言う中で、どうすれば双方にとって良いかを考えなされる事だと思う。

その始まりである「施設入所」
「施設入所があたりまえ」であった時代。
そこでは本人の意思に関わず、周囲の価値観と状況分析によって「入所施設の方が本人にとって良い」とされていた。
彼らの存在が邪魔とする人もいただろうが、それよりも本人の意思に関わらず周囲が描く「かわいそう」「なんとかしてあげたい」という(本人の意思に関わらない)肯定的な思いから入所施設が作られていったように思う。
そんな周囲の想いに対する、「自らの意思」を発し、「施設を出て街で暮らす」と言う歴史が、自立生活運動であったと思う。

ようするに、
「本人の意思ではなく周囲の意思」によって施設に入所されられていた人々が、
自らの意思を持ち施設を出て地域で暮らす。
街で暮らす中で作り上げてきたのがこの法律の一面だと思う。

では、重度知的当事者たちはどうだろうか?
知的当事者が家族と暮らす率は高い。
しかし、年齢とともに入所施設が増える。

それは、家族のもとで過ごせるならば家族と
家族のもとで過ごせなければ入所施設。
その狭間で「親亡き後」と言う発想のもと展開される。

それらは、入所施設であれ家族の下であれ、
すべての場面で「本人に意思がない」とされ、家族ないし施設が本人にとっての「良かれ」を思い取り組まれているように思う。

すなわち、「施設を出て地域で暮らす」事を求めた重度身体当事者の、その時代と何ら変わらず、周囲の意思で暮らす重度知的当事者たちが存在している。

「本人に意思がない」ではなく、「本人の意思が見えない(解らない/判らない)」と言うところに立ち、本人の権利保障として「施設」に入れざるを得ないというなら、
差別解消法における合理的配慮は、
まずもって本人の意思をいかに知るか、本人が選択できる状況をいかに作るかが、判断するための支援をいかに作る必要があるように思う。

私も含め「自らの意思」はどのように形成されうのだろうか?
自らの環境やその環境から考えたり、他者の環境やその中での考え等々を知ることで、様々な選択肢を得て、その中で選択し、実現に向けた取り組みの中で、様々な事を思考して築いていく。
それら全てを奪われた重度知的当事者の意思(家族や専門家の意思や解釈のみに委ねてきた意思)は、
今、目の前にある事柄のみをとって語られるものではなく、その人の歴史そのものを周囲と共有し明らかにしていくことが必要だと思う。

「フリガナをふる」「簡単な言葉で説明する」といった、
目の前の対応だけではないものを考える必要があると思う。

もし、今起こっている事柄の判断のための対応のみが「合理的配慮」とされてしまえば、
その取り組みを周囲が懸命にすればするほど、
「それでも明らかにならない本人の判断」は「判断できない人」とされる。
そして、「一番身近な人」と言う事で家族に判断を求める。
家族が判断できなければ後見人に判断を求める。

「判断能力がない」とされた人々。
じっくりと本人の判断を求めていくことができない中、
暮らしを止めるわけにもいかず、
目の前で起こる事柄に対する判断を行うために成年後見制度を必要としていく。

しかし、一旦被後見人になれば、「本人の意思/判断」=「後見人の意思/判断」になってしまう。

本人が自らの意思を持って判断するためには、
様々な経験や周囲の様子を知る必要がある。
入所施設や障害者施設等で、障害当事者ばかり集めてやり取りすれば、経験は奪われ周囲は皆障害者故にそれ以外の事を知らずに過ごす。
そんな中で判断を求められても判断できない。

それなのに、
促進法なるものを作り、成年後見制度を進めようとする人々は、
「本人の歴史(人生)」や「本人と関わる人たち」の存在をまったく無視し、今目の前に起こる事柄の判断に対しての評価で、後見人に丸投げできる体制を整えようとしている。

障害者差別解消法の裏で進められる成年後見制度利用促進法。
表面的には、知的当事者等の権利を保障するかのように語られている。
しかし、その実態は正に「合理的配慮」なるものを、後見人という人たちに丸投げする法律。
「市民後見人」という「専門性ではなくより市民に近い人達に後見を担ってもらう」というその「市民」は、正に障害当事者を社会から排除してきた人々であり、その人たちの発想によってなされるものの恐ろしさははかり知れない。

差別解消法における「合理的配慮」は、
まずもってその「配慮」を求める当事者の意思をいかに明らかにするかという点を考えぬかなければ始まっていかない。

このブログで成年後見制度に纏わる話をあれこれ書いてきた。
私の立場は、現状の成年後見制度はその理念とは真逆で、
一旦利用を始めるとどんどん本人の権利が奪われるため、
恐ろしくて使えないと言う立場。

なので、
成年後見制度を使わす、様々な取り組みを行い、重度知的当事者の暮らしを支援してきた。

差別解消法が始まった今、
成年後見制度を促進するのではなく、
成年後見制度を使わない(被後見人にしない)とすれば、「本人の意思がある」と言う前提が生まれ、
では、その意思を明らかにするための手立てをこうじるしかなく、
そういう人がより多く存在すれば、
「合理的配慮」の中身を様々な人と積み上げていくしかない。

現れる様々な障壁や不具合に対し、取り組むところに「合理的配慮」の意味があるのは、
正に、入所施設を出て街で暮らし始めた重度身体当事者たちの歴史にも重なり、
障害種別を超えたところでの「差別解消」や「合理的配慮」が生まれてくるように思う。
posted by 岩ちゃん at 12:06| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 差別解消法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

いよいよ障害者差別解消法が施行されるんだけど・・・

明日から障害者差別解消法が施行される。
長年取り組んでこられた方々の喜びはとても理解できる。
私もこの法律を道具として、これまで突破できなかった課題の解決に使っていきたいと思う。

でも・・・

その直前にあって、緊張と激しい落ち込みを抱く私。

緊張の方は、
「差別」というものが当事者の側から見てどのようなものなのかが解らない私。
長年、障害当事者たちと付き合い、当事者たちとともに「差別」というものを打開するために取り組んでもきた。
しかし、「課題解決」を目的に個々の当事者が抱く「差別」をとりあえず横に置き、「今、取り組まなければならない重要な課題」として展開してきた私でもある。
差別に優劣はないので、当事者からの求めに対し取り組んでいきたいと思う。
しかし、様々な課題が舞い込む私の状況下では、そのすべてに対応できず、鬱々とした思いになる。
それが、
明日から「取り組まないことも差別」と言われたら、どうしたものかと思って緊張する。

落ち込みの方は、
世の中が「差別解消」に向かうこと自体は素晴らしい事だと思う。
しかし、「差別である」事をまずは証明しなければ、「解消」の対象とならないような気がする。
周囲が差別として認めれば、改善しなければ法律違反になる。(とはいっても罰則がなかったりするのだけど)
しかし、差別と認められなければ、その当事者はますます孤立化していくように思う。

たとえば、今まさにやり取り中のケース。
精神科病院に保護入院しているAさんは、保護室での拘束を受けている。
その彼の退院に向けた取り組みをしている私。
Aさんは、決して「精神病」の領域にあるわけではなく(あったとしても間違っていると思うけど)、自閉症という症状を持ち、他者との相互関係を気づくことが困難な人。
60名もの入院患者と過ごすAさんは、他者のつらさを理解できないし、自分がどのようにみられているかを理解することも難しい。
想いのままにとった行動が集団生活という面からすると、維持できない状態になる。
維持できなければ制御されるのが精神科病棟の実際。
本人は、なぜ制御・抑制されうのかが理解できず、
結果、他者と同じ空間にいられず、暴れれば拘束という状態になる。
又、訳のわからぬ状況下でストレスをため込めば、水中毒に陥り、水を飲みすぎないように拘束される。

病院側は、彼の状態や状況を理解しても、病院という環境の中では拘束せざるを得ない。
看護師たちも非常に心苦しく思い、一日も早い退院を願っている。

しかし、
長年社会的入院を強いられてきた自閉症の彼が、退院して一人で暮らすことは非常に難しい。
よって、行政の支援を受けて退院を実現すればよいと考える私たちに対し、
行政は、「拘束状態にある人が、地域に出て暮らすという事は無理」と評する。
「退院する無理な人に制度を支給する必要はない」
「まずは、病院の側の拘束状態を解く取り組みが先」という。

障害の故に起こっている事柄という認識がない行政。
認識がなければ、解消するための合理的配慮(調整)の場にも臨まない。

確かに、
本人は暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう・GHの体験入所でボヤも出した。
その事象だけを取り上げれば、「拘束はやむなし」「そんな人は地域に置いておけない」と発想するのはありうる。
しかし、
それらが、自閉症という状態の中にある彼の認識の上に起こっているというのであれば、
本人の障害に対して配慮が必要である。
何をもって配慮していくのかという点では、
一日も早く退院を実現し、
地域で過ごす中で、支援をしつつやり取りを重ねる必要がある。

そんなケースを今目の当たりにして、
この差別解消法は有効に機能するのだろうか?と落ち込む。

「暴言を吐く・人のものを盗む・時に暴力をふるう」といった事象が、障害の故に起こっている事として誰かが証明し、そこに支援が関与することで収まっていくことを証明しなければ、何も解消されず、Aさんは病院という閉ざされた空間にこの先一生閉じ込められてしまう。

知的や自閉の当事者たちの場合、
「過度な合理的配慮」が必要になる状況は、その手前で何ら配慮がなされていなかった結果という事が多い。
気づかずやり取りしている時には何も配慮がなされず、目に見える形で表れてきた時に「過度な」と言われてしまっては、どうしろというのか?

そんなことを思いつつ、
障害者差別解消施行前日に開かれる会議に臨む。
posted by 岩ちゃん at 12:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

取り戻せない時間に

ここ最近、今日の日付が判らない日々が続いているのだが、
とうとう1週間日付がずれていた私。
隔週で入る予定の介助をすっぽかし、大きな穴を開けてしまった。
次に入る介助者から電話が入り気づくという始末。
その介助者に本人の様子を聞けば、「特に変わったことはありません」という。
24時間誰かが常に一緒の自閉症を伴う重度知的当事者。
介助者が来ない時間一人っきりの時間をマッタリ過ごしていたのかもと思いつつ、
空けてしまった介助の穴をあれこれ思いつつ、その次の介助に日がやってきた。

「特に変わったことはありません」と言っていた通り、
介助ノートには私が穴を空けてしまったことが書かれていない。
なので、一日置いて交代する私の前の介助者はそのことに気づいていなかった。

しかし。
私が訪問し、本人と挨拶を交わした瞬間から落ち着かなくなる当事者。
その理由に気づかない前の介助者に、先日介助の穴を空けてしまったことを説明する。
それほどに、穴を空けても普段通りに過ごしていた当事者。
その一方で、私が現れた途端にドタバタ暴れだす当事者。

これは明らかに、
穴を空けたことに対する私への反応だと感じた。

穴があったら入りたい。
でも、空けた穴は既に過ぎ去ってしまっている。

前の介助者が帰った後もしばらくドタバタ暴れる当事者。
私は、タイミングを見計らい本人に対して謝罪。
そして、空けた穴は取り戻せないが、挽回の段取りを本人に伝える。

すると、
途端に落ち着く当事者。
超ごきげんになる当事者。

そこから、
彼は、その日の介助者は私であったことを理解していて、
私がくるはずなのに、来なかった事実を認識していている彼を知る事となった。

誰が来ても変わりないように見える彼。
でも、しっかりと誰がその日にやってくるかを認識している彼を知る機会になった。

そして、
聞いているのか?理解しているのか?まったくわからない面はあったけど、
穴を空けてしまったことで、
彼は、彼自身の予定をきっちりと把握し、それに備えているということを知る私。
又、
自閉症の当事者は不測の事態に対応が難しいと言われる事への偏見。
重度の知的故に事が理解できず、自分では対処できないという偏見。
私が来ないという現実に対し、やり過ごし次の介助者とやり取りできる彼。
取り戻せない時間にこだわり続けるのではなく、
本人に伝わる形で伝えれば理解してもらえるという事。
取り戻せない時間にこだわり先に進めないのではなく、
取り戻せない時間に対してどうするのかが見えないだけで、
そこが明らかになれば先へと進めるという事。

たぶん、私がくるのを待っていてくれたから、空白の時間とくに変わったことが起こらなかったのだと思う。
(なので、待てるから介助は要らないにはならない)
結果、来なかったと言う事で次の介助者にシフトした彼。

万が一何かが予想もできないことが起こらなかったことに胸をなでおろす。
そのように対応してくれた彼に感謝する。

しかし、なんとも取り戻せない空けた介助の穴。
謝罪したからといって許されるものではないと思うし、
許してもらえたか否かはこちらにはわからない。
(たとえ許してもらえていたとしても、こちらが許してもらえたとするは大きな間違いだと思う)

その穴は取り戻せない。
だからこそ、
その穴を次にどう活かすかを考え、
今後の生活支援に活かさねばと思う。

訪問時の緊張感と謝罪後の安堵感。

事が伝わった後の彼は超ご機嫌で過ごしている。

謝罪とその後の対応について受け止めてもらえたことに深く感謝する。

だからこそ、
次に活かすためのあれこれを考え展開することが、
彼に応えていくことになると思うし、
それを持って我が身の反省としていきたい。
posted by 岩ちゃん at 10:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

重度知的当事者に選択を迫る場面はどれほどあるか?その時私たちはどうしているだろうか?

地域で暮らす重度知的当事者たち。
本人の想いがなかなか周囲には理解されない当事者たちの自己選択と自己決定はいかに?

先日会った当事者Hさん。
同じ日程で別々のイベントの誘いがあり、
どちらを選ぶか?と訊ね、本人に決めてもらうことになった。

本人が明確に選び意思を発する事ができるなら本人の意向に依れば良い。
しかし、本人が明確に決定を示さない場合はどうだろうか?
明確に答えてくれない。
どちらに対しても「YES(又はNO)」と言う。
「どっちにする?」と何度聞いても本人の意思が見えてこない。
又は、誰が質問するかによって答えが変わったり、間に挟まれ答えようがなく、半ば問い詰めら得ている雰囲気になり固まったしまう等々。

地域で過ごす重度知的当事者は、家族と同居している場合が多いので、
イベントが重なってしまった時、大概はその家族が決めているように思う。

その理由としては、
@同居する家族が本人の事を一番解っていて、家族の判断が一番本人の想いに近いとされている
A明確でないに当事者の決定に対し誘う側が責任が持てない。
の二つだと思う。

Hさんの場合は、
一人暮らしをしているので、家族が判断するという事はできない。
なので、まずはそれぞれがそれぞれに誘う。
どちらにも「YES」という彼が現れたので、
どちらを選ぶかを明らかにしてもらわないと困る事になってしまう。

私たちは、「当日のノリで」という事も許されているのだが、
一人暮らしをしている彼の場合は、事前にヘルパーの手配が必要になるため許されない。

例えば、両方に「顔を出す」という手法も私たちならば取れるが、
それさえも、ヘルパーの手配が発生する。
一方に参加してつまらなければ他方に行くという事も私たちならできるが、そこでもさらに本人の意志の確認が生まれ、確認したことに対する支援の手配が生まれる。

本人にとっては、言葉で迫られてもそのイベントが何なのかを理解する術は乏しく、
実際のところ判断しかねるのだろうとも思う。

しかし、
決めてもらわなければヘルパー等の手配ができないという現実から、
まだ先の予定の選択を迫る周囲の人々。

「Aが良い?」⇒「うん!」
「Bが良い?」⇒「うん!」
「どっちなの?」⇒「・・・・・」

本人に選択を求める側は、どちらでも良いと思っている。
何が何でもこちらに来て欲しいという思いがどちらか一方にあれば、
周囲の協議に結果として決めるということもできる。
その場合は、とりあえず「本人の選択」としつつ選ばれた方は選ばれなかった方にその時の様子を伝え、
次回同様の場面が現れた時の参考にもできる。

しかし今回は、
「どちらでも良い」という事柄に対し、どちらか選んでもらわないと事が進まないと言う状況。
本人は、どちらにも参加したいと言う思いはある程度それぞれに了解されていると言う状況。

やり取りが長引けば長引くほど、
本人は「問いつめられている」と言う雰囲気で、口を開かなくなっていく。
でも、決めてもらわないと・・・

彼自身が判断する材料がどこにあるかも考える。
これまでの類似した事柄を出し合ってみたり、
その日の朝から夜までの流れを、選択いかんでどのように変わるかを説明したりする。
「どちらを選択してもよい」けど「こちらのイベントに参加して欲しい」と言う思いで「プレゼン」しつつも、「相手のイベントを選択する本人の道理」を誘う側それぞれに描きつつやり取りを繰り返す。

本人が口を開かななければ、誘ったものどうしで彼ならばどちらを選ぶだろうかを語り合い、
それに聞き耳を立てる本人を横目で見たりする。

そして、
Aを選べは、ヘルパーさんが必要ないのでキャンセルすることになる。
そのヘルパーさんに気を使っているという、イベントとは関係のない所に行き詰まっている事がわかると、
事はイベントの選択だけでなく、ヘルパーというものの存在がいかなるものかについても本人と考える必要が生まれてくる。
「あなたの暮らしにヘルパーは合わせる」という風に口にしてみれば、
実は、「ヘルパー」という職柄ではなくヘルパーの「◯◯さん」に会えないというのが嫌かもという思いも見えてくる。

ますます話は複雑になり、
本人が口を閉ざすように、誘いをかけていた私たちの方もどうやり取りすればこの事態を収集できるのか黙りこくってしまった。

そして・・・
私「そういえば、Oくんはそちらのイベントに参加するの?」と相手に聞いてみたら、
相手「ええ。参加すると思います」という。
それを聞いていたHさんは突然、
「Oくん?!イエェ〜イ!!」と笑顔になった。
私「そちらのイベントにOくんが参加するならそっちにしとく?」
Hさん「うん!」
と言う事で、今回の自己選択・自己決定は一件落着。
それならばと、ヘルパーの手配等々の段取りをして(その点については本人無関心のよう)、
この話は終わった。

その上で、
「いやぁ〜。Oくんの名前が出たら、絶対にこちらのイベントに参加すると思ったので口にしなかったんですよ」という相手方。
私も確かにと思った。

そこを口に出さずに本人の選択を迫るというのは、果たして意地悪なのか?そうでないのか?

そこに「本人の意思が明確にあるのに触れないのは」という視点で見れば、支援者の勝手に思える。
一方、
常に、そう言うパターンで過ごしてきた故に「それ以外の事を知らないまま選んでいたとしたら?」
別のイベントに参加することで「Oさん以外の人に出会える機会を奪っている」という事を考えたら?
この1時間余のやり取りの意味は大きく変わってくるように思う。

そもそも、
重度知的当事者たちに選択を迫る機会がどれほどあるだろうか?
選択する事に対しどれほどのやり取りがあるだろうか?
自らが決める/決めたという機会がどれほどあるだろうか?

本人のみが選択を迫るでもなく、
周囲が決めるでもなく、
それでも、どこかで決まっていくという経験。

それは、当事者本人のみならず、支援を担う側や本人の周囲にいる一人ひとりに様々な経験を与えていると思う。
それを「本人の事を一番知る家族が決める」としてしまっては、非常にもったいない。

今回のやり取りが決してベストなやり取りだとは思っていないけど、
本人を思い、本人と私の関係を思い、本人と相手やその環境や関係性を思い描きつつ、やり取りを重ねる。

そんなところに、
自己決定というものがあるように思う。

このようなやりとりをどこまで「成年後見制度促進法」を推進する人たちは考えているのだろうか?
今回のように、「どちらを選択しても良い」自己選択自己決定についてのやり取りなしに、
遺産相続やその管理・サービス利用における契約・医療同意等々という大きな選択を本人に求めれば、答えられないのは当然で、答えられないから短絡的に「被後見人」とすると言うのは全くもっておかしなことだと思う。
posted by 岩ちゃん at 11:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

何でもかんでも被後見人になってしまう仕組み

一人暮らしをしている軽度の知的当事者Gさんからの相談。
「銀行から説明に来るというので、手伝って欲しい」との事。
詳しく聞けば数年前に親御さんが亡くなり、相続問題が発生しているらしい。
まだ、時間に余裕がらしいのだが、
銀行からは「手続きをしないと遺産を受け取れなくなる」と言われたとのこと。

私自身のことで言えば、「遺産相続」なる経験もなければこれからする経験予定もない。
なので、その件に関する相談をされてもなんとも応えようがない。
ただ、
私は場合は、銀行からの説明を聞いて理解できると思う。
又、不明な点があれば行員に質問すれば良い。
銀行も企業という点では、こちらに不利になる手続きがあれば詳しい人に相談することもできる。

どれほどのものを相続するかによって状況は変わるかもしれないが、
解らない/判らない事は、人に聞くとか本で調べるとかできる私。

よって、
相談の主に対して思うことは、本人自身が理解できるように/判断できるように支援する事だと思う。

ただ、たぶん様々な手続きがあるだろうし、もし他の親族と揉めるような事になれば(電話の主にその辺りを聞けば可能性があると言う)、ここは第三者の登場を願ったほうが良いと思った。
そして、私は事が進み始めるまでの「橋渡しを支援とするようかな」と考えた。

その辺りのことを本人に伝えると、
既に権利擁護事業を使っているとのこと。
日々の金銭の管理は本人ができるので、大元の通帳管理は相談員が行っている。
本人は月にかかるお金を相談員から受け取り日々の生活費をやりくりしている。
又、余分にお金がかかるときにも相談はできるし、
その他サービス契約についても相談員に気軽に相談できている。
なので、この件について私が「第三者に入ってもらうようだね」と言えば、
すぐさま権利擁護事業所担当者の名前が出された。

でも、
今回の件について権利擁護事業ではどこまで担ってくれるのだろうか疑問が湧いた私。
なのでちょっと時間をもらい調べることにした。
すると案の定、
「遺産分割協議等、重要な財産管理や法律行為は対象外」とあり、
「権利擁護事業ではなく成年後見制度の利用が適切です」とネットに書かれてあった。

現状権利擁護事業を使っているGさん。「この件は相談員の業務外」とは言っても、ではどうすれば良いか困ってしまう。
なので、このような相談が「専門員」や「生活支援員」に会った場合、どのように対応するのか?
連続する本人の暮らしの中で降って湧いた事柄に対し、業務内と業務外の境目をどこに置いているのか?
又、他に委ねるとすればどういう対応をするのかを、最寄りの権利擁護事業窓口に問い合わせてみた。

「普段権利擁護事業の対象者となる程度の支援で十分暮らしが廻っている知的当事者」
「でも、非日常である財産を巡るやり取りは難しく人から相談が入った時に、専門員はどのように対応するのか?」と聞いてみた。

すると、
「法テラスやリーガルサポートセンターにつなげ、後見人が対応するようですね」という。
私も第三者が入って方が良いと考えていたので、それについては異論がなかった。

ただ、つなげるというその中身がわからなかったので、
私「こちらも第三者に入ってもらった方が良いと考えるが、つなぐと言っても本人はその存在がどういうものかを知らないし、どのような手続きをすれば良いのかも解らないと思うし、解ったとしても一人でその場を訪ねても対応できない場合もあると思うが、つなぐとはどういう形になるのか?」と聞いてみた。
すると、
「本人が求めるのであれば手続きに入るまでの対応はします」と言う。

さらに
「では、法テラスでもリーガルサポートでも、実際の利用手続きが済み、具体的な事柄に入っていった時、相手は本人に様々な情報を聞き、判断を求めていくこともあるかと思うが、先方は本人の事をよく知らないし、本人も何をどのように判断してよいか困ってしまう場合もある。そこは、専門員や生活支援員が常に同行(同席)し、本人が語りきれない理解しきれない事をサポートする必要があるとも思うがどこまで関わるのか?」と聞く私。
すると、
「私たちは、本人の了解を取った上で、こちらが持っている情報を提供するだけで、そこまで私たちが関わることはありません」という。

業務外であることは理解できるし、つないでくれるとも言うが、それだけで事がスムーズに進むと思わない私は、ちょっと不安になって
「先程、後見人の利用という言い方をしていたが、後見人制度の利用であれば、補助・補佐・後見という類型があるし、後見人(すなわち被後見人になる)申請の手続きということではないですよね」
すると、
「本人がどの類型になるかは私たちの判断ではなく、裁判所が決めることなので、その必要があるなら司法書士を使うとかになります」という。

いやいや、
「私がお訊ねしているのは、現状権利擁護事業を利用している知的の当事者が、非日常である財産相続の話で、第三者にどう関わってもらえるかと言う話」
「成年後見人制度を利用するのも一つの手だと思うが、その申請をすると、多くが被後見人にされてしまう」
「法テラスの人もリーガルセンターの人も司法書士も、本人と初めてやり取りする中で、自らの業務に徹してやり取りしたら、本人はその事を理解できず、相手は理解できない人として後見人の申請をするということなる可能性もあり、業務外の制度を利用する際に、日常付き合っている人たちが支援するというのが必要と思うがどうだろうか?」
と聞いてみた。

すると、
「どの類型になるかは、私たちが判断することではなく、裁判所が判断することになるので、私たちは司法書士等につなげるということになります」という。

重ねて私は「判断するのは裁判所ですが、どのような形で申し立てるのか?現状権利擁護事業を使っているという点では、被後見人相当ではない人だから、そのような情報についてや後見制度を利用するにあたっての本人理解やその判断に専門員が関わらなければ、あれよあれよと被後見人になってしまうかもしれませんよ。」
「そうなれば、これまで権利擁護事業として関わっていた当事者は被後見人になることで、利用対処から外れるということになるように思いますがいかがでしょうか?」

すると、
「私たちの取り組みとしてはそこまで想定していないので、そのような場合どう対応するかは、又改めて連絡します」と言う事で話が持ち越された。

う〜〜〜ん

決して権利擁護事業を担う人たちを職務怠慢とは思っていません。
自らの業務をきっちりと誠実に担っていると思います。
又、自分たちの業務外だから関係ありませんではなく、
法テラスやリーガルサポートや司法書士につなげるといいます。
決して無責任とも思っていません。
又、成年後見制度を利用すれば必ず被後見人にされてしまうというわけではありません。
きちんと判断してくれると思います。

でも、
どれほど自分たちの業務を誠実に担い、業務外のことに対してもつなげる事を担ったとしても、
引き受ける側はどうでしょうか?
軽度の知的当事者の故に、ある程度のやり取りはできます。
わかりやすく、丁寧に、本人が判断できるように努めてくれると思います。
お座なりの対応をするのではないか?という不信感を抱いているつもりは毛頭ありません。

しかし、
それぞれがそれぞれの業務内のことを真摯にこなしたとしても、
それを引き受けるのは本人です。
一つ一つの事柄については理解できても、すべてが出揃ったところでの判断が難しいかもしれません。
事が具体的になったところで、初めて本人の意ではないと気づくこともあり、修正をかけるという事も必要な場面もあったりします。

権利擁護事業所が本人の了解をとって情報提供する事柄は、
これまで関わってきた中での情報でしかなく、
新たな事柄に直面した当事者がどのような判断をするのかわかりません。
情報を受け取る側も初対面の人との関わりになるわけで、
一般的なやりとりしかできません。
その人固有の捉え方や考え方や判断の仕方が理解できていれば、
そこ理解する人が相手との橋渡しを支援とすれば、様々な事はスムーズに進みます。

でも、一般的な(それがたとえ簡易な言葉であったとしても)で相手とやり取りしても、
そこを外れてしまえば、「理解が困難な人」になってしまいます。
軽度の知的障害の故になまじっか言葉でのやり取りができるため、誤解を生んだまま事を勧めてしまうことがしばしばあります。

そして、「理解できない人」「判断できない人」であっても、一旦始めた手続きは止めることができず、
じっくり付き合う時間もない中で、手っ取り早く本人を被後見人にして、後は後見人と周囲とが手続きを進めていく。

100万円ぐらいの相続ならば、補助とか補佐と言う形で進行するかもしれませんが、
何千万円と言う相続ならば、その管理はより複雑になり、本人が担えないとなれば被後見人相当担ってしまうようにも思います。

「いやいや、後見人の申請には医師の診断書が必要だから、そこは本人を見て判断するだろう」と言う声もあります。
しかし、医師も又当事者の日常生活から切り離されたところで本人を診て意見書を書くわけで、
周囲がその手続を行えば、初対面の医師に対しフラットに意見を求めることは難しいと思います。
本人を診ずに書面だけで意見書を書く人もいるらしいですが、
軽度の当事者が実際に診察を受ければ大丈夫と思われます。
でも、その段階での当事者は「とにかく病院に行って医師の意見書をもらってください」と言われるままに行くわけで、カクカクシカジカなので、「補助とか補佐で大丈夫だと思います」などと言えず、
「解らない/判らない」「難しい」「めんどう」などと連発すれば、たちまち飛行犬相当になるのではないかと思ってしまいます。
それ故に、何らかの歯止めを普段当事者と関わる専門員は持つことも、つなげる内に入っていくように思います。

すなわち。
本人は連続した暮らしと自らの環境(普段付き合っている人たちも含めて)の中で事柄に対する判断基準も築いています。
しかし、今回のように非日常の課題については別の支援が必要だと思います。
ところが、
非日常に支援を得ようとする時、その手順に関わる人たちは、個別それぞれの業務を担っていて、
業務外のことは申し送ると言う形。又、送られてきた情報を元に判断する形。
そこには、本人の連続性は消え、自らの業務から本人を観る事になってしまう。
担い手達がどれほど真摯に自らの役を担ったとしても、人を分断して判断してしまっては、おかしな判断になると思ういます。

私の周囲にいる重度知的当事者たちは、被後見人ではありません。(私が関わる前に被後見人になっていた人がいます)
あの手この手を駆使して、本人の暮らしと権利を懸命に守っています。
今回のケースでも、単に第三者を入れた方が良いという判断があるだけです。
そして、私がそのつなぎを支援するならば、私自身が懇意にしている弁護士や司法書士と言った人々につなげると思います。
それは、懇意にしている人を紹介するというのは、単につなぐという事だけでなく、
手続きの進行過程で不明な点が出てくればいつでも両者から相談が受けられる。
必要ならば、一緒に考え判断する事もやりやすいと考えるからです。
又、両者が判断に悩めば、さらに本人をよく知る人を巻き込んで一緒に考える事もできます。

これが、初対面の当事者で本人を取り巻く人たちと繋がっていなければ、私だってそんな対応はできません。

でも、
そういう繋がりがない人たちやつながりがあったとしても「専門分野の人」に委ねてしまっては、
それぞれがそれぞれの業務内の役割を担う結果、思わぬ事態を生み出してしまうように思います。

想像するに、
被後見人になる人の周囲にいる人たちは、決して悪意があって判断しているわけではないと思います。
今目の前で起こっている事柄に対し、なんとか解決するために相談していく結果、
次々に現れる人のそれなりの意見を聞いて従っていく内に、気づけば被後見人になっている/被後見人しかないと思い込んでしまう状況があるように思います。

それはそれで、
その折々の判断としてありだと思います。

でも、
現状の被後見人は、一度被後見人になってしまうとそれを解除することは非常に困難です。
なぜなら、「判断能力がない」と言う事で被後見人になっているわけですから、
「私は被後見人を解除したい」と言ってもその判断を認めてもらえないからです。

一つの権利を守るために、その他の権利をすべて閉ざされていく状況を考えると、
現状の後見制度は恐ろしくて利用できません。

しかし、本人の権利が脅かされる事はあります。
今回のケースでいけば、第三者が入らないまま本人が親族とやり取りしたら、本人は訳がわからない内に不利益を被る可能性もあります。

よって、
まもなく国会を通そうとしている「成年後見制度推進法案」は、何も整備されていない中で被後見人にされてしまう状況を推進する法案であると認識し、通過を阻止する必要があると思います。

又、本当に成年後見制度が本人の権利を保障する制度であるならば、推進法案などと言うものがなくても、
どんどん利用されるように思います。
ただし、その場合には事柄の解決のために利用するとか期限を厳格に設けて利用するというものでなければ、
◯◯勧誘詐欺まがいの事になってしまうように思います。
posted by 岩ちゃん at 13:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 成年後見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

Sさんの訃報

重度身体当事者のSさんの訃報が届く。

府中療育闘争後もう一つの形。入所施設内で暮らす当事者の自治権を獲得した入所施設で暮らしていたSさん。
昔私はSさんに、「入所施設は入所施設でしかない!」「でも、あなたが選んだなら」と入所施設はSさんの住まいとして、それ以外の場でいろいろと付き合ったり、その住まいを訪ねたりしていた。

Sさんが若いころは、施設職員を手足のごとくに使い、彼のみならず職員を引き連れ外出を頻繁に重ねていた。
その後10年ほどたったある日、施設を訪ねてみると自治権は未だ保障されていて、職員を手足のようには使っていたが、自治権獲得に動いた人たちは皆年老いて、遊びのために外出するよりも病院通いの方が多くなっていた。
限られた職員の数を前に、通院が優先され、他の人たちの外出は極端に減っていた。

「当事者の自治権!」と言っても「施設は施設」という事私の想いの方が正しかったと思った。
本人もそう言っていた。

だから私は、「そろそろ施設を出て暮らすのもいいのでは?」と聞けば、
「そんなエネルギーはないよ」という話になっていった。

そして、今回の訃報。
年末に体調を崩し、1月に亡くなられたとの事。

その訃報は彼の要望としてあったわけでも、職員が必要と思ったわけでもない。
たまたま私の会の会報をSさんに送っていたため、
職員からの第一声は「○○園の△△です。Sさんは退所されたので、今後の送付は不要です」だった。

私はてっきり、「いよいよ施設を出て町で暮らす」のかと思い。
明るく「それはそれは、どちらに移られたのでしょうか?」と聞いた。

すると、
「実は、1月に亡くなられて・・・」という形での訃報。
亡くなられて2か月が既に経つ今日。

「入所施設で亡くなられた場合はどちらに連絡するのですか?ご本人が関係していた方たちに連絡はしないのですが?」と聞けば、
「守秘義務もあり、親族がいれば親族に連絡を入れ、親族の方から関係者に連絡する」という。

私は、Sさんの親族を知らない。
たぶん、親族も私たちの関係を知らない。
その意味では、彼は親族の影響下を離れ、
地域にいる私たちと自らの意思でつながっていた。

しかし、
そんな彼と私たちの間にある関係も、
「守秘義務」の一言で連絡がされない。
Sさんに、たまたま会報を送っていたから連絡が入ったわけだが、
もし会報を送っていなければ、彼に関わった地域の人たちは誰も知らない中で、その存在を抹殺されていく。

私以上につながりの深い人達に連絡を入れる。
誰一人として、連絡を受けていない。

ある人は「入所施設だから、線香の一つも上げに行けないんだろうね」といった。

地域の人たちはSさんとのつながりはあっても、
Sさんの親族とのつながりはない。
なので、親族の住所を伺い訪ねていくというのもなかなか難しい。

せめて、亡くなる前に入院し治療にあたっていたときに連絡があれば、生前のSさんに会えただろうに。

いろんな思いを語ってもらえただろうに。

今は時すでに遅し。

私自身は亡くなった方の事よりも亡くなる前に作ってきた本人の関係の方が重要だと思っている。
だから、そのような関係があったのかを伺う事で、Sさんの意思を理解し、Sさんの想いを受け止め、次につながっていくことが残された者の役割だと思っている。

でも、
人知れず亡くなられたSさん。
何も引き継げないままにいなくなってしまった。

なんとも・・・・

入所施設は、やっぱりおかしいと思う。
posted by 岩ちゃん at 13:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする