2016年01月31日

常連になれば

昨日のガイヘル。
当事者Sさんが向かう後をついて行くと、噂に聞いていた大判焼きのお店があった。
彼は、ガイヘルを使いでかける際には、しばしばそこで3個〜5個の大判焼きを買っている。
評判のお店で、私も何度か大判焼きを買ったことはある。
でも、彼と一緒に行くときは何故かいつも閉まっていて、
彼と一緒に買ったのは初めてでした。

Sさん「クリーム(入大判焼き)3つください」
店主「クリーム3つね!」
当事者「・・・・」
店主「◯◯に行ってきたか?」
当事者「行って来たよ」
などと、普通に会話。
たぶん、前日の介助者と一緒に来た時に話した会話の続きだと思う。
そのやり取りがとても自然で、Sさんと店主のやり取りに私が入る隙がまったくなかった。

確かに、その日「◯◯」に彼と行って来た。
でも「◯◯」は、彼にとってはいわくつきの場であり、多くのトラウマを抱える場。
子どもの頃、両親と一緒にでかけ楽しい思い出がある場所。
又、一人で出かけていった場所でもある様子。
ところが、
何度もトラブルを起こすために、親御さんの同伴が条件とされ、
それでも、トラブルが起こると言う事で、
出入り禁止とされてしまった。
それでも、
数年経った後ガイヘルを使い出かけていったが、
やっぱり大パニックになってしまい、
彼にとっては、行きたくても行けない場になってしまった。

そんな彼が、
私とは行けるようになった。
彼とその場に行けるようになったことで、
行けなくなった原因もあれこれ見えてきた。
それは、単に彼の障害や状態や認識だけでなく、
そこを運営する職員の無理解がたぶんに影響していると思った。

確かに、当事者が大きなトラブルを起こせば、それを担う人たちも又トラウマとなって、
彼がやってくる事に恐怖するのは解る。
彼は彼なりに、
職員がいなくなれば、トラウマを持つ人もいなくなり、改めて「◯◯に行ける」と考えていた様子。
「40歳になったら行く」と当初言っていた彼が、
「35歳になったら」
「30歳になったら」と年齢をどんどん引き下げるようになり、
同様に行きたくても行けない場に少しずつ行けるようになる中で、
「ヘルパーがいればどこにでも行けると思うよ」と伝え続けて、
ようやく30歳を待たずして行けるようになっている。

当然、月日が経っているため彼を知る人は少ない。
昨日職員に聞いた話では、「支援学校の子ども達もよく利用してます」との事。
なので、Sさんのような存在はよく目にしている。
彼の過去を知らない職員は、落ち着いて楽しんでいるSさんに何の懸念も抱かず対応してくれる。
しかし、
古くからいる職員は、露骨に彼を嫌い、
時に、彼を知らない職員に対し「要注意人物」として情報を提供し、
それを聞いた職員が、一瞬に顔を曇らせる様子を何度も見てきた。

それでも、毎回なんてことなく楽しんで帰るSさんの様子から、
実際にトラブルを目にしていない職員たちは、一利用者として受け止めている。

そこに至るまでに、Sさんとは様々な関わりを担ってきた。
彼が持つ世界観がどこにあり、
彼の世界観と私たちの世界観のズレがトラブルになって現れるなら、
私の役割は、いかに互いの世界観の折り合いを見出すかという事。
などと、様々な場面で様々な事を考え、考えてみたことを試し、その結果から再び考えてみることを懸命に担ってきた。

そんなこんなで、
Sさんが「◯◯行って来た」と言うのは、
それ相当の積み重ねが、Sさんにも私にも又、親御さんやその他彼を取り巻く人たちの中にある。
「行けるようになるまでの時間」も相当かかっている。

でも、
そんな事には、まったくお構いなく、
自然な会話ができる大判焼きの店主とSさん。

2人の会話に私が入る隙が全く無い中で、会話する2人を見ていると、
実は、私が見てきた事柄や聞いてきた事柄の外に、店主とSさんが自然に存在し、
その自然な関わりがあったからこそ、数年経ってSさんはその場に行けるようになったと思った。

当事者たちの支援を日々担っていると、
どうしても「本人の意思」や「自己実現」等を基に支援者としての関わりを意識する。
本人の意思や本人が求めていることがどこまで正確にはわからない知的当事者たちとの関わりにおいては、
思い込みを排除し、自らの価値観を意識化し、様々な場面や人との関わりの中から当事者の想いを想定して、具体的な関わりを担っている。

しかし、それらは時に煮詰まりを生み出す。
袋小路に陥る。
自戒する余り、何も手がつけられなくなり、
相手を責めるか、自分の役を放棄するかと言う事態に陥る。

いろいろ考え担っていると見えてくるものも確かにある。
決して、そんな私の関わり方を手離そうとは思わない。

でも、
店主とSさんの「どうでも良い」他愛もない会話。
大判焼きを手にするまでの僅かな会話。

そんな、二人の関係が存在する事が、実はあれこれ考え当事者と関わる事以上に大切な存在、大切な関係に思えてきた。
それは、Sさんに対してとか店主に対してとかではなく、
真剣に関われば関わるほど煮詰まっていく私自身を救ってくれるありがたい関係に思えてきた。

品物やお釣りの受け渡しに時間がかかるSさん。
後ろに並ぶお客さんの事が気になり、私はSさんに「ちょっと横にずれて」と後ろに並ぶお客さんに気遣う。
すると、店主は
「いいんだよ。待たせておけば」と私を一喝。

自然な二人の会話にも感動していたが、
私を一喝するその店主のあり様は、どこか私が追い求めているものを完璧にこなしている瞬間に思えてさらなる感動を覚えた。

障害当事者が「地域で生きる」と言うのは、
「地域で生きている人たちと生きる」ということだと思う。
当事者個人が暮らすためにその個人を介助するという事はある。
それ以上に、
周囲との関係を介助するということでもある。
地域で暮らしていても、本人の意に関わらずドアツードアで様々な場に当事者を囲い込、
地域の人達から離して、本人のみの暮らしを保障事を追求するものではないと思う。

ホームヘルプは、どうしても家の中でのやり取りになってしまうため、当事者個人の支援になりがち。
でも、
ホームヘルプと対になるガイドヘルプは、外での支援という点で本人だけの楽しみや本人の安全のみを保障知るものではないと思う。
他人への危害や損害を与えないためだけにガイドヘルパーが存在していたら、とってもつまらない仕事だと思う。

しかし、
当事者を介し様々な人との出会いを生み出すなら、
既に、様々な出会いを持っている人として付き合うなら、
こんな楽しい仕事はないと思う。

いきなり様々な人との関係を作るなんて、誰にでもできるものではないと思う。
関係の橋渡しをするには、当事者を知り相手を知らなければならない。
道行く人たちの中で、それを作るのはとても難しい。

でも、
行きつけのお店。
常連さんとして受け止めてくれる場が、
福祉関係の場ではなく、
ごくごくあたりまえに私たちが利用している場であったなら。
介助者以上(介助者が知っているとうじしゃとはべつの)に当事者のことを知る人がいて、
その人たちとの繋がりを大切にし、そこから介助者が得られるものはとても大きいと思う。
又、当事者と先方とのやり取りもそこから介助者が学ぶものもたくさんある。

なので、
ガイドヘルパーを担う時、
単に本人の興味や要望に即し出かけて帰ってくるだけではなく、
そこに存在する人との関係を意識しつなげていくこと、
すなわち
行く先々に「常連さん」として受け止めてくれる場を作っていくことを意識すれば、
本人にとっても、その場の人たちにとっても、介助を担う人たちにとっても、この先新たに介助を担う人にとっても、有意義な事になるように思う。

少なくとも、
「待たせておけばいいんだよ」と一喝してくれた店主の存在は、
よくよく考えてみれば、私の支援の不十分さを深く反省しなければならない事だと思うが、
介助者であることの前に、私も一人の人間として、2人の自然な関係へと引き釣り込んでくれる、ありがたい言葉でもあると感じた。

そして、
常連として店主と会話する関係を築いてきたのは、私よりも前に彼の介助を担っていた介助者の存在があってこそ。

そこに私も混ぜてもらえた事を喜びとして深く刻んでおきたい。
posted by 岩ちゃん at 12:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

Eテレを見ての感想メモ

徴兵検査
障害者更生法
片輪者(横田弘)
学校が気づかせる障害者である自分
「脳性まひ者協会」青い芝
座敷牢
歴史を語る身体障害者
高度経済成長・所得倍増
重症心身障害児の親たち
親たちによる「重症心身障害児(者)を守る会」
「この子を残して死ねない」親
「役に立たない者には金は出せない」(厚労省)
「施設拡大」(水上勉)
心身障害児総合福祉=コロニー建設
「政治家としての愛情」「皆さんの声」⇒「重症児対策を重点施策とする=コロニー
コロニー=支援者とともに共同生活
国立コロニーのぞみの園へ500人入居
コロニーで安心して暮らす
「ホッとした」親の第一印象
コロニー=故郷との永遠の別れ
ねむの木:「この子らに力を持たせる」
靴磨きの子⇒施設建設/親身な宮城まり子
生徒たちの生き方に疑問⇒小田急線・車いす・観客(否乗客)⇒さよならCP=さらしもの
入所不足の故に親の子殺しが頻繁
「同じ人間なのに、かわいそう」
「我らは愛と正義を否定する」
「障害者って悪いの」
街に出ると露骨な差別
乗車拒否⇒(ハンディキャブの増加は、人々の目から障害者がいなくなる)
30台のバスの足止め⇒苦情を言う乗客
都立府中療育センター=基本病院(医療的ケア)
「普通の子どもとして良い悪いをちゃんと教えてくれた母」⇒「入所初日から不信感を募らせていく」(三井絹子)
病人でない人の対応
多摩強制移転断固阻止
1972年テント闘争
1974年6月テント闘争 合意
「1日でも自分の意思で生きたい」
「ギリギリの迷惑」
国際障害者年
ノーマライゼーション・許されるべきギリギリの迷惑・
脳性マヒ者等全身性障害者問題に関する報告(1982年)
所得保障=自立生活の絶対条件
「現実的に運動していかなきゃならないと思って」=「内実を作る運動」=障害基礎年金
自立生活センター
介助者の確保・地域で暮らせるためのプログラム
「外に出て存在を示す」
「街に出てきて人々の意識が変わった」
障害者支援費制度
「支援費制度の中身は上手くいっていたが、カネがない」⇒「義務的経費」⇒「障害者自立支援法」=法律の裏付け
1割負担=財務省の要求
1割負担=地域で暮らせない
最低限の支援にお金がかかることのおかしさ
自立支援法違憲訴訟 憲法25条違反
2010年和解成立?
低所得者の無料化
障害者の参画
障がい者制度改革推進会議
策定の実感
障害者権利条約批准
「他の者との平等」
法律や制度の整備
権利条約の理念
障害問題は、社会全体のあり方を見直す事
自分の意思に基づいて生きていきたい。=認め合っていきたい。
排除しあう社会はロボットしかいなくなる
みんな違ってていい
他者に無関心であってはいけない
コミュニケーションを取る
違う世界を持っている人に対する未知の世界を持つ人としてリスペクトすると面白くなる
「1秒先がどうなっているかはわからない事を皆が想像できれば世の中は変わる

※後半部分は、結構リアルタイムの部分もあり、その前の歴史を知る上で、なかなか良い番組だと思った。
そして、
重度知的当事者たちが街で暮らすという点においては、「さらしもの」という状況に留まり、
未だに「親亡き後」を求める状況が大多数。
そして、
時代は進んでいるのかと振り返れば、
「発達障害」というものが年々拡大し、
人を「障害者」という枠に入れた上で「支援する(してあげる)」状況が、
障害当事者たちの運動の歴史を踏まえずに拡大しているように思う。
先般、
国は「グループホームに住む軽度の知的障害者は一人暮らしへ」「重度の知的障害者はグループホームで」という方針を出したが、
グループホームにしても一人暮らしにしても、その人の暮らしの形態。
一概に「軽度/重度」などと言えない。
しかし、
本人が語らない分、支援者間においても、
「その人にとっての暮らしの形態は?」を議論するのではなく、
「知的障害者の地域生活の形態は?」と当事者をひとまとめにして、
「どちらの方が良いか?」という議論が横行しているようにも感じる。

重度身体当事者たちの並々ならぬ闘いの歴史。
その根底にあるものは、決して他の障害当事者たちとは違わないと思う。
だから、
私自身は身体当事者たちに多くのものを問われ、
身近にいた重度知的当事者たちの自立生活支援に関わっている。

しかし、
その現れ方や進んでいる方向は、
「どこかの時点で分かれて、別のあゆみになってしまったのかもしれない」と感じてしまう。

番組は良かったけど、
その実際はなんだかなぁ〜という感じ。
posted by 岩ちゃん at 09:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月13日

昨日のガイヘル

ここ数年、ガイヘルと言う形で付き合う当事者。
「強度行動障害」と称される彼は、当初自動車でなければ移動ができないほどであった。
それは、
周囲も彼が招く行動に対処できない面もあるが、
彼自身も、自らが起こした行動に対し臆病になり車以外の移動を躊躇していた。

1〜2年ほど、私もドライブガイヘルを担っていた(初めの初めはこれさえ危険が伴っていた)が、
先々のことを考えると、その状況はとてもイレギュラーなことであり、
車という閉ざされた空間を使い、いつの日か車以外の手立てでガイヘルできることをつぶやいていた。

ある日突然。
「今日は、電車に乗ろう!」と言う彼。
車で訪問した私は、突然の申し出に驚きつつ、
それは、こちらも望んでいたことなので、
「良し!乗ろう」とした。

初めて、彼と一緒に電車に乗った時、
過去にあったトラブルが再び起こらないように非常に緊張した。
彼も又、一大決心で臨んだ「電車」横にいる私が緊張すれば、彼はもっと緊張するだろうと、
懸命に私自身の緊張をごまかし彼とともに電車に乗った。

すると、
一つの決心が次を生み出す。
それ以降、彼は私がガイヘルを担当する際には、「電車に乗る」と決めたらしい。
「電車に再び乗れた」と言う喜びを表す彼。
それと同時に、「彼はなぜ過去トラブルになったのか?」と言う理由があれこれ見えてきた。
又、理由が見えれば単に不安から現れる緊張はどんどん溶けて、
「乗り鉄ガイヘル」などといえる程の余裕が双方に生まれた。

彼は、JRや私鉄や地下鉄を駆使して都心を駆けまわる。
どの路線のどの電車に乗りたいのか?
そこには何か規則性があるのか?
単に思いつきなのか?
と考えつつ、私自身は不慣れな都心の鉄道に、只々彼を見失わないように努めていた。

それがいつしか、
電車に乗るだけではなく、改札を出て目的のところへ行くようになった。
それまでも、ロングなガイヘルのために、お店に入って食事はとっていた。
しかし、
明らかに目的を持って改札を出る彼が現れた。
特定のファーストフード点やドリンク販売所や喫茶店。
特定の街の商店街や◯◯鉄道博物館等々。

乗り鉄に紛れて無意識であったらそれらの場に向かう彼の意図は見えなかっただろう。
しかし、
電車に乗っている間にいろいろ考えら得られる余裕が生まれてくると、
そもそも乗り鉄に興味のない私は、乗り鉄に興味のある彼に興味を抱き、電車に乗っている間に色々考えだした。
(電車に乗り出した当初は、ずっとおしゃべりしていたので考える余裕もなかったのだが)

一人で考えても答えは出ないので、毎回ガイヘルが終わった後に家族に報告しながら、その場所についてなにか思い当たることがないかと訊ねた。
さらに、他のヘルパーと情報を共有し彼の行動が意味するものを考えた。
その情報は、過去ガイヘル利用が崩壊した時代にも遡り、あれこれ収集する。

すると、そこに見えてきたのは、
改札を出て向かう先は、彼にとって何らかのいわくつきの場所。
すなわち、どれもこれもトラブルを招いた場所という共通項が見えてきた。
そして、
彼は、私と電車に乗れるようになった事から、
過去の出来事を清算するかのごとくに出かけていった。

この1年は、粗方清算が終わったようで、思い出したようにいわくつきの所に行くも、
(「良し、大丈夫だ。また来れる」というのを確認するにとどまっているように感じた)

この数年、
ロングなガイヘルの殆どを電車で過ごす日々が続いていたが、
最寄り駅の電車にはまだ乗れない彼。
彼にとっては、最大の難関なんだろうと思う。
なので、
車で自宅に迎えに行き、車を事務所の駐車場に停めて、事務所から近い駅から乗り鉄をスタートさせていた。

それが、前回のガイヘルの際、
「新しいヘルパーを見つけないと」と言う彼の意思が現れ、
それを実現するには、まず「車で迎えに行くことを止める」と言う提案をこちらからすることになった。
それについて、実感が伴っていたからかあっさり了承した彼。
でも、当日本当にそのように対応できるのか?と少々疑っていた。
でも、電車で彼の家に迎えば自ずと車はないので、「そうするしかない」と思っていた。

最寄りの駅からは未だ乗れない彼。
でも、「バスには乗れる」というので、最寄り駅から出ているバスに乗り、遠くの駅から電車に乗った。
彼が予定していたバスルートのバスは30分以上待つ。
別の駅ならすぐにバスが来る。という状況にあっさりと後者を選択。

このことから、彼は実感を伴い「今日は車を使わない」という事を了承していたことを確認する。

そして、
今日彼が行きたかった場所は・・・

なんと、一番初めに「清算」を済ませたいわくつきの喫茶店。
すでに、「清算済み」なのでここ最近はまったく立ち寄る気配がなかった場所。
それが、唐突に再び「今日の目的地」として上がり、本人のいうがままのルートでそこへと向かった。

滞在時間約10分。
レジのお姉さんに「また来ていいですか?」と聞き、
お姉さんや隣りにいたおばさんが「どうぞ、ぜひお越し下さい」と返され、
満面の笑み。

この様子から、彼は確認をしたかったのだろうと思った。
さらに、その場所が一番初めに「清算した場所」ということから、
今日の新たな取り組みに際し、原点(すなわち、ヘルパーを使えば再びくることができる)を確認したかったのだろうと思った。

店を出て、
「次はどこ行く?」と何気に聞いてみた。
普段の彼ならば、そこから都心に戻り乗り鉄を開始する。
また、私の予想ではあれこれ「清算した場所」に引き続き向かうのだろうと思った。

ところが、
「どうしようかな〜」という彼。
今日の目的地は「ここだけ」という雰囲気だったので、
「じゃあ〜、ここから先の電車に乗ってみない?」
と声をかける。
すると、すぐさま
「そうだね!そうしよう!」という。

その先とは、彼はまだ言ったことがない場所。
ただ、都心の電車はいろんなルートがあるので、名前だけは知っている場所だったからかもしれない。
あっさり了承され、新たな路線に乗る彼。

やはり、先ほどの喫茶店は一つには過去の私とのやり取りを確認する事が目的だったのだろう。
そして、
その確認は、単に過去を振り返るためではなく、
新たな方向へと向かうための確認であったのだろう。
新しい路線に乗るということはそれを象徴しているかのようで、
すごくワクワクした。

その後も、話には聞くが彼と一緒に乗ったことのない路線を乗りまくる。
途中下車しようとする彼に、「このまま乗っていると◯◯駅に着くよ」と提案すると、
「そうだね」とあっさり了承。
以前の彼は、何らかの目的があったルート選択をしていたのだろうが、今日の目的はすでに達成したから、こちらの提案にあっさり了承できたのだろうと感じた。

最後の最後。
やはり遠くの駅からバスに乗り最寄り駅まで向かう。
お母さんが駅まで迎えに来てくれているかを確認するも、
来ていないことを確認し(来て貰う約束もしていなかったので)
徒歩20分かけて自宅へと戻った。

帰宅途中、
「今日は、JRの◯◯線と△△線と☓☓先に乗ったね。地下鉄は、☆☆線と◇◇線だね」と、
今日は、いつもとは違うルートで過ごしたことを強調する彼。
さらに、
「◎◎線には乗らなかったね!」という彼。
◎◎線とは、最寄りの駅の路線。
今まで、私がその路線に乗ることを提案しても、一切取り合わなかった彼。
しかし、
自らがその路線を口に出したのには驚いた。

想像するに、
彼は、最寄りの駅から乗りたくないのではなく、
最寄りの駅からまだ乗れないのだろう。
「まだ」という気持ちがあるから、その路線名を口にだいたのだろう。

家族以外の人と出かける。
ドライブガイヘルから乗り鉄ガイヘルへ。
そして、
昨日は、車で迎えに行かなくても大丈夫という経験を積んだ。
それは、
新たなヘルパーを見つけ、自らの想いを実現するために必要なこととして思い描いている彼。

まだまだ、やりたくてもやれないことがたくさんあるだろう。
しかし、ヘルパーを使い自らの想いを実現している実感を積み重ね、
その先を見据えている彼を感じた一日でした。
posted by 岩ちゃん at 11:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

支援された意思決定につきあう。〜若いヘルパーや新人職員の誤解から〜

昨今よく耳にする「障害者の意思決定支援」なるもの。
他人の「意思」を「決定」するための「支援」って何?
どこか支援する側の「意図」をもって「決定」を迫っているかのように感じてしまいます。

人は小さなことから大きなことまで、
何らかの「決定」をもって日々をつないでいる。
それが、漠然としたものであっても、他者に委ねる事であっても、
自らの日々を廻す/拡げるために何らかの「決定」をもっている。

その「決定」を奪われてきた「障害者」たちの現実を知れば、
「決定を支援する」等とは言えない。
人を足蹴にしておいて手を差し伸べる事を堂々と表明しているとさえ思う。

なので、
「意思決定支援」とかその手法とか制度と言ったものに躍起になるよりも、
他者である「障害者」が何をどのように想い描き、小さなことから大きなことまでどのように「決定」しているのかを知りたい。
そして、障害当事者自らが決定したことに対し、私たちと異なる世界観の中で暮らす障害当事者を意識し、私たちの反省も含め、その実現に向けた取り組み生み出していきたいと願っている。

しかし、
こと重度知的当事者たちの「意思」という時、非常に悩ましく思う。
言葉を発しない。「イエス/ノー」でしか答えられない。行動によって表現する当事者たちの意思は?
実のところわからないまま、日々付き合い続けている私。

それでも日々を廻さなければならないので、何をどのように想い描いているのかを知る努力を積み重ねる。
「こだわり」とか「問題行動」と言った私たちの側が受け入れがたい事であっても、そこに何らかの当事者の想いがあると考える。
彼らが語る事柄に対し「現実が理解できていない」と一蹴するのではなく、
なぜ、それが現実とかけ離れているのか?その現実は誰が生み出しているのかと、
当事者よりも、我が身の方を振り返り、関わり続ける。
「本人の意思は?」等とばかり考えていては、その人の暮らしが廻らないので、
とりあえず「本人の意思」としておく事も含めて日々当事者たちと付き合っている。

そんな事を30年もやり取りしていると、
いろんな事に気づけるようになる。
今想い描いているであろうことを想定し、それが数々の誤解を生み出していた事に気づき、その誤解を修正し、再びこちらの想定が本当に当事者自身思い描いている事なのかを確認する事を繰り返している。

いろんな障害当事者たちと付き合い続けていると、
相手の想いをなんとなく理解できる機会が増えてくる。
それは、
「もしかしたら、相手はこう思っているのではないか?」という想定が関係をつなげていく毎に拡がり、
数多の想定ができるようになれば、当事者の想いにフィットする確率が高まるからだと思う。

例えば、
長い年月とりくんでいる私は、
障害当事者が置かれている状況やその中で想い描く事柄を歳の分だけたくさん見聞きする。
又、自分自身が想い暮らしの中で実感として得たものと比較できるものも増えてくる。
又、数々の失敗や反省の繰り返し、さらには理解できなかったことが理解できた喜び等々を歳の分だけ数多く持てるようになる。

そんな自分は、「言葉を発しない/行動で想いを伝える」人たちが描いているであろう「意思」を想定すれば、
10や20の想定が立てられる。
そして、その想定から「明らかに違うであろう」と言うものをたくさん除外し、
相手が想い描く事に近づきやすくなる。

「もしかしたら彼の想いは・・・」と10個想定する事ができれば、
当たる確率は高まるのは当然。
そして、本人の「意思」を知る事ができれば、その対処もできるし、想いの実現に向けて一緒に取り組む事もできる。
そうなれば、当事者との信頼関係は深まり、ますますやり取りしやすくなれば、
10個の想定から本人の意思を汲み取る事もますます容易になってくる。

しかし!
いくらたくさんの想定ができたからと言って、
その想定の中に相手の「意思」があるとは限らない。
どれほど長年当事者たちと関わっていても、当事者の「意思」がまったく見えない事がある。
そうなれば、相手にとっては信頼関係が深ければ深いほど「なぜ気づいてもらえないのか?」と、
近親憎悪のごとくかえって「問題行動」と称される展開になっていく。
こちらも信頼関係が深いと思っていた分、「なぜ思うようにやり取りしてくれないのか?」と、
付き合いの浅い人以上に悩ましく思う。

でも、
10個の想定の中に、本人の「意思」がなければ、どれほど明らかにしようとしても「意思」は明らかにならない。
逆に「10個の想定のいづれかが相手の意思」と決めつけてしまうと、10個の想定の中にない本人の「意思」は、まったく理解できないばかりか、「この10個の想定の中からあなたの描く意思を選びなさい」等という本末転倒な関わり方になってしまう。

長年支援を担う側や障害の専門家達は、
「他者の意思」を理解できる「確率」は高まっても、
確実に本人の意思を理解する事は無理です。

それは、
私たちの日々の他者との関係を考えてみれば、他人の意思などと言うものは理解できないと言うのが当然なので、障害者だからと言って別とは言う事はないのです。

ただ、
私たちと知的障害当事者の違いは?

私たちの場合、
理解できない相手の想いは、それぞれが置かれている立場を想像で入れ替えたり、
対話する事で修正したり理解を深めたり、理解を深める中で「それが私の意思」と表明できたします。
又、どうしても理解してもらえなければ、理解してもらえる人を探すという事もできます。

知的障害当事者の場合は?
まったく異なる世界観を持つ相手と立場を想像で入れ替えるという事は容易ではありません。
対話して修正したり理解を深めたり、その上で当事者自身から明確に「それが私の意思」と表明されない。
そして、理解してもらえる相手を探そうにも探せない状況が、これらをより複雑にしていく。

そんな彼らとの違いの中で
本人が想い描く「意思」を明らかにするには、より多くの想定が必要になると思います。
しかし、どれほど多くの想定があったとしても、その中に本人の「意思」がなければ多くの想定は、その人との関係においては全く無意味なのです。(でも、数多想定する事は、他の当事者との関わりの役には立つので決して無駄ではないと思います)

そこで、
登場するのが、若いヘルパーや新人職員たち。
彼らは、人生経験もまだまだ乏しく、ある程度年齢がいってから新人職員となった人たちは障害当事者との付き合いがなかったりすると、相手が何を想い描いているかという想定できる数が非常に少なかったりします。
想定できる数が少ないと、当たる確率も低くなります。
なので、長年取り組んでいる人たちや専門性を持つ人たちが想い描くことに同調したり、それを「本人の意思」として決めつけたりしがちです。
それは、決して無責任に関わっているという事でもなく、実に謙虚な気持ちから生れているという事であったりします。

小さな「意思決定」から大きな「意思決定」は、本人自身によって明確にされない分、様々な意思について想定する必要があり、支援の側にはたとえ間違っていても想定の中からいづれが本人の意思かの「判断」をもって関わっています。常に正解を求めているだけでは当事者の暮らしは廻っていきません。

小さな判断という事では、
「今晩の食事メニューは何にするか?」という事も、
支援者は判断が求められます。
判断しないとなれば、誰かが1週間分のメニューを決めるという対応もありますが、
それは、本人の意思決定につきあうのではなく、周囲の意思に本人を従えているとも言えます。
でも、健康面や金銭面も含めて考えるとその判断は難しい。
でも、そこにつきあい続けていく必要があるように思いやってきました。

そんな状況下で、先輩ヘルパーが「彼は親もとにいた時、魚が好きで毎晩魚料理を食べていた」と一言言えば
、ヘルパーは「魚料理を作る」と大概はなってしまいます。
ところが、
魚料理が好きなのは、実は両親であって、毎晩魚料理が出されるから当事者もそれを食べていただけの事。
一人暮らしを始めると、たちまち肉料理がメインになっていく。

この「たちまち」というのは、
若いヘルパーたちの中には、「魚が苦手」「魚料理が作れない」という人がいて、
頑張って作っては見るものの、上手くできず、当事者も不味い魚料理には手をつけない。
飯を抜くという事はできない。
ヘルパーの料理の腕を棚に上げ、
「本当に魚料理が好きなの?」と疑うこともある。
そこで、
ある日肉料理を作ってみたら、当事者が勢いよくおいしそうに食べてくれた。
「魚料理しか食べない」としていた先輩ヘルパーたちの思い込みを打ち破る瞬間が訪れます。
そして、それを知った他のヘルパーたちも魚料理ではなく肉料理を提供すれば、同様においしそうに食べる。
魚料理よりも肉料理の方がどちらかといえば手軽でボリュームもあるので、魚と肉の割合がどんどん変わり、
たちまち肉料理になる。

そんな経験から思うことは、
たとえ長年の付き合いの中で10の想定が立てられ、その中から本人の意思に近づく術を持っていても、
10の想定の中に本人の意思がなければ全く無意味な想定になってしまう。
「魚料理」のレパートリーをどれほど持っていても、「肉料理が好き」とはわからない。
逆に、
若いヘルパーや新人職員の想定が、たとえ1個であったとしてもその1個が本人の意思であったなら、
彼らの存在はとても大きく貴重なものになっていくのです。

11個目の想定が加われば、当然ながら本人の「意思」を当てる確率は高まります。
なので、
古くから関わっている人や専門家たちが描く「本人の意思」と言うものは、決して絶対ではない。
想定できる事を増やしていくためには、様々な人の関わりが重要。
想定という事においては、古い人も新しい人も関係なく、当事者と向き合う事が重要。

私自身、ついつい数々の当たりをひいてきた分、自分の想定の正しさを押してしまいがちです。
でも、想定にないものはどれだけ探ってもない。
なので、新しく当事者たちと関わる人の存在はとても大きいと思います。
又、それはヘルパー等福祉に関わる人たちだけではなく、社会を構成する様々な立場の人たちの想定も加わっていけば、もっともっと拡がりを生むと思います。

但し、
1個の想定がどんぴしゃ当たったからと言って、その想定が他の当事者の意思とも合うと思ってつきあえば、そこは10個も1個も同じです。
逆に上手くいった1個目の想定のみで当事者と関わるという事は、「偏見」を生み出す事になります。

なので、大切なのはいかに想定できる数を増やしていくかという事であり、長年付き合い続け数多くの想定を持つ人たちと、それ以外の想定も対等に出し合い、互いに新たな想定も描いていく。

「意思決定支援」なるものの胡散臭さを思う一方で、
「支援された意思決定」なるものも、結局は周囲の意思が当事者の意思にされてしまわないかと常々思います。

人の数だけ想いの数もあるわけですが、
こと「障害者」となれば、その人が描く「意思」さえも一括りにされてしまう現実。

「支援された意思決定につきあう」というのは、
一人の障害当事者に対し様々な人が付き合い、
様々な角度から本人の意思を想定していく。
様々なやり取りをもって本人の意思に近づく。
そして、
「たぶん」という「?」つきの周囲の判断をもってつきあい続けていく。
又、つきあい続けら状況を生み出していく。
それは、昨日の判断が間違っていても今日のやり取りで修正し合える関係を容易にしていく。
そんな取り組みの中で「支援された意思決定」なるものが垣間見えてくるように思います。

長年取り組んでいれば、そのようなことも考えるのですが、
日々つきあう当事者の意思は、新しい人も古い人もそれぞれが個別の当事者を介してつながり語り合い、
ともに明らかにする取り組まなければ全く意味がない事だと思います。

更に、
ヘルパー等の福祉の仕事を担う人たちだけに留まらず、
様々な人を巻き込んでいくためには、地域という場の中で、出会える機会を増やし、
出会った人たち値も含めて本人の意思に近づくための想定を増やす事が必要なんだろうと思います。
posted by 岩ちゃん at 11:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 支援を模索する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

「新しいヘルパーを見つけないとね」という当事者と

昨日、ガイヘルでお出かけしていた時の事。
唐突に「新しいヘルパーさんを見つけないとね」と言葉を発した当事者。
間髪入れず「そうだよね〜」と応える私。

彼は、現在「短期入所」という枠で月の殆どを入所施設で暮らしている。
月に数日親もとに帰ってくるのだが、戻っている日中の殆どは移動支援を使っている。
さらに移動支援をの利用に際しては、2人派遣が認められる。

行政も認める程の「強度行動障害」と評さられる彼。
親もとに戻れば、夜中中両親や家族を起こして話しまくり、対応を誤ればたちまち大パニックになる。
「短期入所」+「(二人派遣の)移動支援」というのは、
家族にとっては、「入所施設に入れたくない」しかし「現実は耐えられない」という状況でのギリギリの選択。
行政も、(財政面での判断は大きいが)親御さんたちの希望に応えている。

「短期入所」は、二つの施設が受け入れているのだが、移動支援の方はどこも担ってもらえない状況。
担っていた時期もあったらしいが、大騒動が続く中でさじを投げた。

そんな彼からの移動支援の依頼が知人の事業所に入ったのが数年前の事。
知人が引き受けた当初、本人は大騒動の経験から電車やバスに乗れず、かと言って徒歩で街を歩けば見知らぬ人とトラブルを招く状態。
二人派遣に加え車での移動も認められていた。

引き受けた知人は、その当初ひたすら彼とドライブに出かけ、リスクが少ない場所を見つけて車を降り、食事をとったり買い物をしたりと日中を過ごしていた。
淡々とした対応の知人に、彼も安心を得て車をおりた時のリスクはどんどん解消されていった。

知人からは常々状況を伺っていたが、市外の人故に私たちはガイヘルを担う事ができず、
知人と彼のやり取りを、側面から支援していた。

その後、当該市の移動支援ができることになり、
私が彼のガイヘルを担うことになった。
さらに、もう一人のうちのスタッフも担うことになり、
二つの移動支援事業書で、3人のヘルパーが彼のガイヘルを担うようになった。

二人派遣が認められる程の彼だが、人手不足故に二人はけんなんてできない状況。
でも、彼は妄想や幻覚があって暴れる人ではない。自閉症故に起こってしまう周囲との関係の混乱が、
大騒動へと発展していることは明らか。
なので、見知らぬ他者との関係をいかに築くかという事が最大のテーマであり、
そのために、3人のヘルパーは彼との関係をそれぞれの視点から懸命に築いてきた。

知人一人だけがガイヘルを担えるようになった状況は、一つ彼の暮らしが拓けたことだと思う。
しかし、その知人ができなくなればたちまち閉ざされてしまう当事者のガイヘル。
そこをなんとかしなければと思い続け、現在3人で担えるようになっている。
でも、それだけでもいづれ閉ざされてしまう可能性は拭えない。
なぜなら、この3人は日常的に支援をめぐりあれこれ語り合っている3人で、
様々な支援の現場を共有し、自閉症を伴う当事者たちとの関係づくりや当事者と周囲との関係づくりの大切さをよくよく知っているから。

現在、全く危なげなく彼とでかけられる。乗れなかった電車やバスにも楽しく乗って出かけられるようになっている。二人派遣が必要な人とは毛頭思えない。
親もとに戻っている期間、本人も家族も安心して過ごせるようになっている。
過去の出来事がまったく想像できない雰囲気は、
私たちが、担っている事が大きく影響していると思う。
しかし、何を担っているのか?私たちと彼の間にはどのような了解がなされているのか?
そこがまったく見えていない中で、
ただ「上手くいっている」「安定している」というだけで他の事業所に委ねると、
たちまち元の大騒動へとなっていくような気がする。

「うまくいっている/うまくいかない」と言うのは、単なる事象でしかないので、
その理由に無自覚でいると、見えない事柄の中で本人は、誤解して受け取ったり、混乱して対応ができなかったりする。

そう思うと、まだまだ私達は何も彼のことを理解できていない。
理解できていないと思えば、他者に委ねることに臆病にもなる。

でも、
私たちの臆病さから上手くいっている3人のみで担い続けても、いづれは担えなくなる。
(特に、一番当事者とのれん例の開きがある私は、いづれ一番に離脱することになる)

なので、私たち以外の人にも担ってもらえるように努めなければならないと思う。

そんなことを当初より思い続けてきた中で、
その想いが本人に通じたのか?
「新しいヘルパーを見つけないとね」という冒頭の彼の言葉になったのかもしれない。

とりあえず、
二人派遣は今も認められているので、
3人の誰かと一緒にガイヘルを担ってくれる事業所を探したいと思う。
言葉や書面では伝えきれない彼とのやり取りを、実際のガイヘルの場面で共有し、担い手を増やす取り組みを初めて行きたいと思う。

彼に対しては、「新しいヘルパーさんは、必ずしも車の運転ができるわけではないから、車を使わずに家から外出できるように次回お試ししよう」と提案して、了承を得ている。
(電車やバスに乗れるようになった彼だが、現状最寄り駅とその路線の電車が使えないため、車で迎えに行き、事務所に車を置いてから電車に乗っている)

一緒に彼のガイヘルを担ってれる事業所。
「強度行動障害」と称される人の移動支援のノウハウをともに考えてくれる事業所。
ぜひぜひ名乗りを上げて欲しい。
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posted by 岩ちゃん at 09:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!? その2

こちらは、どのような状態にあったとしても当事者自身が地域の中で自らが暮らしていく場を確保したい。
「家賃や更新料をもっとたくさん出せ」というのではなく、
兎にも角にも、「本人が安心して暮らせる住居」の確保を求めている。

なので、
「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と切り替えした。

すると・・・
「今言ったのは、原則でして・・・」という行政職員

こちらが訴えなければ「原則を外れる事」は言わないつもりでいる雰囲気がありあり。
そこにかなりカチンときた思いをのみ込みつつ、
「原則でして・・・」に続く言葉を聞く。

「原則はそうですが、今の住居から転宅できないという事を、医師の診断書をもってこちら(行政側)が了解できるならば、今のまま住み続ける事はできますし、上限はあるにせよ更新料を支給する事もできます」との事。

「なぜ、それを初めから言わないのか!」と怒りたくなったが、詳細を伺う。

・書式を定めているわけではないが、医師に診断書を書いてもらう。
・診断書を行政の嘱託医に見てもらい、参考意見を聴く。
・嘱託医の意見や診断書の内容や過去の記録を参考に福祉事務所内で協議する。
・所長判断として支給を認める。

という事。

診断書作成についての費用は本人負担という事らしい。
その点も食って掛かりたいところはある。

こちらが言わなければ、原則通りで進めようとする行政の態度は許せない。

が、
とりあえず、
今のところに住み続ける事ができるという事が解り、
良かったことにする。

(怒りは収まらないけど・・・)

※皆さんの地域の状況を教えていただけるとありがたいです。
posted by 岩ちゃん at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

緊急!生活保護・家賃の更新料を出さないって本当!?

本日生活保護課から、
「現在住んでいるアパートは、家賃の上限を超えています」
「超えた家賃については生活扶助費の方から負担していただいている事を承知しているので、今後も済み続ける事は可能です」
「但し、制度が変ったため上限を超える家賃の所にお住まいの方については、更新の際に発生する更新料は今後支給できなくなるのでご承知おきください」
「更新料が必要という事であれば、転宅してください」という連絡が入った。

「現状の住まいでは更新料が出せない!?」
「それって、実質転宅しろって事でしょ!?」
「それが無理だという事は、行政も知っているでしょう!?」
「はい、そうですかとは言えないし、どうすんですか〜!」と返した。

彼は、
自閉症を伴う知的当事者で、
過去一人暮らしをしていた。
支援の不十分さ故だが、彼自身が起こしたことによってアパートを追い出される事になり、
保護入院を強いられた。
1ヶ月で何とか退院を果たし地域に戻るものの、
住居が見つからず、自立体験室で仮住まいする事数ヶ月。
起こした事柄が地域の不動産業者に回状のごとくに流れ、
彼の名を出すとたちまちどこも取り合ってもらえない状況。
それでも何とか見つけたのが今の住まい。

24時間何らかの形で傍に人がいる生活。
自宅では、ヘルパーが毎日寝泊りするので、どうしても二部屋の確保が必要。
生活音等のために、古いアパートでは暮らす事が難しく、
必然的に生活保護の家賃基準を大幅に超えていく。

本来は、衣食等に使うお金を削り上限を超えた家賃分を支払い、カツカツの暮らしをしている。
カツカツの生活費ゆえに、ストレスを溜めこみ暴れて物を壊せばさらにその始末にお金がかかる。
普段許されているお金の使い方ができなくなり、ますますカツカツの暮らしになっている。

それでも、
介助者たちは何とか頑張り彼を支える。
少ないお金をいかに使うか?
それが、本人が実感をもって有意義な使い方であると思わなければ、たちまち物が壊れてしまう。
でも、介助者が臆病に当事者と関われば、それまたお金が少ない事に意識が廻り、有意義に使うというやり取りができなくなってしまう。

そんな現場の苦労なんて、まったく意識せず、
「制度改正によって、更新料は払えません」
「更新料が必要というなら、上限額の所に引っ越してください」
なんて、気軽に言わないでもらいたい。

とは言うものの、
決まってしまった事は、どうしようもない。
今のところに住み続けるしかないが、更新料が入らないとなれば済み続けられないのは確実。
こちらは、家賃や更新料が欲しいわけではなく、住まいが欲しい。
だから、
「更新料が出せないって、実質転宅しろって事でしょ!
転宅しろというなら、転宅できるアパートをそちらの責任で見つけて下さい」

「見つけられるならいつでも転宅についての本人の支援を担いましょう」
「それが叶わないとなればどうするんですか!?」と訴えた。

すると・・・

(つづく)
posted by 岩ちゃん at 12:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする