2015年10月12日

伝える/伝わる

私達と異なる世界観を持ちつつ私達の世界観の中で生きている知的や発達の当事者たち。
彼らと日々やり取りしていると、
「伝える」ことと「伝わる」ことの間に大きな開きがあることを思い知らされている。

こちらは相手に解りやすく伝える。
相手はそれに応えて「はい」と了解する。
しかし、
その「はい」が「了解」の「はい」ではなく、
「聞きました」ぐらいの意でしかなく、
「聞きました。(でも、よく解りません)」の(  )部分が言えず、
言葉になった部分だけを私たちは受け取りその先を対応している場面がたくさんあるように思う。

こちらが伝えた事と相手に伝わったこととの違いはなかなか理解できない。
なので、伝わっていなかったという後々の結果も糧に、
個々の当事者とやり取りを重ね、
その差異を意識し、
懸命に「わかりやすさ」を追究する。

言葉だけでなく文字にして伝える。
漢字にふりがなを振る。
絵や写真を使い説明する。
事前に予行演習をして混乱をなくす。
当事者をよく知る介助者を手配する。
相手に通じる言葉を考える。
等々。
本人に伝えるための努力を懸命に担う。

それでも「伝える」ことと「伝わった」ことは違う場合がある。

「伝える」ことと「伝わる」ことは違うという前提を持って日々やり取りしているのだが、
「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」という現実に遭遇すると、
「あれだけ懸命に伝えたのに、あなたもその時わかりましたといったのに」と
「伝える」側の責任ではなく相手の責任にしてしまう。

「解りやすく伝える」というのは支援の側の責任。
しかし、
本人が「はい」といった瞬間に支援者の責任は消え、
後は全て本人の責任となってしまう。

それは、
支援者が「伝える」努力を懸命に担えば担うほど、
「伝わっていなかった」時の当事者の責任が大きくなる。

「伝える」と「伝わる」というのは本来相互作用であるから、
その結果においては、相互に責任が生じるものだと思う。
しかし、その責任は前半は支援者で後半は当事者が負うというような区分担っているように思う。

支援の側の責任は「伝える」という行為から「伝わったか」という確認、そしてその実際の全域に渡り存在するものだと思う。
当事者の側も同様に「伝えられた」事柄に対し、解るまでしつこく聞くとか安易に「はい」と言わないと言った事から、相手の意図と違っていたらそこから一緒に考えようとする責任とかがあるように思う。
(ただ、当事者の側の責任と言っても、それを奪ってきた私達の側の責任があると思うが)

「伝える」「伝わる」そして、その実際。

全てに渡り全てに責任を負うということであれば、
実は
「解りやすく伝える」ことだけに懸命になりすぎると、
最後までたどり着けず、結果当事者の側を責める事になるように思う。

決して「解りやすく伝える」という事を放棄するという話ではない。
ただ、懸命に「解りやすく伝える」ことのみに頭を回し続けていると、
本当に「伝わっているか?」という疑問に意識はいかず、
又結果「伝わっていなかった」時に起こる不具合にどう対処するかという次なる展開へは進めず、
当事者の側のみを責めてしまったり、当事者の能力のせいにしてしまい、
支援者のエネルギーを、次なる相互の関係につなげるに至らないように思う。
そうなると、次の「伝える」という場面での「解りやすく伝える」という行為も、
「どうせわからないなら」となってしまうように思う。

支援者と一言で表しても様々なので、どこにエネルギーをかけるかも人それぞれ。
何が良いか悪いかではないと思う。

「解りやすく伝えること」に懸命になる人がいても良い。
「伝わったか」を検証する事に力を注ぐ人がいても良い。
「結果」から次の場面での伝え方を考えるということを強く意識する人がいても良い。

逆に一人の支援者がオールマイティーにこなせるとは思わない。
こなしているように見える場面もあるが、
それは、固有の関係の中で成立しているだけで、
全ての人に当てはまるものではないと思っている。

あくまでも私の場合だが、
長年当事者たちと付き合っていると、
私が意図したことが相手に伝わっていないという場面を何度も遭遇してきた。
懸命に伝えようとすればするほど、伝わらなかった時のショックは大きく、
自分自身を責め、相手を責めてしまうことがしばしばあった。
又、自分自身を責めるということはとてもつらいので、その割合は相手を責める方へと傾いてしまうということにも気づいた。

なので、
あくまでも私の場合だが、
「解りやすく伝える」事に努力するよりも、
相手に「どう伝わっているか」を意識する。
「どう伝わっているか」に関心を持てば、
現れる結果に対し、その場の対処も柔軟さが増す。
「それでは伝わっていなかったか」と私自身を振り返る機会になり、
次の「伝える」ことにおいて「今回の不具合を次に活かす」ということに関心にもつながる。

「解りやすく伝える」ことの努力よりも
「伝わったか否か」を理解/意識することに努力する。

限られた空間の限られた時とは違い、
生活という日常における「伝える」「伝わる」を考える時、
そこにある大きな開きを常に意識し続けるための、
私としては結果からやり取りしている。

そんな私だけど、
「解りやすく伝える」というアイデアは非常に乏しい。
だから、「解りやすく伝える」事に懸命になる人の存在はとてもありがたい。

自分の取り組みが「必ず伝わる」という努力を重ねることは大切だと思う。

だから、「伝える」「伝わる」ということの大きな開きを互いに意識して、
その間を埋める努力は、様々な人との連続性の中で積み重ねていきたいと願う。
posted by 岩ちゃん at 00:00| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

Kさんの段取りと支援者の段取り

今朝、自閉症を伴う重度知的のKさん宅へ介助者として伺う。
泊り介助を担っていたNさんが調理中。
「交代時間直前に依頼されました」との事。

依頼の内容は、焼ウィンナー・コーンスープ・アップルパイの3品。
焼ウインナーとコーンスープは仕上げ段階で、アップルパイは手つかず状態。
Nさんがそのまま作業をしながら引継ぎ。
アップルパイのみ私が作る事になった。

その他あれこれ引き継ぎをしている所に、
家主のKさんが現れる。
私は「Kさん。私がアップルパイを引き継いで作りますね」と言いかけた瞬間に、
ドタバタと暴れ出す。キーキーと声をあげ、「ハイ!ハイ!」と応える。
(この場合の「ハイ」は「了解」の意というよりも話しかけないでの意)

それを見た私は「ごめん!ごめん!」と謝る。
それは、たぶん彼なりの用事があって出てきた所に、私が声をかけたと思ったから謝りました。

でも、
もしかしたらアップルパイの件かもしれないとも思いました。
すなわち、
Nさんにアップルパイ作ってもらおうと頼んだのにNさんは帰ってしまう。
私にアップルパイを作ってもらいたくないのに、作ろうとされている。

そんな風に想い描くと、
Nさんに対して、「アップルパイができるまで介助を延長して」とお願いする。
Nさんがいなくなってしまうのだから、Kさんにアップルパイをあきらめてもらう。
という対応が頭に浮かぶ。

アップルパイが好きなKさんだと知っている私は、
いづれ私にも作らせてもらえるよう努力する。
無理くり作ってみて反応をみるという事を考える。

私は「アップルパイを作る」事自体誰が作っても同じだと思う。
でも、同じでない自閉症の彼。
そこも理解し、さらに「依頼する」という困難さもあれこれ思い、
私はいかに応えていくか等と考える。

「私がアップルパイを作る」と伝えるとドタバタ落ち着かない彼。

あれこれ考えるもふと頭を過った事。
泊り介助のNさんが交代時間のためにできなかった事を、
「アップルパイは、後のヘルパーさんにお願いしておきました」と言って帰る。
私は「Nさんから引き継いだよ」とその後を付け加える。
すると、Kさんは私にやらせてくれる。
そんな事を思い出した。

そして、
Nさんに改めて「アップルパイを作るの。お願いしましたから」とKさんに伝える。
Kさん「はい!」と自室から応える。
(先の「ハイ!」ではない雰囲気)

改めて、「アップルパイを作りますね」と私が言うと。
「はい」と応えるKさん。

結局アップルパイは、無事つくる事ができた。

そんな朝の介助を振り返ると、
Kさんは「Nさんにアップルパイを作って」と依頼する。
その依頼に応えるという事は、「アップルパイを作る」に応えるのではなく、
「Nさんがアップルパイを作る」という事。
それが叶わないのであれば、
「Nさんにアッププルパイづくりを依頼」したが、「Nさんに」の部分の変更を求め、
その了解の下「私がアップルパイを作る」という事にしなければならないのだろう。

そこを「同じアップルパイ」と想い描き、それをなぜ作らせてもらえないのか?
なぜ、Nさんでなければならないのか?とだけ描いていては、答えは見えない。

今朝のKさんにとっては
Nさんであっても私であっても良かったのだと思う。
ただ、依頼した相手はNさんだから、Nさんから私への変更を了解できれば良かったのだと思う。

でも、
その事を端折り、「アップルパイを作る」事のみ目を奪われていると、
Kさんにしても私にしても、互いに了解が取れない中で先々しんどくなっていくのだろうと思った。

当事者が描く「段取り」は、ともすれば「こだわり」と捉えられる。
支援者が描く「段取り」は、「常識」として暗黙の中に置かれ、互いの常識が一致していなければ、当事者の側の能力や責任にされてしまう。

「段取りを組む」というのは、
お互いが想い描いている事を交換し合い、互いに結果を出すために組むんだと思う。
「組む」という中にある、互いの「段取り」
私たちの「段取り(無意識下のものも含む」を押し付けなければ、上手くいく事があるんだというだと思いました。
posted by 岩ちゃん at 14:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

本人中心から課題中心へ

重度身体当事者たちの自立生活運動。
「本人中心の介助/介護」を勝ち取ってきた。
親や教師等を中心に担われてきた就学運動。
「障害の有無によって子ども達を分けない」事に取り組んできた。

私は、
自立生活運動と就学運動とは同一線上にあるものと思ってきた。
しかし、
意外にそうではなく反目しあう場面があり、
どこか別物として、共闘を組むということはなかなかあり得ない。

何故か?
単純に見れば、
自立生活運動は「障害当事者本人による運動」であり、
就学運動は「障害児の親たち」の運動として置くならば、
後者は本人の運動ではないため同一線上とは言えなくなる。

それで、
私はなぜ同一線上にあるといえるのか?
それは、
私自身が「障害当事者」ではないし、「障害児の親」でもない中で今日まで様々な取り組みを担ってきたからだと思う。
障害の有無にかかわらず、子ども達の関係づくりが活動の中心であった時。
その先にある自立生活(親もとを離れ当たり前に暮らす)ことは一つの目標であった。
逆に、子どもたちが大人になり、実際親もとを離れ自らの暮らしを営むようになったら、
日常生活の支援に関わる私は、いま大人となった人たちの人生の連続性と継続性を意識し、
就学運動を担ってきたからこそ見える様々なことがあると感じている。
又、30年前「子どもたちの将来を思うと」と教育委員会や学校側から言われることに対し、
同じく「子ども達の将来を思い」と切り返してきた。
しかし、そこにはまだ見ぬ将来があり、ひたすら信じて取り組むしかなかった。
でも今は、かなりの確信を持って信じてよかったと思っている。
さらには、当時学校や教育委員会と戦うしかなかった事が、
新たな視点で将来にとって必要となる取り組みもあれこれ考えられるようになった。
(とは言っても、学校や教育委員会は耳を貸さないけど)

そこで考えるに、
「当事者中心」という言い方は私もしてきた。
「当事者中心に」といった時の、「私の主体って何?」とも悩んできた。
「結局私は私でしかない」と開き直ったことも。

でも、
この「本人中心」という言い方。
世の中誰一人として単独で暮らしているわけではない。
介助/支援と言った人たちだけが関係者というわけではなく、
地域にいる様々な人とのつながりや関わりがあってこその地域生活である。

しかし、
社会の側は、「障害者」と呼ばれる人たちと関わりたくない。
「自分も同じ立場になることもある」という目に見える身体機能面での同一視は広がっているように思うが、それは、どこまでいっても健常者社会の許容量の拡大でしかなく、
許容量の外・想定外の事柄については、排除が拡大されているように思う。

「本人中心」という時、
どこか「私達健常者に迷惑がかからないならどうぞご勝手に」となっている現実を感じる時がある。
昔と比べれば格段に進んでいるように見えても、
一旦健常者社会が迷惑と判断したらたちまち切られていく。

果たしてそんな「本人中心」で良いのだろうかとも思う。

あれこれ考えてきた私だけど、
「本人中心」という時の自分の立場の拠って立つところの無さ。

それでもここまでやり取りしてきたことを振り返れば、
どうも、
「本人中心」というよりも目の前に起こっている「課題中心」という発想で取り組んできたからのように思う。
輪の中心に重度知的当事者や急性期の精神当事者を置くと、
たちまち私達の価値観が大きく作用し、関わる人たちのコンセンサスを得るところからはじめなければならず、待ってくれない支援。拠って立つところがない故に支援の場を去る人。
長年取り組んできた者や障害児の親や障害の専門家たちに逆らえない、
新人や障害児の親でない人や一般人たち。

そんなこともあれこれ見てきた中で、
そろそろ「本人中心」という表現を止め、
「輪」の中心に「課題」を置く「課題中心」の取り組みという発想が必要かと思う。

課題とは何か?
私の場合は「障害の有無に関わらず、誰もが地域で当間に過ごす」という想いに対し、それを阻害される事柄が課題だと思っている。(なので、障害に関わるありとあらゆる事柄が課題となってしまっている)

例えば、
普通学級に入学するという課題。
普通学級に通い続けるという課題。
子ども達の放課後という課題。
進学や就職といった課題。
人生の選択と言った課題。
親もとを離れて地域で暮らすという課題。
その他あれやこれや。

その時々に現れる「課題」を当事者自身もその親も周囲の人達も同一円の線上に位置して、
ともに課題を解決していく。

障害当事者も特別な人ではなく、
「課題」解決に向けた一メンバーとして位置すれば、
その場から排除するわけにはいかない。
又、
排除せずに検討検証する方法が課題となる場合もあるだろう。
それでも、一メンバーとして存在し続ければ、自ずと課題の解決も見えてくるように思う。




posted by 岩ちゃん at 13:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

成年後見制度利用を推進するならば・・・

成年後見制度は、意思決定に困難さを抱える人たちの権利を護るためにあると聞く。

しかし本当に、必要とする人たちの権利擁護の手立てになっているのだろうか?は、非常に怪しくその趣旨を理解しつつも使うに使えないと思っている。
そして、使わずとも地域の中で自らの権利が保障され暮らしていける方法を様々な形で模索し続けている。

なので、
私が直接かかわる重度知的当事者たちのほとんどは、被後見相当であっても後見制度を使わず、
当事者の周囲にいる人たちと様々な形で協議し、本人の権利の保障と自らの暮らしを支援している。

でも、
知人の中には、様々な理由で被後見人となった人たちもいる。
例えば、
・後見人をつけなければ施設入所させられてしまう。
・親の財産相続を巡り不当な扱いをされる。
・事業所に囲い込まれ、本人の暮らしが脅かされている状況からの救出。
等。
(中には、私たちと出会う以前に被後見人となった人もいる)

本人の権利が脅かされる状況下で、後見人をつけて対処するという選択は否定しない。

ところが、
現状の制度では、一度被後見人になると一生被後見人として過ごす事になる。

例えば、
遺産相続をめぐる事柄で、後見人をつけざるを得ない事はあると思う。
事を解決するために必要となる後見人はありだと思う。
必要とするのは相続という「事を解決する」点にある。
しかし、「被後見人になる」事を選ぶと、
解決した後も被後見人として過ごす事になる。
その事によって本来必要ない事までも後見人に判断されてしまうことになってしまう。

成年後見制度利用推進法案が進められている。
最近、後見人の不正問題がしばしば取り上げられ、推進をわけもわからず後押しするように仕向けられているように感じる。(財産横領を巡っては、金額だけが報道されているが、実際の件数は何件何だろう?資産家であれば、億単位の不正もできる。しかし、生活保護受給者の場合、横領しようにも横領するお金が無かったりする。制度利用件数に対し、前者であれば件数は極端に減り、後者であれば極端に増える。単に金額で右往左往するのは、生活保護の不正受給を巡る話に乗っかり改悪を重ねてきた状況をなぞる事になるように思う)

そもそも成年後見制度の問題点は、
人を「被後見人」という形で規定してしまうところにあると思う。
「被後見人」=「意思決定できない人」に代わり、後見人が決める。
悪意のある人もいるかもしれないが、
本当に後見人となった者が、被後見人の意思をしっかりと汲み取り執行できるものかとも悩む。

不正が起こるのは、後見人の資質に委ねられている面があまりに多いからだと思う。
しかし、資質に委ねず書面やシステムを構築・強化すればするほど、
後見人は、無難な線で後見業務を担うしかない。
不正はなくなったとしても、本人は後見人が裁かれない範囲の中でしか暮らしていけなくなる。

後見制度は必要と思いつつ、現状の制度では使えないという立場。
だから成年後見制度を見直す必要があると考える。

市内後見のような考えもあれこれ模索する。

でも、
必要なのは「事柄を解決する」事になるならば、
個人を被後見人として一生縛るのではなく、
事柄を解決するために後見人を存在させるようにすれば良いように考える。

すなわち、
事柄限定で後見人をつけ、
事柄が解決されれば解任される仕組みが必要だと思う。
又は、
人の暮らしに関わる事なので、事柄のみに関わるだけでは解決が遠のくこともあるかもしれないので、
後見期間を設けるのはどうだろう?
例えば、
後見期間は最長3年間と決める。
3年経てば解任を前提にする。
但し、更新の必要性が明らかならば更新も可とする。

そうすれば、
事柄の解決のために後見人が第三者として関与できるし、
解決すべき事柄に、当事者と相手方双方が納得いく形を生み出せるだろう。
期限があれば、下手な不正はできない。
期限内にすべきことが明らかな分、取り組む事が明確になる。
期限内に事を終えるためには、当事者と日常的に関わる人たちとの連携が不可欠になる。
期限があれば、被後見人が亡くなるまで後見業務が続くという不安定さがなくなる。
期限が定まっていれば、期限後別の人の後見を担う事もでき、現在後見人の担い手が不足している状況も改善されるだろう。

そして、
制度を巡り解決しなければならない課題は他にもたくさんある。
しかし、
後見の期限が定まっていれば、とりあえずは利用する事もできる。
制度によって縛られる状況があるならば、制度利用を止めれば良い(自動的に終わる)ということになる。

なので、
あれこれ改善して欲しい事は山ほどあるが、
利用を推進するために制度や法律を変えるとすれば、
手っ取り早く、「後見期間を定める」という条文と「更新理由を明らかな場合に限り更新を可とする」という条文を入れてもらえれば、結構使える制度になるかもしれないと思う昨今です。
posted by 岩ちゃん at 13:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 成年後見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

パニックルーム

人混みが苦手な自閉症を伴う重度知的当事者。
人がたくさんいる所に寄らなければ良いと思うが、
何か一旦事が起こったところにこだわり、あえて人ごみに立ち寄る。
又、暮らしの上で立ち寄る必然があるため避けようがなかったりする。

そんな彼のガイヘル。
夕方の買い物客でごった返すスーパーに彼は立ち寄る。
人混みが苦手な理由はたぶん2つ。
一つは、人に触れてしまう(触れられてしまう)事。
もう一つは、人の視線。

彼は、大きな奇声をあげて自分の存在を周囲に知らしめ、
人が自分を避けてくれる事で、人に触れることなく目的の場所に辿りつく。
しかし、
それは同時に、人の視線を集めることになる。
彼に対する偏見や悪意がなくても、人は大きな奇声を耳にすれば、その方向を見てしまう。
大部分の人は不思議なものを見るように彼を見る。
でも、中には悪意に満ちた視線を投げかける人もいる。
時折、「うるさい!」と声をかけられたりすると、
自分が奇声を発した事とは言え、周囲の支線にパニックになる。

私は、ひたすらそんな彼に離される事なく後をついていく。
奇声は発するも「大したことではない」という表情を懸命に作り、
彼と私とは繋がっている事を周囲に知らしめつつ一緒に歩く事に努める。

そんな彼がある日突然、
トイレに駆け込んだ。
そして、トイレ内にある扉を思いっきり閉める音とともに、これまで以上の奇声が聞こえてきた。
そして、すっきりした顔で出てくる。
その日、それを何度か繰り返す場面を見て気づいた事は、

避けようもない人混みにおいて、唯一一人になれる空間がトイレの個室。
耐えきれない自分自身をその中で一旦解消して出てくる彼。

何度目かの時、
彼と同時ぐらいに女性が女性トイレに入って行った。
その瞬間に起こった奇声とトイレを閉める音。
その女性は慌ててトイレを出てきた。
その手前で彼を待っていた私は彼女に、
「驚きましたよね〜」と声をかけた。
「びっくりしたわよ〜」という彼女に、
「当然ですよね。」と同意した上で、
「今入って行った彼は、人混みが苦手でトイレに入り気持ちを落ち着けているんですよ」
「それでもびっくりしますよね」と説明した。

すると彼女は、
「そうなの〜。でも、びっくりしたわよ」と安堵と緊張がごちゃまぜの表情を見せた。
そして、
トイレから平然と出てきた彼を見て、
「そういう事なのね」と言い、
「では」と言って私は彼の後をついてその場を離れた。

再び、店内で彼女とすれ違う時。落ち着いた彼を見て何とはなしにすれ違った。

そんな様子を見ると、
トイレが彼にとってのパニックルーム。
私たちにとって人混みは人ごみでしかないけど、
彼にとってはその人混みがパニック要因。
それを回避するためにトイレに駆け込む。

知的当事者にとっての合理的配慮とは何か?
という疑問を持つ私。
人と人との関係の中に起こっている事として考えれば、
スロープやエレベーターを作るという配慮だけではどうしようもないと思っている。
「関わり方マニュアル」を作ってみても、相手があっての話なのでそれもしっくりいかない。

でも、
もし、スーパーや駅や映画館等人がごった返す場所に、一時避難できる場所が設置されたとしたら。
トイレという手もありだけど、すでに先に使っている人と遭遇すれば、彼にとっては安心できる場にはならず、帰ってパニックを増幅させてしまう。
だからこそ、
一時避難できる囲われた場所を設置してもらえると、自閉症と伴う人たちはかなり安心して社会に進出していけるように思った。
posted by 岩ちゃん at 06:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

「失敗は成功のもと」にならない当事者たち

「失敗は成功のもと」というのは、
どこか成功したものが、過去を振り返って言う言葉のように思う。
でも、
私たちは幼い頃から小さな失敗を積み重ねて今日に至っているというのも実際だと思う。

ところが、
これが障害者と呼ばれる人たちにとってはどうだろうか?
自閉症圏にある重度知的当事者たちに対しては、
「失敗よりも成功体験を」と言われる。
それも決して間違いとは思っていないけど、
これがこうじて、
「失敗させない支援」となってしまうと話が違ってくるように思う。

「失敗をする権利」という事を言う障害当事者もいる。
それも間違いではないと思う。
他の人たちと同様に、障害があっても失敗をする権利はあると言うのは、
「失敗から学ぶ権利」だと言っているのだろうと思う。

ところが、
一度の失敗が形となって同じことを繰り返し、事をどんどん大きくする人たちがいる。
一度の失敗が極端なトラウマとなり、私たちが思い描く以上に後々まで事を引きずってしまう人たちがいる。
だから、
「失敗させない支援」というのも解るような気がする。

でも、
なにか腑に落ちない。

過去、警察沙汰になるほどの大騒ぎとなった自閉症を伴う知的当事者は、それ以後その場所へはいけなくなった。又、大好きだった博物館には、騒ぎになるも出かけていたが、
繰り返される騒ぎに「出入り禁止」とされてしまった。

正しく、
「失敗が成功のもと」にはならず、
事が起こる毎に世界が狭められてしまう現実が彼の人生にはあった。

そんな彼は、年月を経る中で、
以前大騒動になった場所に行けるようになり、
「出入り禁止」となった博物館にも行けるようになった。

ガイドヘルパーを使い、おっかなびっくりで数年ぶりに訪ねて行った。
そして、
ガイドヘルパーとして同行してみると、
騒ぎの原因が、
本人が理解しているルールとそこでのルールが違っていて、
その違いに本人もそこにいる人たちも気づかないまま事を進めた結果騒動になったことに気づいた。
又、
文脈なく語る彼の話の内容が相手には理解できず、
なんとか理解してもらおうとする彼の語りがますます理解されず、
逆に「こだわり」「しつこさ」という評価になってしまう。
理解されない彼と理解しようとしない人との結果が「出入り禁止」という事態を生み出したようにも思えた。

原因が判れば、対処の仕様も変わってくる。
ルールが違うならばルールが違うことを本人に伝えれば良い。(単に言葉の上で伝えるのではなく、実際にやってみたり、ルール通りのお店とルール通りでないお店を利用するとか)
相手に内容が伝わらなければ、相手が理解できる程度の話を補足すれば、あとは本人との会話が成立し、
会話が成立すれば、なんてことない話と本人も相手も理解する。

この件においては、
たまたま原因が判ったから対処もできた。
原因を想定できたとしても、本人がトラウマとして二度といかなければ確かめようもないし、
相手の誤解も解きようがない。

その手前で様々な関わりを作った上で、本人が訪ねて行く気になったから実現したこと。

でも、その手前の関わりがなければ、
一度の失敗は二度と取り組むことはない。
「出入り禁止」というルールを自らが変更するための取り組みをすることもない。

結局、
自閉症圏にいる知的当事者にとって、
「失敗は成功のもと」といえるのは、
身体当事者たちが「私たちも失敗から学ぶ権利」を求める事の上に、
「学ぶ権利」を実行するための支援が必要なんだと思う。

そして、
「失敗しても、支援があれば大丈夫」という事があってこその「成功のもと」なんだろうと思う。

ただ、
そんなことを言っても、何が失敗で何が成功なのか?という問いが常にある。
支援者が考える成功を本人に導くことが支援だと誤解する人達は多い。
又、
そもそも、失敗は全て本人の責任なのか?
世の中には様々な人がいて、様々な人がいるから常におりあうことが必要なのに、
一方的な「世間の常識」を当事者に押し付け、それが守れない時に「失敗」としてしまう価値判断が歴然とあったりする。

「支援・支援」と偉そうにいう私の中にもそれはある。

「失敗」が「成功のもと」になるとは、
言うは易しく行うは難しということになり、
まだまだ、当事者たちに様々な事柄を押し付けている私がいるように思う。
posted by 岩ちゃん at 13:25| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月24日

知的当事者に対する合理的配慮「わかりやすさ」って?

全国手をつなぐ育成会連合会のHPに
「知的障害のある人の合理的配慮」検討協議会報告書、およびわかりやすい情報 提供のガイドライン」が載っていた。

「合理的配慮」という言葉が巷で聞こえるようになってきたが、
知的当事者に対する「合理的配慮」ってなんだろうと常々思う。

そして、
記事の内容を見れば「わかりやすさ」という言葉で様々な事柄が報告されている。

確かに、「知的」障害故の「わかりにくさ」は巷にあふれている。
私たちにとっては何ら問題なく理解できる単語でも、
知的当事者にとっては難解で意味不明な言葉であり、
日本で生まれ日本で育ち日本語を使って入るが、外国にいるかのような状況が巷にあふれていると思う。

だから、
「わかりやすくする」というのは、「合理的配慮」なんだろうと思う。

しかし、
ふと湧き上がる疑問。
「わかりやすさ」って何?

様々な当事者と日々関わっていると、
確かに、「その人にとってのわかりやすさ」というものはあると思う。

例えば、計算が苦手な知的当事者がコンビニで買い物をするとしよう。
Aさんは、いつも千円札を出して買い物をする。
Bさんは、財布に手を入れ掴んだ小銭を順次だし、代金に達した時に店員が受け取る。
Cさんは、お財布を差し出し代金分を店員にとってもらう。
Dさんは、計算ができないので一つずつお金を払う。
Eさんは、お金の概念自体が解らず、ガイドヘルパーが代金分を本人に渡し、本人が支払う。
Fさんは、欲しい物を手に取り店を出るので、ガイドヘルパーは本人を静止しつつ代金を支払う。
Gさんは、Hさんは、Iさんは・・・・
と、
個別「買い物をする」「代金を支払う」ということにおいての「わかりやすさ」は様々で、
Fさんについては、ともすれば窃盗に間違えられてしまう可能性もある。

「わかりやすさ」と一言で済ませられない何かがそこにある。
「わかりやすさ」のガイドラインそのものが、かつて当事者たちとのやり取りの経験したことのない者にとっては大きな負担であり、「合理的配慮」の必要性を説かれ、懸命に対応を考えるも、
その相手は様々で、考えたやり取りが通じないという事もある。

でも、
AさんからFさんの例に上げた事柄を、
我が事務所のご近所にあるセブン-イレブンでは、それなりにやりとりしている。
長年、私の知人たちが利用してきたコンビニで、
新しいバイトの店員でさえ、そこそこの対応をしている。
(そのファーストコンタクトは、いろいろ大変なこともあるけど)

必ずしも常にうまくいくとは限らない。
常に配慮がされているとはいえない。
全ての知的当事者に対応できるとは思わない。

でも、
それなりに当事者たちは買い物をして来る。

「ここに合理的配慮がなされている」と言えなくもないが、
常にうまくいくとは限らない中で、
「合理的配慮」の有無で語ると無理がある。
又、
上手くいかない時に、
その責任はお店の側を責めることになりはしないかとも思う。

それでも、買い物ができるセブン-イレブンの存在は、常日頃から凄いと思っている。

それは、決して長い年月をかけ先駆的に「合理的配慮」を追い求めてきたのではなく、
長い年月をかけ「合理的調整」がなされてきた結果のように思う。

「配慮」とひとくくりでは語れない、個別様々な当事者にとっての「わかりやすさ」
他者にとっての「わかりやすさ」をあてはめても、
決して「わかりやすい」とは限らない。
個々の「わかりやすさ」はやり取りしなければ解らない。
様々な人とやり取りする中で「わかりやすさ」の想定は増える。

「わかりやすさの想定」を増やすためには、
「合理的配慮」という言葉で「結果(形)」を先に提示するのではなく、
私たちには理解できない「わかりにくさがある」という前提を持ち、
お互いの世界感の中で「調整」を図り続ける事が重要なんだろうと思う。

例えば
エレベーターを設置する。
と言うのは、
車いす利用者がエレベーターと向き合っているのではなく、
その場を所有する人と向き合い、何をもって「排除しない」かを考え、
「配慮」という名の「エレベーター」を設置する。

しかし、
知的/発達の当事者たちが抱えている困難さは、
ガチで相手とのやり取りの中で起こっている。

「人それぞれ」とは、
知的/発達の当事者と一括りではできない個別性がある。
それと同様に、
やり取りする私たちの側にも、様々な考えや価値観や段取り等々がある。

それぞれ同士の関係の中では、
何気にフィットする場合もあれば、
いくら考えても対応しきれない場合もあったりする。

だからこそ、
そこには「配慮」ではなく「調整」という形で、互いの状態や状況を出し合い、
次を生み出すことが必要なんだろうと思う。

「わかりやすさ」のガイドラインは、
関わるきっかけや関わり方のヒントにはなると思う。
しかし、
きっかけやヒントとしてのガイドラインではなく、
「エレベーターを設置する」と同様に、
そこに正解を求めていくと、
懸命になればなるほど、
うまく回らない状況は、当事者の側の責任になってしまうように思う。

だからこそ、
「配慮」ではなく「調整」なんだと思う。

そして、
「調整」にはプロセスが必要で、
「調整」を行うために様々な手立てを考える。

本人とじっくりとやり取りするのもしかり。
ガイドラインに示された「わかりやすさ」を試してみるのもしかり、
身近にいる人に当事者のことややり取りの方法を聞いてみるのもしかり、
出会うお客さんとのやり取りを店員同士で共有したり、
店員と当事者の支援者とが一緒に考える機会を設けたり。

「調整する」ことのためにやれることをやる。

そして、
「合理的調整」というものは、
正解がどこにあるかがなかなか見えない。
見えなくても、何らかの個別の正解がどこかにある。

「個別の正解がどこかにある」という想いを持つことが一番重要なことだと私は思う。

そして、
「必ずある」と自然に思えるようになるには、
幼い頃からともに学び/ともに育つ中で、
日々様々な事柄があっても排除されない。
排除されない中で、日々の事柄を解決していく。
そんな日常を子どもの頃から持ち続ける必要があると思う。

私は、
大人になってから「ともに生きる」とか「障害当事者に対する支援」等と考え担うようになった。
なので、
「どこかにある」というのはおとなになってからの経験としては持っているが、
「必ずある」とは思えない。常に「無理かもしれない。否そうではない」と自問自答している。

だからこそ、
幼い頃から「ともに生きる」「人を分けない」という事が必要なんだと思う。
そして、
「そうは言っても現実障害を持つ子どもが普通学級にいると・・・」という現実から「調整」を始めていかなければならないのだろうとも思う。
posted by 岩ちゃん at 10:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする